試合
『あっちで色々と話されていたけど、僕の事かな。気と視線は僕に向いていたし。それにあの気は人を疑う時の気だ』
少年は内心でそんな事を呟いていた。
その時、それとは違う気が近づいているのを感じた。そしてその気は少年が知っている者の気であった。
「すいません。ここ、いいですか?」
それは同じ馬車に乗って、盗賊とも一戦交えた少女であった。
少年は頷き、座るのを促した。
少女はありがとう、と一言言って座った。
「さっきは、危ない所を助けてくれてありがとうございます」
少女は礼を述べ、頭を下げた。
少年は、少し慌てた。気で相手が女性であり、今何をしたのか気の動きでわかり頭を上げるようにと促した。
「いえ、危ない所を助けていただいたのは事実。せめてもの事です」
少女は少年の考えに気づき言葉を連ねた。
少年は、少女の強い意思を感じ取り、座り直した。
「せめて、お礼に何か……」
少女が言おうとするのを少年は手を前に出して止めさせ、首を横に振った。
「で、ですが…」
少女は再び言おうとした。
「お嬢さん、話中悪いな」
カイズが割って入ってきた。
「おい。少年、お前に話がある。着いてきてくれ」
カイズはそう言うと歩いていった。
少年は少女に一礼するとカイズの方へ杖をつきながら着いていくのであった。
少女はそんな少年の背をただ、眺めているのであった。
「どうでしたか」
少女の背後から声が響く。いつからそこに居たのか。
「お礼は言えました」
少女の声は馬車の時とは違い、凛として気品のあるものになっていた。
「それは何より」
声は背後で響く。
「ねえ。あなたから見てどうでしたか。李海」
李海と呼ばれた者は少女の質問に答える。
「はい。なかなかできます。あんなハンデがあるのに実力は相当です」
「そんなに!?」
少女は驚いた。彼女にここまで言わせるなんて。
「ハンデって、彼、目が」
「はい。演技ではなく。本当に目が見えません」
「本当だったんだ……」
少女は少年の戦いを目の当たりにして目が見えないのは演技だと思っていた。しかし、本当の事だと知り少年に同情した。
しかし、李海の次の言葉に少女はさらに驚く事になる。
「それとハンデになっているのは目〝だけではない〟と思われます」
「それ、どういうこと」
少女の声は賑わう声の中で消えていった。
カイズに着いてきた少年は自分がこのギルドの奥へ連れて行かれているのを感じていた。
「そういや礼がまだだったな。ありがとうよ。助けてくれてよ。おかげで命を拾ったぜ」
カイズは歩きながらで少年にむかって礼を言った。
少年は、いえいえ、と手で仕草して答えた。
その反応にカイズは不信に思った。
問い掛けようとしたが丁度目的地に着いたためあきらめた。
二人がその目的地の部屋へと入っていくと幾人かがそこらじゅうで闘っていた。
「まあ、ここに来てもらったのはよ。ここのギルドのリーダーがお前が本当にダート達をやっつけたかどうか確かめたいらしいんだ」
カイズは少年に気まずそうに見て一言言った。
「ちょっと、試合をしちゃくれないか?」
『やっぱり』
少年は自分の予感が当たり、どうしようか悩んだ。
ここで、試合をすれば、実力が認められ、報酬を貰える。しかし、ここで目立つのはごめん被る。
『でも、ここは相手の巣。下手な事はできないし。それに……』
思考を止め、訓練場内を見渡す。そして、自分達に視線が来ているのを感じた。
『こんなに注目をされると断ることができない空気になっているのは必然』
少年は、考えていたが、無理だと判断し了承するのであった。
それから数分後。訓練場には大勢の人達が来ていた。
「おい、アルイトが戦うらしいぞ」
「本当か。相手は誰でもだ」
「うそだろ。ガキかよ」
「しかも、めくらだぜ。」
「でもよ。ダート達をやっつけたって話だぜ」
「そんなバカな」
そこらいらで話し声が聞こえる。
暫くしてアルイトが訓練場に現れた。
アルイトは、軽装であったが、自分が、いつも使っている剣を手にしていた。
それを見て周囲からざわめきが起きる。
いくら軽装であっても剣を持っているということは彼が本気であるという証拠だったからだ。
対する少年はさっきからずっと所定の位置に立っているだけで何もしていなかった。
「すまない。こんな事になってしまって」
アルイトは、少年に向き合うとまずはじめに謝罪した。
少年はただ、おじぎするだけであった。
その後は、緊迫とした空気が漂った。
アルイトと少年は、それぞれの位置で構えた。
そして、号令とともにアルイトは少年にむかって斬りこんでいった。
対する少年は動くことはせずに、ただ、腰を低くし、杖に手を添えるだけだった。
試合が始まってから数分が経過。
アルイトは、愛剣を手に荒い息を吐いていた。
その顔には疲労と驚愕が混ざった表情をしている。
その視線は信じられないものを見ているかのように目の前で立っている少年に注がれていた。
「なんて……奴…だ」
アルイトからそんな言葉がこぼれる。
そして、こう思っているのはアルイトだけではなかった。
「う、うそ…だろ」
「あの、アルイトさんが」
「本当にあいつ、めくらか!?」
「何者だよ。あのがき」
試合を見ていた観客席からもそんな声がとんでくる。
それほどに目の前の試合が異常なのだ。
少年は、この試合中に特別な魔法を使用したわけでも、アルイトよりも早く動いたわけでも、周囲の度肝を抜く剛力を発揮したわけでもなかった。
彼が行ったのは、ただ一つ。
アルイトの攻撃をその場から動くことなくいなす。
ただ、それだけだったのだ。
しかし。それがかえってアルイト達に異常性を与えていた。
『なんか、観客席の方の気がどよめいているなあ。驚いているのかな。まあ、当然か』
少年は、辺りの気を感じて内心で呟く。
「もう一度。ハァッ!」
アルイトが、気合いとともに再び少年に向かって走り出した。そして、一気に間合いへと入り、渾身の突きを繰り出す。
「何!?」
しかし、その突きは少年が僅かに横にずれたためにまた避けられてしまった。
対する少年は、ここにきて動いた。避けると同時に直ぐ様、持っている杖の先でアルイトの眉間へと寸止めで突いた。
「ッ」
この瞬間。アルイトは、実感する。
こいつには勝てない、と。
「私の敗けだ。疑ってすまなかった」
降参の言葉を呟き、謝罪した。
次の瞬間。
訓練場は、静まり返っていた。
もう使われなくなり、誰もいなくなってしまった場所のように。
試合の結果が出たというのに。
試合を見ていた人々は、今、自分達の目の前で起こった事にただ、ただ、見続けているのであった。
少年は、周囲を見て、静かに声のないため息をつくのであった。
『やれやれです』