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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第二章 ただそれだけで
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十四話 金は友を増やす、魔物は道連れを増やす

久しぶりで忘れたら

読者に、かくあるべき説明は要る

(https://ncode.syosetu.com/n3529fw/)を見てネ

  四級狩猟者となった日から三日、ティグリスとネキロムは町の外れにある、広場の岩の上で狩猟者である証、通称“狩猟証”を眺めていた。


 ティース・ロウウェルという偽名、剣士という職業、発行場所、組合の紋章、そして四級を証明する四ツ星がその小さな四角の内に収められている。

 また、裏面には特記事項として“受注期間一年延長”と“光輝ベンヌ単身討伐”が彫り込まれていた。


 その証を確認すればどこへいってもティグリスを疑う者はいない。

 それどころか、光を反射する銀の煌めきが、誰もが直ぐにティグリスを上位の狩猟者と認め羨み、尊敬するだろう。


「──はぁぁ」


 しかしその証から齎される輝かしい未来とは打って変わって、ティグリスの感情は暗く沈んでいた。


『おいおい、そんなに溜め息を吐かれちゃ俺の幸せまで逃げちまうよ、はぁぁぁ』


 そう言いつつもネキロムも自分自身で幸せを逃がしていた。

 何故ため息を吐く程二人の気分は沈んでいるのか。


 それは、換金した光輝ベンヌの金額にあった。

 誰が漏らしたかは分からないが、億越えの大金を持っていると、いつの間にか町中に広がっていたのである。


 最初はちゃんとした情報だったのだろう。しかし人から人へ、伝言ゲームのように噂が広がっていくと、終いにはティグリス自身が大金を持っているという噂が定着していった。


 ──そこから始まったのが悪意無き欲望の渦。

 大金のおこぼれに預かろうと、色々な店からの呼び込みがティグリスに降り注いだ。


 あれはどうだ、これはいかがと言われるもネキロム達には必要の無いものばかり。

 それでもまだ初日は良かったのだ。自重する者も多く、我慢出来る鬱陶しさだった。

 しかしマンドから幾らばかりか前借りしたお金で、光輝ベンヌの事を教えてくれた魔道具店で買い物をしたその後から、火に油を注いだかのように呼び込みの激しさが増したのだ。


 ネキロムとティグリスにしてみれば、ただ約束を果たしただけ。しかし他の者達からしてみれば大金を得た事での豪遊に見えたのだろう。


 斯くしてネキロム達がこうして溜め息を吐く理由は、欲望の雨から避難してきた為だった。


「『はぁ.......』」


 二人して空を仰ぐ。どうしてこんなにも空は青いのに、町の中では雨が降るのだろうか。


 ある種哲学めいた事をぼんやりと思うネキロムであったが、ぽつりと言葉が漏れる。


『──出るか』


 それは出立の意思だった。

 別にこの町に拘る理由はネキロム達には無い。ただ少しばかり道草ついでに通った町。思い出はあれど未練は無い。


「そうだね、ここには少し長居し過ぎたかもしれない」


 ティグリスもネキロムの言葉に賛同する。声色自体は平常であったが、岩から飛び降りる軽やかなその動きは、ティグリスの胸の内を表していた。


『よっしゃ!ならば善は急げだ、れっつらごー!』


 そう言ってネキロムもティグリスの頭の上に飛び乗った。




 ──心は晴れやか、しかし移動時は目立たぬ様注意しながら、ネキロム達は町の入口まで辿り着いた。

 途中、魔道具店の店主や行商人のナイフに別れの挨拶をした為、少しばかりの時間が掛かったが気にする程でも無い。目的はあれど急ぐ旅ではないのだから。


「──では、次の方」


 呼び声が掛かり、ティグリスは前に出る。よく見るとネキロム達が町に入る時に、暴れていた商人を対応していた衛兵と同じ人物だった。


「先日はすまなかったな。貴殿のお陰で助かった」


 そう言いつつ、身分証の代わりとして狩猟証を渡すも、どこか衛兵は思い付かぬような顔で固まっていた。


「.......ああ!あの時の騎士殿ですね!いやすみません。あまりにも鎧が違ったもので声を思い出すまで分かりませんでしたよ」


 どうやらこの衛兵は鎧姿でティグリスの事を覚えていたらしい。それは衛兵としてどうなのかと思うが、それほどまでにティグリスのかのじょは目立っていたという事だ。


「.......四級.......はい、確認させて頂きました。それにしても狩猟者に成られたのですね。全身鎧の狩猟者.......という事は大金の噂はもしかして?」


