会合
私たちは互いにメールアドレスを交換しあった。
彼は個人情報を知られることに抵抗はないようで、
名刺さえ渡してくれた。
その名刺には、佐々丘博司(ひろし)という名と、
知らない会社名が書いてあった。
部署名からするに、システム関係らしい。
私は基本的に常識がない人間なので分からないが、
こんなに簡単に見ず知らずの人に
身元を教えてくれてしまっていいのだろうか? と思った。
でも、私はどこをどう見ても、
人に危害を加えられる体力も気力もなさそうだし、
警戒する必要を感じなかったのだろう。
男性だし、社会人だし、名刺なんてぽいぽい配ってるのかもしれない。
私は初めは警戒した。どこの誰とも分からないサラリーマンだ。
私は東京に出てきたばかりで、今思うとおかしいが、
都会に住むすべての人を警戒していた。
それに、大学に入ってからはサークルのOBさんなど、
社会人の人と話す機会もできたけれど、
それまで社会人の知り合いなんていなかったのだ。
(親の知り合いや、
先生やお医者さんといった職業的立場で
知っている人を除いて)
自分とは別世界に住む「大人」だと思っていた。
そういったわけで私は大学の授業用にもらった
大学のメールアドレスならいいかと思って、
名前も名乗らずそれだけ教えて、その時は別れたのだ。
けれど、そのあと何回か、
無害で情報量の少ないメールを交換するうちに
警戒心も解けていって、
携帯のメアド含め、お互いにいろんなことを教えあうようになったのだ。
たとえば、私が杉浦彰子(あきこ)という名で、
地方出身で、女子大の一年生だということや、
彼、佐々丘さんが二十八歳独身で、
練馬区のとあるマンションの7階に住んでいることなど。
でも、こんな安易な出会い方をするのは、
本当は自分の友達にもお勧めしないし、
普段の私なら危険だと思って、絶対しない。
私がこんなふうに初対面の人に特別に興味を持ったのも、
ひとえに、自分の家族以外でめたもうを見る、
もしくは知っている人に出会ったのが初めてだったからだ。
これはかなり稀有な出会いだった。
この日本中で、めたもうを見る人はいったい何人いるんだろう?
という疑問もわいたりした。
もっとも私のその疑問に対して、この時点で佐々丘さんはすでに
ある見解を持っていたのだが、
この時点では私の知るよしもない。
私たちは、メールのやり取りと並行して、会うことにした。
初めて会ったのが火曜日の午後七時だったので、
火曜日の午後七時に改札で待ち合わせた。
佐々丘さんはいつも火曜は早く帰れるのだそうだ。
私は初め、会う約束に抵抗を感じていたが、
佐々丘さんは初めから何の抵抗も感じていないようで、平然としていた。
社会人になると、知らない人ともたくさん会うことになるし、
そういうものだろうか。
でもそれだけではなくて、彼はいつも、何でもないような、
何が起こってもそれが当たり前と言わんばかりの
平静さを保っていたものだ。
その後も、私がなにか緊張したりおろおろしたりすると、
落ち着いた同情的なまなざしで見ていたものだった。
彼の態度は、なんだか何もかもどうでもいいような感じだった。
しかし彼もめたもうのこととなると熱心だった。
私たちは待ち合わせると、エスカレーターで地上に上がって
すぐのところにある喫茶店に入った。
二人とも律儀なもので、約束の数分前には集合していた。
それから、毎週そこの喫茶店で会うようになる。
コーヒーを飲みながら、一、二時間話すのだった。




