082
美月とゲートを潜り抜け、エジプト支部総帥邸に乗り込む。
今回はイギリス支部やイタリア支部と違い、正規の手順を踏まなかった悠馬は、いきなり総帥室へとゲートを繋いでいた。
それは本来であれば、失礼に当たる行為だ。
いくら悠馬が異能王と言えど、それを理由に総帥室に好き勝手出入りできるわけじゃない。
しかし今はそんなこと、どうでもいい。
サハーラが禁止していたデザインの研究を継続していた挙句盗まれたことから、心穏やかでない悠馬は、総帥室の椅子に座る浅黒い肌の男、サハーラを見下ろす。
「…随分早い到着だな」
「そりゃあな。悠長に構えてられる問題じゃないだろ」
ピリつく空気。
いくら高校時代にフェスタで拳を交えていると言えど、2人は親友なわけじゃない。
ある程度腹の中は知っているつもりだったが、秘密裏に禁止していた研究を続けていたサハーラに、異能王として警戒する悠馬は、許可を得る前に黒皮のソファに座る。
美月は悠馬がソファに座るのを確認すると、ペコっと頭を下げて同じように着座した。
「お前は2人で話したいって言ってたが、話にはデザインに詳しい美月に入ってもらう。拒否権はない」
「ああ…俺の国の不祥事だからな。こっちが要求できる立場でないことはわかっている」
サハーラも自分が上から何かを言える立場じゃないことは十分理解しているようだ。
本来ならば悠馬がいきなり総帥室に入ってきた時点で怒っていてもおかしくないが、自分達に落ち度があることは理解しているため、強気には出てこない。
「単刀直入に聞くけど、どうしてデザインの研究を?」
重めの沈黙の後に、美月が話を切り出す。
サハーラは美月の質問に対し、重そうな雰囲気を醸し出しながら口を開いた。
「俺は産まれながらに夢を諦めなければならない社会は間違ってると思ってる」
「…?」
サハーラは自身の考えを口にする。
「俺は偶然、武器会社の社長の息子として産まれ、偶然レベルが高くて総帥にまで上り詰めることができた。暁。お前もそうだろ?」
「…そうだな」
過程はどうであれ、異能王になれたのは生まれ持った力のおかげであることは否めない。
フェスタの夜、互いに戦ったからこそわかる、互いの立ち位置。
二人の過程はどうであれ、お互いに〝持って〟産まれた人間と言って良いだろう。
それは同調できる。
偶然持って生まれた側の人間だから、成功することができた。
「だけど、最初から持って生まれなかった人間はどうなる?」
サハーラは悠馬に問う。
最初から強力な異能を持たず、特別な才能を持たずに生まれた人間は、やりたいことをやることもできずに生きていかなくちゃいけないのか?
「俺は全ての人間に可能性を提示したい。夢を諦めなくて済む世界を作りたい」
それがサハーラの考えだ。
自分は財力も実力も持って生まれたが、それが叶わない人間はごまんといる。
貧しく生まれた人は罪なのか?レベルが低い人間は、夢を実現することなく死んでいくのか?
大半の人間は、自分よりも下の人間に手を差し伸ばすことはない。
手を差し出して得られる利益が少ないからだ。
だからどこの国でも、才能を持たずに生まれた人々は、夢を諦めて生きているのだ。
しかしサハーラは、夢を諦めていく人々を見て、何か可能性を提示できないかと考えた。
それがデザインだ。
デザインにより遺伝子を書き換え、スポーツでも異能でも、諦めなければならなかった夢を、追うことができるようにする。
夢を諦めなくて済む世界を、彼は目指していると話す。
しかしそんな彼に対し、悠馬は表情ひとつ変えずに言葉を返す。
「世迷言だ。そんなことしたら世界のバランスが崩れる」
この世界の均衡は、生まれる人間の能力が完全にランダムだからこそ成り立っている。
例えば現代でこれだけ幅広い職種があるのは、それぞれの才能が違い、もしくは夢を諦め、誰かが妥協をしたり、社会人になって潜在的な才能に気づいてきたからだ。
もちろんやりたくない仕事をしている人だっているだろうが、それはそれぞれが生まれ持った能力が違うからこそ、成り立つ社会である。
だがしかし、サハーラの望む世界を作り上げた場合は?
