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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第二章 ただそれだけで
32/66

一話 残念な三年後

1章の設定集(https://ncode.syosetu.com/n3529fw/)です!

良かったらどーぞ!

 


 ――これはネキロムが白雪牛(ヤルラシャムポ)と一戦を繰り広げている時の事である。




 場所はラエドル王国王城の会議室。

 そこには各国の王や首脳達が勢揃いしていた。


「はぁ、嫌になるわ。また邪神の眷属が出るなんて」


 溜め息を吐く女性が一人。しかしその肌は蒼く、頭部にある二本の金色の角が彼女を魔人族だということを表している。


「おやおや、魔法を極めたといわれた魔王たる貴女が弱気とは。なんとも情けない」


 その言葉に掴みかかるのは法衣を着たご老体。もしこの言葉を発したのが、この老人では無く他の者だったら、魔王と呼ばれた彼女は冗談と受け取っていただろう。

 しかしこの老人は違う。魔人族である彼女だからこそ、敵意丸出しでこの言葉を投げたのだ。

 過去にも、獣人や鉄人達が発言すれば噛み付いたりしている為、正直彼女達の中では老害認定されている。


「あーこれだから何も知らない赤ん坊は。私は二百年前の眷属討伐に参加しているの。その脅威は充分に理解しているわ。それで情けない?貴方、過去の被害も調べていないの?そっちの方が情けないわね。詫びとして早く死んで土の中に入りなさいよ」


「ッ、何だと!?」


 馬鹿にされた老人の顔は、怒りで赤く染っている。それをみた魔王は更なる挑発をかけた。


「やだー、顔真っ赤で本当に赤ちゃんじゃない。ごめんなちゃいねー、わたちのいってること難ちかったでちゅねー」


「なっ!?馬鹿にしよって!このクソアマァ゛!」


「........グルゥ、ヤめてオけ魔王。そレに教皇もダ」


 今にも掴みかかろうとしている教皇を止めたのは、漆黒の竜人であった。言葉が少し聞き取りずらいのは、竜人特有の喉から発せられていた為だ。

 竜人は両者を睨む。それもそのはず。竜人は魔王と教皇に挟まれて座っており、左右どちらからも怒声が聞こえるのはいい迷惑なのだから。


「何よ、止めないでよね。折角この老害を正当防衛で殺せる機会だったのに」


「........此奴でオ前に勝てる可能性ナど無いであろウ。正当防衛とイう理由は通用しなイ。それにこの部屋ヲ汚したラ、ラエドル王に迷惑ダろう」


 竜人の言葉に魔王はそっぽを向く。その姿は若々しい見た目と相まって可愛らしいが、同じ時を生きた竜人はもう少し落ち着きが欲しいと願う。


「........教皇も教皇デ勉強不足だ。獣国の領土ヲ少シぐらい見テおけ。前回の眷属討伐、[旅路ヲ辿ル生命ノ樹(セフィロト)]との戦いの余波ハ酷いものダ。昔の獣国を含めタ大陸の東は、全て森トなってしまっテいるノだかラな」


「........ッち、蜥蜴風情が」


 此方も此方でまた、話は聞かず明後日の方向を見る。その態度に竜人のストレスは溜まる一方だ。


(次こそコイツらとは席を遠くしてもらおうかな........)


 仲の良いラエドル王に頼まれて、いつもこの席に座り宥めてきたが、竜人のストレスは限界であった。

 心の中で、ラエドル王に相談する内容を竜人は確認する。

 そこにはこの席の件も含まれていた。



「うむ、皆いるようだな。遅れて済まない」


 そんな口論をしている内(この集まりでは何時もの事なのだが)に、最後の王がこの部屋へと辿り着いた。

 ラエドル王国七代目国王、オハルス・ギーク・リグナムヴァイタ。またの名を“闘諍の鬼”。

 その二つ名に相応しい膨れ上がった筋肉は、気品ある服だけでは抑え切れず、とても自己主張が激しい。その筋肉の後ろには、ひっそりとルエの父親、ネオクロが側近としていた。


