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案の定一か月たってもドレスはおろか装飾品の一つも届かず。

加えてきっちりと半年ぶりのお休みは潰され、連続労働記録がまた更新された頃、リオルド殿下の王太子任命式が開かれた。


エスコートにすら現れない殿下を待つのもうんざりだ。

自分で教会の馬車を借り、王城へと向かう。


着古したドレスだが、大聖女様の宝飾品のおかげで品よくまとまっている。

大広間にはすでに多くの人が集まっていたようだが、クレアスティーネが扉を開けて中へ入るとすっと避けるように人垣が割れた。


なにかしら?


訝しみながらもそのまま前に進むと、一組の男女が寄り添うように立ちながらクレアスティーネを睨みつけていた。


「……リオルド殿下」


男性の方を呼べばその表情を更に険しくしてこちらを睨みつける。

寄り添うリーファニアはおびえたような顔をして殿下の後ろに隠れる。


「任命式にまで遅刻とは、さすがは怠惰の聖女だな。」


リオルド殿下が吐き棄てるように言った。


「怠惰とは?わたくしは招待のあった時間に参りましたわ。パートナーであるはずの殿下が現れるのを外で待っておりましたが、いっこうにいらっしゃらないのでこうして一人で入場いたしました。」


事実を淡々と告げれば、リオルド殿下は激高したように大声を張り上げた。


「黙れ!!クレアスティーネ・デルモント、貴様は治癒魔法の使用を渋り、己が怠けるためだけに魔法以外の医療などどいう野蛮な行為を広めようとしているという!大聖女の地位に胡坐をかき、怠惰に過ごすなど恥を知れ!!!」


あまりに一方的な言い分に言葉を無くしてしまった。誰がいつ、治癒魔法の使用を渋ったというのか?毎日毎日、あれだけの人間を治療しているにも関わらず、怠惰などと言われる意味がわからない。

反論しようと口を開きかけた時、リーファニアが悲痛な声を張り上げた。


「お姉様!!もうお止めください!!わたくしは、これ以上耐えられません!!!お姉様のためと思って支えてきましたが…もう、わたくしは限界なのです!!」


そう言って顔を覆って泣き崩れる。

なんのことだろうか?実家で日々お茶会をするかドレスの新調くらいしかしていないリーファニアの、何が限界なのか。


「貴様のこれまでの功績はリーファニアが代わりに行っていたことだと私に告白してくれた。ずっと脅されていたと、それでも姉を支えかったのだと涙ながらにな。健気な妹を利用し大聖女の地位を手に入れ、あまつ神聖なる治癒魔法までも冒涜する悪女め!!今日ここに、貴様との婚約を破棄し、大聖女の地位剥奪を命ずる!!!」


こちらを指さし大声でそう宣言するリオルド殿下。

王太子に任命された彼には正式に王の代理となる権限が与えられる。

おそらく妹と結託してこのことを計画していたのだろう。

ため息を吐きだしたい気持ちを抑え、毅然と前を向く。ここで俯いてはすべてを認めてしまうことになる。


「お言葉ですが、妹の証言だけですべてを決めてしまうのは早計ですわ。わたくしは日々聖女の勤めを果たしております。証拠が必要であれば、教会にお聞きください。」


「ふんっ、すでに調べはついている。枢機卿もそなたの怠惰を認めている!言い逃れできると思うな!!」


枢機卿…おそらくクレアスティーネの訴えを煩わしく思う派閥の者たちだろう。

魔力に頼らない医療が広まることを望まない貴族や枢機卿は多い。そういった者たちがこの茶番に協力しクレアスティーネを教会から追放しようとしているらしい。


「お待ちください!それは本当に全員の枢機卿なのでしょうか?一部の者たちの話だけで、そのような判断をされることはあまりに公正さに欠けます。せめて審問官にも…」


「まだ言うかっ!!怠惰の聖女めっ!!貴様はすべての地位を剥奪し国外追放とする!!連れていけ!!」


せめてジル様やそのほかの枢機卿たちにも調査をしてもられば、そう思って言った言葉は遮られ、憲兵に両脇を抱えるようにして捕らえられる。


「なにをっ!お願いです、殿下!!わたくしの話をお聞きください!!」


そう訴えるが引き倒され、床に頭を押し付けられる。憲兵の強い力で抑え込まれ、掴まれた腕がギリギリと締め上げられる。

骨折でもしそうな程の痛みに思わず涙がにじむが、力を緩めてくれる気配はない。

ふと、視界の端にお父様とお母様の姿が見えた。7歳からほとんど家にいないとはいえ、自分はデルモンド公爵家の娘だ。止めてくれるかもしれない、という淡い期待はその冷たい視線に打ち砕かれた。

家族としての情はおろか、欠片も温度を感じられないその瞳。

久しぶりに見たお父様はただ何の感情もなくこちらを見下していて、お母さまはまるで汚いものをみるかのように眉をひそめている。


ああ、自分は捨てられたのだ。


心臓がナイフを突き立てられたようにズキリと痛んだ。

いつの間に、自分は両親から憎まれるほどに、彼らに何かをしてしまったのだろうか?


リオルド殿下、両親、そして周囲の貴族たちの冷たい目線が突き刺さる。


どうして!!


大聖女として休みなく働き、この国の未来を憂いて進言していただけだ。

なぜ、罪人として引き立てられなければいけないのか!!


「お願いです、陛下!!」


再び上げた声は憲兵の槍に遮られた。

ズルズルと引きずられ、宝飾品が床に散らばった。


リオルド殿下は話を聞く気もない。でも、陛下なら!


クレアスティーネを大聖女に任命し息子の婚約者に指名したのは他ならぬ陛下だ。大聖女として謁見するたびに、娘のようだと言って可愛がってくださった陛下。このように一方的な裁きを陛下が了承されるはずがない。


そう思って見遣るが、陛下は冷たい目でこちらを見たまま首を振った。


「クレアスティーネ。わしはそなたを娘のように思っていたのに、このような形で裏切られるとは。非常に残念で仕方ない。本来であればデルモント公爵家ともに処罰せねばならないところだが、リーファニアによる嘆願と彼女のこれまでの功績により、お主ひとりの罪としよう。そして、息子の新たな婚約者にリーファニアを指名する。健気で心の美しい彼女が、大聖女にも未来の王妃にもふさわしい。」


陛下の言葉に周囲の貴族たちが一斉に沸き立つ。

パチパチとどこからともなく拍手が起こり、それが会場中を満たした。

まるでこの場のすべてが正しく、クレアスティーネこそが間違っている、そう言わんばかりの光景だった。


憲兵にズルズルと引きずられながら、ただ茫然とその音を聞いていた。

自分の信じていたものがすべて崩れ去るような心地がする。


どうして?


頭の中を占める問いに、答えてくれる人はいなかった。







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