10 異世界人とコミケ 後編
第十話。コミケ編後編です。本日二話目です。キリが悪かったので予定を変更して本日二話お届けします。
皆様の応援のおかげで、日刊ジャンル別一位をキープできてます。本当に感謝です!
……コミケって凄え。
目の前に広がる人の群れと、それを必死に捌いていく売り子さんたちを見ながら、俺はそんな感想を抱いていた。
「それにしても、フィールって結構人気があるだなー」
「まあ当然ですな、天使フィル先生は今や十万人規模のフォロワーを持つ人気絵師の一人ですからな」
……おわっ! なんだよヘルフリッツか。
売り子はフィールとフェリシア、列の整理にはシルがいるため、特に何をするわけでもなくボケーっと会場を眺めていた俺の隣に音も無く現れるヘルフリッツ。今日はまた一段とオタクオタクしているな。
「なんだ、アンタも来たのか」
「企業ブースの方には同志達が足を運んでいますからな。一日目は拙者はフリーなのですよ」
同志達、って事はオタク仲間と一緒に来ているのか。悠々自適にオタクライフを満喫しているようだ。
「それで? 何か用か?」
「いえいえ、一応挨拶をと思いましたが、そのような余裕は無さそうですな」
今も忙しそうに群がる客の対応をしているフィール。何やら本のようなものを手渡されているが……あれはなんだろうか。
「あれはスケブですな」
「スケブ?」
「スケッチブックを渡して、絵師さんに絵を描いてもらうのですぞ。絵師さんとファンの交流の一つですな」
なるほどねー。コミケってのはただ本を売るだけじゃ無くて、ファンとの交流の機会でもあるわけか。
そのことを踏まえて、フィールとファンの会話に耳を傾けてみる。
『天使先生! いつもペクシブで読んでます!』
『おーありがとねー。今週中にあと一回上げるから、読んでくれるとうれしいな』
『はい! 絶対読みます!』
といった作品に関する会話や。
『天使先生、もしかしてあそこに座ってるのって蒼井先生ですか?』
『そうだよー。漫画より冴えなくてごめんねー』
という俺に関する事まで。というかフィール、お前後で覚えておけよ。
「まあ天使先生の作品に出てくるソーイチロー氏はかなり美化されていますからなwww実物は冴えないと思われても仕方ありませんなwww」
草を生やすな草を。
まあフィールが楽しそうで何よりだ。背中から生えた一対の羽根と、頭のてっぺんから生えるアホ毛が、ピコピコと揺れている。
やがて客足も少なくなり、ある程度余裕が出てきた。というか、意外にも女性の客が多かったように見えたな。特にフィールと会話していくのはだいたい女性だったような気がする。
そんな事を考えていると、ヘルフリッツがちょいちょいと俺の肩を叩く。彼の指差す方向を見て、俺は色々と察した。
あーなるほど。男性陣はあまりに美少女が集まりすぎていて、話しかけられないのか。
ヘルフリッツが指差す方向には、遠巻きに俺たちのサークルを見て行くか行かないか悩んでいる男達が何人かいた。俺からはなんとも言えないな。頑張ってくれ。
あれから順番に留守番をして、それぞれコミケを見て回ったりなんやりしているうちに、随分と時間が経った。フィールの用意してきた同人誌もほぼほぼ完売。
後片付けをしつつ、他の面々の帰りを待つ。なんか気がついたら俺以外全員居ないという状況になっていた。
おっと、そんな事を言っていたらシルが帰ってきたな。なにやら本を抱えているが、何を買ったんだろうか?