「ではさっそく、第四回眷属討伐対策会議を始める。ネオクロ、例の書類を」


「はっ」


 ラエドル王に言われたネオクロは、手に持っていた紙を皆の手に回す。

 それを手に取った王たちの反応は様々であった。


「........むぅ」


「はぁ........」


「これはこれは........」


 唸る者、溜め息を吐く者、これからを考える者。

 多少の違いはあるが、暗い未来に頭を悩ませるのは皆同じだった。

 そんな中、ラエドル王は言葉を紡ぐ。


「初代勇者殿がこのラエドル王国を建国されてから五百と二十四年。その間、三回もの邪神の眷属が確認されている。最初は四百年前の、魔国セコナジア湾岸部での[死臭ヲ振リ撒ク蛸神(カナロア)]、二回目は三百年前のグ・エイス帝国北部の都市で暴れ狂った[逆上スル疑心ノ猿王(ヴァーリン)]、そして前回二百年前の獣国スータスで芽吹いた生命ノ樹(セフィロト)。私自身はその姿さえ見た事も無いが、過去から託されてきた資料を見て恐怖を覚えた。個の力でこんなにも人の世は壊されるのかと」


 ラエドル王の声は憂えていた。しかしそれを責める者は居ない。

 逆に闘諍の鬼と呼ばれた強さを持っている者でさえ、恐怖に震えるのだと己の気を引き締める。


「だがしかし。それでも我々は今まで生きてきた。眷属と戦い、勝利を収めてきたのだ。一回であれば奇跡かもしれなかった。二回であれば偶然かもしれなかった。だが三回も勝利を得ているのであれば!......それは“必然”だ」


 ラエドル王の言葉は強さを増す。


「我々は勝てる。しかしそれはこの大陸に生きる全ての者で協力しなければ、成し遂げられないであろう」


 二百年前を経験した魔王と竜人は頷く。実際、当時はそうしなければ、あの時で人類は負けていたかもしれないのだから。


 その姿を見た他の王達も頷く。教皇でさえも渋々ながら頷いた。誰だって死にたくはないのだ。


「ありがとう。その返答が得られただけでも、今日集まった甲斐が有ったというものだ。そして........皆、もう目を通したかとは思うが、先程配った書類に書かれているのが初代勇者殿が遺したと云われる“ 予知の石版”の内容だ。これまでの眷属討伐でも、その内容を読み解いた事がとても重要であったらしい。文章は古い言葉遣いで比喩的なものが多く、読み解くには難解だが、もし気付いた事があれば情報共有の為、いち早く報告を願いたい」


 その言葉を区切りに、各国の王達は側近達に予言の内容の書類を渡し、一言二言言葉を告げる。

 ラエドル王の側近であるネオクロも、頭の中に予言の内容を叩き込むと、直ぐ様次の資料を配布して回った。


「では次に、新たに開発された通信機器の件についてだが――」


 ラエドル王の野太い声が会議を進める中、側近として有るまじき事だが、ネオクロの頭の中では予言の内容が木霊していた。


 〝わたりが邪神の眷属と呼ぶものにつきて


 賢者が頼み、愚者が種を蒔く。

 種は芽吹き、果実が育つが、賢者が収穫することは叶はず。

 愚者は隠したりき。心ばせも、名も、存在さえも。

 薊の花は咲き誇り、果実も熟す。


 されど空は仰ぐのみ。雨を振らせたからざらば愚者にありたまへ〟


「(ノーサ、ルエ........)」


 愛する者達を脅威から守るという事実が、ネオクロの思考を会議よりも予言の解読に集中させていたのだった。



 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「おーい!ネキロムー!ネキロムー!」


 木漏れ日が降り注ぐ祠の横、そこでは一人の青年が地面に向かって叫んでいた。

 別にこの大陸の反対側の住人に向かって話している訳ではなく、よくよく見れば地面に人の頭一つ分の大きさの穴が空いているのが伺える。


「ネキロぶッ!?」


 青年が大声を挙げる中、それは突然だった。高熱の炎が勢い良く穴から飛び出し青年の顔を襲う。

 しかしそれは青年の声を止めるだけで、青年の顔には傷一つ無い。


『うっせぇぞ、てめぇ!安眠妨害だ!!』


 そんな穴からひょっこり飛び出してきたのは、角が生えた何ともまあ可愛らしい白兎――は、見た目の話でその正体は、先程の罵声がとてもお似合いの性根が腐りきっている、元人間現角兎(アルミラージ)のネキロムである。


