第2話 各国の王たち(前編)
白い花火が打ち上げられ、盛大な式典の幕が上がる。
見事に晴れ渡った空の下でファンファーレが鳴り響き、世界中から集まった人々が大歓声をあげた。
「あっ。」
ナタリーは視線の先に、あの時に見た青い鳥が飛んでいるのを見つける。この王都ラティスに来るまでの馬車の中で見た、ガラスのような綺麗な身体を持った青い鳥が、優雅にその羽を広げて高い空を舞っていた。
「ナタリー。」
リナルドに小声で注意されて、ナタリーは慌てて視線を前にもどす。埋め尽くさんばかりに集まった民衆の前で、招待を受けた出席者たちが挨拶の言葉を述べているところだった。
デイルやテトラの住む国、メルカトル王国からは若い国王と王妃。ライト帝国の地図の左隣にあるプロメリア王国からは、車椅子がなければ動けない病弱な国王様。孫娘の王女は、欠席らしい。
その次に紹介されたのは、"円"もしくは"丸"と表現できる人物たち。
「バビロイ公国より、パードゥン・バビロイ公。そして、パーティ王妃とハウ王子──」
声高らかに名前を呼ばれて、三人は見事なまでにそっくりに鼻を鳴らす。
最近、ライト帝国との関係が悪化しているせいか知らないが、その態度は不愉快極まりなかった。集まった民衆の関心も高いだけに、また近々ひと悶着ありそうだ。
「──クレア・バーディ司教。」
前言撤回。バビロイ公国との関係は、この人物がいる限り大丈夫そうだと思える。しかし、名前を呼ばれた人物は、お世辞にも愛想がいいとは言えない。
薄紫の長い髪、たぶんハティとイイ勝負だ。
背筋をのばして、凛と前を見据えており、すっとした高い鼻筋が見事に美しかった。
「綺麗な人。」
「女どもが浮かれてんな。アズール皇帝じゃなくて、歴代最年少司教をみにきたんじゃね?」
隣に立っているハティが、そっと耳打ちしてくれる。
「それより見てみろよ。ハウ王子。同じ王子でもオルフェ様とは天地の差だよな。名前、ハムに変えた方がいいと思わねぇ?」
思わず噴き出しそうになったナタリーは、ハウ王子がジッと見つめてきたことに驚いて視線を泳がせた。悪口を言っているのが聞こえたのかと委縮したが、大分離れた先にいるハウ王子に、その心配はない。
むしろ心配なのは、式典が終わってからリナルドに小言を言われるんじゃないかということの方が大きかった。
「おっ、レーヴェ大陸の主の登場だぜ?」
ハティの耳打ちに再び視線を前に戻したナタリーは、その人物をみて固まる。
圧倒的な存在感。濃紺の髪と瞳。深い海の底のように、引き込まれそうな魅力を持った人だった。
「ナタリー、どうした?」
一瞬ギュッと身体を硬直させたナタリーに、ハティが変な視線を向けてくる。
「なんでもないです。」
悪寒が走ったなんて言えない。
会ったことがないはずなのに、いや、こうしてお眼にかかるのも初めてなはずなのに、ひどく怖かった。
「ヴェナハイム王国より、グスター・ドン・ヴェナハイム国王。」
その名前は、きっと忘れないだろうと思う。
「超軍事国家の絶対君主、ヴェナハイム王国のグスター王か。」
ハティの言葉は、それ以上耳に入ってこなかった。身体が震えださないようにするのが精いっぱいで、その姿を極力見ないように目を閉じる。
「ナタリー、大丈夫じゃ。」
リナルドの言葉に驚いて、ナタリーは目をあけた。どうしてわかったのだろうと不思議に思うほど、リナルドの声が優しい。
ホッと息を吐く。それからは、グスター王を見ても何も感じることなく、式典に集中することが出来るようになった。
「ありがとう、リナルドじいさん。」
囁くようにお礼を述べたナタリーに、リナルドは何も答えない。
その代わりに、遠くの空で青い鳥がキラリと光った。そうして、ナタリーが初めて生命師として人前に立つ舞台に緊張する中、キラリと光った青い鳥は、その身体を旋回させながら眼下にのぞむ式典会場に目を光らせていた。
「本当にいませんわね。金色の人物なんて、ひとりも見当たりませんわ?これだけ多くの人が集まっているというのに…っ…おかしいったらありゃしない。」
文句を言いながら、コロンは左へ右へと視線を走らせる。
真上からみおろせば、花畑にいるのではないかと錯覚するほどに色鮮やかな人々の頭部が見えるが、その中に金色をもつモノは誰ひとりとして見当たらなかった。
「あっ、グスター王!!」
今まさに紹介された男の姿をとらえたコロンが、パキッとその口をとがらせる。悠然と立ち上がりながら民の歓声にこたえる仕草は、実に自然なものだったが、コロンはその見せかけだけの姿に騙されないと大きくうなずいた。
