兎、眠る
「さて、これからどうするべきか。」
咲夜の震えが止まってしばらくたって今、俺は咲夜の膝の上にいた。もちろん講義はしたが何度降ろせと言っても降ろしてくれないので諦めた。別に無理やり降りてもよかったけど、それも面倒くさい。
「ゼシルさんの言ってた街に行くんじゃないの?」
実際、俺達が知る目的地なんてゼシルの言っていた街しかないのだが、ゼシルが信頼できるかはまだ分からない。極端な話、罠という確率だってあるのだから。まぁ、ゼシルと俺の力の差を考えるとそんな必要があるとも思えないが。
それに、実はそれよりももっと切実な問題がある。
「俺、ゼシルから街の場所を聞いてない。」
「……………え?
何か地図みたいなのを渡されたんじゃないの?」
どうやら咲夜の位置からでは俺が何を渡されたのか把握できなかったようなので、俺はゼシルから渡された銀のアクセサリーを咲夜に見せた。
「ワンちゃんのアクセサリーだね。」
「あぁ。
まさかこのアクセサリーが街まで連れて行ってくれる訳じゃないだろうしな。」
俺がそう呟いた瞬間、アクセサリーが光輝いた。そしてそれは光を発しながら段々と巨大化し、とうとう小型犬程の大きさにまでなった。
「ワン!!」
今まで、銀のアクセサリーだった犬は本物の犬に変化した。
「この世界って何でも有りなのね。」
咲夜は半ば諦めたような声でそう呟く。
俺は犬の前にしゃがんだ。
「お手。」
「ワン!!」
「お座り。」
「ワン!!」
「ターン。」
「ワン!!」
「よし、俺達を街まで連れて行ってくれ。」
「ワン!!」
犬は真っ直ぐどこかに向かって歩き始めた。どうやらそちらの方角に街はあるらしい。
「何でも有りなんだよ。」
俺と咲夜は目を見合わせ、少し笑う。そして俺達は急いで荷物をまとめ、犬の後をついて行った。
「ねぇ、そういえば雪兎はゼシルさんの名前は覚えたんだね。」
"ポチ"の後をついて行く途中、咲夜がそんなことを聞いてきた。
因みに"ポチ"とは咲夜がこの犬に付けた名前だ。安易な名前だが、確かにこの犬は見るからに"ポチ"だった。
「まぁ、流石にあれだけ衝撃的だったからな。」
それに俺は自分より強い人間の名前はしっかり記憶するようにしている。と言っても元の世界じゃぁ3人しかいなかったが。
「私の名前はいつになったら呼んでくれるの?
衝撃的なことがあれば呼んでくれる?」
咲夜はまだ俺に名前を呼ばせることにこだわっているらしい。
「さく………らんぼが食べたいなぁ〜。」
今更咲夜を名前で呼ぶのは照れくさくて、誤魔化してしまう。
「………昨日は言ってくれたのに。
まったく、照れなくても良いのよ?」
よし、咲夜の名前は金輪際呼ばない。決意を新たに俺は黙々と"ポチ"の後を追った。咲夜がいろいろ話かけてきたような気がするが全て気のせいだろう。
そして、夕方になり俺達は適当に開けた場所に寝床を確保することにした。単純に昼から何も食べてないので腹が減ったのだ。
俺は、咲夜にはそこで待ってもらい、何があってもすぐに駆けつけられる範囲で狩りをしに行くことにした。
比較的弱そうで旨そうな怪物を探していると、鋼の毛を持つ羊と遭遇した。とりあえずそいつを今日の夕飯に決定し、その羊を狩った後、その場で解体する。流石にグロいので咲夜に見せる訳にはいかない。
羊は毛が鋼のくせに肉は柔らかく、とても美味しそうだ。
帰りに元の世界の食用植物を摘んでいく。しかし、似ているだけで食用ではなく、毒を持つものも多いので、毒の効かない俺が毒見しなければならない。
「ポチ、バーン!!」
「くぅ〜ん。」
