第241話:食事を終えて
無事に食事を終えて……いや、スマホに頼ってたから無事にとは言い切れないんだが、それでもちゃんと食事が食べられて、まわりから顰蹙を買わない程度には無事に済ませられたのはいいことだったのだろう。
「ちょっと食べ過ぎたかも……」
彩花が胃を抑えている。そこまで小食ではなかったはずだが、ここのランチは値段相応に量が多かったらしい。俺はまあこのぐらいなら問題なく食べられるんだが、彩花には量が多かった様子だ。
「どこかで休もうか? 食べ過ぎで休憩するってのも不思議な話だが、気持ち悪くなるよりはいいだろ」
「ううん、いきなり走り出したり歩きっぱなしでなければいい範囲だと思うわ。だから大丈夫よ」
「辛くなったら言うんだぞ。今日は祝われる方なんだから、その本人が体調悪そうにしてたら何の意味もないからな」
「うん、ありがとう幹也」
彼女の胃袋の消化具合に合わせてゆっくり歩く。この後予定があるわけでもないし、何か行きたい店が突然出来たわけでもないので、この時間をこそ大切にしたい、という気持ちだ。
周りの人々は忙しそうに歩き回り、次の目的地へ一分一秒でも早くたどり着くために早足で向かっていく。その人の流れを避けるでもなく、川の流れの真ん中をゆっくりと転がる石のように、遮りながら歩いていく。
一旦地上へ出て、今日はまだまだそれほど暑くない、涼しめの公園に出た。街のど真ん中にあってそれなりに樹木が植えられているため、日差しを遮る上にビル風が多少冷やされてから流れてくるので、なかなか悪くない。ただ、冬は寒いだろうなあという気持ちにはなる。
ふと遠くを見てみると、なんだかボディトレーニングのイベントみたいなものが行われている。ほかにも、これからのアウトドアシーズンに向けてのイベントがいくつか行われているらしい。キャンピングカーで出店も出ていて、人通りは多く、少し騒がしい。だが、嫌いな騒がしさではない。
「ふぅ……やっと落ち着いてきたわ。イタリアンのコースメニューは量が多いとはいえ、ちょっと油断してたわね」
「学生にはちょうどいい量なのかもしれないが、女性にはちょっと多めの店だった、というところだろうな。まあ、それもまたいい経験になったな。イタリア人はよく食べる」
彩花も決して小食だとは言えないほうだが、大食でもないので今日のイタリアンコースでも充分多いと感じたんだろう。彼女の食事の量なんかも知っていかないとな。毎回食べ過ぎる量の店へ食べに行くとか、そういうことはできるだけ避けないといけない。
「しかし……今のところ手ごたえがあってなかなか楽しいな、大学生活も」
「そうね。難しすぎる課題が出るわけでもないし、かといって片手間だけで終わるわけでもないし、丁度いい感じってところかしら」
すまん、全部片手間にやってるとは言えないので話題をここは合わせておこう。
「そうだな。データサイエンスなんかは高校では情報の授業の延長戦みたいなところがあるから俺個人としては新鮮味があるんだがな。パソコンを長いこと触っていたわけでもないし」
「それもそうね。私も使い始めたのは大学に通い始めてからだから、高校でもある程度触っていたとはいえ、自分専用のパソコンを持ってまで……という分野ではなかったわね」
「今のところは使えるアプリケーションを多くして、いずれは卒業論文や講義メモなんかも同じようにパソコンで扱えるように……ということなんだろうな。どこまでの物を求められるかわからんが、基本的な操作内容は高校の情報の授業でもやったからある程度は大丈夫だとは思うが」
彩花が頭を俺の肩に乗せてきたので、素直に凭れかからせておいてやる。食後すぐに横になると食道炎を発症する可能性があるらしいから、食べ過ぎの彩花を膝枕まで頭と体を横向けにするのは却って体に悪いだろう。
静かな時間が、多少騒がしい外の音とともに流れる。ふと、聞こえてくるのは「あのカップル絵になるな」とか「あの二人レベル高いな」といった声。もう最近では聞き慣れた、俺と彩花が二人でいる時に聞こえてくる【聞き耳】の効果だ。こいつも、【聞き耳】が常時発動型であるからこそ嫌でも聞こえてしまう内容になる。
もし、【聞き耳】を意図的にオフにする方法があるならそれを知りたいところだ。帰ったらデータサイエンスの予習の一つとして探してみるのもいいかもしれないな。ちょっと帰ったらやってみよう。
「あー、そこの二人、ちょっといいかな」
さっきから【聞き耳】で聞こえていた「あの二人とかどうだろう? 」と相談していた三人組がこちらへやってきた。
「あー、いきなりすまないね。私たちはこういうものなんだけど」
そういって名刺を見せてくる。どうやらモデルの事務所をやっているらしい。
「少し確認しても? 本物かどうか見極めたいので」
「ああ、いいとも。決して後ろ暗いスカウトをしている事務所じゃないというのは”名古屋 事務所名”で検索してくれればすぐに見つかると思うから安心して良いよ」
そう言われたので言われるがままスマホで検索をかけてみる。すると、まともな事務所であることが確認できた。悪評もついていないし、真っ当な事務所であることはわかった。
「確認は取れました、それで、俺達に何のご用事ですか? 」