「あんなに偉そうに…なによ…シオン様がどれほど苦労なさっているか、わかっているのかしら。自分のその目で探してみるがいいわ。グスター王の目にさえ、金色の髪を持つものは見えないでしょうよ!!あぁ…っ…もし、本当に見つからなかったら、シオン様に変わって、このあたしが串刺しにしてやるんだから!!」
とても冗談には聞こえない言葉を叫んだコロンの声を聞き届けるモノはいない。誰もが、意識をもうひとつの大陸をすべる国王に向け、その美しいたたずまいに見惚れていた。
それをまたフンッと一喝してから、コロンは金色の少女探しに意識を戻す。
「カーラー・レオノールって人の血筋か何かよくわからないけれど、その人と関わりを持ってそうなのよね。」
そこで、昨夜のことを思い返したコロンは、複雑な心境を含んだ息を吐き出した。
レオノール
その言葉を口にした途端、あきらかにシオンの表情が変わったように見えた。動揺したのか、バッと口元を押さえ、何かを探るように地面を見つめる。心配になって「大丈夫?」とコロンはたずねたが、「なんでもない」と、たった一言でなかったことにされてしまった。
「あれは、絶対何か知ってらっしゃるわね。」
そう浅い関係でもないだけに、コロンは確信を持ってシオンの様子を思い浮かべる。
そのシオンが今はどこにいるかわからないが、どこにいても聞こえる式典の様子を気にもかけていないことだけは確かだった。たぶん、現在紹介されている実の父親の姿さえ目に入っていないだろう。
「生命師が参列している空席のひとつは、シオン様のものですのに。残念ですわ。シオン様が参加なされば、もっと華やかな式典になったでしょうに!!そして、その隣はもちろんあたし!!世界中が、このブルスフィアのコロンにため息を吐きながら見惚れること、間違いないしですわ!!あぁ…っ…想像しただけでも素敵ッ!!」
額に手を当てながら、一人演技でもするかのように高い塔のひとつに降り立ったコロンは、そこから真っ直ぐ前方にもうけられた式典の舞台へと顔を向ける。
「大体あのとき、グスター王とカーラーって人と一緒にいたのは、アズール皇帝なんですのよ。それなりに3人が親しかったのでしたら、なぜ今日の式典にその人の席がないのかしら?」
もう一度、自分の記憶を思い返すように頭を悩ませたコロンは、たしかに金色の人物の横にいたのは、若きアズール皇帝だったと、ひとりうなずいてみせた。面影が残るその容姿は、グスター王同様に民に愛想を浮かべながら壇上に立ち上がる。
「同じ王様でも、えらい違いですこと。」
皮肉たっぷりに鼻をならしたコロンは、自国の王と比べるように、人々の歓声をうけるアズールを眺めていた。
誰からも愛されていそうでいて、きちんと国をになう王としての威厳をもっている。名だたる著名人の中にいてもなお、柔軟に対応し、温和にことを運べるだけの器量と雰囲気をもった人物だった。
その人物は、入れ違うように腰掛けたグスターを確認してから口をひらく。
「今日は、わたしとこの国のために集まってくれたことを感謝する。」
誰もが、皇帝の言葉を聞きもらすまいと息をのんで見守っているのが伝わってきた。
「この十五年もの間、わたしはハーティエストの人権を確立させ、人間との共存を夢ではなく実現させようと努力してきた。マリオット戦争で得られた教訓をいかし、滅亡したレオノール王国のように──」
「レオノールが滅亡ッ!!?」
「──ハーティエストと人間がひとつの国の中にあり続けることが出来るのは、みなのおかげだ。だが、多くのハーティエストと共に生命師の多くも、その命を失うこととなった。あのような悲劇を繰り返さないためにも、今一度、ハーティエストとその命を誕生させる生命師を歓迎しようではないか。」
「ちょ…ちょっと。何よ、えっ、どういうことなのよ!?」
われんばかりの拍手が響く中、コロンの動揺した声は宙を舞う。あきらかに混乱した顔を眼下に向けながら、聞き間違いだと言い聞かせるように首を左右へふっていた。
アズール皇帝に紹介されるようにして、名前を読み上げられる生命師たちをコロンは見つめる。現在、生きていることが確認されている生命師は、わずかに九人だけ。世界中で行われた生命師狩りによって、左手の甲に紋章を宿す人間はことごとく逆殺された。その戦争を仕掛けたのが、シオンの父グスター王だということは、世界中が知っている。
けれど、狭い箱の中に閉じ込められていたコロンは知らなかった。
