十七話 安息の夜
風呂から上がりそのままルエについていくと食堂へと辿り着いた。
奥では食事が机の上に並べられ、ノーサさんが椅子に座っている。そして俺達に気が付いたのか手招きをして呼び寄せる。
俺達はその意図を汲み取り、ノーサさんの近くの席へと座る。
ルエの対面に俺、俺の左隣にノーサさん、そしてノーサさんの対面に見知らぬ茶髪の男性が一人。
多分この人が話に出ていたノーサさんの旦那、ネオクロさんなのだろう。ルエが持っている金の瞳と同じくらい煌びやかな金色の目もあるし、間違いないと思う。
そう予想をつけていたら、男性が口を開いて言葉を発した。
「さて、皆も揃ったようだし夕食にするとしようか。でもその前に僕もネキロム君に自己紹介をしないとね」
そういって俺の目を見詰める男性。
「初めまして、ネキロム君。話はノーサからある程度聞いているよ。僕はネオクロ・ラブルナム・ドグマジオ、このラエドル王国の東部、ドグマジオ地方一帯を管理している辺境伯だ。これから短い間だがルエのことをよろしく頼むよ」
そういって軽く会釈をするネオクロさん。見た目通りの若さだが、辺境伯の地位についているというだけあって、その言葉一つ一つに知性が感じられる。
俺もネオクロさんの会釈に合わせて礼をすると挨拶を始める。
『どうもネオクロさん、ノーサさんからは聞いているとは思いますが俺がネキロムです。まあ、昨日までは名無しだったんですが、娘さんのお蔭で良い名前をもらえたので改めてお礼を。ありがとうございます』
そういってまた礼をすると、三人は少し驚いたような顔をする。
なんだなんだと皆の顔を見ていると、まずネオクロさんから口を開けた。
「いやあ、すまない。ネキロム君があまりにも人間らしく喋るものだから驚いてしまったよ。正直、失礼な話だが言葉を理解し話すといっても、片言だったりおぼつかないものだと思っていたんだ」
ハロー!ハロー!ハルオォォー!みたいに会話してくるんだろうと思ってたんだろうな。
やっぱりそのくらいこの世界だと人外との会話が通じないんだろうか。
........今度師匠と喋る時片言にしてみようか?
ウォれはネキロム! たった今からぁア、うぉマえと一緒ォぉ!!
「私は巫山戯ているネキロムしか見た事なかったから、真面目なところもあるんだなって驚いちゃった」
ノーサさんは中々棘のある事をさらりとおっしゃる。俺はいつだって真面目なのに。
「私には意地悪するくせにー」
うん、ルエに至っては置いておこうか。なんかもうつまみ食いさえしてるし。
「意地悪?」
ここでネオクロさんが反応してくる。
「そうなの!さっきもね、お風呂でね!私に水を掛けてきたりしたの!」
ここぞとばかりにネオクロさんに訴えるルエ。
本人はぷんすかイジケながらお風呂での顛末を喋っている。
「それでね、ネキロムが油断したところを私が水柱で――――――」
「ん?水柱?」
「あ」
語るに落ちるとはまさにこの事よな。
まあ、勢い良く語り出した時点で予想はしてたけどな。
「ルエ、まさか」
「ちち、違うよ!桶でネキロムにお湯を掛けたの!」
『はーい、ルエには操水魔法で思いっ切り水を掛けられましたー』
俺もここぞとばかりにネオクロさんへと告げ口をする。このままだと叱られる対象が俺になってしまう。
そんな俺を青ざめながら見てくるルエには絶望が待っていた。
「ルエ、家の中では授業の時以外魔法は危ないから禁止って言ったよね。罰として明日は一日中勉強の時間だからね」
爽やかな笑顔で告げるネオクロさん。その笑顔には明らかに怒りの感情も混じっていた。
「うえぇ、そんなぁぁ......」
悲しさのあまり、机に突っ伏すルエ。それでもつまみ食いは止めない食い意地。
「はいはい、その話はまた後で。ルエもちゃんとして。今日はネキロムと一緒に暮らす初めての日のお祝いで張り切ったのに料理が冷めちゃうじゃない」
『あ、そうだったの?』
どうやら俺の為にこの豪勢な料理を用意してくれたようだ。やはりノーサさんは優しさの塊で出来ている。ネーミングセンスは........うん。
「そうだね、こんなにも美味しそうなのに見ているだけでは我慢ならない。それじゃあ」
いただきます、と皆で合掌をした。
料理はどれも見た目通りの美味しさで師匠には悪いが師匠もこのくらい上手だったらなあと思ってしまう程だった。
心残りはやはり、どうしても兎の口では肉は噛み切れず食べれなかったことだけが無念でならない。
食後は、談話室に移り俺の事を主に聞かれたりした。兎の国のこと、俺が魔法を使えることなど、前者に関しては師匠と同じようにある事ない事を適当に喋り、後者に関しては聞かれたことだけを答えるようにした。
魔法に関してはまだ知らないこともあるし、実は師匠にも話していない俺だけの切り札を持っていたりする。
ノーサさんたちとは、今日一日だけしか一緒に過ごしていないが信用はしている。だが、この世の中完全なものなど無いし、言う必要性も感じられない。
