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とんかつはディナーのあとで

「おひとり様? おふたり様? か~ら~のぉ……おふとり様、ごあんな~い!」

 茂美の野太い声がドクターストップの入り口からコールされる。

 導かれるままに入ってきたのは、なんというかなかなかに豊満な女性。

 おい茂美、なんでそんなギリギリの接客から入るんだ。

「どうぞ。そこに腰かけて」

「はぁい。よいしょ、ふんす」

 女性が大きな身体をカウンターにねじこみ、席に腰を下ろした。

 突然の積載量過多に椅子がギギギッ、と鈍い悲鳴のような音を奏でる。

 腰かけた女性が噴きだした鼻息で、うすっぺらいメニューが飛んでいく。オレはなんとか無表情でそれを受け止めた。

「初めましてのお客様よね。なんて呼んだらいいかしら?」

「あ、あの、山森都子やまもり みやこっていいます。山森って呼んでください!」

「あらやだ山盛りなんて素敵なネーム!」

 なるほど、確かに山盛りそうな雰囲気はある。っていうかそれ本名なのだろうか?

 それはともかくとして、オレは古賀とともにメニューを置き直し、水とおしぼりを差し出した。

「どうぞ」

「やだぁ! ここ、女装バーじゃないんですか!? カウンターに男性と女性が並んでいるなんて……。も、もしかしてカップル!? 山森、いきなり超アウェー!?」

「いえあの、オレは男……」

「カップルですどうも」

 誤解をとこうとしたオレをさえぎって、古賀がオレの肩を抱き寄せる。

 その瞬間、茂美の裏拳が音速で古賀のよこっつらに飛んだ。

「にゃふ!?」

「ややこしくすんじゃないわよ! ええとね、山森ちゃん。今吹っ飛んでいった男はバーテンダーの古賀史明」

「わぁぁ、超好み! イケメンですね~!」

「で、こっちが……ご挨拶は? 彰人」

 茂美にうながされ、オレは山森さんの前で軽く頭を下げた。

「ドクターストップの新人スタッフ、彰人です。よろしくお願いします。……あの、こんな格好してますけど、男です」

「んまぁ! こんなに可愛いのに男の子!? んぎぃぃぃぐやじい! でも! 可愛い!」

 おしぼりを噛みしめた山森さんが金切り声をあげた。

 ちなみにおしぼりは『でも!』のところで無残に食いちぎられている。

 なかなかパワフルな方がいらっしゃったようだ。

「は、ははは……」

「さあさ、山森ちゃん。お腹空いてるんじゃないのぉ? 何食べるぅ? うちはおいしいメニューが色々あるのよぉ」

 乾いた笑いしか出ないオレを押しのけるようにして、茂美がメニューを指差した。

 鋭い目でメニューを睨み付ける山森さん。ふしゅう、ふしゅうと荒い呼吸を数度繰り返したのち、山森さんが声高に言った。

「ママ、どれも美味しそうで、私選べない! このメニューの食べ物、全部!」

「はいよろこんでー!」

「あ、私ダイエット中だから、全部一人前ずつね☆」

「わあ」

 ダイエット中だから、メニューを全部注文する女性、山森さん。

 オレの頭にダイエットとは、という問いかけがよぎる。

 その奥では肉を焼いたりうどんをゆでたりと、食欲を刺激されるいいにおいがせわしなく行き飼っていた。

「クンクン……。このにおいは豚肉と牛肉……。湯通ししているのが牛で焼いているのが豚ね。おにぎりの具はそれぞれ鮭、梅、おかか、コンブ……。お茶漬けは梅!」

 全部正解である。

 なんという嗅覚。山森さんの分析は続く。

「ああ、炒める音からして豚肉は二百グラムくらいかしら。炊飯器からただようほのかにあまみを含んだかおり、お米は新潟産で……」

 山森さんがわんこであったなら、今しっぽをぶんぶんとさせていることだろう。

 ウットリと店内にただよう料理のにおいを嗅ぎ分ける彼女の顔は、至福の表情を浮かべていた。

「お、お詳しいんですね」

「ここだけの秘密の話なんですけど! 私、食べることが大好きで!」

「エエ、ソウナンデスカー」

 うん、そうだろうね。

 言われなくても彰人わかっってた★

 でもなんだろう、憎めない人である。ニコニコとしていて、かわいらしい。勢いはあるけど他は控えめで、どこかおっとりと……

「はい、お茶漬けお待ち!」

