第35話 だいじな人のために
次の日はファロニアからの連絡待ちでヴェデレに滞在することになってしまった。
マルーシャにとっては休息になるしありがたいのだが、この先どうするのか気になる。街を散歩しつつミュシカをラリサに任せ、少しだけ後ろに離れているダニールとイグナートにこっそり尋ねた。
「ファロニアには、なんて連絡したんですか」
マルーシャに不安げに話しかけられ、ダニールがまた息を詰まらせる。早く二人をくっつけなくては、そのうちダニールが死にそうだとイグナートは苦笑いした。
「状況を簡潔に伝えただけだよ。でさ、ファロニアから救出隊が出るならダニールも行きたいんだと。こいつは妖精相手ならすごい戦力だから。そうなるとマルーシャちゃんは俺らとミュシカと、先にファロニアへ行くのがいいと思う」
「……私たちも一緒ではだめですか。リージヤさんを取り戻したら、すぐミュシカに会わせてあげたい」
「――お母さま、いたの?」
いきなり背後でミュシカの声がしてマルーシャは息をのんだ。ハッと振り向けば手につややかな木の実を持ったミュシカが目を丸くしている。きれいなドングリをマルーシャに見せたくて駆けてきたのか。追いついたラリサが手でごめんと謝った。
「私ならここにいるでしょ?」
「ちがう。お母さまなの」
ごまかそうとしたマルーシャに、ミュシカはイヤイヤをした。バラバラと木の実が足もとに落ちる。
「マルーシャお母さまじゃない。お母さまよぅ」
はっきり区別して否定され、マルーシャは心がチクリと痛むのを感じた。
急ごしらえの母親なんて本物の代わりにはなれない。わかっているけれど。
「お母さま、お父さま、おむかえいく」
「こらミュシカ、聞き分けなさい」
「やだ! ダニールお父さまいくならわたしもいく!」
ダニールが抱き上げるが、ポロポロと泣き出してしまったミュシカをどうにもできない。泣きじゃくる娘を間にして、かりそめの両親は困り果てた。
――ファロニアからの返事は異例の早さで届いた。
「バーベリさんが来るんだと」
五人が部屋に揃い、報せを受け取ってきたイグナートの話を聞く。知らない名にマルーシャは首をかしげた。
「バーベリさん?」
「侯爵閣下の懐刀で、折衝とか書類仕事の人です――僕ら、まったく信用されてないな」
「わーかるー」
イグナートは大笑いする。
パーヴェル・バーベリ。実務担当でファロン侯爵が頼りにする人物だった。
これは妖精の秘密に関することであり、侯爵の娘が当事者であり――現地近くにいるのは、おまじないのダニールと剣のイグナートだけ。不安しかない。
イグナートは腕に覚えがあり、人間としては明るくていい男なのだが調子に乗りがちだ。ダニールだっておまじないなら頼りになるが、誘拐犯と会話で交渉できるとは思えなかった。別の担当者が来てくれるならその方がありがたい。
「他にもファロニア騎士団が数人。私服でひっそりザラエ入りするってよ」
「バルテリスと事をかまえたくないんだな」
あくまでメレルス個人との問題として処理する意向なのか。妖精族の内輪の事情を公にはできないので、その判断も理解できた。
だがルスラン夫婦の居所を探りあてたとして、外国でどう解決するのだろう。バーベリならば裏から町の有力者の弱みを握るぐらいしそうだと考えて、イグナートは小さく笑った。
「それでミュシカ。戻っておいでってお祖父さまが言ってるぞ」
「えー?」
一応イグナートは侯爵の望みを伝えた。でも案の定ミュシカは唇をとがらせる。
「やだ。わたしもおむかえにいくもん!」
「だよなあ」
そう言うだろうとわかってはいたが、困ったものだ。このままでは侯爵の命にそむく形になってしまう。雇われの立場としてはどうしたものか。
「……私とミュシカが勝手にザラエに向かったことにしましょ」
遠慮がちにマルーシャは提案した。ダニールが眉をひそめる。
「マルーシャさん? 何を言って」
「乗り合いの馬車とかありますよね? 私たちはそれで抜け出すの。みんなが気づいて追いかけて、見つけたんだけど戻るのも遠いし、て感じ。それなら仕方ないですよ」
イグナートもラリサも呆気にとられた。みえみえの芝居な気もするが、ミュシカならばやりかねない絶妙な線ではある。
「私たちは孫娘だもの。少し怒られたっていいわよね」
マルーシャはミュシカを見て笑った。そう言えば、この姫たちは他の三人とは立場が違う。ミュシカは決意をこめてうなずいた。
「がんばる。おじいさま、おこるとこわいけど」
「そうなの? 初対面なのに怒られるのはちょっと嫌だなあ。でもミュシカが頑張るなら私も我慢しようっと」
「いや、マルーシャさん。乗合馬車なんてそんな」
うろたえて反対したダニールに、ケロッとマルーシャは言い返した。
「違いますってば。言い訳はそういうことにしましょうね、てだけで。本当にやったりしませんよ」
「え……?」
マルーシャに当然の顔をされてダニールはまだ首をかしげている。融通のきかない男だ。もし首尾よく交際が始まったとしてもマルーシャは苦労するなとイグナートはため息をついた。
「ま、それでいくしかないか。マルーシャちゃんもミュシカも、考えようによっちゃすごい戦力だし。頼むね」
「……荒っぽいことになると思いますか?」
「なるんじゃないかなあ。ならメレルスとダニールの一騎討ちより、お姫さまたちがいる方が有利だろ」
それには同意しかねる、とマルーシャは思った。妖精の力に目覚めたばかりの自分と、五歳児。むしろ足手まといかも。
だけどミュシカの気持ちはよくわかるのだ――いなくなってしまった両親を迎えにいきたい、という。
その願いをかなえるための戦いを思って、マルーシャは武者ぶるいした。




