第197話:入学式と学食と
引っ越しという大作業を入学後の手が空いた時、とまで後回しにしたので、できることに集中することができ、なんだかんだでいつもどおりの暮らしをしながら無事に入学式を迎えることができた。
スーツに袖を通すのも初めてだが、ブレザーとはまた違った感覚に少し戸惑いを覚えたものの、これで自他ともに認める社会人であり、成人であり、責任ある一個人である、という形になった以上、もう本当に甘えてはいられない、という気持ちを改めて強く持つことになった。
爺ちゃんには入学式のネット配信のアドレスを教えておくことで、ここで見れるという風に伝えておいたので、暇なら見るだろうし今更入学式も何もねえだろう、と思ったら見ないだろう。
「あら、スーツ姿も中々……そそるわねえ」
「そうかい、そっちもフォーマルだろうけど、よく似合ってるよ」
「ふふっ、ありがと」
普段制服と私服で見慣れているが、スーツ姿もパリッとしていてまだ初々しさがある。お互い見慣れない姿を見せあって、ということだろう。肘で突き合いながら地元駅から通い、大学までちょっと長めの通学路を通う。
彩花は結局女子寮に住む形になるそうで、ひとまず引っ越しが終わるまでは自宅から通う形になっている。引っ越しが終わったら改めてその寮から通う、という形で落ち着いたようだ。
思えば、俺も寮の予約だけしておいて、外の物件を見つけ次第そっちに引っ越しし直す、という手も取れたというのにもったいないことをしたかな。でも、その引っ越しの回数分だけアカネに手間を取らせるのでそれも悪いなという部分はある。それに引っ越しを二回するだけコストがかかるというのもあるしな。
こういう時、アイテムを放り込んで体積や重さに関係なく持ち歩けるようなスキルがあれば便利だとは思うのだが、凄まじくレアリティが高い一品らしく、俺みたいな駆け出し探索者が拾えるようなものではないらしい。精々拾えてもアイテムバッグやアイテムボックス……出入口より小さい物だけなら一定量重さと体積を関係なく入れられるアイテムが存在するが、こちらも学生が手にするには少々希少すぎる一品で、お値段だけで私立医大を卒業するまで学費が払えるほどの値段になっている。
そこまで贅沢は言えないので、自分でできる範囲でなんとかやっていくしかない、というのが現状だな。
さて、入学式である。入学式時の新入生総代を務める、なんて大役が回ってくるわけでもなかったので俺より賢い新入生は普通に居たんだな、ということがわかる。良かった、そんな役回ってこなくて。もし新入生総代答辞なんてものを背負わされた日には胃が痛くてたまらないところだったろうし、もし本当に総代が選ばれることになったとしても、新規設立であるダンジョン学部という、今のところ何ら大学の発展や名声に寄与していない学部から新入生代表が選ばれる、というのは不思議な出来事であっただろう。
半分だけ真剣に聞きながら、半分は早く終わってくれないかなと思いながら入学式が終わるのを待ち、終わったところで今日やることは……後は何だ?
手帳とスマホに書き込まれている情報を見返し、教科書の販売や履修科目の提出時期などを確実に覚えておくのと、被った履修が来期で埋め合わせできるのかどうか、一回生、二回生で必修分をきっちり修められるのかどうか、この辺りをうっかりしなければ大丈夫だろう。
「さて、新学生としましては自分が四年間通う場所に早めに愛着を覚えてどこに何があるかを知っておきたいと思うのだけれど」
彩花がもったいぶったような口調で話を始めるが、要するに大学内探検をしようということらしい。
「そうだな、時間がある今のうちに使いそうな場所の目星はつけておくか」
構内を彩花とデートがてら巡り、どこの建物でどの授業が行われるのか念のため調査に赴く。半分遊びだが、いざ受講当日になって距離や時間を考えていなくて急がないと間に合わないような経路を通らなくてもいいようにという事前レクチャーだ。
あまりに講義室同士に距離があって時間に余裕がないなら来期に回す授業が出てきてもおかしくはない、とお互い確かめるためのものなので、それぞれ時間を計測して、間に合うように計算していく。
念のため計ったのと、講義場所同士で一番遠い物を調べたところによると、どうやら間に合わないという可能性は捨てられた模様だ。さすがに一回生二回生にそんな罠を仕掛ける大学はないだろうし、講義同士が離れていて不便なら、と大学側が考えを回してくれてあるのだろう。
さて、大学内の広さと動線の感覚を確かめたところで、早速食堂へ向かう。安めのメニューで、自炊する必要性もかなり薄れてくるが、ついつい頼り過ぎたり食べ過ぎたりすると生活費が底を突きそうなので、たまには塩パスタの生活をして苦しい時代を思い返すことも必要かもしれないな。