「何言ってんの、もうお昼過ぎてるって!」


『俺の活動時間は十五時からだ!』


「遅すぎだよ!?それに昨日言ってくれたよね!『明日から遺体探し頑張るわ』って!!」


 そう。青年――ユウキ・タケマツの主張は正しい。

 確かに昨日、ネキロムはそう口にしていたし、ユウキと出会った最初の日、ネキロムは〝見つけたら持ってくる〟とユウキと約束をしている。

 だが、


『........また明日頑張るわ』


 これである。ニートと同じ言い草である。というか別に働いている訳でも無いからネキロム=ニートの公式が成り立っている。

 そんなネキロムに、一呼吸置いたユウキは尋ねる。


「ネキロム。君がここに来たのは何時だったかな?」


『 ああと........約三年前だな』


「ネキロム。『明日頑張る』と言い始めたのは何年前?」


『........約三年前だな』


「最後にもう一つだけいいかな?」


 ユウキは息を吸い込む。


「――ネキロム。何時になったら、探し出すんだい?」


『........勘の良い勇者は嫌いだよ』


 明後日の方向を向いてユウキには吐かれた言葉には、それはそれは大きな現実逃避が含まれていた。


「いやいやいやいや、勘が良いとか関係ないし!ネキロムの自堕落な生活を見ていたら誰でも言うに決まっているから!」


 素直な人であれば悪かった、と謝るのが普通だろう。

 しかしここで逆ギレするのがネキロムである。


『 俺が自堕落だとテメェ!この三年間我が家を広げたり地下栽培を頑張ったりと大変だったんだぞ!』


「えぇ........通りで一時姿を見なかった時があったりしたけど、そんな事をしてたの……」


 実際、地表面からは祠のそばに、小さな穴が一つ空いていることしか見受けられないが、地中の中は()()()のようにネキロムの巣が広がっており、いつか地盤沈下が起きそうな程である。


『それを自堕落と!突然訳も分からず魔物になって心身共に苦労しているのに!ぐすん、何て酷いやつなんだ。勇者ってのは........おーいおいおい』


 しまいには嘘泣きを始めたこの兎。前脚を顔に当てているのは、流せていない涙を隠している為であろう。


 それに確かに三年前の魔物への変化は、突然の不幸だったかもしれない。

 ユウキ曰く、“魔物への変化、進化は条件が揃えば対象の意思で出来る”との事らしい。


 しかしネキロムは、変化に気付いた直後に“ま、いっか”とどうでもいいような発言をし、巣穴を掘削時に硬い石にぶつかった時には、生えた角で突き壊し“お、楽ゥー!”と喜んでいた。

 決して心身共に疲労している、ということは無い。


「わ、悪かったよ。僕も少し焦っていたんだ」


 けれども悲しいかな。その演技を見抜けないのが、優しいユウキの欠点だ。


『本当だよ、まったく。ま、心配すんなって。明日からは頑張るから』


 その言葉、今日で通算1,087回目なのだが。

 ネキロムの言う頑張る“明日”を覗けるものなら覗いて見たい。

 そして相手が大人しくなったところでどんどん言いたい事を言ってしまうのがネキロムの悪癖。


『それによぉ、勇者のお前が創った奴使いにくいんだが。特にこの石版』


 《土精霊の腕(バルフーラアラゼ)》と唱えられ地中から出てきたのは一枚の石版。


「ああそれ!未来が予知出来ていいでしょ!」


『うん、めっちゃ便利!助かるぜ!........ってなるか阿呆!なんで比喩的な表現が多いんだよ!』


「カッコいいでしょ」


『分かりにくいわ!!』


 その他にも着るとめっちゃ後光が差すローブや、五歳児でも軽々と振り回せる重さの三日月斧(バルディッシュ)等の破茶滅茶な作品が、ユウキの時空魔法で祠の中に収納されている。


