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「ネリット・オルランドの調査報告は以上です」
「ご苦労だったね。ありがとう」
銀髪を靡かせ、ユディットの兄、ネリットから得た情報を報告するミュラン。
自称悪羅、ユディット・オルランドは、双子の兄ネリット・オルランドと共謀し、イタリア支部隊長のカサノ・マルテリを殺害。
ネリットは軍部の情報を定期的にユディットに流し、彼に協力していたというわけだ。
殺害されたカサノは、ユディットが匂わせていた通り、裏で殺人事件に関与していた犯罪者でもあった。
表向きはイタリア支部の隊長、裏では殺人事件に関与という二面性を持った彼を、警察に代わって処断したと言えば聞こえはいい。
まあ実際、許可のない異能の行使だから犯罪であることには変わりないが、なぜ犯行に及んだのかはだいたい理解できた。
手始めに犯罪者である隊長のカサノを殺したのは、隊長格の実力を試したかったのと、殺してしまった場合に罪悪感がないから。
そして総帥のアルデナや異能王の悠馬を打倒するための、デモンストレーションといったところだ。
ユディットは自身のセラフ化を、分身体で使用できるのか、カサノ隊長で試していた。
それがイタリア支部で発生した、謎のセラフ化反応の真相だ。
分身体がセラフ化を使用した場合、使用者が発動させた一瞬だけセラフ化反応が現れ、分身体にセラフ化が切り替わった瞬間、セラフ化反応は消滅する。
前例のないパターンではあったが、なぜ誤反応とも言われたセラフ化反応が発生したのか真相を知ることができた。
ちなみにイタリア支部をいただく…という手紙の文章は、悠馬を誘き出すための挑発のようで、実際彼の自宅からは、イタリア支部を乗っ取ることができるような危険なものは出てきていない。
悪神とユディットの関係性などはまだ分かっていないが、ユディットが話せる状態になれば少しずつ背景がわかってくることだろう。
…して肝心なユディットに関してだが、彼は戦闘後すぐに犯罪者が運ばれる病院へと搬送された。
彼は片目を失明し、しばらくもう片方の目も使えない状態になっているらしい。
まぁ、あれだけ負担を強いた状態で戦い続けていたのだから、頭に障害が残らなかっただけマシかもしれない。
何やら朱理に強い反応を見せていたが、朱理は壮絶な過去があるため、悠馬なんかよりも酷いオーラを見て発狂したのだと思われる。
朱理の過去を知っているだけに、ほぼ間違いなくそうだと考える悠馬は、扉の方から気配を感じ、静かに開いた扉を見た。
***
悠馬がミュランから報告を受けている頃。
イタリア支部総帥邸の地下に足を踏み入れたアルデナの足取りは重い。
自称悪羅を逮捕することは成功したものの、その代償はあまりに大きかった。
暁悠馬が戦っていた、上位存在。
冥界の主人であるハデスがイタリア支部に顕現したことにより、大規模な建物の倒壊が巻き起こってしまった。
現在イタリア支部は全力を挙げて被害総額の算定と修繕に取り組もうとしているが、かなりの費用を費やすはずだ。
そしてそれに追い打ちを掛けるように、朱理との約束。
ユディットの分身体と戦う中で、危機に陥ったアルデナを助ける代わりにウルズの神器を寄越せというヤクザのような脅しに屈してしまった。
本来イタリア支部でも上層部の人間しか入ることのできない総帥邸地下を歩くアルデナは、周囲の青白いライトに照らされ、強化ガラスの中に展示されている黄金の時計を見た。
「…これが君が脅して勝ち取った神器だが…」
「脅すなんて人聞きの悪いことを言いますね。私はただ相談しただけじゃないですか」
「世間ではアレを相談ではなく脅しと言うんだよ」
あんな相談あって溜まるか。
アレは相談しただけなんてふざけたことを抜かす朱理に不服なアルデナは、ウルズの神器を見上げ、胸の中に渦巻く疑問を口にしようとする。
「…君はオーディンと契約しているはずだろう。…なぜ欲張る?」
「あは。なぜでしょうね?」
「このことを暁悠馬は知っているのか?」
朱理がウルズの神器を要求していることを、悠馬は知っているのか。
オーディンと契約しているのに、なぜ他の神器を求めるのかわからないアルデナは、何の目的があるのかを聞き出そうとしていた。
