十五話 狼虎な狩猟者
久しぶりで忘れたら
読者に、かくあるべき説明は要る
(https://ncode.syosetu.com/n3529fw/)を見てネ
「──なるほど。その青い服装は遮熱の役割を果たしてるんだね」
「ええ、それにもし仲間とはぐれたとしても、この色なら目立つから合流しやすいの」
ティグリスに語る女性剣士──ハーニアは、ラクダに揺られながら少し自慢気に説明をする。
ハーニア達が着用している青色の衣装は、砂漠の装束というよりハーニア達の村の民族衣装のようなものらしく、ティグリスの賞賛に似た眼差しを受けて語りに熱が入るのも仕方がなかった。
「でもよー、俺はやっぱりティースみてぇに空調の魔道具が欲しいよなぁ。装備の上から着てたら動きにくいったらありゃしねぇ」
「しょうがないだろうコオド。俺達人数分の収納袋を買うだけで財布がスッカラカンだ」
「だからこうして報酬のいい中央まで行こうとしてるんじゃないですかぁ」
嘆くコオドを窘めるは、ガタイの良い利発的な男性のマルディと、ネキロムと一緒に砂遊びをしていたおっとりとした女性のクーラウだ。
この四人全員が、同じ村出身で十六歳と同い歳らしく、苦楽の多い二年間で八級狩猟者になることが出来たらしい。
二年で八級とは普通のペースらしく、基本的には一年で一つ上の階級に上がれるかどうかで、その話を組合で聞いた時には、やはり四級への飛び級というのは結構優遇されているとティグリスは感じた。
「ぐゎあ〜、なら道中で俺達も賞金首狙おうぜ」
「アホか、そんな事言うならせめてティースみたいに魔法も使えるくらいに強くなりなさい」
夢を垂れ流すコオドにハーニアが現実を突きつける。しかしその言葉から逃げるようにコオドはティグリスの方に目を向けると、騎乗している岩のラクダをじっと見つめた。
「.......そうだよなぁ。魔法も使える、剣も使える、賞金首も倒す実力がある。そりゃ〝虎〟でやってけるよな」
『ん?』
逃げた先は大きな力の差。その壁を目の当たりにしたコオドは途方に暮れるしかない。
「大丈夫だよコオド。僕も強くなるには時間がかかったからね。君達も後三年程頑張れば、経験も溜まって〝狼〟として強くなっているよ」
「三年か.......」
「長いような、短いような?」
何となく投げやりなコオドをティグリスは励ますが、目標となる時間のせいで皆、余り実感出来ていないようであった。
そんなコオド達が未来の自身を想像している中、ネキロムはティグリスに気になった事を聞く。
『な、なあ。〝虎〟とか〝狼〟ってなに?』
『.......ネキロム、組員さんの話聞いていなかったの?』
その問いかけにネキロムは明後日の方向を見た。まさかティグリスがちゃんと話を聞いているから、自分は女性狩猟者とイチャコラしていたなどとは口が裂けても言えない。
『まあいいや。えっと、そうだなぁ.......』
ティグリスがどう説明しようか悩んでいると、唐突にコオドが声を上げた。
「おい、後ろから魔物が来てる。数は、
五。ありゃあ、〔苦キ水ヨリ生デシ死蠍〕か」
その言葉に皆、後方を振り返る。地平線へと消えていく自分達の足跡をなぞるように、その魔物はネキロム達に近付いてきた。
「嘘、町から?.......いや、途中で私達の足跡を見つけたか.......まあいいわ、ここで迎え撃ちましょう」
ハーニアはそう言うと、ラクダから飛び降りる。その姿を見て、コオド達も飛び降り青い装束を脱ぎ始める。
乱れ無き動きにティグリスは感心する。
八級とはいえ、二年間も狩猟者をやってきたのだ。その動作は既にプロのものであった。
「ハーニアが〝頭〟を担当しているのかい?」
ティグリス自身も岩のラクダから降りて尋ねる。今から自身も仲間として戦う為、役割を聞いておくのは当然と言えるだろう。
「ええ、そうよ。後は〝前脚〟が私で〝身体〟がマルディ、〝後脚〟がコオドとクーラウで、〝尻尾〟も回復魔法が使えるクーラウね」
説明をしながらも準備をしていたハーニアは、自身の剣を抜いた。大きな肉切り包丁の様な、所謂ファルシオンと呼ばれる剣が風を切り裂く。
その風切り音が合図だったかのように、コオド達もハーニアの傍へと集まってきた。各々弓と短剣、大盾と戦棍、杖とそれぞれの役割の武具を握り締めていた。
