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生命師 -The Hearter-  作者: 皐月うしこ
第2章 即位15周年祭
9/13

第1話 集まった生命師(後編)


「ものすごい人の数ね。リナルドじいさん、大丈夫?」


「ああ、平気じゃ。」



眼下に見えるのは、道という道が人で埋め尽くされた光景。

大人も子供も一度はぐれてしまえば、二度と会えないんじゃないかと確信できるほどの人ごみに、王都は溢れかえっている。



「デイルがいてくれてよかった。」



ナタリーは、心底そう思いながらデイルの方へと顔を向けた。



「そりゃ、よかった。スカイシップで来て正解だったな。」



小型の宇宙船のような車の運転席に座るデイルは、笑いながら操縦かんを握っている。

なんでもスカイシップは、最近メルカトル王国で普及し始めた空飛ぶ馬車だそうで、正確には機械の乗り物だった。



「ハーティエストに頼ってきたわしらの世代にゃ、ちとキツイのぉ~。」


「すんません。けど、下の道はもっときついと思いますよ。」



デイルの言葉は、もっともだと思う。

ハーティエスト文化の根付いたライト帝国は、それこそ行き交う馬車に足止めをくらっていた。

リナルドは文句を言っているが、綺麗に着飾った衣装が台無しになるところだったと、ナタリーはホッと息を吐く。デイルがスカイシップを運転してくれるおかげで、王宮まで障害物に遭遇することなくたどり着くことが出来そうだった。



「つきましたよ。」



あっという間に皇帝の住まう城まで飛んできたナタリーたちは、左手の甲に刻まれた紋章を入念に調べられた後で、大きな広間へと案内される。



「おお、ナタリーじゃねぇか。」


「ハティさん!?」



真っ先に飛び込んできた人物に、思わずナタリーは駆け寄った。

長い水色の髪と、女性のような細い線。



「一瞬、女の人かと思ったから驚いちゃった。」


「あ゛?」



あきらかに嫌そうな顔を見せたハティに、ナタリーはごめんなさいと素直に頭を下げる。



「いいんですよ。別にハティが女性に間違えられるなど、そう珍しいことではありませんからね。」


「ルピナスさん。」


「こんにちは、ナタリー。今日もとても素敵です。」



にっこりと向けられる笑顔に、どう返せばいいのかわからなかった。お世辞だとわかっていても、面切っていわれるとなんだか照れる。



「ルピナスさんも素敵です。」



ナタリーは恥ずかしそうに、ルピナスへと思うままの感想を述べた。



「ありがとうございます。」



そう言ってほほ笑むルピナスの視線が、ナタリーの後方を捕らえて気をひきしめる。それに気付いたナタリーは、慌てて後ろの二人を紹介した。



「えっと、昨日一緒にいたテトラの父のデイル・アイさん。と、私の祖父のリナルド・ファー・ロベルタです。それから、こちらの二人は、昨日テトラと一緒にお世話になった、ルピナス・アバタイトさんと、ハティ・ベガロさん。」



双方がナタリーの紹介で握手を交わす中、ゴホンと大きな咳払いが響く。

何事かと顔を向けると、そこには"いかにも"な老人が立っていた。きっちり整えられた白髪と、ピシッと着こなされた礼服。歴史と家柄を尊重するように、その雰囲気から尊厳な態度がうかがいしれる。



「アラサイト、久しぶりじゃな。」



ナタリーが委縮する中、リナルドが柔らかく話しかけた。

リナルドが高齢すぎるせいで、その人物が少し若く見える。



「リナルド様、久しくしております。では、そちらのお嬢さんが、かの有名な最年少生命師ですかな?」


「えっ!?あっ、はっはい。ナタリー・ロベルタと申します。」



ジロリと睨まれるような視線を受けて、ナタリーは焦った風に自己紹介をした。

おずおずと頭をさげたナタリーを値踏みするように一喝した後で、その老人はフンッと鼻をならす。



「ジュアン・アラサイトだ。生命師三大名家のひとつであるアラサイト家の当主を務めておる。」



威厳を込めた声でそう言われれば、ますます立つ瀬がなかった。困ったようにナタリーが視線を泳がしたところで、今度はバンっと勢いよく扉がひらく。

ズカズカと、苛立ちを隠しもせずに大股で歩いてくるのは、真っ赤な唇が目を引く、気の強そうな女性。外にはねた短めの髪に、女性らしい体つき。それなのに、いやらしさは感じさせない。どこかサバサバとした印象を与える女性だった。