「む.......、まあ衛兵殿がどういう噂を聞いたのかは分からないが、多分私なのだろう。それにしても、ここまで噂が届いているとはな」


「あー、すみません。不躾な事を聞いてしまいましたね。金は友を増やす、とも言います。さぞ大変でしたでしょうに」


「金が友を増やす.......?」


 慣れない言葉にティグリスは復唱した。

 心の中でネキロムにも尋ねて見るが、ティグリスが分からなければ異世界出身のネキロムにも分かるはずがない。


「ええ、金、つまり高価な物や財産を多く持つと、その金目当てに見知らぬ人がいつの間にか自身の友達を名乗るようになる。要するに大金を持つと、周囲の人が変わってしまうという、そんな昔の教えみたいなものですね」


 衛兵の説明を聞いたネキロムは、宝クジが当たったら親戚が増えるようなものかと思った。

 どこの世界でもお金に対する欲は変わらない。そのことをネキロムはこの町で学んだ。


「.......なるほど。確かにその言葉通りであったな」


「それにこの町は辺境寄りですから。稼ぎ時がお金持ちとか観光客が来た時だけなのです。──と、すみません、つい長話が過ぎましたね。また近くに来る事があればお立ち寄り下さい」


「ああ、世話になった」


「はい、良い旅を」


 餞の言葉を背に受けながら、ネキロム達はダーヨウフを後にした。

 久しぶりに砂漠の砂を踏みしめながら、ネキロム達は町で買った砂漠一帯の地図を開いた。


「さて、どうしようか」


 とは言ったものの、北以外全て砂漠地帯である為、目標となるものはない。

 あるのは点々とした町ばかりであり、それ以外特に目立つものは無い。


「やっぱり、最短距離でリリディアの森に行くために東へ向かうかい?」


『いんや、俺は敢えて南へ行くべきではと思っている』


「へぇ、どうして?」


『実はな、町で色々と聞き耳を立てていた時に面白い話が聞けたんだ。“王国と共和国が列車で繋がった”ってな』


「れっしゃ?」


 聞き返すティグリスの声には、確認というより怪訝な意味合いの方が強かった。


『あり?知らない?えっと電気──じゃなくて石炭かな。それ燃やして水蒸気の力で動くでっかい馬の無い馬車みたいなものかな』


「へぇ、世の中便利になったものだね。.......便利になった街かぁ」


 ネキロム自身もそこまで詳しい訳では無い為、ふわっとした説明しか出来なかったが、どうやらティグリスの興味を引いたらしい。


『お、行く?行っちゃう?』


「うん、ミスカ(ティアラ)にも今の発展した街を見せてあげたいな。それに確認を取らなくても、これはネキロムの帰郷の旅だからネキロムの好きなところに行っていいんだよ」


『お、おお。悪いななんか振り回しているみたいで』


 真剣な声にネキロムは少し動揺した。正直、ティグリスの事は彼女以外どうでもいい男という認識であったので、自身にもそれなりの配慮をしてくれている事実を受け止めきれなかったのだ。


