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夢を見た。
遠い記憶の夢を。
そこで俺は、学友…クラスメイトたちと交流して、笑っていた。
懐かしい。
カラフルに色づいた世界の中で、きっとあの瞬間、心の底から笑えていなかったのは、俺だけだった。
隔離された異能島の中、本土に戻れると信じて止まなかった学友たち。
そんな彼らを死地に追いやったのも、この手で殺したのも、全部俺だ。
人は記憶喪失から記憶を取り戻すとき、どんな感情を抱くものなのだろうかと考えていたが、記憶を思い出してみると案外、安堵感の方が強くなる。
さっきまでは不安や焦りといった感情、込み上げてくる記憶に恐怖を感じていたが、全てを受け入れられたら、どこか懐かしいような気持ちになった。
…それと同時に、喪失感と罪悪感も強く感じる。
「暁悠馬…俺…は…」
「夜空優雅。お目覚めか?」
「俺は…とんでもないことをしでかしたんじゃないのか…?」
夜空としての記憶と、混沌としての記憶が正確に繋がり、姉を見捨てたこの世界に復讐を誓った自分と、人類の大半を死に追いやった自分の記憶が混在し、自身がとんでもないことをしでかしたのだと悟る。
学友も殺し、血縁者も殺し、全てを蹂躙し尽くした彼は、狼狽しながら悠馬を見上げる。
「答えろよ!俺は…俺は!」
「甘えんな。全部お前がしでかしたことだろ。全て受け入れろ」
「う…ぁぁぁあっ!」
助けを求めた悠馬に甘えるなと一蹴され、頭を抱えて蹲る。
「おい…急に何があったか知らないけど、そんな冷たくしたら混沌が精神崩壊するぞ…」
「いいや。これでいい。コイツは自分がしでかした罪を全て背負う必要がある。…俺やお前がそうしてきたように」
「っ…」
横に並んだ彼に諭されるが、それを振り払って混沌に視線を戻す。
彼も自分たちが全ての罪を背負ってきたと言われて、言葉を返せなくなる。
そうだ。これは誰に甘やかされるでもなく、自分自身で背負わなければならない、受け入れなければならない罪だ。
雨が止み、どんよりとした空の下で3人は口を閉ざす。
混沌の呻き声だけが微かに聞こえ、悠馬と彼は、それに対して何も反応を見せない。
「うっ…うっ…みんな…みんな死んじまった…」
「そうだ。お前が殺した。お前が力に飲まれた結果がコレだ」
荒れ果てたアメリカ支部。
混沌がセカイを手に入れたことで、この世界は人間が生きられる環境ではなくなった。
天災が人類を襲い、逃げ惑う人間を混沌が虐殺し尽くし、女子供構わずに絶命させた。
言葉で言うのは簡単だが、それは悪羅百鬼ですらしなかった鬼畜の所業だ。
ティナは瘴気を放つことで人類を一気に滅亡させたが、混沌の場合はちまちまと自身のその手で人類の数を減らしていっているのだから、悪質にも程がある。
だから彼には、この惨状を受け入れてもらわなければならない。
甘い言葉で救うのは簡単だ。
ありもしない嘘の話をでっち上げて、お前は何も悪くないんだよ、悪神が全部悪いんだよと告げれば夜空は救われるのかもしれない。
だけど根本はそうじゃない。
人間は多かれ少なかれ、罪を犯す。
罪を犯した際、どんな些細な罪でも、どうやって向き合うかでその人の人格がわかる。
周りに唆されて、楽な道に逃げる人だっているが、そうやって逃げた結果、最後に損をするのは自分自身だ。
だからこんな大きな罪からは、逃すことはできない。
この罪は最後に、夜空の元へと帰ってくる大きな罪だから。
「どうだ?お前が望んだ世界の結末は」
「違う!これは…!こんなの俺が求めてた結末じゃない!」
「じゃあお前はどんなのを求めてたんだよ?」
「俺は…ただ家族にもう一度会いたくて…姉さんを生き返らせたくて…でも姉さんを傷つけた奴は許せなくて…そいつらに復讐できればそれでよかったんだ!」
涙を溢し、喘ぐように叫ぶ。
弱々しく、それでいて力強く叫んだ混沌は、悠馬の足を掴む。
「頼む…殺してくれ…俺はこの世界にいちゃいけない人間だ…」
縋るように、全てを委ねようとする。
このどうしようもない絶望的な感情は、委ねることで拭うことができる。