「いただきまべろむしゃあああ! んまーい!」

 ……訂正しよう、控えめでも、おっとりでもないようだ。愛らしい、にしておこう。

 カレーは飲み物とはよく聞く言葉だが、お茶漬けは前菜にもカウントされそうにない勢いで消えていった。

 それからも運ばれてくる料理を嬉しそうに、そして激しく平らげていく山森さん。

 あまりにとびきりの笑顔で美味しそうに食べるものだから、こちらのお腹もすいてくる。

「ママ! これ凄い、味がしっかり染み込んでる~」

「うふふ、今日のお肉はじっくりゴトゴト、お釜でオネエがたっぷりねっとり執念深く煮込んでいるのよ~」

「すごぉい! 私じっくりコトコトとか絶対出来ない! 火が通ったら我慢できずにすぐ食べちゃう★」

「んもうセッカチさんね、山森ちゃん。好きな食べ物とかあるの?」

「えっとねー、私食べられる物が好きー! 食べられない物はちょっとだけ苦手」

 ちょっとだけかよ!

 心の中でツッコミつつ、空になったお皿を片づけていく。米粒ひとつ残していない、食器もきれいに揃えられていた。あの勢いからは想像のつかない、上品な食後である。

「お腹、落ち着きました?」

「うん、ダイエット中だから、腹五分目くらいかな。ごちそうさま!」

「……そうですか。お粗末様です」

 出されたお茶をくいっと飲み干して、一息ついた山森さんが財布を取りだした。

 あれ、もうお帰りなのだろうか。このひとはなんでわざわざ女装バーに食事だけしに来たんだろう?

「えと、もうお会計にいたしますか? 何かお話とか……」

「ふぁ!? 忘れてた!」

 オレの言葉に。支払いを始めようとした山森さんが目を見開いた。

「ママ!」

「元気ねぇ山森ちゃん。なぁに?」

「私、大切な相談をするためにここに来たの!」

 ついつい空腹で忘れちゃってて、と言った山森さんの顔がみるみる真剣なものになる。

「相談? いいわよ~、茂美相談されるの大好き、どんとこいよ!」

 茂美が自分の胸をバンと叩く、久しぶりのドラミングである。

「良かった~! あのね、このお店には迷える子羊を導いてくれるゴリラの姿をした女神さまがいるって読んだの!」

 山森さんがそういった瞬間、茂美の手の中でコップがガラスの粉と化した。

 ゴリラの女神……まさか……。

「あの、山森さん。その情報はどこで?」

 スマートフォンを取り出した山森さんが、画面をクリックしてサイトを開く。

「ここよ」

 差し出された画面には、どこかでみたような顔が……。

「世界救世主のお悩み相談、田中メシア太郎の歌舞伎町探訪記……?」

 明らかにメシアさんじゃねーか!

 何書いてんだよあの人。せめて許可とれや!

「それで、山森ちゃん。悩みって言うのはなぁに?」

 タバコを一瞬で灰に変えて一息ついた茂美が、優しい声で問いかける。

 後ろ手でタバコを押し付けた灰皿がみしりと音をたてひび割れた。

「うん、私ね……。もういい年だし、そろそろ結婚しよっかなーって」

「あら、いいじゃなーい。とっても素敵よ」

「でもね、職場にいい人がぜんぜんいなくって。それで結婚相談所とか、婚活サイトにも登録してね。それで実際に会ってみたり、街コンとかにも参加してみたんだけど、どうしても私の求める白馬の王子様が見つからないの」

 白馬の後ろのほうに乗る山森さん。

 うーん、ちょっと重量オーバーかもしれない。って問題はそこじゃないか。

「王子様が見つからない、かぁ。恋する乙女の悩みよねぇ~、わっかる~! で、山森ちゃんの探している王子様は、どんなメンズなの?」

「えっとね、ちょっと長くなっちゃうけど……。イケメンでイクメンで高身長、高収入。声がステキで私は専業主婦OKで、家事育児共同、両親同居は厳禁ダメ絶対! 親戚の冠婚葬祭とかめんどうな行事は不参加でいいよって言ってくれて、話が面白くって、仕事より私を優先してくれて料理上手でエスコートも自然な人で、芸能界と繋がりがあって、旅行は年に最低十回は海外。保険金受け取りは全額わ・た・し! 万が一涙の離婚のときは慰謝料たっぷりくれて、海の見える教会で結婚式が出来て、包容力とたくましさと優しさと、ほんのちょっとわんぱくさを兼ね備えていて、歌が上手くていびきはかかなくてお酒たばこギャンブルしないで、将来性のある人で……」

