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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第二章 ただそれだけで
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三話 守る者

転勤生活ちゅらい…(›´ω`‹ )



 ゆらゆらと、まるで揺り篭であやされているかのような心地良さの中でネキロムは寝ていた。

 その心地良さは、聞こえてくる雑音さえ子守歌に変えることが出来、ネキロムの意識は深く堕ちていく。


「――こんにちは、ティグリス」


「ア........久しぶリ、ティア――、ミスカ」


 しかしその意識をすくい上げる様に、綺麗な女性の声と、若いがしわがれた男性の声がネキロムの耳に届く。


(ティグリス?ティアミスカ?知らねー)


 そうだろうともそうだろうとも。

 知っている筈がない。この三年間、引き込もり状態だったネキロムに関係を持てる相手などいないはずなのだから。


「ミ、ミスカ、その手にモっているノハ........」

「あ、これお土産よ。ちょうど来る途中に寝ていた角兎(アルミラージ)がいたから捕まえておいたの」


(寝ている角兎(アルミラージ)........馬鹿な兎もいたもんで)


 いったい誰のことなのだろう。

 しかし、こうやって思考を少しでも巡らせていると、寝惚け眼な状態というものは段々と解けてくるのである。


「さて、お昼にしましょ。私、家でご飯食べてきてないの。ティグリスはお屋敷から鍋と材料を取ってきて。その間に解体してるから」

「アア、わかっタ」


 そういって男は立ち去っていく。

 そして、当のネキロムは浮遊感を失い、床に寝そべるような感触を味わう。


(ん?あれあれ?あれれれれ?)


