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「おお、クレア様、今お帰りかのぅ」


教会に帰ると大聖堂へと続く廊下で声をかけられた。

視線を上げれば白いローブから白いお髭を覗かせた好々爺といった風情の老人が。


「ジル様、ただいま帰りました。」


この教会で“審問官”をしているジル様はみんなのおじいちゃんといったところだ。

いつもこうして、出迎えの挨拶をしてくれる。7歳からここにいるクレアスティーネにとっては本当の家族よりも家族と呼べる人だ。


「お疲れ様じゃったな。貴重な半休じゃったのに。それで、どうじゃ?話しはできたかの?」


全うに労られ、さっきまでのささくれだった気持ちが少しずつ落ち着いてくる。


「いいえ。またダメでした。なんとか殿下に意見を聞いて頂かないといけませんのに。」


つい暗い顔になる。治癒魔法に頼らない治療法の確立、それはクレアスティーネがずっと訴え続けていることだ。


この国だけに関わらず人々の医療はほとんどが治癒魔法頼みだ。しかし、治癒魔法を使える人間は少なく、その力も段々と衰えている。

このままでは将来、病や怪我の治療が困難となる。今でさえ、高額な治癒は貴族しか受けられないというのに、これ以上治癒魔法の希少性が増せば庶民から医療は取り上げられてしまうだろう。


枢機卿にも何度も訴えたがいつものらりくらりと躱されてしまう。

こうなれば国家権力を頼るしかない、と婚約者の殿下を当てにしているが、まともに話を聞いて貰えたためしがない。せめて妹がいない時であれば、と思うのだが、最近では二人きりのことはほぼなく、殿下に声をかけられる時は毎回妹が一緒だ。


ジル様にも治療法の研究や記録の集約などで多大な協力をしてもらっているのに、情けない。

そう思って俯くと、ポンポンと頭を撫でられた。


「クレア様はよく頑張っておるよ。毎日多くの人に治療を施して、こんな老いぼれの話もしっかり聞いてくれる、いい子じゃいい子じゃ。」


久しぶりに子どものように慰められて照れくさくなってしまう。


「いい子は止めてください。来月には18になりますのに。」


少し不貞腐れつつそう言えば、ふぉふぉふぉとお髭を揺らして笑われた。


「そうじゃったな。そういえば、来月の舞踏会のドレスは相談できたかの?婚約のお披露目と王太子の任命式なんじゃからそっちの方が重要じゃろうに。」


「あ」


すっかり忘れてた。そうだった。来月にはリオルド殿下が正式に王太子として任命されるのだ。そこで自分達の婚約も大々的にお披露目され、結婚式の準備へと移る。

そんな大事な日にも関わらず、クレアスティーネの元には針子はおろか既製品のドレスすら届いていない。

実家からも殿下からも何も言われず、用意があるのかどうかすらわからない。


「仕方ありませんわ。お話も出ませんでしたし、以前のドレスを少し手直しして出席致します。」


ため息をついてそう言えば、ジル様が困ったようにお髭を撫でていた。


「婚約者への礼儀だろうに。困った若造じゃ。……旧棟の大聖女の部屋の奥、本棚の後ろに小さな小部屋があるんじゃ。そこにちょっとした装飾品が置いてあるから、好きに使いなさい。」


それだけ言うともう一度クレアスティーネの頭をポンと撫でて行ってしまった。


「あ、ありがとうございます。」


それをポカンとして見送る。ジル様は一体何年、この教会にいらっしゃるのだろう?時々こうして誰も知らないような事をポロっと教えてくれる、不思議な人だ。









ジル様に言われた通り、今は使われていない旧棟の大聖女の部屋には隠し部屋があった。

ジル様はちょっとした装飾品と言っていたが、全然ちょっとではない。

今は貴重な純度の高い大粒の魔晶石で作られたティアラや、

明らかにこの国の物ではない繊細な模様の刺繍が織り込まれたローブであったり、その他にも国宝級の宝飾品の数々。


好きにしなさいって、これをどうしろと?


あまりに恐れ多くて持ち出しす勇気もなかなか出ない。

と、宝飾品に紛れて一冊の古びた本が置かれていた。


「何かしら?手帳?」


ペラペラと捲ると様々な数式や図案とともに細かいメモがびっしりと書き込まれている。

誰か研究者の物だろうか?

初代の大聖女様が研究者だった、という話しは聞いたことがないが……


気になって読んでみるが小難しい科学用語と計算がほとんどで何が何だかわからない。

後半はほとんどがバツ印で埋め尽くされ、最後の方はページが破りとられていた。


なんとなく気になったものの、意味がわからないのではしょうがない。

その本は元の位置に戻し、装飾品の選別に移る。

なるべく小さく、控え目な物を数個お借りして、そっと隠し部屋の扉を閉めた。


以前のドレスに少し手を加えて、お借りした宝飾品を合わせれば同じ物でも印象は変えられるだろう。

舞踏会はなんとか乗り切れそうだ、とひっそり息を吐く。


それにしても、この部屋はこのままでいいのだろうか?

鍵もなく人気もない旧棟では泥棒も入り放題ではないか、と思ったがこれまでずっと残っていることを鑑みればこのままでいいのだろう。

もしかしたらジル様くらいしか、ここの存在を知らないのかもしれない。


私も見つからないようにしないと。


そう思い、そっと忍び足で部屋を後にした。



その様を影から伺っていた人物がいたことに、私はまったく気づいていなかった。





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