『なるほど。〝前脚〟、〝後脚〟っていうのは前衛後衛のことなんだな。〝頭〟が司令塔で〝身体〟は防御役?〝尻尾〟は.......補助?』
『そんな感じで合っているよ。狩猟者達は自分の役割を狼の部位で例えているんだ。後は仲間で、集団で行動するなら群れる〝狼〟、一人で活動しているなら孤高の〝虎〟に因んで呼び合っているらしいよ』
『へ〜、ややこし』
『こら、人前では言わないように』
ネキロムを窘めるティグリスであったが、否定しないところを見ると同意見であると窺える。
兜の下で苦笑いをしながらも、ティグリスはハーニアに自身の役割を聞いた。
「僕はどうしようか?一応前衛だけど、ハーニア達が大丈夫ならコオド達を守っていようか?」
「ホント?四級に守って貰えるなら思いっ切り戦えるわ」
ニヤリと笑うハーニアに、緊張は無かった。ティグリスという安心材料もあるだろうが、それ以前に闘いを楽しんでいる。
迎え撃つという言葉も、作戦ではなく漏れ出た気持ちではないか。根っからの狩猟者だとそう思わせる程に、ティグリスはその笑みから感じていた。
「俺にも見えてきた、来るぞ」
マルディが注意を促す。その言葉の通り、斥候でも無いネキロムにも死蠍の姿が見えてきた。
冠の様に捻れ曲がった角。背甲から空へ延びるように起き上がっている、人に似た身体。それだけを見ればまだティグリスのように人型に見えた事だろう。
しかし人の臍から下になると話は違った。赤錆色の鎧のような甲殻に四対の脚。そして何より後端から延びている尾節が、蠍の魔物としての証であった。
「やり方はいつも通りでね。後マルディは、今回ティースが〝後脚〟を守ってくれるから前だけに集中。いい?」
「ああ」
「やられんなよ〜?」
「頑張ってね」
後衛組がそれぞれの激励を送る。ティグリスもまた、ハーニア達より上位の狩猟者として、情けないところは見せられない。
気を引き締めると同時に、〝頭〟としてのハーニアの開始の合図が砂漠へと響いた。
「いくわよ!」
その声と同時にハーニアとマルディは、死蠍へと突撃していく。五十メートルも無い両者の間は、ハーニアが頭一つ抜き出てぐんぐんと縮まっていく。
「gyowagyowawa」
死蠍の先頭の一匹が、ハーニアと対峙する。人に似た身体から手の代わりに生えている鋏を大きく振り被り、ハーニアの栗毛の頭を叩き潰さんとした。
「させっかよ!」
しかしその大きな鋏が振り下ろされる直前、コオドが構えていた弓から矢を放つ。
「gyuwa!」
放たれた矢は見事、死蠍の振り上げた腕の肘関節に突き刺さった。その命中精度は、自身が戦った青年の狩猟者よりも上だとティグリスは思った。
「おぉ、当たった.......」
なにやら一瞬凄いと思った気持ちが裏切られた言葉が聞こえたが、あえてティグリスは無視する。
それよりもハーニアの動きにティグリスは注目する。
コオドが作った隙を見逃さず、掬い上げるような一閃を死蠍の肩に放つ。
「gyooo!!」
甲殻に守られていない部分を狙った一撃は、綺麗に腕と身体を分断させた。
断たれた痛みに死蠍は悲鳴を上げるが攻撃は止まらない。
ハーニアは掬い上げた勢いを利用して、一回転すると、人の上半身を切り裂きながら下半身の蠍を叩き潰した。
「次!」
一匹目を倒すとすぐさま二匹目に向かっていく。
死蠍も仲間が殺られた事で、1対1は不味いと思ったのか狙われている仲間の方に向かおうとする。
「それは駄目だな」
「《砂の壁》!」
しかしその援護は、追い付いてきたマルディとクーラウの大地魔法が許さなかった。
ハーニアが倒す時間さえ稼げれば良い。
三匹を相手取りながら、鋏の攻撃を大盾で受け流し、カウンターで死蠍の脚を戦棍で砕いていく。
クーラウの《砂の壁》も相まって、長く稼げた時間は、ハーニアが二匹目の死蠍を倒すのに充分であった。
「二匹目終わり!そっちに行くわマルディ!」
その呼び掛け通り、ハーニアは三匹の死蠍の元へと向かった。
三匹とはいえ、脚を何本か砕かれ手負いとなった死蠍達に、勝ち目は無いとティグリスは判断する。
個々の役割をキチンと把握し、行動する集団は強い。それが出来ているハーニア達にとって、後の戦闘は消化試合のようなものだった。
『上手いね』
『ん?強いじゃなくて?』
近くで遠距離攻撃をしているコオドとクーラウには聞こえないよう、念話でティグリスはネキロムと会話する。