生殺与奪権を自身よりも強い存在に委ねることにより、自分が楽になりたい混沌は、真っ黒な瞳で悠馬を見上げる。
悠馬はそんな混沌の真っ黒な瞳を、冷めたレッドパープルの瞳で見下ろした。
「…お前と戦ったエルドラは茨の道を選んだぞ」
「は…?」
「夕夏も命を投げ出さずに、頑張る道を選んだ」
「なにを…」
「ティナだって、絶望的な状況だったにも関わらず、最後まで抗う道を選んだ」
そう。物語能力者たちは、全員悲惨な結末を歩むことになっている。
物語能力の異能の都合上、最後は誰か1人に力が集約するため、力がない者は早くに殺されるし、もし仮に逃げたとしても、苦しい人生を強いられる。
エルドラが聖王国を築いたものの、最後の物語能力が手に入らず、平和な世界が実現できなかったように、力の一端を手にしたところで、全てがいい方向に変わっていくわけじゃない。
夕夏のように物語能力を持っているが平和に暮らしたい人物も、結局は争いに巻き込まれ、大切な人を失う。
ティナのように世界に絶望し、人類滅亡を企てるが、道半ばで神に邪魔をされ、望んだ結末が手に入らない。
だけど、みんな最終的には頑張って生きていく道を選んだ。
目の前の夜空も、そうであってほしい。
だから、そのためにこのチカラがある。
「夜空。もう一度やり直そう。今度は誰かを殺すためじゃない。誰かを生かすために」
悠馬は可能性を提示する。
神格を得ている夜空なら、時間遡行は可能なはずだ。
ティナが決断したように、混沌にだって時間遡行ができないとおかしいし、そもそも混沌の実力はティナよりも上。
ならばより確実に時間遡行ができるはずだし、どんな苦悩があったとしても、夜空はその力で乗り越えられるはずだ。
悠馬が手を差し出すと、夜空はその手を掴むことなく、バツの悪そうな表情を浮かべる。
「やり直す…?むりだ…俺はこの力を使いこなせない…この異能に蝕まれて…また記憶を失う!」
「それはお前次第だろ。憎しみに呑まれるな。心を強く持て」
いくら物語能力に蝕まれたと言えど、ティナや夕夏、エルドラは正常だった。
そこから察するに、夜空は自分の都合の悪い記憶をかき消すために、自分の憎しみを増幅させるために、無意識下で記憶を闇へと葬っていた可能性が高い。
クラスメイトたちとの会話で心の底から笑えない自分が嫌で、家族の記憶を無くしたいと願った。
家族の記憶を無くした結果、人々に対する謎の憎しみだけが残り、無意識に人殺しに手を染めてしまった。
それを忘れるために学友との記憶を忘れ、そうしてどんどん都合の悪い記憶を無意識下で消していって、混沌という人間が完成した。
だから次は、心を強く持たなくちゃいけない。
どんな困難でも逃げず、諦めず、打ち勝つために努力し、運命に抗うだけの心の強さが必要だ。
「…そもそも何でそんな弱気なんだよ。お前、混沌としての記憶がなくなったわけじゃなくて、2つの記憶が結合しただけだろ」
そりゃあ精神的にしんどい部分もあるだろうが、さっきまで強気な姿勢を見ていただけに、何でこんなにクヨクヨしているのかと思ってしまう。
「少し…というかだいぶ混乱してるんだよ…都合の悪いこと全部忘れてたから」
「なるほどな。…ところでお前、セカイから神格を得たんだろうが、何でそんなに弱いんだ?」
悠馬が問う。
それは純粋な疑問だ。
彼はセカイから神格を得たにしては、実力が伴っていない気がする。
レベルは99に到達しているのだろうが、手数で圧倒できたため、明らかな違和感があった。
互いにセカイを得ている戦いな上、混沌は神格まで得ている状態なのだから、本来であれば苦戦を強いられるはずの闘いだろう。
悠馬が疑問を口にすると、混沌は一度喉を動かし、口を開いた。
「…セカイを手に入れ、神格を得ようとした時に、邪魔が入った」
「邪魔?」
「そう、邪魔だ。悪神、あの女最後の最後でセカイを回収しようとしてきやがって…おかげで不完全な状態でセカイを回収する羽目になって、神格も中途半端になった」
「そういうことか」
前のパラレルワールドでティナが悪神に妨害されたように、混沌も悪神に妨害され、結果神格を不完全な形で得ることとなった。