きっと一定の職業に関する遺伝子に特化した人間が増え、一気に世界は衰退するはずだ。
例えば異能だけの才能に調整したり、スポーツだけの才能に特化した場合、とてもじゃないがその他の専門職は難しくなる。
この世に万能な人間なんて存在しないし、肉体のスペックに限界がある以上、いくらデザインしたところで、全ての可能性を残したままの人間なんて作ることができないわけだ。
だから結局、サハーラの望む世界を作り上げたところで、世界の均衡が傾き、ある特定の分野が疎かになる可能性がある。
仮に軍人志望のデザイン人間が増えれば、軍人は飽和状態になるだろうし、そうなると軍人の中でも実力が低い人々は、結局夢を諦めて他の仕事をしなくちゃならない。
悠馬から世迷言だと一蹴されたサハーラは、確かにそうだな。と告げて背もたれに寄りかかる。
「お前の言うとおりだよ暁。俺もその答えに至っているから、あの時面と向かって、デザインの凍結要請を取り消して欲しいとお願いできなかった」
夢を諦めないで済む世界を作りたいが、悠馬と同じ結論には至っていた。
この研究を進め、全ての人間が夢を諦めずに済んだところで、特定の職は飽和状態となり、結局また同じように夢を諦めざるを得なくなる人が出てくる。
その解決策を提示できないから、その解決策を提示できるまで、秘密裏にデザインを続ける決断を下した。
「…それで、どんな研究を進めてたの?」
そこが本題だ。
サハーラが秘密裏に研究を進めていたことと、彼の考えは分かったが、一体この8年間でどんな研究を進めていたんだ?
「…デザインの問題点はわかるよな?」
「うん。最大の問題点は、産まれる前にデザインをする都合上、本人の意思に関係なく、他人のエゴによって才能が形作られること」
そう、産まれる前に遺伝子の形を変えるのだから、産まれてくる赤子の希望なんて聞けるわけがない。
だから親や周りの人間から、ああなってほしい、こうなってほしいという要望を混ぜ込まれ、望んでいない才能を持って産まれてしまうことが最大の難点だった。
「だから俺は、産まれた後にデザインできる方法を考えた」
「…なるほど」
「そんなこと…」
難易度としては産まれる前の遺伝子を操作するよりも、かなり難しいだろう。
なにしろ成長限界値が決まっている個体に、新たな限界値を植え付けるのだ。
産まれ落ちる前であれば遺伝子操作も容易いが、産まれた後ともなると、年齢によってはデザインできないこともあるはず。
例えば異能に対する耐性。
炎の異能をデザインで授かったとして、炎に対する耐性はどうなるのか?
遺伝子的には炎の耐性がないはずだから、体がすでに成長を終えている場合、炎耐性が後から手に入るとは考えにくい。
「異能に関しては六大属性の再現は第二次性徴を終える前までにデザインが必要なくらいで、その他は基本的に細胞が老化し始めていない限りはデザイン可能なレベルにまで達している」
「レベルは?どのくらいまでデザインできる?」
「第二次性徴前であれば理論上覚者と同等…少なくとも炎帝や風帝より強い異能力者をデザインできる」
「危険すぎる…!なんでそんなこと…!」
理論上子供を覚者にできるエジプト支部のデザインの話に、美月は怒りを露わにした。
第二次性徴って言ったって、子供は子供だ。
多感な時期に言葉巧みに拐かされ、悪い方向へ進む子供だって少なくないタイミングで、自身の身体をデザインし直すなんて、間違っている。
それに子供がいきなり覚者レベルの力を手に入れたらどうなるか、結果は目に見えているだろう。
オリヴィアは過ぎた力を手にして、精神崩壊寸前だった。
生まれ持った異能でさえも、人の心を蝕み精神を追い詰めていたのだから、突然強力な力を手にした子供たちは、きっとオリヴィア以上に苦しむこととなる。
「さっきも言ったろ。俺はみんなに可能性を与えたい。だから可能な限り、全ての人が夢を諦めなくて済むように研究をしていたんだ」
覚者レベルのデザインまでは理論上再現可能で、挙句産まれた後でもデザイン可能なデータが盗まれた。
これは大きな問題になるぞ。
まだ産まれる前の遺伝子を操作する技術なら、犯人を捕まえられなくても脅威になる存在が現れるのは十数年後だろうが、エジプト支部の研究は、産まれた後もデザインができると来た。