「………。」



シンと静まりかえる広間の中をわき目もふらずに彼女は歩いて行く。

ナタリーの前を無言で通り過ぎ、やがて中央に置かれた高級なソファーに腰をおろすと、足を組んで、グシャリとその手の中にあったらしい手紙をねじりあげた。

紙が、独特の破壊音を部屋に響かせる。



「ターメリック!!いつものアレを持ってき──あー、そうだわ。いないんだったわね。」



大声をあげた女性は、目当ての人物がいないことを確認するなりガックリと肩をおとした。が、すぐにその顔をあげて、不思議そうに周囲を見渡す。



「あら、皆様おそろいで。」



あっけにとられたまま、ナタリーはその女性が自分の前方にあるソファーをすすめるのを見つめていた。



「何してるのよ。そんなところで立ち話?どうぞ、座ったら?」



まるでここが彼女の家かのような振る舞いに、ナタリーはただただ驚くことしか出来ない。

今度こそ困ったように口を閉ざしたところで、先ほどの老人ジュアン・アラサイトが口をひらいた。



「お前は、もう少しなんとかならんのか?!アラカイト家の当主をつとめる生命師だと言うのに、いつも、いつも評判を落とすような行為ばかりではないか!!もっと自覚と責任───」


「あ~も~。はいはい、はいっ。自覚と責任を持って、女性らしい振る舞いと誇りをでしょ? もう耳にタコが出来るほど聞いてるわよ。」


「───アンジェ!!」



小言を言い始めたジュアンを軽くあしらうように、その女性はパンパンと手をたたく。

ますますナタリーは、何も身動きがとれなくなってしまった。願うことならば、わなわなと震えるジュアンの怒りが爆発しないでほしい。しかし、その原因となってる女性は、さらにジュアンの怒りをかうであろう行為に躍り出る。



「キャー、ルピナス!!あんた、またイイ男になったわねぇ~。ほら、ここに座りなさいよ。ほらハティも。そうそう、あんたの噂はいつも聞かせてもらってるわよ。ねぇ~、あたしに誰か紹介しなさいよ。」



ソファーの背から乗り出すようにして、赤い唇の女性は寄り添って立つルピナスとハティを見上げた。

二人はどうするのかと思いきや、素直に従ったから驚きである。



「どうかなさったんですか。今日はまた、一段と荒れてらっしゃるようですが?」


「どーせ、またフラれたんだろ?」


「いつものことですね。」



腰を落ちつけながら笑う二人は、怒りに顔をゆがませるジュアンの姿が見えているのだろうかと疑えてならない。

ハラハラと、成り行きを見守ることしか出来ないナタリーの心境をよそに、その女性はバンと足をならして立ち上がった。



「そうなのよ!!聞いてくれる!?あいつったら───」


「あ~、今はやめといた方がいいと思うぜ?」


「───あら、ハティ。冷たいじゃないの。」


「だってよ、なぁ?」


「えぇ、ジュアン殿ではないですが、時と場所はもう少し選ばれた方がよいと思いますよ。」



うまく切り替えてくれた彼らに、ナタリーの目からうろこが落ちる。

ジュアンが大きく落胆の息を吐いたことにも安心したが、名も知らない派手な女性が大人しく口をつぐんだことにも安心した。

これで一件落着。

かと思いきや、彼女はものすごい勢いでナタリーを横切る。そしてそのまま、デイルに抱きついた。



「やぁん。イイ男じゃない!?この筋肉素敵ぃぃぃ。ねぇねぇ、あなた何歳?独身?」


「デイルは、妻子持ちじゃぞ。」



心臓が止まってしまったように固まっているデイルの代わりに、リナルドがフォッフォッと笑い声をあげる。それを聞いた彼女は、抱きついた時同様、勢いよくデイルから飛びのいた。



「あ~、ダメダメ。結婚してる男に手を出すと、ろくなことにならないもの。」



両手をあげて肩をすかせながら、再びソファーへと彼女は帰っていく。ハイヒールの音が、むなしく木霊(コダマ)していた。



「もっもう、我慢ならん!!リナルド様の前でなんたることだ!!この恥さらしがッ!!よいか、お前は当主なのだ、アラカイト家の顔なのだぞ!?大体前々から言っておるだろうが!!なぜ、お前はいつまでたっても──」



あーだこーだと、小言を並べはじめたジュアンの横を通り過ぎた彼女は、ドサッと音をたててソファーに座る。

そして再び足を組み、手入れの行き届いた爪をいじりながら、追いかけるように続くジュアンの説教を受け流していた。

「あ~」「は~」と、適当に相槌を打つ彼女は一体何者なのかと、茫然と立ち尽くすナタリーのもとに避難してきたハティとルピナスが歩み寄ってくる。



「まぁた、始まったぜ。」



こっからが長いんだよなと、ハティが飽きれた息を吐いた。



「アンジェ姉さんも相変わらずだな。」


「アンジェ姉さん?」



ハティのお姉さんなのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。ルピナスが笑顔で否定してくれたのだから、それは確かだった。