『 はぁー、こんな()()創らずにもっとマシなの創れよなぁ』


「え?ゴミ?」


『そうゴミ........あっ』


 察してももう遅いぞネキロム。

 今、ユウキの心は鬼と化した。


「........ネキロム、やっぱり今までの三年間は僕が甘かったんだなって」


『いや違うんですよ勇者様!ゴミ........そう!勇者様の素晴らしい意気()()を作品から感じてしまって!』


「だからやっぱり、ネキロムには今日旅立ってもらうことにしたよ」


『 勇者様ステキー!きゃー、なんて逞しいお姿ー!』


「開け、《転移門(スージダメ)》」


 静かなる怒りと媚び売りのドッチボール対決は怒りが勝った。

 突如として現れた青銅の扉は、勢い良く開くと、まるで意思があるかのようにネキロムを中止として吸い込み始める。


『う、うおぉぉおおぉおおぉ!!』


「安心して吸い込まれなよネキロム。転移する場所は何処か分からないけど、ちゃんと地面がある場所に設定してあるからさ」


『そーゆー問題じゃねーだろおおぉぉ!!!』


 吸い込まれまいと必死に穴の縁にしがみつくその姿は、何処か見覚えがある光景だが、残念ながら今回は人質と呼べるようなものは無い。


「さ、行ってらっしゃい、《炸裂(プルーエ)》」


『ぬおッ!?』


 弱めだが、確実に兎の身体を浮かび上がらせる程の威力の疾風魔法は、ネキロムを《転移門(スージダメ)》へと誘った。


『ちくしょおおお!てめぇ、覚えてろよおおぉお!』


 これまた何処かで聞いた事のあるセリフを言いながら、ネキロムは消え去っていったのだった。





 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



 柔らかな光が、ステンドグラスから足元の魔法陣へと降り注ぐ。

 それはまるで、神からの祝福が人々に与えられているようで。



 素人の目からでも分かるこの神聖な場所は、何処なのだろう?

 そのことだけが、魔法陣の上に座り込んでいる16歳の少年の頭の中を埋めつくしていた。


 状況把握の為に少年は周囲を見渡す。

 自身の身近には同い年程の男子が二人、そしてそれを取り囲むように、西洋の甲冑を装備している者や少年の知識では修道服、と思わしき服装の人達がいた。


 しかしどうにも、自身や自身と同じ男子以外の人達には、狼狽えたような表情が見てとれた。少年は思う。彼らもこの状況が理解できていないのだろうかと。


 両者共に驚愕している空間で、その空気を打ち破った者が一人。凛とした声が、この聖堂内に響き渡る。


「お初にお目にかかります、招致者様方。(わたくし)、トファース共和国大統領の長女、ネファ・ヒメシャラと申します。この度は私達の呼び掛けに応じて下さり、誠に有難う御座います」



 深々と頭を下げるネファに対し、少年達も連られて会釈する。

 それほど彼女には魅力があった。少年も、つい先日片想いだった女の子と、付き合う事になっていなければ、惹かれていたかもしれない。


「本来であれば歓迎の宴をする所なのですが、此方も少し予想外の事が起こっており、少々混乱しております。ですので招致者様方と状況を整理していきたいと思うのですが、宜しいでしょうか?」


「お、おう........」


「........はい」


「大丈夫ですよ」


 少年達から声が上がる。そのことに彼女は微笑むと、感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます!それではまず、皆様のお名前をお伺いしても?」


 そう言いながら、少年に、立ち上がれるように差し向けられた彼女の手は、真珠のように美しかった。


「あ、お、自分の名前は――」


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