二十二話 怠惰なる自制
原っぱへと辿り着いた俺達は、そこで木陰で涼みながら本を読んでいるエスと出会った。
「おや、ネキロムとルエじゃないですか」
『おお、エスか』
「ふぅ、やっと追いついた…...あ、やっほーエス!」
ルエも俺も走って来たため、少し深呼吸をして息を整える。そんな俺達に疑問を感じたのか、エスは問い掛けてきた。
「どうしたんですか?何か急いでるみたいですけど」
『ああ、ちょっとな。ルエと買い物してたら金が足りなくなったから取りに来たんだよ』
「お金を........ですか?」
エスは俺の言葉を確かめるように辺りを見回すが金らしきものは見つけられないようだ。
『フッ、そう簡単に見つかるところにあるわけねえだろ。こっちだこっち』
俺は二人を案内するように隠し場所へと誘う。
着いたのは一本の広葉樹。他にも生えている木と何ら変わりないものだ。根本にある大きめの石を除けばだが。
『エス、ちょっとそこの石を退けてもらっていいか?』
「これを?いいですけど…...」
俺の願いをエスは軽く了承してくれ、軽々と石を持ち上げてくれる。
俺の場合だと体の大きさのせいで持ちにくいったらありゃしない。いつもは魔法を使って動かしているが、今はエスがいる。使えるものはなんでも使うのが大事だ。
それはさておき、エスが退かしてくれた石の場所には兎が一羽、ぎりぎり通れるだけの穴が空いていた。
俺はそこに飛び込むと、お金が溜まっている部屋へと潜る。
『お〜、貯まっている貯まっている』
俺と師匠がゼットリー来てから約一ヶ月、ルエと街を出歩いては落ちている硬貨を頂戴してここへと貯めていたが、俺自身硬貨の枚数など数えた事が無かったが結構な額が溜まっていると思う。
それにしても、この量の硬貨を眺めるのは爽快な気分だ。あれだ、五百円玉を貯め続けて久々に金額確認した気分と一緒だな。
『おーい、今から金出すからなー。受け取れよー』
「いいよー!わかったー」
ルエの了解を合図に、俺は土を掻き出すようにして貯めていたお金を掃き出した。
ジャラジャラと聞こえの良い音とともにルエたちの声も聞こえてくる。
「たくさんでてくるねー」
「銀貨だけじゃなく穴金貨まで........」
一頻りお金を出し切った俺は、残りの散らばっている硬貨を掻き集めて地上へと出る。
『うっしょ、これで最後だ』
「よく集めましたね…...」
「でもネキロムお小遣い貰ってないよね?どうやって集めたの?」
『そりゃお前、どっかの奴が落としたのを素早く頂だゲフンゲフン!……真面目に汗水流して働いた結果よ!』
お金とは労働を対価にして貰うものなのだ。決してネコババなんかはしてはいけない。ネキロムお兄さんとの約束だぞ!
「嘘くさーい」
『うっせ!それよりも金額を数えるぞ』
呆れた顔をする二人を急かすように俺達は金額を数え始めた。
ひぃ、ふぅ、みぃと数え始めて、次第に結構な額の硬貨がたまっていたことが明らかになってくる。
『こっちは26,562オルだな』
「僕の方は17,563オルでした」
「私の方は8,791オル」
ということは……合計で52,916オルか。我ながら結構な額を集めたものだ。
『じゃあ7,000オル渡しとくな』
俺は5,000オルの穴金貨と1,000オルの銀貨二枚をルエに握らせる。
敢えて全額は払わない。元々ルエからのプレゼントだし、自身が一銭も払っていないというのは気が引けるだろう。
「いいの?別に半分半分でも……」
『いいっていいって、有難く貰っとけ』
「――わかった!ありがとね!」
笑顔になるルエを見て俺も少し嬉しくなる。
『じゃあ指輪の方はルエに任せてもいいか?俺がケーキの方を買いに行けば効率が良いと思うんだが』
「良いけどネキロム一人で大丈夫なの?」
一人で大丈夫、というのは俺だけで大丈夫なのかという事では無く、兎が一羽で大丈夫なのかという意味合いだろう。
確かに兎だけでは相手にされるはずも無く、無闇矢鱈に〝繋がる心〟を使う訳にもいかない。しかし、
『俺にはこいつがいるからな!』
「えっ、僕ですか!?」
頼るようにエスの足元に擦り寄ったら嫌がるように引かれた。コイツ……。
『友達だろー?』
「でもまだ本読み切ってないですし……」
『新しい本買ってやるからさー』
「はい、行きましょう!」
なんという即答。俺とエスの友情は本ぐらいの価値しか無いのか……。
