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大広間を引きずられるようにして出ると、見慣れない黒い馬車に押し込まれた。
窓には鉄格子が付けられ、扉にも外側からしか開けられないよう鍵がされていた。
固い座席に引き倒されるようにして乗せられると、そのまま乱暴にドアが閉められた。
外で何事か話している声がしたと思うと、ガタッと揺れ馬車が動き出す。
「っぃた……」
咄嗟に座席に手をつくと、先程捕まれた腕がズキンと痛んだ。捕まれた場所がくっきりと赤くなっている。
これは明日にはひどいアザになっていそうだ。
「はぁ。治癒魔法は自分には効きにくいのよ。」
気休め程度にしかならないが、やらないよりはマシだろう。
腕に治癒魔法を施しながら窓の外を見やる。
鉄格子でよく見えないし、外は夜だ。どこを走っているのか見当もつかない。
まさかこのまま身一つで国外へ放り出されるのだろうか?
あり得ないことだとは思いつつも、先ほどの光景を思えば完全に否定はできない。
家族はもとより、国王までもがクレアスティーネの断罪に賛成したのだから。
はぁぁ。
大きなため息を吐き出してみるが、気分は晴れない。
おそらく、妹とリオルド殿下は結託していているのだろう。これまで自分が大聖女としてやってきたことすべてを妹の功績にするのは無理がある。詳しく調べなくてもすぐに露見する嘘だ。しかし、リオルド殿下はそれに乗ることにしたのだ。いつから計画していたのかは知らないが、教会の枢機卿に根回しし、正式に王太子として任命される日を待って、こうして断罪と婚約破棄に踏み切ったのだろう。
陛下までも協力した理由はわからないけど…
リオルドは婚約者ではあったが、ほとんど顔を見ることもなく、交流と言えば妹を挟んで2人の会話を聞かされるくらいであった。特に気持ちがあるわけではない。自分のことが気に入らなかったのなら、早々にそう言ってもっと穏便に婚約破棄して欲しかったとは思うが、その程度である。
それより父や母、陛下からも捨てられたことの方がよっぽど……
そこまで考えてグッと拳を握った。
クヨクヨ考えても仕方ないわ。こうなったからには、隣国で自活していく方法を考えましょう。
大丈夫、治癒魔法の需要は高いし、変な肩書がない分、自由に暮らせるわ。
この国の隣国といえばパピノリア王国、もしくはドラゴニア獣王国だが、獣王国に勝手に踏み入ったとなれば龍王が黙っていないだろう。そのためもし捨て置かれるとしたらパピノリアのはずだ。
平民として、診療所なんかで働かせてもらったらいいかしら。
それとも、修道院?孤児院なんかなら子どもたちもいて楽しそうだわ。
クレアスティーネは子どもが好きだ。幼い頃教会に預けられたこともあり、遊び仲間に飢えていたのかもしれない。教会に子どもたちが遊びに来ると少ない休憩時間を削ってでも交流していた。
そうね。そう考えれば国外追放も悪くないわ。
そうよ、休みももらえずに働きづめのこっちより絶対にいいわ!
クレアスティーネがよし!と気合を入れた時、ちょうどガタンと音がして馬車が止まった。
馬たちが嫌そうに嘶く声が聞こえる。
なにかしら?
訝しんで外を見ようとした途端、馬車の扉が開き乱暴に腕を掴まれる。
「来いっ!こっからは歩きだ!!」
野太い声とともに馬車から引きずり出される。
「なにをするのですっ!やめてっ!!あなた方は騎士?」
どう見ても破落戸だ。服装こそ騎士のそれだが、言葉遣いもひげ面の人相も、どう見ても訓練された兵士のそれではない。
「ごちゃごちゃうるせえな。いいから歩け!俺らはお前をあそこの中に放り込むまでが仕事なんだ。」
「こんな上玉、もったいねぇな。」
「時間がないんだ、仕方ねぇ。ましてこんな場所じゃおっぱじめる気にもらならねぇよ。」
品のない連中がクレアスティーネを引きずる男の後に続く。
この男が親玉で、後ろに続く2人が子分といったところだろうか。
放り込むってどこへ?
辺りを見回して、ハッと息を飲んだ。
引きすられながら近づく先が鏡のように光って揺らめいているのだ。
魔境…!!
魔境内は瘴気が立ち込め魔物達がうろついているという。
そのため人も獣人も立ち入ることはなく、不可侵の領域とされているはずだ。
国外追放って、そういうこと?!!
これでは処刑と変わりない。魔物に喰われて死ねというに等しい。
「放しなさいっ!!いやっ!!」
精一杯抵抗してみるが男の力強くまるで意味をなさない。
「るうせぇっ!!」
パシッと強く頬を打たれ、頭までクラリと揺れた。
「証拠が必要なんだ、悪く思うなよっ!」
そう言って髪をひと房切り落とされると、そのままドンっと強く背中を押された。
「……っつ!!」
瞬間、ぐにゃりと視界が揺れて不思議な膜を通り抜けたような感覚がした。
姿勢を保てず、ドサッと地面に手をつけば、鼻をつくような臭いが立ち込める。
「うっ!!」
思わずドレスの袖で口元を覆った。息がしにくい、これは瘴気だろう。
魔境の中は深い森で淡い月あかりがうっすらと木々を照らしている。一見すれば外と変わらないが、立ち込める臭気と重い空気、そして所々に蠢く黒い影が外の森と違うことを物語っている。
あれは魔物かしら?
赤い光が点々と見える。魔物は獣の形で影のような靄が身体を覆い、赤い目をしているらしい。攻撃的で核と呼ばれる本体を傷つけない限り死なないとか。
クレアスティーネは魔物を見たことがないが、教会に来た人の中には魔物によって傷つけられた、という人がおり、そう言った人が話していた。
そういえば、どうして魔物に傷つけられたのかしら?
魔物は魔境の外に出てこないはず、なんて現実逃避気味に考えていると、赤い光と目が合った。
ま、まずいわっ!
そう思った時にはその光が一気にこちらに向かってきた。
ギャアギャアと耳を突き刺すような声と羽ばたきが聞こえ、思わず目をつむった。
次の瞬間、
風が吹いた。
クレアスティーネの後方からもの凄い風が吹き、赤い光たちが吹き飛ばされる。
自分の足も浮きかけたが、後ろから腰をグッと抱かれて支えられる。
急に息がしやすくなった気がする。
強い風が止んだのを感じて、そぉっと目を開けてみる。
さっきまでこちらに向かってきていた赤い光は一つもなく、黒い木々が揺れているだけだ。
そして、自分の後方に立ち、腰を支えている人の手。
これは…?
恐る恐る振り返る。
見上げた先には黒髪を揺らし、金の瞳でこちらをじっと見つめる美丈夫がいた。
やっと登場。