 やっとおかしいと気付いたのか、ネキロムはうっすらと目を開く。

 そして光と共にネキロムの目に映るのは、短剣を振りかざさんとする女性の姿が。


『ふぉおおおおおおおおおおおお!!!?』


 間一髪、勢い良く跳んだことにより、短剣はネキロムでは無く切株へと突き刺さる。


「あちゃー、起きちゃった」


 一命を取り留めたネキロムだが女性の言葉にはカチンときた。

 女性にとってはただ単に食料に避けられただけだが、ネキロムとっては生きるか死ぬかの問題。

 そこにネキロムは怒った。


『おま、お前ぇええぇぇぇ!』


「!?」


 突然の声に女性は驚くが、ネキロムはそんなこと知ったことではない。

 ネキロムは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の金髪女に一言言わねばならぬと決意した。

 ネキロムには相手の事がわからぬ。ネキロムは、ただの角兎(アルミラージ)である。

 怠惰を貪り、自由に遊んで暮して来た。けれども自身の不利益に対しては、人一倍に敏感であった。


『危っないだろがァ!』


「え?えっ?兎...?」


『そうだよぉ!』


 ネキロムのボルテージはどんどん上がっていくが、それに比例するように女性の戸惑いも大きくなっていく。


『危うく死ぬとこだったんだぞ!謝罪の1つもないのか、最近の若者は!』


「え、あぅ、ご、ごめんなさい?」


 女性も言葉では謝るが、未だに頭の中は混乱している状態だ。

 食べようとしていた食料に説教される――うん、訳が分からない。

 しかし形としては謝ってはいるので、ネキロムは許す――ことも無く、説教はまだまだ続く。


『謝れば済むと思ってんのか?命を大事にしろ、命を!』


「は、はい........」


 ネキロムの無茶苦茶な威圧に、女性はへたり込むしかなかった。

 兎に説教される人間。不思議な光景がまだまだ続くと思われたが、そこに割り込む声があった。


「ティア、ラァ!!」


 しわがれた声と、古びた剣の一閃。

 それは先程の短剣とは違い、敵意を持った攻撃であった。


『っ、《落とし穴(ドルアルア)》!』


 しかしネキロムもここでやられる程、馬鹿ではない。

 魔法陣で限りなく直径を狭めた落とし穴を、自身の真下に作ることにより地中へと逃れ込む。

 剣は大地を叩き空振りに終わるが、剣の持ち主は女性を庇うように立ち位置を変える。


「大丈夫か、ティアラ!怪我ハしてイなイか!」


「う、うん大丈夫よティグリス。でも――」


「安心してクレ。今度こそ、今度コソ僕ガ守るから――」


 二人の会話を他所に一旦地上へと上がるネキロム。そして口から出る言葉はもちろん、


『こらー!お前もかー!命を大事にしろと――、ぉぇぇ』


 説教だったのだが、長くは続かなかった。

 酷い悪臭。兎であるネキロムにはそれが耐えられなかったのである。

 なるべく鼻に悪臭が入らないよう、ネキロムは前足で塞ぎながら相手を見る。


 腐った皮膚。汚れた服に所々覗き込む白い骨。

 その姿を見て、いつか見たバイオな映画にでもいたなとネキロムは思った。


『――〔過去二囚ワレタ腐レ人(ゾンビ)〕か』


 その言葉は腐レ人(ゾンビ)には聞こえない筈なのだが、腐レ人(ゾンビ)は剣を構え、ネキロムを睨む。


「ッル゛ァ!」

『ひょぇー!』


 さっきまでの威勢など土に埋めてきたのかネキロムは逃げ惑う。

 剣を振られ、跳び避けて、行き着く先は金髪の女性のお膝元。


『ひょぁあ!助けてお姉さん!殺されちゃう!僕、悪い兎じゃないのに!』


 さっきまで説教たれていた相手に、涙目で調子がいいことを言うネキロム。

 しかし女性はその言葉を信じ、腐レ人(ゾンビ)に話し掛けた。


「ティグリス!待って!私は危なくないから待って!」


 女性の言葉は、まるで鎮静剤のように腐レ人(ゾンビ)から怒りを奪っていく。


「だって、ダってティアラ........」

「大丈夫よ、元はと言えば私がこの子を捕まえて食べようとしていたのだから非があるのは私達の方よ」


 なんと優しい女性なのだろう。庇っている相手がネキロムで無ければとても心打たれる情景である。


「........だからトイって、そいつがティア........ごめん、ミスカを襲ワナいとは限ラない」


「それも大丈夫。貴方と一緒で会話も出来るのよ」


 ほら、と女性に促されたネキロムは、おっす、と腐レ人(ゾンビ)に返事をする。

 さすがの腐レ人(ゾンビ)もこれには目を丸くして驚き、やがて剣を鞘にしまった。


「........わかっタ、すまなカった」


 腐レ人(ゾンビ)から謝罪の言葉が漏れる。

 ネキロムにとっては、素直に謝られたことが驚きで逆に言葉が詰まってしまう。

 なんとも言えない空気が続き、自然の声しか聞こえなくなった頃、会話の道を切り開いたのは金髪の女性だった。


「ところで、あなたはどこから来たの?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに耳をピンと立てたネキロムは、女性の膝から降りると自己紹介を始めた。


『俺の名前はネキロム。兎の国(ドナルエスネ)の住人さ』


兎の国(ドナルエスネ)……?」


「えぇ!?本当!?兎の国(ドナルエスネ)って本当にあったの!?あっ、私はミスカでこっちがティグリスね」


 いつぞやの絵本の中の国を語るネキロム。いつの間にありもしない国の民となったのか。

 しかし真実を知る者はネキロムただ一人。誰も見破ることなど出来はしない。

 ミスカはその嘘を信じ込み、ネキロムにあれこれ質問をし始めた。


兎の国(ドナルエスネ)って何処にあるの?」

「国には兎だけなの?」

「なんであなたは喋れるの?」


 質問の嵐がネキロムを襲うが、こんなものはエマやルエで慣れたもの。

 最初は遠巻きに聞いていたティグリスも、物珍しい話には勝てなかったのか段々と耳を傾けて聞くようになっていた。

 そしてなんならばこの森に来た経緯も、嘘八割真実二割をかき混ぜながらネキロムは熱く語った。


「へぇ〜そうだったの」


「なんテ酷いヤつなんだ........」


『そうなんだよ!勇者のせいで俺はこんなところにまで........』


 ユウキの風評被害が広まっているようである。

 リリディアの森では今、男のくしゃみが一つ聞こえるのではないか。


(あら?そういえば何か忘れているような........?)


 こんなところ。

 ふと、その単語で何かを思い出しそうなネキロムではあったが、答えは自ずとここへ来ていた。


『とうちゃ〜く!』


「あら?」


「む?」


 茂みの中から飛び出してきたのはもう一羽のネキロム――幻ネキロムであった。


『おぉー、そういえばそうだった』


『あっ、お前!寝てるだけじゃなくて忘れてやがったな!』


 さすがは自分自身といったところか。本体の事などお見通しのようだ。

 さすがに自分自身でもバツが悪いのかネキロムは明後日の方向を向いている。


『ま、まあな』


『ちぇ、開き直りやがって。まあいいや。とりあえずここ、帝国の土地らしいぞ』


『げぇッ、マジかよ』


 嘘であって欲しいとネキロムはミスカをちらりと見るが、ミスカはそうだよと言わんばかりに頷く。


『はぁ〜まあいいや。ご苦労さん』


 そういってネキロムは幻を消す。

 事実を知ってしまったネキロムは、これからどうしようか溜息をつくしかなかった。

 一方、見慣れぬものを見たミスカは、ワクワクしながらネキロムに尋ねる。


「ね、ねぇネキロム。今のって........?」


『ん?あ........そうとも!俺だけの魔法!夢幻魔法っよ!!』


 尊敬されそうな時は尊敬される。これがネキロムの性。

 すごいすごいと褒めちぎってくれるミスカにご満悦なネキロムであったが、この時、いつもなら気付かない癖に今回はしっかりと背後からの視線を感じ取った。


(――ハッ!嫉妬!!)


 ちらりと自身の後ろをネキロムが窺うと、そこには少しつまらなさそうにしている腐レ人(ゾンビ)が一人。


『あ、あーそういやさ、ミスカさんよ?お腹空いてないかい?』

「え?それは........」


 突然話題を変えたネキロムを不思議に、思うミスカであったが、体は正直なようで可愛らしいお腹の音が聞こえてしまった。

 少し顔を赤らめたのを肯定と受け取ったネキロムは、ティグリスの方へと向かう。


『昼食まだ食べてないんだろ?詫びとして食べれるものを持ってきてやるよ。んじゃ行くぞティグリス!』

「ぼ、僕もなノか?」

『そーだよ、俺が兎とか捕まえれると思うか?』


 その問いにティグリスは呆れながらも行動で返事をする。


「あ、なんかごめんねー!ティグリスー!私お屋敷の方で待ってるからー!」


 手を振るミスカに返すように手を振るティグリス。

 こうしてネキロムは、なんとか嫉妬の視線を避けて森の奥へと入っていったのだった。

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