俺から持ち掛けた取引だが、その悲惨な結果に打ちひしがれていると、ルエはそんなことお構い無しに今後の予定を告げる。
「大丈夫そうだから私指輪を買いに行ってくるね!三時にまたあの広場で待ち合わせってことで!」
『おう、昼飯食べた場所だな!』
去っていくルエを返事を返しながら見送った後は、俺とエスは残ったお金を纏めてケルベロスへと向かって行った。
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「いやぁ、この本!前から欲しかったんですよねぇ!」
そういって表紙に頬を擦り合わせるエスは、とても幸せそうな笑顔をしている。
買わされた本は結構な額がしたが、これほど嬉しがられると逆に買って良かったと思う気分になる。
「ありがとうございますね、ネキロム!」
『ん、いいっていいって。もう少し付き合ってもらうしな。それにしても本当に本が好きなんだな、エスって』
俺も本は気に入った内容ならどんなジャンルでも買って読んだリはしていたが、ここまで熱中していた訳では無い。
エスのこの熱中ぶりは本の虫、と言うのが正しいだろう。
「あはは、そうですね。やっぱり本読むと色んなことを知れるので、それがとても楽しいんです」
『ふぅん、じゃあ本が好きってよりも知識を得るのが好きってことか』
「いえ、本も好きですよ。誕生日とかに買ってもらった本が、一つ、また一つと僕の本棚を埋めていくのはとっても好きですし」
幸せオーラが滲み出ているエスは、危ない薬でもやっているんじゃないかってくらいに顔が蕩けきっている。
そのうち、本と結婚しますと言う日が来るんじゃないだろうか。
「あ、誕生日で思い出しましたが、来月の今日がルエの誕生日なんですよね」
『そうなのか、じゃあルエの喜びそうなの買っとかないとな』
その後も俺とエスは、待ち合わせの広場に着いてからも、ルエへの誕生日プレゼントの話題で盛り上がった。
『——っていうのはどうよ?』
「それいいですね!たしかラウナの家が細工師だった筈なので今度お願いしてみましょう!」
エスの言葉が合図だったかのように、ゴーン、ゴーンと辺りを震わせる音が鳴り響いた。三時を告げる鐘の音だ。
だがしかし、ルエの姿は広場には無かった。
『遅せぇなルエ........。なあエス、指輪の店すぐそこだから、俺ちょっと様子見てくるわ』
「わかりました、僕はここで本でも読んでるので」
俺はエスの了解を得ると、またあの薄気味悪い店へと向かった。
店に辿り着くと、前来た時と相変わらずの薄暗さで商売しているのか判別がつかない。
『おーい、爺さーん。出てこないと放火すんぞー』
「はいよはいよ。まったく、物騒な兎じゃわい」
ちゃんと店にいた爺さんは、俺の呼び掛けに応えてくれた。よろよろとした足取りが、いつ転び倒れるのかと不安を掻き立てるが、それを笑うかのように爺さんはちゃんと俺の方へと近づいて来た。
「おや、お嬢ちゃんは一緒じゃないのかい?」
『一緒じゃないのかいって、ルエはまだ来てないのか?』
「あぁ、お前さん達がお金を取りに行った後はだぁれもこの店には来とらんよ」
誰も来ていない........。
つまりルエは、あの時俺達と別れてからまだ、ふらついているということだ。
何故、という疑問しか頭に浮かばないが、今はルエを捜し出すという目的が出来た。
俺は爺さんにまた来ると告げると店を後にし、エスにその旨を伝えた。
「どこに行ったんですかね…...。落ち着きが無いのは何時もの事ですけど、予定を忘れるほど抜けてる性格じゃありませんし........」
考えるが分からない。
ルエとの付き合いは長いと呼べるものではないが、短くもない。行きそうな場所、会う人は予想出来るが、何故今この時なんだ?という思いしか浮かび上がらなかった。
俺はとりあえずルエを捜すのが一番だと考えてエスに協力を求める。
『エス、すまないがルエを捜すのにもう少し手伝ってくれないか?』
「何言ってるんですか、友達を捜すのですから頼まれなくても手伝いますよ」
少し照れたように微笑みながらエスは協力をしてくれた。
『へっ、カッコイイ事言ってくれんじゃないの』
「あははー、やっぱこういうのはラウナの役目ですかねー」
今更自分の発言が恥ずかしいか、顔を赤くしながら後ろ髪を搔くエス。