しかし朱理は、真剣に答えるつもりがないのか首を傾げて見せる。
「悠馬さんには秘密ですよ。これはサプライズですから」
「…わからないな。暁悠馬は二重契約者だろう。サプライズで追加の神器を貰ったって、嬉しくないと思うが」
それもウルズの神器だ。
ワールドアイテムとは呼べない神器を貰ったところで、すでに結界契約をふたつも済ませている悠馬からすると、完全に余分な力だろう。
仮に三重契約に挑戦するとしても、ウルズの神器を選ぶメリットはない。
「あは。いずれわかりますよ」
「…答える気がないなら、そのいずれを待つしかなさそうだな」
「そうしてください」
「……それと冥界王、ハデスの神器だが…」
「アレもいただきますよ。悠馬さんが戦ったんですから、その妻である私が貰う権利があって当然だと思いますが」
「……神器を集める趣味でもあるのか?」
「まぁ、そんなことろです」
ウルズの神器に続き、しれっとハデスの神器も回収している朱理。
あの現場で自然と神器を拾い上げ、回収後どこかへ隠している朱理に対し、アルデナは嫌味ったらしく聞く。
本来であれば、悠馬がハデスを退けた戦利品と言えど、イタリア支部からの正式依頼で生じた産物のため、所有権はイタリア支部に帰属するもの。
ハデスの神器だって、本来であればイタリア支部の所有になるはずだが、それを譲らない強気な姿勢の朱理に呆れて見せる。
ウルズの神器かハデスの神器があれば、どちらかをオークションに出品して今回の被害額を全額補填できただろうが、朱理が神器を2本も奪ったことで、それもできなくなってしまった。
それにヘラクレスの神器も行方知れずだ。
オルランド家からもヘラクレスの神器は発見されなかったし、ハデスを召喚したのを見る限り、ヘラクレスの神器を盗む必要性がないように感じてしまう。
オルランド家の2人がヘラクレスの神器盗難に関わっていないと考えるアルデナは、この2日で3本の神器を失ったことに喪失感を覚えている。
「そう落ち込まないでください。倒壊した建物の修繕費が必要と言うなら、私が国内の金鉱山の場所でも教えてあげましょうか?」
「できるならそうしてほしいところだ」
「〇〇○地区の××××を掘ってみれば良いじゃないですか」
「………お前…」
アルデナは平然と金鉱山に関する情報を話し始めた彼女を見て、何かに気付いたのか目を細める。
それはアルデナの父親であるレーヴァテインが、オーディンと結界契約をしていたからこそわかる事実。
彼は朱理が隠している片側の瞳が、どう言う状況なのかを理解する。
「目を捨てたのか」
「あは、内緒ですよ」
朱理は自身の片方の瞳の視力を失っている。
ここで漸く、彼女がなぜ、ウルズの神器の所在を知っていたのか、なぜ分身体の攻撃を容易く回避できていたのか理由が判明する。
アルデナは朱理が自身の片目を捨てたのだと知り、何かを察したように肩を竦める。
「神器を集めている理由は察した。今後、そうせざるを得ないことが起こるのだろう。好きなだけ持っていくといい」
「いえ。他のクズは要りません」
「クズだと!?」
朱理には神器を集めざるを得ない理由があると考えたアルデナが、好きなだけ神器を持っていくと良いと告げると、想定外の返事が来た。
せっかくアルデナが大盤振る舞いしようとしたのに、イタリア支部が保有している残りの神器をクズ呼ばわりした朱理は、強化ガラスの中に五芒星を展開させ、ウルズの神器を盗み出す。
青白いライトに包まれ、強化ガラスの中に星のような煌めきを残しながら、ウルズの神器は朱理の手元に渡っている。
「まさかとは思うが、ヘラクレスの神器は…」
「ああ。私、欲しいものは必ず手に入れる主義なんですよ」
***
「お待たせしました」
「タイプの男と2人の濃密な時間は楽しめたかな?ショタコン秘書」
「うるさいですね。コドオジ。人妻と遊んでないで早く働いてください」
部屋の中へと入ってきた、朱理とアルデナ。
何やら用事があるといって席を外していたが、5分もせずに戻ってきた。
何をしていたのかはわからないが、アルデナの様子は少し不服そうで、朱理はいつもの作り笑いなのを見る限り、アルデナ的には嫌がることをされたのだと推測できる。