しかし上手い、という褒め方は武の心得が無いネキロムとっては、少々意味が分からなかった。
『もちろん強いよ。でも単純な強いじゃなくて、上手さあっての強さって言うのかな?』
『へー、なんで?』
『ハーニアのあの剣、庖刀剣って言うんだけどね、普通の剣よりは安くて耐久性もあるし使い易くて良い剣だよ。でもちょっと重いんだ。下手に使うと剣に振り回されちゃうけど、ハーニアはそれを利用してる。振り回される力を攻撃と回避に組み込んでいるから、必要以上に自身の力を使っていないんだ』
ティグリスの解説を聞き、ネキロムは改めてハーニアの戦い方を見る。確かに攻撃と回避に、クルクルと回るような動作が入っていると気付く。
しかしそれ以上の事はネキロムには分からない。素人目には、これが剣舞ってやつかなという感想しか思い浮かばなかった。
そんな凡夫な感想がネキロムの頭に過ぎったと同時に、最後の一匹が討伐された。
「ふぃ〜、無事終わった終わった」
コオドが汗を拭いながら、ホッと一安心する。後衛ながらハーニアの肉薄した戦い方には緊張するものがあるのだろう。しかし仲間を信頼してこそ、本物の戦士と言える。そこはまだまだ初心者だなと、ティグリスは感じていた。
しかし普通のペースで八級狩猟者になったとはいえ、チームワークは良い。やはり三年後には強者となる。その輝かしい未来にティグリスは胸を躍らせる。
「クーラウ!ティース!俺らも剥ぎ取り手伝いに行こうぜ!」
「うん!」
自分達の勝利に酔いしれ、意気揚々と走り出したコオド達。前に飛び出し、砂を踏み締める。しかしその砂が不自然に動いている事に、二人は気が付かなかった。
「──止まれ!」
ティグリスの警告が砂漠に響き、コオド達は驚愕により足が止まる。
その行動は正解であったとコオドが思ったのは次の瞬間だった。
トラバサミの様に砂から迫り上がる大きな鋏。そしてそれが不発と分ったのか、砂の中から現れたのはもう一体の死蠍であった。
「あわ、あ.......」
「ひぇ.......」
恐怖と驚愕。その二つがコオドとクーラウの足を縛る。ハーニアのように躱す技術も無ければ近接攻撃もコオドの持つ短剣だけ。
抗う力も無く、尻餅を着いたまま迫り来る鋏と尾節を眺めるしか無かったコオド達だが、その目に映ったのは無数の軌跡であった。
「──〝三四五〟」
計、十二の斬撃が死蠍を細切れとした。角も身体も鋏も、脅威となるものはティグリスが斬り裂いてしまった。
「ふぅ、大丈夫?地面の下も気を付けないと危ないよ」
この程度の魔物等、ティグリスの相手では無い。抜き身の剣を納めると、コオド達に手を貸し、身を起き上がらせた。
「ありがとうございます。た、助かりましたぁ」
「ああ、ありがとなティース。めっちゃ冷や汗かいたぜ。でもよ──」
「ん?」
「──次はもっと、穏やかに出来ねぇかな?これじゃ素材が剥ぎ取れねぇよ.......」
「.......」
助けられた為、強気には言えぬコオドだが、もっともな意見であった。
狩猟者とて人間。お金が無ければ生きては行けぬ。その飯の種になるであろう魔物を、使えなくなるまで斬り刻むのは狩猟者として失格行為だ。
「ご、ごめん。ちょっと張り切り過ぎちゃった.......」
「いや、助けてくれたのに謝られることはねぇよ。それに、なんだ。失敗なんて誰でもするさ。俺なんて一日五回は間違えてハーニアに怒られる」
「それはいい加減直した方がいいと思うよぉ。ハーニアちゃん、明日からは抜刀して殴るとか呟いてたし」
「ぇ゛」
何気無いフォローが、ティグリスの心を軽くする。実際皆よりも実力は低いコオドだが、その気軽い飄々とした姿が案外皆を纏めているのかもしれないとティグリスは感じた。
まだ見ぬ未来に怯えるコオドに笑いを零しながら、ティグリスはコオド達を解体へと促す。
「さあ、解体を手伝いに行こうか。頑張ってハーニアに怒られないように、ね?」
「お、おう!行く行く!頑張るぜ俺は!」
「わぁ!?待ってよぉ、一番遅いと私も怒られるんだからぁ!」
急ぎながら、しかし念の為慎重に駆け寄る二人の後ろ姿を見て、少しは仲を縮められたかなとティグリスは思う。
兜の中で、凶悪な口を歪ませながらも、ティグリスは二人の後を追うように着いて行った。
『──なーんか俺、忘れられてる?』
「グア〜」
ポツリと砂漠に残ったネキロムに応えてくれるのはラクダだけだった。