「ここまで見せたんだ、おおよその見当はつけてくれていると思うんだが、私たちはスカウトだ。君らをモデルとしてスカウトしたい。ちなみに名刺に書いてある通り、私が会社の代表である枕葉だ」
そう言って枕葉さんが自信ありげにこちらに向けてドヤ顔を決めてくるが、彩花をそっと揺り起こしてまずは目覚めさせる。彩花は眠たげに起きるというわけではなく、胃袋に血が巡っているおかげでパッと目を覚ましてこちらに顔を向けてくる。
「どうしたの? 」
「スカウトが来たぞ。どうする? 」
彩花が周りの人たちの反応を見て、三人とも見回して、それからもう一度俺の腕にくっついて自分なりの判断で声を出し始めた。
「面倒くさいから断るわ。学業に支障が確実に出るでしょうし、稼ぎたいならダンジョンへ行くし、大泉先生もあまりお勧めはしないっていうか、私がモデルかね? と勘違いをして出てくるでしょうから心配ないわよ」
「……だそうです。なのでなかったことにして頂けると助かるのですが」
面と向かって断り、名刺もお返しすることにしようとすると、名刺の返却は断られた。
「いや、断るなら仕方がないが、名刺は持っていてくれて構わない。他のスカウトが来るたびにその名刺を印籠代わりに取り出して、ここから声かかってます、という風に見せてくれればそれだけでいいんだ」
「いいんですか? そんなことしたからと言って事務所に所属するわけではないんですよ? 」
事務所に入らないのに事務所の威光は使っていい、というのは珍しい話だ。どういうカラクリがあるんだろう。
「単純な話さ。うちから声がかかってるってことで君らがこの先もスカウトを断るのであれば、他の事務所に取られる心配がないからウチにとっての損はない。もし君らが気持ちが変わってモデルデビューしたいと思った時、散々その名刺を使ってくれたからそれを伝手にして、改めてうちからデビューということにしてくれればいい。それに、君もその様子だと声がかかってる事務所も他にもあっただろうしね。魔除けと道筋づくりにせいぜい使ってくれればそれでいいよ」
なるほど、要するに他で使われたくないし、できれば使いたいけど本人の意思は無視できない。だから名刺一枚で恩を売っておこう、という作戦か。
「わかりました。使わないことを出来るだけ願いますが、お名刺はお預かりさせてもらいます」
「うん、ありがとう。気が変わったらいつでも連絡は受け付けているからね。それじゃあありがとうね」
そういって枕葉さんは去っていった。今まで複数回モデルや事務所のお誘いはあったが、他の事務所に取られまいと声をかけてきた上に放置プレイをかましてくる事務所はなかったな。そういう意味ではあの人は一枚上手だったと言えるだろう。
「なるの? 俳優でもモデルでも、多分レベルが追いつく限りのことは出来るとは思うけど」
「ならないかな。もうちょっと泥臭く生きていたいんだよね。それに、人間関係や上下関係、そういうのにあくせくして出世していくのは向いてないと思うんだよね」
この調子でダンジョン探索者としていい男っぷりを磨いていくのも悪くないと思っているし、探索者に飽きたらモデルデビュー、という形でもいい。いまはまだ、探索者としてやれることをやっていきたいし、探索者の役に立つ法則や技術、探索の成果物である魔石の発電についてきっちり仕事をしていく……という形でもいい。今はまだ、よそごとにうつつを抜かしている場合じゃない。
「彩花はモデルになりたかったか? 」
「モデルに誘われた理由の一つがダンジョンなんだから、そのダンジョンのお礼の分は働いて、幹也に尽くしておかないと罰が当たるわよ。アカネさんのこともあるし裏切れないかな。だからその気はないわ」
「そっか。俺もそのほうが嬉しいな。彩花の色んな姿はできるだけ俺の前だけで見せてほしいからな」
「幹也って結構独占欲強いわよね。まあ、こんないい男に俺の傍だけにいろなんて言われたら、今ならコロッと五、六人くらいは新しい女の子をとっかえひっかえできると思うと私もうかうかしていられないわね。もっと女磨きしないと」
彩花が自分で言い出した俺を独り占めしたいという欲望と必死に戦っているらしい。
「俺としては、彩花がいてくれたらそれで充分なんだけどな。呼べばたいてい来るし、ピザ屋の出前より確実に暖かいし、延長料金とか取られないし」
「私はレンタルBDか何かなのかしら。それとも、そっちのエロい奴をレンタルしてる気分で私を呼び出してるとか? 」
「そういう気分で会いたい日もあるのはたしか。ただ膝を借りて眠りたい日もあれば、己の体力の続く限り果てなく欲望をぶつけたいと思う日もある。今のところそこまでの物をぶつけた覚えはないけど」
「じゃあ、その内メチャクチャにされることもあるってことよね? それは楽しみだわ」
少し赤くなりつつ、膝をもじもじとさせて彩花がつぶやく。
「その時は【精力絶倫】も使って本気でやるかもしれないから覚悟はしておいてくれよ」
「う、うん……で、とりあえず日中からこんな話してるからなのかどうかは分からないけど、お腹が膨れて軽く眠って……残りの一つが欲しくなってきちゃったんだけど」
「そっか。近くにいくつかあるから何処かで休憩していこう」
「うんっ」
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