「まぁ、中身はよく似てますけどね。」


「どこがだ。」


「彼女は、わたしと同じ三大名家のひとつ、アラカイト家の現当主ですよ。」



ハティの言葉を最後まで聞くことなく、ルピナスは説明を進めていく。

せっかくだからと、ナタリーは大人しく聞くことにした。



「彼女の名は、アンジェ・アラカイト。愛を司るアラカイト家の当主です。若く見えますが、ここだけの話し、もう三十になるんですよ。」


「えっ!?」


「若作りは、彼女の専売特許ですからね。見た目に騙されて男は寄ってきますが、あれを見ればわかる通り独身です。」



必要以上の情報提供をしてくれたルピナスの先で、アンジェはまだジュアンの小言をくらっている。

どう返すべきかと思案するナタリーの横では、ハティが笑い声を押さえていた。



「そうそう。なんでか悪い奴ばっかに引っかかんだよ。見た目は悪くねぇのにな。さっき(ヒネ)りつぶしてた紙だって、どぉせバカ高い請求書かなんかだろ?」


「せい…きゅ。」


「貢ぎまくった揚句(アゲク)に、捨てられるんですよ。みじめなこと、この上ないですよね。」



そう思いませんか?と、尋ねられても困る。アンジェをからかう二人に挟まれているナタリーは、バンっと立ち上がったアンジェにビクリと肩を震わす他なかった。



「ちょっと!!聞こえてんのよ、あんたたち!!」


「アンジェ!!」


「何よ!?」



ハティとルピナスに詰め寄ろうとしたアンジェの肩をジュアンが引き戻したせいで、広間は二人の声に支配される。激化していく論争の隙間を縫うようにして、ハティとルピナスが顔を見合わせて笑い合うのが見えた。



「とっとめなくていいの?」


「いいって、いいって。遅かれ早かれ、こうなんだよ。式典前に、お互い言いたいこと言わせておかねぇとなっ?」


「はい。」



ふたりにそう言われてしまえば、ナタリーに議論し合うジュアンとアンジェを止める手立てはない。

困惑の表情で視線を流せば、頼みの(ツナ)のリナルドとデイルは何やら深刻な話をしているようだった。



「………。」



完ぺきに行き場を失ったナタリーは、がっくりと肩を落とす。もう深く追求するのはやめにして、式典のことだけ考えようと顔をあげた。



「そういえば、もうすぐ式典の時間なのに足りなくないですか?」


「そういやそうだな。でもよ、三大名家がそろってりゃ問題ねぇだろ。」


「三大名家?」



あと二人足りないと、周囲を見渡したナタリーは、ハティの言葉に首をかしげる。さっきからよく聞く言葉だが、それがなんのことだかわからなかった。



「ライト帝国の生命師の中でも、特に歴史が古く、数多くの著名人を輩出してきたのが私たちの家系なんですよ。愛・規律・死を(ツカサド)る、アラカイト・アラサイト・アバタイトの三つは、生命師としての仕事を国で保障されている由緒ある家系なんです。」


「国で?」


「はい。つまりは、国家生命師です。」


「俺ら生命師は、モノの声を聞くことが出来る。人間とモノの魂をつなぐ糸を感じ取り、この世に生を与える。それを仕事にしちまったのさ、こいつらの家系はな。」



たしかに、生命師はモノの声を聞いて、この世に生を与えることが出来る。

だが、普通は仕事にはしない。

お金をもらって、人とモノの魂をこの世に存在させることを生業(ナリワイ)にしてしまえば、ハーティエストがどんどん誕生してしまう。人間。特に主人との絆が薄いハーティエストは、不安定で危険なだけに、むやみやたらに生命師の技を使うわけにもいかなかった。



「ちゃんと見てますからご心配なく。」



ナタリーの胸中を感じ取ったのか、ルピナスが苦笑した。そんなに顔に出てただろうかと、ナタリーも苦笑する。



「生命師になる者は、十五歳で左手の甲に紋章を授かります。遺伝が大きいとされていますが、親が生命師だからと言って、必ずしも子供が生命師になるわけではありません。大抵は個人の代で終わりますが、私たち三大名家は代々長子(チョウシ)に、生命師としての紋章が授かるんです。」


「そうなんですか!?」


「そうなんですよ。最近は、生命師自体誕生しないでしょう?おかげ様で、とても重宝されています。」



なるほどと、うなずき返した時だった。ルピナスの話しに聞き入っていたナタリーは、突然入ってきた大理石のハーティエストに話しを中断させられる。

よく見れば、昨日オルフェ王子を連れて帰ったあの青年だった。



「まもなく式典が始まりますので、生命師の皆様を会場にご案内いたします。」


「まだ全員が、そろっとらんようじゃが?」


「はい、リナルド様。本日の式典に参加予定でした、モクレン・オー・ハイム様とシオン・ヴェナハイム様は欠席されるとのことです。」



案内されるままに進むナタリーの背後で、キーツの答えを受けたリナルドがスッと目を細める。しかし、白い眉の下に隠された瞳の意味に気づくものは、誰一人として存在しなかった。


──────next story.

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