第200話:引っ越し前のエトセトラ
引っ越しの業者を早々と決め、確実にゴールデンウィーク前に作業をしてくれる業者を選び、部屋の様子を画像で送って荷物のおよその量を換算して、見積もりを出してもらった。そして見積もりが返ってきたので値段を確認し、これならいけると踏んだところで業者に対して二つ返事で了承し、引っ越しの手続きをやり終えた。
後は当日までにやっておくべき細かいことを色々と……そう、退去時に必要な掃除とか、水回りの頑固な汚れの落としとか、敷金の精算、正確な退去日時、それから……とやることが多かった。
本来なら二ヶ月ぐらいかけてゆっくりとやるようなものなのだが、それを急遽行うことになったため、準備不足でいくつか見落としがあるかもしれないので、ネットで「急な引っ越し ポイント」などで検索し、見落としの内容に細かくチェックしていく。
なんだかんだ引っ越しの期日自体は決めた俺だが、引っ越し前にもやるべきものがいくつかある。学業にまつわるものでは、健康診断と、それが終わった次の土日で英語の試験がある。試験で一定の成績を収めていれば単位が一つ取得でき、時間を省略することができるらしいので、気軽に受けてみたが、難しいところは特になく、一カ月後の結果を待つ形になった。
それが終わるのと入れ替わるように去年まで使っていた勉強道具のほとんどを売り払い、重さのわりに案外と金にはならなかったな……という感想と共に、引っ越し代の端数価格になってくれた。また、風魔法のスキルスクロールを二枚売りに出し、これで42万円の引っ越し料金を捻出することが出来た。これだけあれば海外にでも引っ越しが出来るな。
そして、引っ越し代金の見積もりの結果はおよそ7万円。充分な金額だったのでそこでお願いし、さらに組み立て分解可能な家具と不可能な家具、そして置いていく家具を選択すると、大家さんに急ぎで申し訳ないのですが……という理由をちゃんと説明した上で引っ越しの話をした。
すると、大学入学おめでとうの話と共に、金一封送る代わりに最後の一ヶ月分の家賃を無料にしてくれた。そして、置いていく家具について相談をし、既に向こうの家に備え付けてある家具を置いていって、次の人が使うなら、と話をしておくと、二つ返事で頷いてくれたので、これで粗大ごみの回収の手間も省けた。
一連の作業を横目で見ながらアカネが暇そうにグルグル俺の周辺を回って相手をしろとばかりにくっついてくる。アカネにしては珍しい。そんなわけで、先に話を通しておくべき業者と大家に話をしっかり話した後で、アカネに改めて話をつけることになった。
「……というわけで、急遽引っ越しをしなくてはならなくなった。本来ならもう三カ月ぐらい先の予定だったんだが、大学の今年だけ行うという特殊編制の都合で早めに引っ越しをすることになってしまってな。それが……」
「説明が長くなりそうだから頭で考えてくれる? 直接読み取って判断するわ」
そういうなり手をこっちに伸ばすので、頭の中で彩花と話し合ったことやダンジョン学部の特異性、それから合法ロリに言われたことから生協に行って引っ越し先を早々と決めてきたことなどをひとしきり考えた。
すると、脳天をブチ割られるようにアカネの手刀が俺の脳の中……というより目と目の間あたりに入り込んだ後、アカネにスゥっとなにかを引き出されたような感覚がする。これはあれかな、アカネが触れない越しにでも俺の考えてることを読んでいる、ということなのだろうか。考えてることだけなら遠隔でも考えつけるが、より深い階層の思考回路まで読み込もうとしているのだろうか。
「そういうことよ。……なるほど、大体わかったわ。じゃあ、引っ越しが終わるまでダンジョンは潜らない、と考えていいわけね」
ダンジョンか。さすがに潜ってる暇はないし、荷物を梱包する必要もあるし、色々考えるとダンジョンに潜ってる余裕はないかな。
「そうなるな。潜るとしても大学構内にあるダンジョンになるだろうし、流石に装備をそろえずに行くわけにもいかないし、引っ越しが終わるまでは装備を置いておく場所もない。ゼミが始まればゼミに置いておくこともできるだろうけど、ゼミそのものがフィールドワークを前提に考えてない場合はまた別になるから……うん、やっぱり装備品も出番はないから潜らないってことで良さそうだ」
「じゃあ、今のうちに扉仕舞いしちゃうわね。早めに片付けておいて、必要が出てきたらすぐに出せるようにしておくわ。後は実際に現地に連れてってもらって、新しい部屋の間取りとクローゼットがあるかどうかを確認させてもらえれば充分ね」
「それなら写真だけどあるぞ。こんな感じだ」
アカネに転居先の写真を色々見せる。ウォークインクローゼットがあることも確認し、この幅ならこの部屋のクローゼットと同じぐらいの余裕があることも説明する。部屋の広さも今とはそう変わらず、無理のない暮らしができることを確認できると、アカネは嬉しそうにしている。
「そこまで考えて場所を選んだのならよくやったわね、と褒めてあげるべきよね。よくやったわ。強いて言うなら大黒堂が遠くなったことぐらいかしらね」
