第185話:実家へ
年末も差し迫り、クリスマスを早めに済ませた俺と彩花は年末はお互い勉強を頑張るという約束で、年始までは会わないことにしておいた。そのせいか少し寂しいが、アカネがいるからまあ寂しさとはある程度無縁でいられている。
さて、今日はアカネを伴って夏以来久しぶりに実家に帰るとする。爺ちゃんが待ってくれているはずだし、事前に連絡も入れたのでいきなり帰ってきて迷惑だ、ということもないだろう。アカネも久しぶりに自分の祠に帰るんだと言ってきかないので、ついでに一緒に帰ることになった。
一緒に帰るからといって話し合ったりしていても、アカネの言葉は他の人には聞こえないので俺は独り言をブツブツ喋る怪しい人物になってしまうので、お互い無言。ただ、アカネは電車に乗って移動することがなかったらしく、今まではふわふわ浮いて祠まで帰っていたらしいので、新鮮だと喜んでいる。電車に乗るのに興奮する当たり、見た目よりも幼く見えるようで微笑ましい。
「なによ、笑わなくてもいいじゃないの。初めてなんだからしょうがないじゃない。今までは外から見てるだけだったけど今日は乗る側だからね。精一杯楽しんでいいじゃない」
「無賃乗車だけどな」
小さく呟いて、アカネ以外に聞こえないようにこっそりというと、ムスッとした顔で外の景色に集中し始めた。やはり、どこまで行っても……というわけではないが、どことなくまだおこちゃまだな。そんなアカネを横目にしながら席に座って外の風景を眺めていたら、アカネに重なるように人が座り込んできた。人と完全に重なったアカネを見続けていると、その人を見つめ続けるような感じになってしまうので、そこで目を逸らす。
乗ってきた女性はこっちの顔を見つめつつ、こっちが逆に見るとかえって向こうが目を逸らすように、ぷいと向いてしまったが、頬が赤いところを見ると、つまり俺にも見とれていたってことかと納得する。最近こういう機会が増えたが、隆介の言い分ではないが、なるほどあまり気分のいいものではないらしい。
さて、降りる駅まで来て「さあ、降りるか」と声をかけると、外を見ていたアカネも反応したのかドアの前まで来て、二人で……一人と一柱で降りる。電車賃はもちろん俺一人分だけ。不要な電車賃を払う必要はないのだ。
懐かしの地元まで戻り、わざわざアカネの祠の前へ通る道沿いに帰る。外も寒いからか人も少なく、道行く人はほぼ車。独り言を言っても聞いてる人はいないだろう。
「そろそろ実家だぞ、帰る準備は大丈夫か」
「幹也こそ、お爺さんにお土産の一つでもないの? お酒とか」
「昔は学生でも家の人に……とかそういう理由で酒を買えた時代があったらしいけどな。最近は本人が買いに行かないとダメになっている。タバコもそうだな」
「それはそれで不便な世の中になったものね」
アカネが少し寂しそうにしている。さては、お供え物の酒の気分をちびりちびりとやりたいのかな?
「まあ、そんなところよ。私は名目上未成年ではないわけだし」
「そもそも神様に未成年も何もないからな。お気楽なもんだ」
祠の前を通りかかると、丁度参ってきている人がいた。それなりに人気者らしい。こんな年の瀬にわざわざ来なくても、年明けにまとめてやってしまえばいいのに。そう思うのは俺が地元民じゃないからなのか、それともこの人は年末には必ず来るけど年始には来ない人なのかもしれない。
行き交う人もまたなんとやらという奴だろう。今年ももうすぐ終わり新しい年がくる。年が明けたら本格的に厳しい時期が来る。受験戦争とは全くよく言ったものであり、学徒動員の極みがここにある。
誰かが勝手に置いたお賽銭箱に100円を入れて、パンパン、と両手を叩いて合わせて祠にお参りを済ませる。
「さて、じゃあ俺は実家に帰るから、何か用事があったらこっちまでこっそり呼びに来てくれ」
「解ったわ、じゃあ幹也、よいお年を」
「おう」
アカネと別れ、実家へ歩いて向かう。駅に自転車が置いてあるならばこの区間も自転車で暢気に走っていけるのだが、最近駅前の交通事情がよくなり、放置自転車は積極的に撤去されるようになったので、駅に停めっぱなしにして半年に一度だけ使う自転車、というものは撤去されてしまっている。
そのため、実家に自転車も置きっぱなしだ。きっと爺ちゃんが時々何処かへ出かけるたびに使ってはいるんだろうが、どうもダンジョン通いが多いせいか、歩くのがすっかり日常になってしまった。たまにはダンジョンの中をスケートボードで駆け巡ったりすることも思いついたりはするが、石につまづいたりしてすぐに転ぶから考えるだけ馬鹿らしくなってきた。
暇な考えに頭を巡らせていると、二階建てだがそれほど広くはない、昔は爺ちゃんとばあちゃん、それに両親と俺、という二世帯でなんとか暮らしていた、今ではすっかり広くなってしまった実家が近づいてくる。
さすがに表で待っているような殊勝な心掛けをしてないので爺ちゃんは普通に家の中でのんびりテレビでも見ているだろう。
「ただいまー」