本人は照れているが、俺としてはとても嬉しかった。例えそれが偽りだったとしても。
『よし、じゃあちょっと待ってろよ……』
俺は意識を集中するために軽く目を瞑る。そして今繋がっている〝繋がる心〟の繋がりをより強固なものへとする。
『……何してるんだろう』
『おっ、成功だな』
「何してたんですか?」
『おう、ちょっと〝繋がる心〟の力を強めにな。これでエスも俺みたいに念話が使えるぜ』
『……こんな感じですか?』
『おお、早いな。ちゃんと聞こえてるぞ。慣れない内は結構思ってることがさっきみたいにダダ漏れになるから気を付けろよ』
「はい、わか……え、さっき?さっきなんですかネキロム!?」
結構考え事ってのは無意識にやってしまうものだと俺は思う。
まあ聞こえたのは『……何してるんだろう』だけで全て冗談なのだが。はてさて、エスは何を考えていたのやら。
『ま、エスの考え事は置いておいて俺は買ったケーキを屋敷まで届けてから捜し始める。その後で俺は北から捜すからエスは先に南から捜し始めてくれ』
「分かりました。でもルエが見つかったらさっきのこと教えて貰いますからね!」
そう言葉を残し、エスは南へと向かっていった。
あ、言い忘れたことあった。
『あー、もしもしエス?出来たらクネスたちに出会ったら捜すの手伝ってもらってくれ。人手は多い方がいいだろうし』
『はい、出会ったら聞いてみますね』
『おう、繋がりたいって思いながら握手でもすればアイツらも念話出来るようになるからな。んじゃ』
よし、これで伝えることは伝えたか。後は特に……。
もう一度、伝え忘れてた事は無いか確認した俺は大丈夫だと判断すると、頭に乗っけたケーキと箱を崩さないようにしながら、全速力で屋敷へと向かった。
屋敷で使用人の人にケーキを預けてからは俺もルエの捜索に加わった。ケーキを預けるのに俺は喋れない設定なので、身振り手振りで使用人に考えを当ててもらうジェスチャーゲームに時間が掛かってしまったのは計算外だったが、ルエはまだ見つからない。
途中、クネスの声で『おお、すげぇ!』と念話が飛んできたので、エスは協力を得られたと分かった。俺もラウナとカイネに出会い、事情を話したら快く協力してくれた。
それでもルエは、見つからない。
今日という時間が無くなっていく。太陽も少しだが赤く色付き、後一時間もすれば地平線に呑み込まれていくだろう。
夜のパーティまでの時間が迫る中、俺は最初にルエと別れた原っぱまで戻って来ていた。
『もう一度ここから辿ってみるか……』
空の明るさからしてこれが最後の詳しい捜索となるだろう。エスたちからも手掛かりになるような情報は得られなかった。
俺は原っぱから爺さんの店までの道のりを慎重に辿って行った。
『……ここの土、ちょっと凹んでいるな』
何の変哲もないただの地面だが気になってしまった。
多分、人間ならなんとも思わないであろう小さな凹み。だが兎の俺だから気になる大きな凹み。
ゼットリーの街道は石畳で綺麗に舗装されているが、それは表の部分だけだ。 俺やルエたちが使っているような裏道は、皆が通って地面が踏み均されているにすぎない。
『足跡も一、二、三……。大きいのが二つに小さいのが一つか。……行ってみるか』
爺さんの店とは全くの別方向に続く足跡だが気になってしまった。
俺は崩れた木箱をすり抜けるようにして薄暗い裏道へと入っていった。
少し泥濘んだ道がひんやりと俺の手足を冷やす。足跡を見逃さないよう慎重に奥へと突き進んでいくと、大きい足跡と小さい足跡が別れていた。
推測でしかないが、多分小さい方がルエのと近いだろう。俺は小さい足跡が続く道へと歩みを進める。
幾分か道を進むと、大きな木箱の横に小さな人型が目に映った。
やっと見つけた。ルエだ。薄暗い中、少し土汚れが付着し蹲っているがあの髪色と服はルエで間違いない。
俺は念話でエス達に発見の報せを送るとルエに声を掛ける。
『おいおい、やっと見つけたぜ。こんなところで何してるんだよ』
話しかけるがルエは目も合してくれない。
『おーい、聞こえてるかー?もしもーし』
返事は返してくれなかった。逆に顔を埋め、身体を縮こませる。
『……はぁ、何があったかは聞かないけどさ。帰らないとクロエさん達が心配するからさっさと指輪買って帰ろうぜ』
「……れた」
『え?』
まさか答えてくれるとは思わなかったので聴き逃してしまった。なんて言ったんだ?