「ソーイチロー様、これはプレゼントでございます」
手渡された本をちらりと見て、ため息をこぼす。タイトルは『漫画で分かる縛り方百選』本当にこいつはブレないな。
期待した顔でこちらを見ているが放っておこう。
それにしても、フィールとフェリシアが帰ってこないな。どこへ行ったんだろう。そろそろ閉幕の時間だ、合流しておかないと面倒な事になりそうだ。
「ああ、魔王様と大天使様なら向こうの広場の方でお見かけしましたよ」
向こうの広場ってーと、何をやってる所だろう? 手元のエリア案内を開く。
「あそこってコスプレエリアじゃないか。二人とも何をやってるんだ」
とりあえず迎えに行くとしよう。
シルに留守番を任せて、コスプレ広場の方に足を運んでみた。おー凄い人だ。ところ所に人だかりがある。人気コスプレイヤーさんというやつか。
お、あそこにいるのって「まるで駄目なおっさん」のコスプレの人か。トゥイッターで見た事あるな。
あっちはフィールが本を書いてたマジックバレットオンラインのコスプレか。凄い完成度だ。あのでっかい銃とかどうやって作ってるんだろ。
おっと、普通に見物している場合じゃ無かった。早くあの二人を探さないと。
……いた。
コスプレ広場の奥の方に進んで行くと、一際大きい人だかりを発見した。何故人ごみの中にいるあの二人を見つけられたのかって? だって光ってるし。人ごみの中心が明らかに光ってるもの。
「おいおい……あいつら魔法とか使ってるんじゃないか?」
「そうですな、でもまあ問題はありませんぞ。拙者が周囲の人間の思考から違和感を奪いましたからな」
……だから何でいつも唐突に現れるんだアンタは。
「違和感を奪った?」
「そうですな、拙者はこれでも魔法の扱いには自信がありましてな。それでこうトゥインと皆様の心の中から違和感という感情を抜かせてもらったのですぞ」
「まあそれならいいけど、どうしてあいつらはコスプレ広場であんな事になってるんだ?」
「それはまあ拙者がちょちょいとそそのかして」
「アンタが原因かよ」
あんた一体何やってんだ。
首に下げたでかい一眼レフを持って、二人を囲む人ごみの中に紛れていくヘルフリッツを見送り、俺も二人の様子を見に行く。
意外と二人ともノリノリだ。フェリシアはその角を真っ赤に輝かせ、背中からはいかにも魔王、という禍々しい翼を生やしている。
フィールはといえば、翼を三対六枚に増やし、空中に浮いている。地面はなんでだか知らないがまばゆいほどに輝いて、神秘的な雰囲気を出している。
「フィル氏~視線下さ~い」
「フェリシア様! ポーズ下さい!」
その言葉を受けて、ポーズを決めたりなんやりする二人。
「すげーなあれ、魔法みたいだ」
「あの衣装とか羽根とかすごいよな」
いえ、魔法ですし自前です。ヘルフリッツの魔法が良く効いているようで、回りの人間は違和感をもっていない。フィールとか完全に空中浮遊しているけどな。
徐々にエスカレートしていく二人、フィールとか翼を増やしすぎてそっちが本体みたいになってきているな。紅白歌合戦かよ。
そんな二人を見ながら、大事になりませんように、と祈る俺であった。
「いやー楽しかったねー。次は冬かー」
コミケも終わり、辺りには俺たちと同じく帰路へと向う人々が列を成している。
誰も彼もが両手に荷物を抱え、疲れていても清清しい顔だ。
「次は俺もなんか出してみようかなー」
「おお、やる気だねソーイチロー」
フィールのをみててちょっと羨ましくなったんだよな。直接ファンと会って話せるってのは凄い事だよな。
「それにしても凄い人ねー。これって電車に乗れるのかしら?」
たしかに、こりゃ何本か待つことになるかも知れないな。
「もうこの際どこかに隠れて家まで転移しちゃおうかしら」
「駄目だよフェリちゃん。家に帰るまでがコミケなんだから、転移魔法はルール違反だよ」
「何よその良く分からないルール」
「私は満員電車も好きですよ。欲を言うのであれば車両の人間が全てソーイチロー様ならばもっと嬉しいですね」
なにそのめちゃくちゃ気持ち悪い車両。そこまでいくと狂気だよ、怖いわ。
「それにしても、久しぶりに遠出したなー」
「そうだね、普段は部屋から出ないし」
たまにならこんなのもいいかもしれないな。
四人で並んで歩く。違う世界から来たやつらと、こんな風に肩を並べて歩くだなんて、なんてファンタジーな日常なのだろうか。
これが今の俺の日常で、これからも続く日常だ。きっとまた、俺の部屋は異世界とつながり、いろんなやつが訪れるのだろう。
次はどんなやつがくるだろうか。どんな日常が待っているだろうか。
意外と楽しみになってきている自分がいる。隣を見れば、フィールとフェリシア、それからおまけにシル。
……次は出来れば、そこまでキャラの濃いやつ以外でお願いしたいところだ。
なんか最終回っぽい雰囲気だけど、全然まだまだ続くんじゃ。
次回はまたしても六畳間が異世界に繋がります。
次回「六畳間とスライム」