「……」

「……」

「……」

「それでね、私のことだけを見てくれて」

「ストォーーップ!!」

 洪水のように流れ出す山森さんの言葉の波を、茂美がなんとかせき止める。

 キョトンと首を傾げた山森さんの頬をつんとつついて、茂美が優しい声で話しだした。男だったら店の外まで吹っ飛ばされてたな、今のは……。

「ええとね、まずそんな素敵な人が、結婚相談所に登録なんてするかしら?」

「私というお姫様を探しに登録してると思うの! きゅるるん!」

「……そうね、そういうケースもごくまれにあるかもしれないわね。じゃあ、万が一登録していたとしても、王子様は大人気だから、競争率がすごいことになるわよね? それはわかる?」

「でも私、きっとライバルがいても勝てると思う!」

 山森さんが目を輝かせて胸を張った。

「山森ちゃんの勝てるって思う根拠はなあに?」

「えっとね。根拠はないんだけど、自信はあるの!」

 いったいどこから湧いて出た、その自信。

「体重ならウボァ!?」

 小声で呟いた古賀を、茂美が再び裏拳でカウンターの奥に沈めた。

 今度はゆっくりとタバコを吸いはじめた茂美が、山森さんの頭を撫でる。

「いーい? 山森ちゃん。結婚はね、そういう条件とか、ステータスだけでするものじゃあないのよ」

「でもママ、そういう条件がないと幸せになれないって雑誌に書いてあったの!」

「そうねぇ。確かに、お金も少しは必要よ。沢山あったほうが色んな事が出来るかもしれないわね。でもね、もっとシンプルに考えましょ。ああ、このひととずっと一緒に居たいって思えるひとと、結婚して連れ添っていく。それが一番じゃない?」

「どうして? だって、お金……」

「山森ちゃん。あなたはお金と結婚するわけじゃないのよ。これから十年二十年、もっともっと長い間、このひととだったら幸せに生きていける。そんな相手を探して欲しいわ」

 茂美の言葉に、山森さんはぶんぶんと首を縦に振って頷きまくった。

「そうだよね! ママ、ありがとう! 私がんばる!!」

 茂美の言葉に、山森さんが目に涙を浮かべカウンター越しに抱きついた。

 受け止めるゴリラ。しかし、カウンターがミシミシと嫌な音を立てている。

 山森さんと茂美のサンドイッチは、木製カウンターの耐久性をはるかに凌駕していた。圧力強すぎ。

「よーしよし。ちょっとは落ち着いた? 山森ちゃん」

「うん。私、真実の愛を探すために努力する! ママ、婚活成功祈願に、トンカツちょうだい!」

「はいよろこんでー!」

「……まだ食うのか」

 そのあと山森さんは揚げアゲ婚活トンカツ定食(メニュー外、茂美オリジナル)を三食平らげて、お店を後にしていった。

「山森さん。大丈夫かなぁ」

「まぁ、言いたい事言って思いっきり食べて、スッキリしてへんなこだわりは捨てられたんじゃないかしら。ちょっとは落ち着いた目で相手を見れるようになったと思うけど、うまく行くといいわねぇ」


 それから三日後。

 満面の笑みを浮かべた山森さんが再びドクターストップへやってきた。

「ママ、聞いて! ママのアドバイスのおかげで、私さっそく恋人が出来たの!」

「あら山森ちゃん! なによなによ、あっという間に決めちゃってこのやり手さん! すごいじゃな~い、おめでとう! で、山森ちゃんの王子様は、どんな人?」

「うん、ミュージシャン志望の無職引きこもりで『オレが悪いんじゃない、社会が悪いんだ!』が口癖でよく癇癪おこすDVっ気とお小遣いをせびってくるところがお茶目な三十五歳のヒゲダンディなんだけど、夢を追う姿がとってもかっこよくって、私このひとになら残りの人生を全部あげてもいいかな~って……」

「山森ちゃん、今すぐそいつと別れてきなさい」

「ええー、どうしてー!?」

 山森さんの困惑した悲鳴がドクターストップに響いた。

 山森都子さん。良くも悪くも、まっすぐで純粋なかわいらしい人である。

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