「……お財布、盗られた」
『盗られた?誰に?』
「……わかんない、男の人だった……」
それからルエは、吐き出すようにポロポロと語ってくれた。
店に行く途中で痛がっている男性に出会ったこと、心配して近付いたら鞄を奪われたこと、突き飛ばされながらも必死に追いかけて見失ってしまったこと。
「ごめんね......せっかくお金貰ったのに…...ごめんね…...」
事情を話して少し安心したのだろうか、ルエは涙を零すようになっていた。
それに左頬が少し赤い。きっと騒動の時にぶつけたか........殴られたか。
俺は至急、回復魔法が使えるディーに連絡をとって広場で落ち合う事にした。
『わかった。財布と鞄のことは俺が取り返してやる、安心しろ。だから取り敢えず皆と落ち合って家に帰ろう。な?』
「うん........うん........」
落ち込んでるルエを何とか立たせ、俺達はディーたちと出会った。
泣いているルエを見られた時は、皆一様に心配して事情を聞いてきて、ルエの為に怒ってくれた。
その後、ルエはディーとカイネにお願いして屋敷まで送ってもらい、俺達男性陣は盗人の捜索に当たった。
ルエから聞き出せた情報は二つ。
細目の低身長の男と頬に傷がある少し大柄な男の二人組だということ。
今日中にはこの街を出ると話していたいうこと。
その二つを手掛かりに俺達は捜索した。
人と話せない俺は捜査に難航したが、クネスたちは色々と顔を知られているため、すぐさま情報が集まった。
『──ネキロム!ルエの言ってた特徴がある奴らが東の倉庫に入ってくのを見た人がいたって!』
『そうか!でかした!』
クネスからの報告だ。
ルエの泣き顔を見た時、一番に怒っていたのもクネスだった。
『で、どうする?皆で突撃して懲らしめてやるか!?』
『俺は大丈夫だぞネキロム。武器も一応持ってきている』
『僕も大丈夫ですよ!』
ラウナやエスもクネスの意見に賛成のようだ。これほどまでにルエは皆から大切だと思われている。ルエじゃない俺でも嬉しいと思う。
だが——、
『——いや、大丈夫だ。後は俺一人でやる』
『はぁ!?ふざけんなネキロム!俺だって一発ぶちのめさなきゃ——』
『落ち着けクネス。お前の気持ちは分かる。でも、人が人を傷付けるのはちょっと良くないんじゃないか?』
『........』
どうやら考え直してくれたみたいだ。
人が人を傷付ける。これはどの世界でも悪と看做される行為だろう。
しかし俺は?
『大丈夫だ、ちゃんとお前達が望むように罰は与える。だから任せてくれ』
『........わかった。でも助けが必要な時は呼べよな!』
『念のため俺達も近くに隠れるようにする』
『ちゃんと逃げられないように見張っています!』
俺は兎だ。野生動物に人が襲われるのはおかしくはない。誰であっても不運だった、と言わざるを得ないだろう。
『よし、それじゃあ——』
正直、昔の俺だったら怖くて何も出来なかったと断言出来る。
自身が傷付く恐怖、罰を与えた後復讐しにこないかという恐怖、犯罪に手を染めてしまうという恐怖。
恐怖故の自制で自分への不利益を避けてきた。
他者に文句を言ってもどうせ滅茶苦茶な反論される。
怒りからの暴力でもその後は?復讐に批判、今までが無になる。
だから実際には何も行動には起こさなかった。それで今まで安全に生活してこれたから。
——でも、
今の俺にはそんな恐怖は理解出来ない。
『——行くか』
俺の呟きに呼応するように、胸の魔法陣が淡く輝く。
終わらせる。また面倒事の無い生活が訪れるように。
もうちょっと続くんじゃよ(第一章)
ブクマ、感想、評価何時でもお待ちしてるぜっ