入学式が終わって小腹が空いたところなので早速利用させてもらう。流石に朝こそ開いてないものの、昼と夕方には腹を満たしに来れる便利な食堂、昼だけの食堂もあり、こちらは広いがその分だけ営業時間が短い。全学部生や一回生、二回生が立ち寄るのにいい場所っぽいから、必修科目の行われる教室に近い場所で営業をしている。
俺達だけでなく、早速利用している学生らしき人影もいることから、まずは食でここに居続けられるのかを確かめているらしい。
「食べていく? 私も少しだけお腹が空いてきたところだけど、家に帰るまで我慢できなくない訳ではないわ。ただ幹也に合わせようかと思うんだけど」
「そうだなあ。まず胃袋を掴まれるかどうか、というあたりから調べるのも必要だしな。もし飯がいまいちだったらこの食堂に近寄らないようにするか、もしくは自分で弁当作ってきた方がマシ、という話になる。大事なのは質と量。量だけ食いたいなら自分で作ってきた方が金がかからなくていいからな。そう思わせないだけの料理の種類が選べるかどうかと、やはり価格だろうな。いくらおしゃれでも財布の都合に見合うだけの値段に抑えてくれてないと困るし、まだまだ食べ盛りなんだから値段相応の量しか出てこないんじゃ体育会系サークルからも不満が上がってるか、そっちは別の食堂を使ってるだろうから……ふむ……」
メニューのサンプルを見て、今日の日替わりを見て、量を想像しておく。中々、悪くないかもしれないな。自分一人分を一食分だけ作ることを考えたらかえってコストがかかりそうな微妙な食品や、コロッケの大きさも含めると中々にコストパフォーマンスは悪くないように見える。
さて……何を頼もうか。ここからは彩花をほっといての俺の食事を決める時間だ。彩花が何を見繕おうと、俺が食べたいと思えるようなものと出会って、これから四年間お世話になることができるのか。それらの抜き打ち試験がこれから始まるのだ。
おそらく、新入生が早速食堂に現れるということで、食堂の関係者も気合が入ってるはず。いきなり初日から手抜きのイマイチな飯を出して印象を悪くするぐらいなら、今日からしばらくオリエンテーションと英語力テストが終わるまでの間全力で対応をして、その後手を抜く方が合理的なはずだ。
さて……今は何が食いたいのかな。そして何があるのかな。じっくり選んでいこう。今の時間はこれがお勧め、というわけではないが、今日の日替わりはチキンカツ&キーマカレー丼らしい。値段はワンコインに少しだけ足が出る程度。そして量は……とりあえず試してみよう。足りなかったら後でもう一品追加してもうちょっと食事に当ててみることにする。
流石に日替わりなだけあって手際早く出てきたキーマカレーとチキンカツを受け取り、彩花と二人分の席を確保すると、早速食べ始める。彩花は白身フライと唐揚げ丼だ。どっちもボリュームがあり、充分に量に対する構えは出来ているな、という感じだな。
「とりあえず量の面は解決、というところで良いかな。メニューも色々あったし、作る時間が無くて困った時はお世話になることにしよう」
「値段は普段使いするにはちょっと厳しいってところかしら。やっぱりある程度は自炊した方が他への余裕ができて良さそうね」
さて、肝心の味は……普通にうまいな。この値段でこのクオリティなら納得だ。これで激安だったら空いてる限り毎日通うぐらいのポテンシャルだが、流石に塩パスタに勝てる要素はないが、それでも味と量と栄養バランスを考えると実にいいというところまで得点が加算されていく。
「味もいい。ここで昼食、夕食と取って帰るのは充分有りということになるが……結局自炊するほうが楽になるのは違いないからたまに使いたいときに食べる、ぐらいでいいんじゃないかな。俺としては今の所そういう感想だ。これで値段があと100円安ければ俺も塩パスタを卒業してここの子になっていたかもしれない」
「それは随分持ち上げるわね。で、評価のほうは良いんでしょうね? まだ食べてない総菜やビュッフェコーナーがある食堂もあるらしいし、全部の食堂見回って一番気に入ったところに食べに行く、ということもできるわよ」
「それも楽しみではあるな。まだオープンキャンパスのときに使った食堂を含めて二カ所しか巡ってないわけだし、もう一カ所あるらしいから楽しみはまだまだある、ということになるか。味や種類や値段を考えて、普段の根城を決めておかないとな」
「根城と言えば、入学してあの小さい准教授にまだ遭遇してないわね。幸か不幸か」
「今のところは幸なんじゃないか? 講義も始まってないのに顎でこき使われなくて済む」
「ダンジョン学部に近い食堂を使う時は注意が必要になるのかしらね。でもまぁ、みてて飽きない人ではあるわ」
「そうだな……話をしてると本人が現れる、何てこともあり得るし、ほどほどにしておかないとな曹操の話をすれば曹操が来る、だったか? あまり話をしないようにしておこう」
「おばちゃん、いつもの! 」
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