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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第一章 自分のことは自分だけが知っている
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十六話 合歓の風呂場

 脱衣所はやはり貴族の家というべきかとても広々としたものだった。

 日本にいた時でもこの広さは、温泉旅館等でなければ競い合うことは難しいだろう。

 俺が脱衣所を眺めていると、ルエが服を脱ぎ終わったようでその裸体が目に映る。

 やはりまだ子供だからか肌は綺麗だが、如何せん体の成長がまだまだだ。

 俺はロリコンでは無いのでルエが裸だから何だという気持ちだが、この光景を世のロリコン共よりも一番先に見れたことで優越感に浸れるので少し嬉しい。


「どうかした?」


 ルエが不思議そうに俺を見てくる。


『んん、世の中のロリコン共にこの光景をお前達は見れないなんて可哀想だなぁと少し煽りたくなっただけだ』

「??ろりこん?なにそれ?」


 ルエの頭の上に?マークがたくさん浮かんでいるのが見てわかる。


 ま、そりゃあいくら古代語が英語だからって火炎魔法にロリコンなんて使わないわな。


『子供にはまだ早い言葉だよ、忘れとけ』

「むぅー、そうやって子供扱いして。ネキロムだって兎のクセに」

『いやいや、兎は関係ないだろ』


 いじけたルエは俺を持ち上げ見つめ合う。

 頬もぷっくりと膨れて御立腹のようだ。


「まあいいや!お風呂に行くよ!」


 ルエは気分を切り替えることにしたようだ。

 そのまま俺を掴んだまま浴室に入っていく。


『おぉー、広ぇ』


 持ち上げられたまま入室した俺の目に入ったのは、脱衣所よりも広い湯船だった。

 やはり予想通りというべきか、脱衣所が広かったので薄々は感づいていたが実際に見ると少しは驚愕もするというものだ。


「にひ……、そーれっ!」


 ……掛け声が聞こえた。それもルエの声でだ。

 そして俺はゆっくりと回転をしながら宙に浮いている感覚を感じている。

 投げられた、そう気付けたのはお湯に着水する前に、ルエがどう見ても物を投げた後の状態で、こちらを見て笑っていたからだった。



『がばごべばば!??おいぃぃっ!?おいぃぃ!!』


 人間用に作られた風呂は、兎の俺にとっては深海と変わらないものでどれだけ足掻こうと、下へ下へと引っ張られていく。


「あはは、いぇーい!」

『ぶはっ!おいルぼばばばっ!』


 何とか顔を出せたと思ったらルエが飛び込んで来やがった。

 その衝撃で出来た波に呑み込まれて俺はまた水の中へと戻されてしまう。


『ば、馬鹿野郎!いきなり投げる奴があるか!?』

「おー!ネキロムがお湯の中にいるのに声が聞こえる」


 そう、〝繋がる心〟は念話なので口から声を出している訳では無いので、こうやって水の中からでも声を届けられるという……って違ぁーう!


『そんなことはどうでもいい!早く引き上げてくれ息が続かないぃぃぃぃ』

「またまたー、そんなに元気な声しているのに」

『アホゥ!そりゃ〝繋がる心〟で声を届けてるだけであって実際は、あもうダメ』


 終わりを悟った俺はそのまま残りの空気を口から出して意識を手放した。


「ネキロム?」

『……』

「えっ?嘘!ホントだったの!?ネキロム-!!」




 次に目を覚ました時、目に入ってきたのは心配そうな顔をしたルエだった。


「あっ、気が付いたんだね。良かったぁ」

『ん……あ?あー……そっか、溺れたんだっけ』


 結構溺れた時の記憶があんまり憶えてない。溺れて気絶なんて初めての経験だけど、漫画とかフィクションの作品みたいに本当に記憶が混濁している。


「ごめんね、まさか本当に溺れてたなんて……」


 ルエはしゅんとした表情をする。そんな顔をされたら俺だって申し訳無くなってしまう。


『あ、いや、俺もちゃんと〝繋がる心〟の説明をしてなかった訳だし……』


 俺が言い淀んでいるとルエはふっと笑った。


「ふふっ、じゃあどっちも悪かったってことで一緒にごめんなさいしようか」

『そ、そうだな。それがいい』


 良かった。どうやら間違えなかったようだ。


 俺とルエは互いに謝ると、今度はゆっくりと湯船に浸かる。


『ふぃ~、あ。そうそう、今度からちゃんと体を洗ってから入るんだぞ』

「え、何で?」

『何でって……ほら、汚れた体で入るとお湯も汚れちゃうだろ?』


 ルエは俺の話を聞いて納得したような顔をする。


 んー、銭湯とか行くと普通だったけど異世界(こちら)だと特にそういうのは無いのかな。


 異世界(こちら)の事情を色々と考えていたらルエは何か思い立ったような顔をする。


「じゃあほら!体を洗いに行くよ!」

『いや、俺はもうちょいっておいおいおいおい!』



 咄嗟に行動を起こすルエに俺は反応出来ず、あっさりと鏡の前へ連行されていく。

 そしてわしゃわしゃと石鹸を使われ、みるみる泡の塊へと変化する。


「ほれほれ〜っ」

『うひっ、ちょ、背中はやめっ、あひゃひゃひゃ!』


 ヤバい、マジで。この際はっきり言う。

 俺は背中をくすぐる、いや触られるだけでもこそばゆく感じてしまう。

 なのでこのまま強く触られると笑い過ぎて死んでしまう。


『お、おまっ、うひひ、マジでやめろ!うひゃひゃひゃ!この、ままだと!マジで!笑い!死ぬ!アヒゃはははは!』


 そこまで言うとルエは洗う手を止めてくれた。


「そんなにくすぐったかった?大丈夫?」

『えひぃ...ひぃ...』


 言葉では心配しているが顔はニヤついてるぞ、ルエ。

 これは仕返しをせねば。

 そう思った俺は素早く起き上がると、温冷の切替弁を足で蹴り下げて冷水にし、そのままの勢いでシャワーヘッドを抱え込みルエへと向ける。


「ちょっと、きゃーっ!!」


 さぞ冷たかったのだろう。ルエは一目散に湯気が立ち上るお風呂へと帰っていく。


『ヌハハハハ!』

「むー!」


 ルエが湯船から頭半分を出してこちらを睨んで来るが関係ない。今は勝ったという事実に笑う時間なのだ。


 俺はそのままルエに向けてシャワーヘッドを向けるが、ルエも湯船の中に潜水をして一向に当たる気配がない。

 このまま時間だけが過ぎ、ラブルナム家の水道代だけが加算していくと思われたその時、ルエがついに湯船から全身を現した。


『馬鹿めっ、そこだ!』


 俺は迷いなく冷水をルエへと浴びせかける。

 だが、


「《水柱(オウガ・エロット)》!」


 ルエが唱える。その可憐な声とともに湯船から一本、丸太のような大きさの水柱が冷水を弾き飛ばしながら俺に向かって突き進んできた。


『ばっ!?魔法は卑怯だろ!ちょ、逃げあばばばばば!!』


 飛んできた水柱は俺やシャワーヘッド、石鹸などその他諸々を巻き込んで壁際まで流れて行った。


「ふっ、私の勝利ね」


 ドヤ顔で仁王立ちをするルエに対して俺は、


『ま、参りました........』


 降参のの言葉を告げ、この意味もない風呂場での出来事に終止符を打つのだった。

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