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メシアさんは救って欲しい

「世界救世主です、救ってください」

「はいっ?」

 店に入るやいなや、そんなぶっとんだことを言い放ったのが今、オレの目の前でカウンター席に腰かけている男のひとである。

 自称世界救世主、世を忍ぶ仮の名前はメシアさん、らしい。

 ボサボサの長い髪にヒゲ、蔓を編んだ輪っかの冠。着ている服は白い法衣のようなもので、いかにも胡散臭い。よくここに来るまでの間に職務質問にあわなかったものだ。

「あの、メシアさんでしたっけ? ええと、救ってくださいというのは?」

「茂美もびっくりのちょっといきなり過ぎる入店よぉ、世を忍んでるお兄さん」

 とりあえず水を差しだし、茂美やナルとともに話を聞くことにする。

 自称メシアさんは水を一息で飲むと、顔をあげた。

「これは失礼。このお店は悩みごとを何でも聞いてくれるというウワサをきいてね」

「確かに悩みを話すお客さんは多いけどね」

「それで救世主なのに、悩み相談を?」

「えー、なんかへんなのー」

 オレとナルが首をかしげると、メシアさんはオレとナルの手を取った。

 ちなみに今日のオレとナルのコスチュームはゴスロリメイド服の合わせである。控えめにいってふたり揃って超可愛い。

「ああ、ここにはこんな美しいエンジェルがふたりもいる。きっとこの地はエデンに近いのだろう。たどり着いた楽園だ」

「て、天使……。それはちょっと照れますね」

「んふふ~、ボクっては天使になっちゃった!」

 戸惑うオレとはしゃぐナルを見つめたあと、メシアさんは法衣を正して茂美に向かい合った。

「それで、ふたりの天使の真ん中におわすご本尊が、お店の主かな? カマひしめく道に、悩めるものを抱きしめる女神のごときゴリラあり。うむ、お告げ通りのゴリ」

「ふんが!」

「うぼぁ!?」

 メシアさんが喋り終える前に茂美の右ストレートがとんだ。ソファー席まで強制リクライニングされるメシアさん。とんでもない腕力と正確さである。

 それにしてもそんなぶっとんだお告げ、どこで聞いてきたんだよ……。

 ぶっ飛ばされたメシアさんが、なぜか両目から滝のように涙を流して立ち上がった。

 やばい、どこか打ちどころが悪かったのか!?

「あの、メシアさん!?」

「おおお……! なんて素晴らしい右ストレートだ! 微塵のためらいもない無慈悲なるさばき! 一瞬意識が消えかかりました! 神よ、これが解放、救いなのですね!」

 いやいや絶対に違う。

 格好や言動からどう見てもおかしいと思っていたが、これはオレの想像をはるかに超えるヤバさである。そもそも神よってメシアさんが自称世界救世神じゃないんかい。

 メシアさんは茂美に駆け寄り、その太い腕を両手で握りしめた。

「ゴリラの女神、どうか疲れ果てた救世主にお導きを与え給え!」

「あたしもこの道長いけど、今回はちょっと難しいというかあたらしいお客さんが来ちゃったわね。まぁまぁメシアさん、とりあえず座って」

「ははっー!」

 カウンターのうえに正座するメシアさん。なんだこのひと。

「いや座るのはカウンターね、メシアさん。さて、まずはそうねぇ、救ってくださいってことはどうにかして欲しい悩みがあるわけでしょ。それを話してみて欲しいわぁ」

 茂美、ツッコミを放棄してたしなめる。

 もうとにかく話を進めることにしたようだ、賢明な判断である。

「はい。これは東京都こころのお悩み電話相談室にも相談したことなのですが……」

「電話したのかよ!」

「いやなんか、ひとの声が無性に恋しい時、あるじゃん?」

「ありますけどね……。それで?」

 メシアさん、想像以上に社会のセーフティーネットを活用しているぞ。

 オレがあきれた視線を向けると、メシアさんが不意に険しい表情をしてカウンター席のうえで正座をといた。必死に足の裏をそらせている。もう足痺れたんかい!

「あだだだだ、それでですね。悩みといいますのも、この業界――救世主界隈を長くやっているとですね、たいがい困った時にだけ民衆に祈られるんですよ」

「困った時の神頼みっていうやつ~?」

「そうそう、それです。ほんまそれ、マジまんじ」

 俗っぽい……ものすごく俗っぽいぞこの自称救世主!

「それでシャカやアッラーとも愚痴り合ったもとい話し合ったのですが、普段は無信仰のくせに困った時だけ神様仏さま稲生様。あんまりじゃないですか?」

「おっさんくさいメシアねぇ……」

 茂美のため息に、メシアさんは必死の形相で訴えかける。

「だって困った時にだけすがりつくように頼むぐらいなんだから、願いの内容なんてだいたいはもうすでに無理ゲーなんですよ! もうだいぶ詰んでる、これこっから逆転とかムリ! どうしたって叶いっこない願いや頼みばっかなんですよ、ちくしょう!」

「うわぁ身も蓋もない」

「ナル、神社お参りするときのイメージ変わっちゃいそう~」

 ナルが困った声を出したって、メシア様は止まらない。

「そんな無責任で無理無理な願いばっか来るんですよこっちは! それなのに、ほんのちょっと祈って願いがかなわなかったらドヤ顔で『神様なんていない』ですよ!? もうバカか、アホかと。ほんとひどいっすよね!」

「まぁまぁメシアちゃん、落ち着きなさいよ」

「挙句ついこの間はとうとう『神は死んだ』とかいわれましたよ! もう激おこ!」

 神は死んだって、たしかニーチェの言葉だよな?