本来であればセカイを取り出し、正式な手順を踏まなければならない状態で、悪神にセカイを奪わそうになり焦った混沌は、中途半端な状態で力を吸収したことで、悠馬ほどの実力を所有することができなかった。
「あの女…!」
「落ち着けよ。結果的にセカイが中途半端なおかげで、記憶が戻ったのも事実だろ」
これが完璧なセカイだったなら、こちらもかなりの苦戦を強いられていたはずだ。
今のように拳を交え、無力化させた後に対話をするなんてことは不可能だったはず。
だから結果としては、セカイが中途半端な状態で神格を得ていたのは嬉しい誤算だ。
悠馬に落ち着けと言われた混沌は、1度目を瞑り、頭の中を整理する。
「…時間遡行…」
「ん?」
「お前らは時間遡行者だよな?」
「ああ…そんな感じ」
「そうだな。じゃないとこんなキモいのが2人いるわけないだろ」
「キモい言うな。容姿は整ってる方だろ」
彼からキモいと言われ、思わずツッコミを入れる。
これでも容姿には自信がある方なんだ。
自分にキモいなんて言われたら傷つくぞ。
「まぁ、与太話はどうでもいい。時間遡行者だったら?」
「……もう一度やり直すチャンスがあれば…俺だって次は上手くやれる…」
「どこから来る自信かわからないが、特異点自体はかなりの難易度だぞ。…お前たちがさっき話してた、始まりの異能力者…つまり姉を殺さないといけない場面もあるはずだ」
「んなわけ…」
「あるんだよ」
そんな特異点があるわけない。
そう否定しようとした夜空に対し、彼は真っ黒な瞳で言葉を遮った。
その瞳から感じるのは、自分がそうであったという闇の部分。
悪羅が夕夏の首吊りを目撃したように、きっと彼も、花蓮を殺すかもしくは自殺に追いやったということだ。
時間遡行は簡単に見えるが簡単ではない。
悠馬のように最初から完成された異能があったとしても、身近な人を殺せるかと言われたら微妙なところだし、その過程において諦めざるを得ないと感じる瞬間だってあるはずだ。
「俺はお前の過去を知らない。知ろうとも思わない。…だけど時間遡行が簡単だなんて思ってたら、お前は絶対に失敗する」
それはここまでの特異点を乗り越えてきた彼だからこそ言える忠告。
悠馬と違い、苦難の道を数多く歩んできた彼だから、夜空に対して面と向かって、厳しいことを伝えられる。
悠馬はその発言に、割って入ることをしなかった。
もし仮に、時間遡行が時間遡行者のレベルに応じて決定するとするなら、夜空にとってもかなりの難易度の時間遡行になるはずだ。
全ての可能性の破壊ということはつまり、彼の敵となる人物は聖魔やエルドラ、ティナ、もしかすると悪神本人と戦う可能性だってある。
軽い気持ちで時間遡行を行えば、失敗する可能性は十二分にある。
「…それでも。俺はきっと、進まなくちゃいけない」
「…」
「お前が言った通り、俺の罪が消えることはないと思う。…きっと一生、時間遡行をしたってこの罪は、俺の中から忘れ去られることはない」
「そうだな」
それが犯してきた罪というものだ。
犯罪者が逮捕されて、収容所に入れられて釈放されたら、罪は消えるのか?
いいや消えない。
何年何十年経って、人々から時間の記憶が薄れてきた時、自分の罪は消えるのか?
いいや消えない。
消えるわけがない。
だから時間遡行をした先でも、混沌はこの記憶を、この罪を永遠に背負い続ける必要がある。
それが人の命を奪うということだ。
誰もが生きる権利を持っているのに、その権利を軽い気持ちで奪ってしまった、夜空が背負い続ける罪。
きっとこの先、この記憶を思い出して眠れない日も来るはずだ。
罪悪感に苛まれて、幻聴や幻覚が見えてくる可能性だってあるはずだ。
だけど、もしも本当に彼の心の中に人を思う気持ちが…人を尊ぶ気持ちが少しでもあるのなら…
夜空は手を伸ばす。
悠馬に向けて、悪意のない完全に何も感じない右手を。
「都合のいいこと言ってるってのはわかってる。…だけど俺は、俺が潰した全ての可能性を取り戻したい。…それが俺の罪滅ぼしだ」
「ああ。それでいい」
きっと苦難の道を歩むはずだ。
時間遡行をしたことを悔やむ時もあるかもしれない。
だけど彼の表情は、この選択が彼にとっての最善だということを指し示していた。