戻ってみると、咲夜がポチに向かって指鉄砲を放ち、ポチがパタリと倒れるという芸を仕込んでいる最中だった。
「……何をしてるんだ?」
俺の言葉に咲夜よりも先に気付いたポチが俺の元に駆け寄ってくる。
「あ、雪兎おかえりー。
ポチに芸をしこんでたんだけど……残念、ポチは私よりも雪兎の方が良いみたい。」
咲夜は俺の足に纏わりつくポチに苦笑しながらそう言った。
何故か俺は昔から動物には好かれるのだ。
咲夜は早速俺の持ってきた肉と野草を使って料理を作ってくれた。俺達はそれを食べ、今日は早いが休むこととなった。ポチは腹がいっぱいになったからか、元の銀のアクセサリーに戻っている。
「雪兎は今日も寝ないとか言わないよね?」
寝袋に入りながら俺を見る咲夜。
別に今日も寝る必要はない。だが、今日は体力をかなり使ったので念のため寝て体を休めておいた方が良いだろう。それに昨日と違って周りに警戒すべきものもない。例え寝ている最中に何かあっても、俺の体は直ぐに起きられるので心配ない。
「今日は俺も寝るよ。」
「やった。じゃあ早く寝よう。」
そう言って咲夜は自分のいる寝袋に空間を作り始めた。
「言っとくけど、一緒には寝ないからな?」
「え〜、でも寝袋は1つしかないよ?」
「俺は木の上で寝る。」
外は少し肌寒いが、俺の体質上、風邪など引かないので木の上でも問題ない。寝心地は落ちるが、人と一緒に寝るよりは増しだろう。
「じゃぁ、私も木の上で寝る。」
「風邪ひくぞ?」
「それが嫌なら私と寝なさい。」
まさかの脅迫。しかし意味不明だった。
「なら、木の上だな。」
本気で咲夜まで木の上に来るとも思えないので俺は構わず木に登ると居心地の良い位置を探し、寝る大勢に入る。
「結構、寒いね。」
隣に咲夜がいた。
………あぁ、気がついていたさ。俺ほどの聴力が無くたって隣に人が木を登ってくるのくらいは分かるだろう。
咲夜は普通の女の子だ。こんな寒いところで本当に寝たら風邪をひいてしまう。だが、ここで寝袋に戻ったら負けたみたいで悔しい。さて、どうしたものか…
くしゅん くしゅん
ガタガタ ブルブル
「あ〜もう、分かったよ。寝袋で寝りゃいいんだろ。」
明らかにわざとらしい演技だったが、やはりこんなところで風邪をひかせるわけにはいかない。下手をすると命にかかわる。
「そうそう、初めから素直にそう言えば良かったのに。」
「…………はぁ。」
結局、1つの寝袋で寝ることになったのだが、少し大きめとはいえ1人用の寝袋に2人も入るのだから、当然狭い。となると必然的に咲夜と密着する羽目になる。
「やっぱり、2人の方が温かいね。」
そう言って更に密着してくる咲夜。正直勘弁して欲しい。咲夜の体は年齢よりも大分大人びているので、こうも密着されるとその柔らかな感触がダイレクトに伝わってきてしまう。
"兎"時の俺は別として、俺にはほとんど性欲がない。自分で言いたくは無いが、要はまだ異性に興味が持てない子供なのだ。
まぁ、今までの生活において、ひたすら過酷な環境にいた俺はそんな余裕も無かったというべきなのかもしれないが。
「狭い。おまえ、場所を取り過ぎだ。」
「それは私が太いと言いたいのかな?」
腕に力が込められ、死にそうになる。
「大丈夫、スタイルは良いぞ。」
「そう?」
力が緩められ、やっと息が正常にできるようになった。完全に尻に敷かれてる気がしなくもないが、気のせいだと断定する。
「雪兎がいると安心する。」
それ以降、お互いに言葉はなく2人とも眠りについた。
咲夜には絶対に言わないが咲夜に抱かれているのは割と気持ちよかった。俺の知らない温もり、手に入らなかった温もりだった。