「チェーン店や類似店舗がないかどうか後で調べておくよ。で、ここにそのまま移築することができる、という認識であってるんだよな? 」
「ええ、これだけ時間があれば十分余裕を持った引っ越しが出来るわ。幹也も引っ越しの業者が来る前に、装備品の梱包とか色々しておかなきゃだめよ? 」
「あ、その辺は順番にやっていく予定だ。引っ越しの日は決めたから後は使わないものから順番に梱包していって、……そうそう、一人分の食器は開けておいて、最後に梱包するようにしたほうが良いな」
「後の食器はあらかじめ仕舞っておいて、最後の日に荷物をまとめて出せるようにしておくべきね。後、冷蔵庫の中身は……オーク肉を急いで消費する必要があるわね。しばらくは肉祭りかしら。それとも、当日まで冷凍しておいて別で運ぶかよね。まあ、悪くなりにくい食品ではあるし問題はオーク肉よりもそのキッチンの隅っこに積み上げられたパスタをどうやって消化していくかよね」
アカネが一つずつ俺が引っ越し作業を始める前の問題点について列挙していく。言われるがままにはいはい……と仕訳を行っていくが、流石に今日半日やそこらで終わる作業ではない。引っ越し業者との打ち合わせもあるだろうから、実際に当日までにパッキングしておくべきものだけ綿密に話を聞いておこう。
「色々と注文が多いな。肉にしろパスタにしろ、しばらくオーク肉パスタが続いて栄養状態が一気に改善しそうな勢いだ」
「野菜も摂らなきゃだめよ? 栄養バランスも考えてくれないと困るわ。一人暮らしで引っ越しを機に環境が変わってそのまま部屋で……なんてことになったら困るんだから」
「その時は彩花にでも言づけてやってくれ。あっちの方が先に女子寮に入るはずだからな」
「あら、彩花も引っ越しするのね。じゃあ会いに向かわないと。自宅の場所を覚えておくことは悪いことではないはずだし、信者の居場所を把握しておくのは信仰される側の責任としてきちんと対処しないと。それも幹也が引っ越しを完了させたときについでに教えてもらうべきかしらね」
「まあ、お互い授業のない時間で家に帰ることもあるだろうから、その間に教えてもらえばいいんじゃないか? 」
あっちは女子寮だから俺が近くをうろついたりあれが女子寮だと教えに行くのも変な話なので、そこは彩花についていってもらって、しっかりと場所を見極めてもらうことにしよう。
さて……引っ越しの続きを始めるか。解体出来ない家具、というのは部屋には持ち込んでいないので、実質的には置いていく家具は洗濯機と洗面台、それから風呂中の棚やせっけん入れ等の細かいもの至るまで色々ある。向こうの風呂はこっちよりも少しだけ広かったので少し楽しみではある。
その分今の居場所より家賃が少しお高めではあるが、大学にも部屋にもダンジョンがある以上稼ぐという行為に対してはそれほど問題が起きないので資金難に陥る可能性は低いだろう。最悪、税金とかを納めなきゃいけないぐらいに稼いでその上でまだ稼ぎ続ける……という道もある。本業をおろそかにしてはいけないのはわかっているが、背に腹は代えられない状況になった時に手段があるのかないのかは大きい。
荷造りを出来る範囲で済ませた後で、手元に残ったのは大量のオーク肉とパスタ、そしてフライパンが一つ。しばらくは肉パスタかな。冷蔵庫の中身は野菜炒めとパスタで消費していかないといけない。
久々に理由あってのパスタ三昧になりそうだが、引っ越しをする荷物のなかに大量のパスタが含まれているケースは珍しいだろうし、早めに食して量を減らしておくことにしよう。
今日は久しぶりに腹八分と言わず、満腹になるまでパスタを味わい尽くす日にするか。ソースも贅沢に二種類使ってどっちも味わえるようにしておこう。
カルボナーラとトマトソース。それぞれで楽しんでもいいし、一気に両がけして混ぜて食べてもいい。粗食だが選べる贅沢があるというのは良いことだな。
食事が終わったら風呂だ。この風呂にもあと十数回しか入らないことを考えると感慨深いものがある。三年間俺の体を温めたり汗をかかせたり、色々とお世話になった。最終日に使った後で一通り綺麗にして、それから明け渡すことにしよう。ピッカピカに磨いておいて、次の住人が来て指ですくっても塵ひとつ残らず、水垢一つも残さないように丁寧に磨いてやるのだ。
俺の家事能力全てをつぎ込んで、できるだけきれいに退去する。新しく入る住人がピカピカに磨かれた部屋中を見て、満足して新しく入居してくれる。それを想像するだけでなんだか楽しげでもある。とりあえず次の休みはレンジフードや換気扇の掃除、それからトイレをピカピカにして、時間が余ったら押し入れの中の物を整理しておこう。
「色々楽しげなことを考えてるけど、無理して次の日や講義に響かせるんじゃないわよ」
アカネの指摘はもっともだが、やらなきゃいけないことが多いのも事実。引っ越しが終わるまでは毎日少しずつ掃除と整理を重ねていって、当日までにほぼ仕訳と掃除を終わらせるように頑張っていこう。
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