まぁ、朱理が満足そうだから、深く探る必要もないか。
ショタコンだのコドオジだのと、2人の言葉の応酬を聞いていた悠馬は、頬を引き攣らせ、苦笑いでスルーに徹する。
「頭が痛い…」
アルデナがぼやく。
自称悪羅事件が終息し、自身の熱狂的なファンである悪羅を名乗る不届者を逮捕することに成功したアルデナだが、別の問題が発生している。
ハデスの顕現により、倒壊した建物の修繕。
ハデスが放った拳は、結局直線1キロ強の建物を破壊し、イタリア支部に甚大な被害を与えていた。
被害総額は、数十億から数百億になることが予想される。
自称悪羅のせいで踏んだり蹴ったりなアルデナに、ついつい同情してしまう。
「アルデナ…そんな状況の中で笑いが、勝利宣言と終息宣言をお願いしても良いか?」
イタリア支部と異能王が張っていた、共同戦線。
自称悪羅を捉えるために協力することとなっていたが、自称悪羅を捕まえたことで、この協力体制は無事に満了したと言って良いだろう。
倒壊した建物を気にするのは当然のことだが、戦いが終わったことを国民たちに知らせてほしい。
アルデナは悠馬のお願いに対し、小さく頷く。
「もちろんだ。我々には国民を安心させる義務がある」
倒壊した建物を見て、何の発表もなければ国民は不安を抱いてしまう。
だから早いうちに、国民を安堵させる意味でも自称悪羅を捕まえたと発表するべきだ。
これにて事件は一件落着。
「せっかくだから共同で勝利宣言をしないか?」
勝利宣言は本来、総帥と異能王ですべきものだ。
しかし悠馬はこれまで、大事件を処理した後も終息宣言をすることなく、空中庭園へ帰還していた。
だから各国では、シャイガイだとか、トラブルを解決して去って行く妖精さんなどという謎のあだ名が付けられているが、そろそろ表に出て宣言でもすべきだろうか?
会見なんかはこれまで幾度となくしてきたが、共同での宣言をしたことがない悠馬は、少し考えた後に首を振る。
「やめておこうかな」
「どうしてだ。みんな喜ぶと思うが…」
異能王の悠馬に対する評判は、悪いものじゃない。
もちろん人種差別をする人間は腐るほどいるし、そういった奴らのことはスルーして言わせてもらうが、各国でここまで根強い支持がある人物は、そういない。
世界を見ても、歴代最高の異能王と言われているのだから、どんどんメディアに露出していけばいいのに…
目立つような会見をしない悠馬を残念に思うアルデナは、落胆してみせる。
「俺が呑気に会見してたら、どこかの犯罪者がチャンスだと勘違いしちまうだろ?」
「確かにそうだが…」
悠馬が会見をしている間に、他国でテロを犯そうと画策する輩も居る。
もちろんゲートがあるから、即座に対応はできるが、どこに居るかわからない、いつ現れるかわからないからこそ、暁悠馬は抑止力として役立つのだ。
その自覚がある悠馬は、ポケットに入れているスマートフォンが強く震えたことで、スマホを取り出す。
画面を見てみると、そこにはサハーラの名前が記されていた。
エジプト支部からの連絡なんて、随分珍しいな。
この16年間、各国を幾度となく渡り歩いてきたが、その中でも外交以外で訪れたことがない支部は、エジプト支部のみだった。
サハーラが武器会社も牛耳っているとあってか、大きなトラブルや犯罪を聞かないエジプト支部から、なにかの電話。
悠馬はアルデナに対してスマートフォンの画面を見せると、サハーラからの着信であることを確認させ、応答ボタンをタップした。
「どうかしたか?」
第一声で尋ねてみる。
サハーラからの電話なんてこれまでなかったため、陽気に絡むか真剣に行くか迷った結果、真剣に行くことにした。
するとスマホからは、若干のノイズが聞こえながら、サハーラの声が聞こえ始めた。
「…まずいことになった。すぐにエジプト支部に来れないか?」
サハーラの焦ったような怒っているような声。
込み上げる怒りを我慢しているのか、押し出すように悠馬に応援要請を出したサハーラに、悠馬は険しい表情を浮かべる。
「まずいことってなんだ?何があった?」
そう尋ねる。
するとサハーラからは、数秒の沈黙の後に、返事が返ってきた。
「デザインした遺伝子が盗まれた。悪用される可能性が高いから、早めに回収、もしくは焼却したい」