「あたしの記憶のカーラーって、その滅亡したレオノール王国の…っ…まっまさか!!そんなことありえませんわ!!仮に王だとしても、現在シオン様が捜索しているのが王女かもしれないだなん…王女様!?…ないっ!!絶対にありえませんわ!!」
自分の口にする言葉が恐ろしいとでも言いたげに、コロンは自分の身体を抱きしめる。
「金髪の人物が見当たらないからって焦ってるのよ…っ…そう、そうよ!!落ちついてコロン。カーラーだのレオノールだの、そこら中に転がってる名前なのよ、きっと。それにレオダーヨだったかもしれないし、レオレーオだったかもしれないじゃない!?ええ、そうですとも!!王女じゃないにしろ、滅亡した王国の人間を探せだなんて、いくらグスター王でも。うっ。」
やりかねないと、コロンは身を震わせた。シオンの間近で、つねにグスターを見てきたコロンにはわかる。
今なら、昨夜シオンが息をのんだ理由もわかるような気がした。
「シオ…っ…シード様のもとに急がなくてはッ!!」
シオンの名前を言い直してから、コロンはその身体を宙に浮かせる。
「グスター!本当に見つからなかったら、容赦しませんわよ!!」
最後に一度だけ、優雅に腰を落ちつけるグスターへと悪態をついてから、コロンはシオンを探すために飛び立っていった。
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時刻は夕暮れ。
式典も無事に終え、ナタリーは参列していた名だたる著名人や王侯貴族たちと一緒に、城の舞踏会に招待されていた。
メアリーの言いつけどおりに、アズール皇帝と会話を楽しんでいる祖父のリナルドの視界からは離れていない。けれど、豪華な会場に、素敵な音楽。おしゃべりを楽しむお嬢様がたに、ダンスを申し込む優雅な男性。
ナタリーにとっては、見るものすべてが夢のようで、場違いな場所に来てしまった田舎娘のようにキョロキョロと視線を彷徨わせていた。
「さすがルピナスさん。場馴れしてるなぁ。」
今まさに、複数の女性陣の輪の中で優雅にほほ笑んでいるルピナスを見つける。当たり障りのない笑顔で愛想を振りまいているが、特定の人をダンスに誘ったりはしていないようだった。
「ハティさんも、ある意味場馴れしてるっていうか、しすぎ?」
両手に花という言葉が一番しっくりくる状態で、ハティは酒をあおっている。普通、一般人がこういう舞台に招かれれば少しは委縮するはずなのに、ハティはお構いなしに心底楽しんでいた。
思わず顔をひきつらせたナタリーは、その光景を見なかったことにして視線を他へとうつす。
「あっ!!」
ハティとよく似た後ろ姿を見つけたが、あまりに対照的な雰囲気をもっているために誰だかすぐにわかってしまった。
「たしか、クレア・バーディ司教様だよね。バビロイ公国の。ハウ王子が、その横にいるもの。」
そこで、式典の最中にハティが囁いた言葉を思い出してナタリーは笑みをこぼす。こぼしてから、しまったと顔をひきしめた。
「ヤバ…ッ…こっち見てるし。」
"ハウ"ではなくて、本当に"ハム"に改名した方がいいんじゃないかと思ったことは、口が裂けても言えない。
ハティが両手に花なら、ハウ王子は両手に団子。もとい、料理をただひたすらに食していた。
「いけない、いけない。ただでさえ、ライト帝国とバビロイ公国が一触即発の状態だって聞いたばかりなのに。」
自分が戦争の引き金になってしまうところだったと、ナタリーはジッと見つめてくるハウ王子の視線をそらしながら小さくぼやく。
ぶつぶつと何かを唱えるようにして「大丈夫、聞こえていない」と、自分に言い聞かせていたナタリーは、こちらに歩み寄ってくる人物に気づいて見事なまでに固まった。
「なかなか、よい式典だったぞ。アズール皇帝。料理はうまいし、酒も最高だ。」
「パードゥン公、お気に召していただけたのなら、用意させたかいがありましたよ。」
ハウ王子を笑っていたことを指摘されると思っていたナタリーは、目の前をなんなく通り過ぎていったパードゥン公にホッと安堵の息をはく。
どうやら、ただ単にアズール皇帝に挨拶しに来ただけのようだった。
近くで見るとますます丸いが、突き出たおなかをゆするようにアズール皇帝と握手をかわすパードゥン公は、噂されているほど悪いようには見えない。
愉快に笑いながら友好的な構えを見せているが、演技が出来るほど頭が働くとも思えなかった。
「本日は出席してくださり、感謝していますよ。」
「もちろんだとも、アズール。祝いの席だ。食べて、飲んで、楽しむ。なっ、そうであろう?今日は、クレイヴァーのこともハーティエストのことも無しにして、パーっと騒ごうではないか。」