 メシアさん、あんたのついこの間、年代広すぎでしょ。

 おいてけぼりのオレと茂美とナルをよそに、メシアさんはさらにヒートアップしていく。

「あーもう、神は死んだとかどいつが言ったんだ! あ、ドイツが言ったんだ、ぬはは! ……ってやかましいわ!」

 ひとりノリツッコミである。もうなんでもありだな、この救世主。

 ため息をついた茂美が、カウンターにどんぶりを差し出した。

 お得意の牛と豚の訳あり合い盛り丼である。

「ほらメシアちゃぁん、あんまりカリカリしないの。ずいぶん痩せているけど、ご飯ちゃんと食べてる? ほら、これでも食べて落ち着いて」

「おお、なんて優しい心遣い。貴方はゴリラ界の聖母だ、ナンマンダー」

 メシアさん、それ呪文違うから。茂美がカウンター下の見えない場所でコップを握りつぶしながら、笑顔で丼を勧めた。さすが茂美である。

「ではでは、頂きます! こ、これは……うまい!」

 オレもかつて茂美に拾われた時に、あの訳あり丼があんな風に食べていたっけ。

 あれは最高にうまかった。

「こいつはうまい! 最後の晩餐よりもうまい! ああ、罪の味がするぜぇ……!」

 訂正、あんな風には食べてない。

 あっという間に訳あり丼を平らげたメシアさんが、急に真面目な顔であらぬ方向をにら見つめた。

「メシアさん?」

「きた……」

「きた?」

「キーーーターーー!! 予言、降りてキターー!」

 叫んだメシアさんがいきなり店を飛び出していった。

「うわぁびっくりしたぁ! 茂美、これって食い逃げ!?」

「一応へんな聖書みたいなやつとか、荷物は置きっぱなしだし大丈夫じゃないかしら」

「なんか凄い人が来たね、ママ、アキ」

 オレたちが大きなため息をついたのは、全く同じタイミングであった。

 自称世界救世主、メシアさん。

 ドクターストップに、ある意味でもっともドクターストップらしいお客さんがやって来た瞬間であった。さてどうしたものかと思っていると、頭をポリポリとかきながらメシアさんが店の中に戻ってきた。

「いやー、女神、天使、とつぜん飛び出して行っちゃってすいません」

 メシアさんは店の中に戻ってくると、再びカウンター席に腰かける。

「もうっ、予言って何よ。びっくりさせないでよね」

「いやはや申し訳ないです。予言は時と場所を選んでくれませぬゆえ」

「それでそれで、その予言っていうのはどんなのが来たの? 教えてよメシアさん!」

 興味津々のナルの質問に、メシアさんは不敵な笑みを浮かべた。

「ふふふ、美しい天使よ、預言の内容を知りたいのですか?」

「しりたーい! ね、アキ」

「えーっと、まあ、聞くだけ聞いてみたいです」

「天使たちがそういうのであれば……。本来は秘密にするべきですが、ここは天使とゴリ……こほん、麗しき女神のおわす場所、問題ないでしょう」

 今ゴリラって言い掛けてやめたよねメシアさん。

 この救世主、案外と学習能力はあるらしい。さっきのパンチがよほど効いたのか。

「いいですか、絶対に民衆には内緒ですよ。今日の予言はですね……」

「ドキドキ」

「明日の天気は晴れのち曇り。降水確率は30%です!」

「天気予報じゃねーか!」

「花粉の量は少な目、洗濯物を干すなら午前中がいいでしょう。折り畳み傘の携帯を忘れずに。紫外線対策もしておくとなお良いでしょう!」

「続けるのかよ」

「以上、預言終わり! ……はぁ、疲れた。水族館いきたい。癒された~い」

「いきなり話がぶっ飛ぶのね」

 ダメだ、この救世主きちんと会話が成り立たない。

 これは茂美の言う通り、新しいタイプのひとである。それでも茂美はマイペースな救世主に動じることなく会話を軌道修正していく。

「ところで、メシアちゃんの悩みっていうのは結局なんなの? さっき言ってた無理な時だけ祈られるのがつらいっていうのが悩み?」

「イエス! メシアだけにっイエスっ! な~んちゃって!」

「……」

「……」

「そうねぇ、メシアちゃん。祈られるとなにがつらく感じる?」

 すげぇ! 茂美普通に無視した!