ならば今現在、こうしている間にも、そのデータを用いてデザインをしている犯人がいる可能性もあるということだ。
数年後、十数年後の脅威ではなく、放っておくと今の脅威が増えていくことになる。
しかもレッドやヴェントを超える覚者レベルの脅威が増えるなら、並の総帥では太刀打ちできないし、悠馬が動くしかない状況になってしまう。
「サハーラ、お前の気持ちなんていうのは今どうでもいい。問題はデザインの研究の凍結要請を無視したことと、その研究を盗まれたってことだ」
世界保安協会直属のエジプト支部が、世界を安全に保つどころか、世界を危険に陥れる研究データを盗まれたということだ。
本来であれば他国を律する立場で、世界の安全のために動かなければならない支部が、大きなミスを犯したことになる。
「これはお前だけの問題じゃないぞ。俺やエジプト支部全体の問題でもある」
サハーラが秘密裏に研究を続けるよう指示を出した時に、その話を聞いていた人も少なからずいるはず。
まず間違いなく総帥秘書は聞いているだろうし、研究者たちも悠馬が研究の凍結を要請していたことはニュースで知っているはず。
ならばこれはエジプト支部全体の問題だし、加えて言うなら最後まで確認をしていなかった悠馬の問題でもある。
まさかエジプト支部がここまで研究を進めていると思っていなかった悠馬は、額に手を当て深いため息を吐く。
「このデザインの情報が他国の犯罪者集団に渡ったりしたら、本当に終わりだからな?」
「わかっている。現在入出国に関しては厳戒態勢を敷いている。この国から逃すことはない」
サハーラもこの状況が不味いことは理解している。
自国だけ禁止された研究を続けてきた挙句、そのデータを盗まれているのだ。
挙句人を後天的に覚者にすることも可能な研究である以上、他国の犯罪者集団の手に渡って仕舞えば、エジプト支部として責任対応に追われることとなる。
それを知っているからこそ、隠蔽せずに正直に異能王である悠馬に相談を入れたのだ。
可能であれば黙っておきたかったが、黙っておくリスクと、素直に報告をあげた時のリターンを考えた結果、報告をあげた方が安全だと言う結論に至った。
デザインの研究情報をある程度把握し、現状が危機的状況であることを再認識した悠馬は、足を組んでサハーラの真っ黒な瞳を見る。
「犯人に関する目ぼしい情報はあるのか?」
「ああ。…一応研究施設内の録画データはある」
サハーラはそう言って、壁側にあるスクリーンに研究施設の録画データを映し出した。
映し出された施設内は薄暗く見えるものの、そこには黒いマスクで顔を覆ったテロリストのような人物が複数人と、黒髪の女性が映っている。
悠馬は黒髪の女性の姿を見た瞬間、勢いよく立ち上がった。
「悪神…!」
悠馬がそう告げると同時に、大きな反応を見せるサハーラと美月。
そして悠馬の反応を予期したかのように、悪神はカメラに視線を合わせると、ヒラヒラと手を振って見せた。
「暁。コイツが悪神なのか!?」
「ああ…俺が会ったのはコイツで間違いない」
でも、なんでこんなところにいる?
ただのデザインデータを盗難されただけの事件だと思っていたが、悪神が関与しているのか?
なんでエジプト支部がデザインの研究をしているのを知っていて、ピンポイントで研究所を狙ったのかは知らないが、人の形はしているものの神だから、全て筒抜けになっていると見た方がいいかもしれない。
それかもしくは、悪神に協力している勢力がいるとか。
どちらにせよ、厄介なことには変わりない。
全てが筒抜けな神の力なのか、それとも悪神に味方するの勢力があるのか。
少なくとも映像を見る限りでは、悪神はテロリストたにと行動を共にしているし、少なからず悪神にも人間の勢力があると考えた方がいい。
「厄介なことになったな…」
悠馬は険しい表情で呟く。
この問題は、思っていたよりもずっと厄介な事件になるかもしれない。
「一先ず、悪神以外の人間を捕らえることから始めよう?」
「ああ。そうだな…悪神本人が現れた場合は俺が対処するから、それ以外の人間から優先的に捕まえていこう」
「わかった。そうしよう」