「それに、ティアラ(ミスカ)とは色々な世界を見ようって決めたんだ。寄り道してくれた方が嬉しいし、何より思い出が増えて楽しいよ」


『おーけー。ならばいざ行かん、南の共和──』


「おーーい!ティースさぁーん!!」


『──こ、ぐわぁーっ!?』


「あ」


 進路が決まり、ティグリスの頭の上でカッコつけようとしたネキロムであったが、ティグリスが謎の呼び声で振り向いたお陰で華麗に砂の中に突っ込んだ。


「はぁ、はぁ.......やった、やっぱりティースさんだった」


「.......君は確か──コオド」


 ティグリスに走りよって来たのは、狩猟者組合で話しかけてきた八級狩猟者であった。


「待ってよ、もー!」

「コオド、突っ走るのは良いが周りの事も考えろ」

「そうですよ.......」


「わ、わりぃ.......で、でもよ!ほら、やっぱりティースさんだったぜ!」


 後から人数分のラクダと共に付いてきた者達も、光輝ベンヌの会計の時に一緒だった者だとティグリスは思い出した。

 しかし気になるのが、全員が装備の上から青い布を身体に巻き付けている事。

 不思議だという思いが絶えないが、取り敢えず自身を呼び掛けた事をティグリスは尋ねた。


「それで、僕に何か用かな?」


「あ、えっと、ティースさんもしかして南に進もうとしてませんか?良かったら俺達も共和国の首都まで行くんで、道中一緒に旅を出来たらなと思ったんすけど」


 どうやらコオドの狙いは、ティグリスと共に旅をすることだったらしい。今、南へ行くと決めたばかりなのに共和国行きまで一緒というのは勘が良いのか、運が良いのか。

 

 それはさておき、ティグリスとしては同行しても良いのだが、砂の中から待ったの声が掛かる。


『いかーん!コイツらズルしようとしてるぞ!』


 砂を撒き散らしながら頭を引っこ抜いたネキロムは、そのままズルをすると感じた理由を述べた。


『コイツら、四級の俺達にくっついて楽しようとしてるんだ!俺にはわかる!わかるぞ!』



 やはり何時でも狡賢い事を考えているからズルには機敏なのだろうか。

 のた打ち回るネキロムに対して、一理あると思うティグリスであったが、その思いはすぐに消え始めた。


『確かにネキロムの言う可能性もあったかもしれない。でも、ほら──』


『ん?』


 念話で会話し、ティグリスが指差す方向を見ると、そこには他の三人から責められているコオドの姿が写った。


「あんたって!ヤツは!人様に!迷惑掛けるなって!言ってんでしょ!」


「いて、痛てぇって!剣の鞘で叩くな、悪いゴメンって!」


「コオド、謝るのは俺らでは無いだろう?」


「ティースさんの方に謝って下さい」


 仲間、特に女性剣士からの責めが酷かった。力では敵わないのか、終いには砂の上に蹲り、暴力の嵐が過ぎ去るのを待つ状態になっている。


「.......ま、まあ、ちょっとやり過ぎな部分もあるけど他の三人がちゃんとしているんだ。卑怯なやり方をする関係じゃないと思うよ」


『むむむ.......』


 ネキロムが何も言い返せなくなると、ティグリスはコオド達に近付く。


「まあ、それくらいにしてあげて、ね?僕は迷惑だとは思っていないから」


「.......すみません、そう言ってもらえると助かります。でもこのバカも決して悪気があった訳じゃないんです。ただ誘っただけで、ティースさんの力を利用しようと思った訳じゃありません」


 その言葉から、やはり悪人では無いとティグリスは確信する。

 ただコオドが少し、おっちょこちょいなだけなのだ。


「うん、君達の事は分かった。分かった上で僕達からの提案なんだけど、共和国の首都まで一緒に行かないかい?」


「え、いいんですか!?」


 女性剣士は驚く。それはもう、迷惑を掛けたという負い目が無くなるほどに。

 それがティグリスの狙いだった。あえてティグリスから誘う事で、負い目を感じさせないようにする。遠慮されながら旅を共にするというのは、ティグリスの望むところではない。