 オレたちが呆然とする中での茂美のスルー力に、オレとナルは意味もなく顔を見合わせて頷いた。

「だってさ、もっとそんな無茶ぶりを祈られる救世主のことも考えて欲しいな~って」

「そうねぇ、願う方も考えて欲しいわよね。メシアちゃんが気になるのは、具体的にどういうことかしら?」

「そうですね……普段は信仰とかまったくないくせに、困った時だけ祈って解決しようっていう都合のいい民衆の考え方かなぁ」

「なるほどねぇ」

「だってそうじゃん!? 祈って何か無理なことが叶うなら、メシアだってはりつけ回避余裕だったはずだもん! 私あの時そりゃあもうすんごい祈ったけど、全然回避出来なかったからね! はりつけフラグ!」

 百歩譲ってこのひとが本当にメシアだと仮定すれば、の話であるが、まぁ言いたいことはわからないでもない。しんどい時だけお祈りして解決を願われるのはつらかろう。

 それにしても、はりつけ回避とかフラグとかなんとも現代的な言い回しをする救世主である。いつの時代をモチーフにしてるのかさっぱりわからない。

「本当に災難だったわね、でも今ははりつけも終わって元気そうで何よりよ」

 そうだなぁ、はりつけは大変だよなぁ……って。

 おい茂美、話を合わせるためにさらっと時空を越えるな。

「ウィ、ごもっとも。さすがは女神、話がわかるぅ。どれ、赤ワインいただけるかな」

 わあ、話したいことを話すだけ話したら、サクッと酒にシフトしたよこのひと。

 それでいいんかい、メシアさん! 悩みとか祈りとかの問題は!? まだぜんぜん解決してないよねその悩み!

「はい、赤ワインどうぞ!」

「ありがとうエンジェル。ふう、うまい。これは最後の晩餐よりうまい……」

 本日二度目の最後の晩餐越え、いただきました。決して語彙は豊富じゃないぞ、このメシア。ああもう、ツッコミが追いつかない。

 なんでこんな日に限って史明は休みなんだ。

「アキ、深く考えちゃダメだよ」

「ううっ、そうだな……」

「だから! ボクとイチャイチャしよー! アキー!」

「なんでそうなるんだよ! コラ、手を変なところに、そこは……」

 ナルが身体を密着させて、スカートの中に狙いを定めて迫ってくる。

 オレは必死にそれを回避しながらも……ナルに抱き着かれて嬉しかったり。複雑。

「はっはっは、エデンの園で天使たちが戯れている。良きかな良きかな」

 グラスを空にしたメシアさんは上機嫌でもみ合うオレたちを眺めている。そして茂美がすかさずおかわりを注いでいく。

「おおっと女神、そんなおかまいなく」

「オカマいなくじゃないわ。オカマここにいるのよー! さあ飲んで飲んで」

「それ言えてる! オカマいなくない、オカマここにいるー! よーし、オカマいるならオカマいなく飲んじゃうぞー!」

 オカマゲシュタルト崩壊な会話である。

 そして相変わらずオレにくっついてくるナル。

 それをなんとか回避しようとするオレ。

 ワインを注ぐ茂美と、それをいきおいよく飲み干していく救世主。

 おかしな時間を楽しんでいたメシアさんが、ふと自分の左腕に目を落とした。

「おおっともうこんな時間か。そろそろヴァルハラに帰るよ。女神、お会計を」

 言うまでもなく、腕に時計なんてしていない。

 このひとホントよくわかんない。だけど、なんかもう慣れてきた気がする。

 残ったワインを飲み干したメシアさんに、ナルが思い出したようにつぶやいた。

「ねぇ、メシアさん。メシアさんが救世主様なら、どうして自分自身を救わないの?」

「良い質問ですねエンジェル! 実はねー、それよく言われます!」

 よく言われるのかよ。もうメシアさんがメシアさん過ぎてツライ。

「我々世界救世主業界にはですね、救世主は決して自分を救ってはいけないっていうルールがありまして」

「どういう業界よそれ」

「救世主たるもの堕落してはいけませんからな! ぬはははは! ヒック!」

 あのね、メシアさん。

 それ飲み過ぎて顔真っ赤にしながら言うセリフじゃないから。堕落しきってるから。

「赤ワインが六杯と、おつまみもとう晩餐っと……。五千五百円になりまーす」

「おやおや良心的、天国価格。これで」

「五千五百円ちょうど頂きました~!」

 メシアさん、百円玉を五枚出す。

 ちゃんと小銭持ってるのね。なんか細かいとこだけど意外。

「あっ、女神。領収書きっといて」

「世界救世主が領収書貰うんかい!」

「世界救済費でよろしくぅ」

 つい口に出てしまった。ツッコミも無視されるし、ああもうこのひとは……。

 なにからなにまで隙のない、規格外の男である。

「領収書のお名前、メシアさんで大丈夫ですか?」

「あ、そこは現世ネームの田中太郎でよろしく」

 わぁ、メシアさんの本名、普通すぎ。

 世界救世主、メシアさん。現世ネームは、田中太郎。

 またひとり、ドクターストップにおかしなお客さんが現れたのであった。

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