そんなこんなわけで魔法についてはちょっとだけ秘密があるということだ。
それに聞かれるだけじゃあつまらない。俺も出来る限りでこの世界、オール大陸のことを聞いておいた。国の数、世界の歴史や常識、聞けば聞くほど地球とは違っていたり全く一緒だったりするところもあった。
「くぁ~ぁ」
ルエが可愛らしい欠伸をする。
ふと、時計を見ると今日という日が後少しで終わろうとしていた。
「ああ、随分と話し込んでしまったようだね。ごめんねルエ、こんなにも長引いてしまって」
「ううん、面白かったから大丈夫だよ…...」
ルエは大丈夫というが声が段々小さくなっていき、どう見ても眠たそうだ。
ネオクロさんはそんなルエを見て頭を優しく撫でている。
そして俺に向き直ると断りの言葉を言ってきた。
「すまないネキロム君。今日はここでお開きということにしてもらえないだろうか」
『大丈夫ですよ、ルエも眠たそうだしここで終わっておきましょうか』
「ありがとう。この話の続きはまた後日するとしようか。さ、ルエ」
ネオクロさんは礼を言うと、ルエを寝室に行かせようと促す。
「ん、ネキロム……」
『ん?一緒に来て欲しいのか?』
ルエが俺に手を指し伸ばしてきた。
どうすべきか、チラリとネオクロさんを見る。
「僕からもお願いするよ、今夜だけでもルエと一緒に寝てやってくれ」
ネオクロさんの言葉にノーサさんも同意するように微笑む。
二人からもお願いされれば行かない訳にはいかない。
俺はルエの足元まで行くと抱えられることにした。
「おやすみなさい。お父さん、お母さん」
『おやすみなさい。ノーサさん、ネオクロさん』
俺達二人は挨拶を済ませると、二人のおやすみの声を背にルエの部屋へと向かう。
部屋に入るとルエは一直線にベットに向かい、俺を抱えたまま倒れ寝た。
『おーい、せめて布団の中入ろーぜー』
「うん、ぅーん……」
どうにも意識の無い返事しか返ってこないが、ルエは体をもぞもぞと動かし布団の間へと入っていった。
結局、俺は離してもらえず密着した状態のままだが……、しょうがないか。
俺もそのまま目を瞑り、意識を手放すことにした。
「……い!おい!ネキロム!」
誰かが呼ぶ声が聞こえた。うっすら目を開けると、そこは見慣れた師匠の家の中だった。
「聞こえているのか、ネキロム!」
声の方向へと振り向くと師匠がいた。
『……師匠?』
「そうだ!お前姉さんの料理の方が美味しいと思っていただろ!」
『えぇ……?まぁ、はい』
唐突な追及と勢いに負けて、俺は間の抜けた返事を師匠に返してしまう。
「何だその返事は!そんなお前には罰を受けてもらうぞ!」
『罰ってししょ……ちょっとちょっとちょっと!!』
師匠はどこからともなく自身の何倍もある石版を持ち上げ投げ飛ばして来た。
何故か避けない俺はそのまま石版を受け止めてしまう。
『ちょ、ちょいちょいちょい!ギブギブギブギブ!!』
「まだまだ!それ、もう一枚追加だー!」
もう一枚どころか何枚も石版を投げ飛ばして来る師匠。
そして綺麗に俺の上に積み重なる石版の数々。
「それそれそれー!」
『ぎゃあああああ!死ぬ死ぬ死ぬぅううぅぅううう!ああぁぁあああぁあ………
……ァァああぁああ……ぁあ?』
目が覚めた。意識が覚醒した。
どうやら俺は悪夢を見ていたらしい。というか夢でないと色々と説明がつかない。
師匠の筋力然り、性格然り、どれもこれも思い出すだけでめちゃくちゃなものだった。
何だか疲れてしまった。とりあえず一旦起きよう、そう思い手足に力を入れる。
『……ん?ふんぬぬぬ!』
……起き上がれない。香箱座りのまま微動だに動くことが出来ない。何故だ……。
「んむぅ……」
起き上がれないことに疑問に思っていると、不意に頭上の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『……ルエ?』
反応は返ってこない。だが今の声は確かにルエだった。
俺はできる限り首を回して後方を確認する。すると、暗闇の中にちらりと紫色の髪が混じっているのが見えた。
……間違いない。今、俺の上にはルエが軽く覆い被さっている状況だ。
まあ、被さってしまったものはしょうがない。だがこのままでは不便でしかない。
とりあえず、ルエには起きてもらえるよう俺は全身を使って出来るだけ体を動かす。
「むぬぅ……」
お、もう少しか?
「んん!……ざま」
よっしゃ、ルエが体を……なんか重くなってきたんだけど!!
『ルエ!?起きて!ルエ!!?』
「うるはい……」
そう寝言を呟いたルエは体の向きを変える、さらに体重が掛かるように。
『ルエー!ルゥエェェァァァァ!!』
どれだけ声を掛けようが起きる気配の無いルエには意味が無い。
このままの状態でノーサさんがルエを起こしに来るまで約五時間。俺は幼女に押し潰され圧死という死因の第一号にならない様、耐え続けるしかないのだった。
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