「僕達もちょうど、共和国の首都まで行こうとしていたんだ。コオドにはどんぴしゃに当てられたから驚いたよ」


「ほらやっぱり!俺の狙いどお──ヒッ!!?」


 自身の予想が当たり調子づくコオドであったが、女性剣士が鞘を振り被ろうとすると小さく縮こまる。

 強気になったり弱気になったりと、忙しないところはネキロムに似ているとティグリスは感じた。



 そういえば、とティグリスは当のネキロムはどうしたかとふと思う。


 あれ程騒いでいたのに随分と静かなので、ティグリスは首を回して周囲を見ると、コオドの仲間の女の子と砂遊びをしているネキロムの姿がそこにはあった。


「おーすごーい」


 女の子はどうやら砂で小さな家らしきものを作ろうとしているのが窺えたが、ネキロムはそれなりの城らしきものを作り上げていた。

 細部はそれなりに丁寧で、頂上には自身を模したであろう小さな兎が万歳をして佇んでいる。


 とても兎の手と乾燥した砂漠の砂で出来上がるような出来栄えでは無い。


 お前絶対魔法使っただろと言えるような完成度の砂遊びであったが、ネキロムが楽しそうなのでティグリスは何も言わない。


 それに、何も言ってこないということは興味がないという証だ。その事をこれまでの旅でティグリスは理解していた。

 こういう場合、放っておいても問題は無い。それがティグリスの下した判断であった。


 そう頭の中で結論付けていると、女性剣士が話しかけてくる。


「──あ、あの!誘って貰っておいて申し訳ないのですが、一度仲間と相談しても良いですか?」


「うん、大丈夫だよ」


「ありがとうございます!クーラウ!マルディ!ちょっと相談!」



 そういうと女性剣士は、コオドを引っ張って仲間達の所へと行った。

 その憐れなコオドに何とも言えない気持ちを抱きながら、自身も一度相談しようと思い、ティグリスはネキロムを呼ぶ。


「ネキロム!」


 ティグリスの声に応じ、ネキロムは走りよって来る。

 しかしながらパンパンと手を鳴らしながら呼びつけらるその様は、関係を知らぬ者が見れば良く調教された獣と一緒であった。


『なに?』


「いや、もしかしたらあの子達と一緒に旅をしていくかもしれなくてね。ネキロムはどうする?喋れる事や魔法を使える事を明かすかい?」


『ふむ.......いや、今回は明かさないでいこう。魔法も、ティグリスが使っているていでいこう』


 今まで会ってきた人達はどれもネキロムにとって友好的であった。というよりは最初のエマ以外、ネキロムがコイツはイケそうと思う人物しか話していない。


 しかしこれからはこういった旅の中で、見知らぬ人物と一緒にいる時間もあるだろう。人相手には愛想良くても、魔物相手だと敵対するかもしれない。その時間を上手く切り抜ける為の、云わば予行練習をするのだとネキロムはティグリスに説明してみた。


「うーん、とは言ってもネキロムがジッとしていれば大丈夫だと思うけど.......」


 全く以てその通りである。


『いやいや、そんな簡単にいかないでしょ〜。取り敢えず俺は肩にでも乗って、上手くティグリスが魔法を使っているように見せるから』


 ケラケラと笑いながら話す兎は、そのままティグリスの肩へと飛び移る。

 なんだかなぁ、とティグリスは思ったがこのあやふやがネキロムなのだ。そう理解しているからこそ、ティグリスは何も言わなかった。


 そんな相談にもならない相談が終わると同時に、コオド達も相談が終わったようだった。


「──ティースさん、皆で話し合いましてやはり御一緒しようかと。最近大型の魔物が多く観測されているらしいですし、四級の方となら私達も安心出来ます。迷惑は掛けません、よろしくお願いします!」


 そう言って女性剣士達は頭を下げる。一人は怪力によって無理矢理下げられているが。


「うん、よろしくね。それに頭を上げて。確かに僕は四級で君達より上かもしれない。でも狩猟者としては君達の方が先輩なんだ。だから色々と教え合う間柄になりそうだし、敬語は止めて対等に接していこう?」


 優しく話すティグリスは、この子達とはそのような関係が良いと判断した。

 迷惑は掛けない、と言ってはいたが緊張した関係ではいつか綻びが出て失敗してしまうのがオチだ。


 対等の立場になり、緊張を無くす。


 それは昔、ティグリスが先輩の騎士に学んだ事だ。戦う場では瞬時な判断力が必要だ。上下関係は必要無い。階級の垣根を取り払い、戦いの場での思考を鈍らせない事を目的とした対等。


 それを今、ティグリスはこの旅で実践してみようと思った。


「いいん.......ですか?」


「ああ。でもこれは僕とだけの、この旅の間だけでの関係だ。もし次に会ったとしても、その時はちゃんとその時の階級に合った対応を心掛けるように」


 念の為とはいえ、大事なところはしっかりと釘を刺す。この子達なら大丈夫かもしれないが、増長しないとも限らない。そう思うティグリスの優しさがその言葉を紡いだ。


「わかり.......わかったわ、よろしくティース」


「こちらこそ、よろしくね」


 ティグリスが女性剣士と篭手越しの固い握手を交わす。

 こうして、共和国の首都までの旅が始まりを告げた。

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