玄関のカギは忘れずに持っているので、自分で開けて入る。すると、中からテレビの音が漏れ聞こえていた。やっぱり、テレビを見ているらしい。
「爺ちゃん、ただいま」
声をかけると、俺の祖父である翔がテレビを見ながらボーっとせんべいを齧っていた。俺の声に振り向き、一本無い歯を見せながらニカッと笑う。
「お帰り、幹也。道中寒かっただろ。お前もこたつ入れや」
勧められるままにこたつに入り、その暖かさに思わず手まで突っ込んでしまう。
「駅前が綺麗になったのは良いんだけど、こういう帰省の時に面倒だからほどほどにしておいてほしいんだけどな。かといってバスを使うにも本数が足りないし、タクシー使って帰省なんて贅沢はできないしね」
「まあ、放置自転車が縦に三段積み重ねられてた頃に比べれば治安がようなった気分だけはするのう。実際は何も変わってないとは思うけども」
そうだ、忘れないうちにきちんと保護者には話を通しておこう。まずその話をして、それから他のことを考えよう。
「今のうちに言っとくわ。今の家からでも通える大学のダンジョン学部ってところ受験する。落ちたら探索者する。探索者やってること自体は夏にも伝えたけど、まあできるだけ頑張るつもりではいるから、もしまかり間違って受かっちゃったりしたら後四年分生活費よろしく。一応自分でも稼ぐつもりではいるけど」
「うむ、そのぐらいの金はあるし、大学卒業後の進路はその様子だとやっぱり探索者関係の仕事にするんか? 」
「その予定ではいる。大学の研究室に入るって可能性があるからもしそうなったらさらに二年延長する可能性もある」
「そのぐらいは充分なんとでもなる。お前は心配せんでええ。やりたいことをやって生きろ、と前にも言ったな。やりたいことをやれなくて悔しさが残るよりは、やりたいことをやって失敗してスッキリするのも人生だ。その後のことはその時考えればええ」
爺ちゃんは否定も肯定もせず、やりたいようにやりなさい、とある意味では最も困難な道を示してくれた。自分のことは自分で決めろ、責任は自分で取るしかないが、金銭的補助は任せろ、ということらしい。
「わかった。先に話はしておいたから、後はやるべきことをやるだけだな」
「うむ、手は抜くなよ。手を抜いたらそれはやりたいことではなくなってしまうからな」
爺ちゃんはその辺は厳しい。やりたいことは十全にやらせてくれるが、やるといった以上自分で責任が取れる範囲で最大限の努力をしろ、と背中を突き飛ばすぐらいの勢いで支えてくれる人だ。
そんなわけで、年末年始は実家でゆっくりする予定だ。家にも急いで食べなきゃいけない食材も何もないし、そういうものは昨日のお好み焼きで全部混ぜ混ぜして使い切ってしまったので、帰ったら冷蔵庫で新しい生命が生み出されている心配もしなくていい。
地震か何かで家が勝手に揺れて、冷蔵庫が半開きの状態で揺れが収まってしまっていて、そこから……というケースはないとは言い切れないが、冷凍庫はともかく冷蔵庫の中身は卵も含めて空っぽにしてきたので、帰ったらまず買い出しに行かなきゃいけないな。面倒くさい時はパスタで済ませるからいいけど。
実家に帰ってきたら食事も爺ちゃんにお任せだ。今の俺は短い間のお客さんに過ぎない。一応着替えもいくつか持ってきているのでそれには事欠かないし、勉強セットも持ってきているので、手持ち無沙汰になったら最悪、スマホからできる過去問の紐解きに神経を注ぐこともできる。やることが無くて暇すぎて、彩花と延々だべり続けて彩花に迷惑をかける、ということもないだろう。
さて、帰ってきてしばらくはテレビを見て過ごしていたが、そもそもあまりテレビを見て時間を潰すということに慣れていないせいか、徐々に面白くなくなってきた。早速参考書を取り出して勉強を始めることにする。
「なんだ、こんな時まで勉強か。邪魔ならテレビ消してどこか行くが? 」
「いや集中すれば気にならないからいつも通りしていてくれればいいよ。俺は置きものみたいに考えてくれればいいから」
そういうと、本気で集中し始めた。彩花みたいに周りから声をかけても気にならずに自分の作業に完全に没頭するほど集中力は高くないが、それでも周りで突然社交ダンスが始まっても突っ込まずに放置できる程度には集中できる。
爺ちゃんがキッチンに行くのが見えたので、多分夕食の準備を始めるんだろう。夕食何かな、ちょっと楽しみだ。爺ちゃんの食事のレパートリーは俺のそれを軽く凌駕するので、何が出てきても割と驚かない。巨大な中華風ゴマ団子を作り出しては食卓に並べたりしたこともあるので、注意は必要だが。
しばらく勉強していると、気が付けば外はもう真っ暗。意外と集中出来たな、と考えてる間に夕食の準備が出来たらしく、勉強道具を片付けてこたつの上を開けると、土なべが出てきた。今日は鍋ものらしい。豚肉をメインにした白湯鍋だ。この寒い冬にはもってこいのメニューではある。さあ、爺ちゃんの腕が鈍ってないか確かめるとしますか。
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