大口をあけて笑いながら今日の主席をバシバシとたたくパードゥン公は、ある意味"大物"に見える。そのパードゥン公が、アズール皇帝の横にいるリナルドに気づいて眉をしかめた。
「生命師どもも、今日は気にしないことにする。無礼講だ。主役はアズール、ここはライト帝国なのだからな。」
「ご理解いただけてなによりです。」
「ふん。こんな席でなければ慣れ合わんがね。まぁ、仕方ないだろう。」
今までの様子とは打って変わって不愉快な表情を浮かべるパードゥン公に、ナタリーは虚を突かれた顔つきに変わる。バビロイ公国は隣国のはずなのに、国や文化が違うだけでこうも拒絶した態度をとられるのかと、あらためて生命師が問題視されている現場を目のあたりにしたのだから当たり前だった。
「そろって、何の話しあいかな?」
落ちついた声とともに輪の中にゆっくりと入ってきた声の持ち主に、ナタリーの身体は再び緊張する。一緒の輪の中にいるわけではないのに、少し離れた位置にいるこの場所からでも圧倒的な存在感に意識が持っていかれてしまった。
気がつけば、周囲も珍しい組み合わせとなったその箇所に、興味を走らせている。
「グスター。今日は、来てくれてありがとう。」
「なんだ、アズール。水くさいじゃないか。」
「まさか、キミが出席してくれるとは思っていなかったからね。」
「それは心外だな。この俺が、幼馴染の晴れ舞台に顔を出さない奴だとでも思ってたのか。それとも、出席しない方がよかったかな?」
どこまでも深い濃紺の瞳を細めながら、グスター王がフッと笑った。サッと悪寒が走ったのはナタリーだけではないようで、静けさに包まれそうになっていた会場が、誤魔化すようにざわつき始める。
喧騒を取り戻した会場の中心で、グスター王に言葉を返したのは意外にもリナルドだった。
「今まで一度も顔を見せたことのない奴が、よく言えたもんじゃの。」
「これは、これはロベルタ殿。相変わらず手厳しい。俺も色々と忙しかったのですよ。色々と、ね。」
「よからぬ悪だくみをしていないと、よいんじゃがの。」
ふさふさの白いまゆ毛のせいで、リナルドの視線がどういったものかはわからなかったが、グスター王がニヤリと口角をあげたあたり、悪い雰囲気にはならないと思う。お互いに話しはこれきりだとでもいう風に、切りあげたのが何よりの証拠だった。
少し離れた距離だと言っても、ほぼ目の前で酌み交わされる会話に、ナタリーは落ち着きを保っていられない。
祖父が名だたる王と対等に話していることだけでも驚きなのに、こともあろうか"あの"グスター王に皮肉まで言ってしまった。一体どうなってしまうのだろうかと、ひとり挙動不審に固唾をのんで見守っていたナタリーは、何事もなかったことにホッと胸をなで下ろす。
「よからぬ悪だくみとは、また。生命師であるロベルタ殿に言われたくはない。」
「グスター。彼は、わたしの友人として招いているのだ。今日は、そのくらいにしておいてくれないか?」
グスター王が話しをぶり返しそうになったことを受けて、アズール皇帝がやんわりとそれを制した。
フッと、グスター王が笑みをこぼす。
「アズールも、少しは考え直した方がいい。俺は生命師やハーティエストなどをこういう場に招くお前の気が知れない。」
「この国では、これが普通なんだよ。」
「ハーティエストなど、ただのモノにすぎん。そんなものに命を宿す生命師など必要ない。それが何の役に立つ。わが国家のように兵器として利用するならまだしも、お前のしていることはただの理想だ。だいたい、モノに人権など与えてどうする?」
「理想じゃないよ、グスター。それに、ハーティエストだって生きている。それだけで十分な理由じゃないか。」
「それが一番厄介なのだ。モノはモノらしく、人間に使われていればいい。」
そう吐き捨ててグスター王は、会場のどこかに行ってしまった。そのあとを慌てて追いかけるように、パードゥン公も走り去っていく。
思わず肩の力が抜けたことで、想像以上に自分の気が張っていたのだと知った。それはどうやらナタリーだけではないようで、同じくグスター王とパードゥン公の背中を見送っていたアズール皇帝とリナルドも顔を見合わせて言いようのない気持ちを酌み交わしている。
「リナルド様。わたしの夢は、まだまだ叶いそうにありませんよ。」
アズール皇帝が、少し物哀しそうに顔をふせたのがわかった。
ナタリーは、リナルドが皇帝と妙に親しいことに疑問を感じずにはいられなかったが、ポンポンと肩を軽く叩かれたことで、意識が完全にそちらに向く。




