出会い
階段を降りて、改札を抜けた後、
ホームに行くためにエスカレーターを二つ降りる。エレベーターを使ってもいい。
この地下鉄は深い。
私は東京に出てきて、一人暮らしを始めたばかりだった。
その五月のことである。
前々から気になってはいたのだが、とうとう見てしまったのだ。
何が気になっていたのかというと、
一つ目のエスカレーターを降りて角を曲がったときに、
今から降りようとするエスカレーターの向こうに
エレベーターの扉が見えることだ。
(これは下手すると……)
と思ってはいたのだ。
その日、私は特に疲れていて、どこにも寄らずに帰ろうとしていた。
その上、初めての都会暮らしや、大学生活に振りまわされていて、
ちょっとホームシック気味だった。
そして、二つ目のエスカレーターに乗ろうとするとき、
本当に何の気なしにまっすぐ前を見たのだ。
10mほど離れたエレベーターの扉が
ちょうど閉まろうとするところだった。
そのエレベーターには誰も乗っていなかった。
めたもう以外は。
私は衝撃のあまり足を踏みはずしかけて手すりにつかまった。
そのままエスカレーターで下へ下へと送られながら、
(やっぱり見てしまった……)
と思っていた。
何人かが振り返ってじろりと私を見て、また顔を戻した。
私がガタンと大きな音を立てたからだ。
いや、その黒い頭がいくつか前方に見える中で、一人だけ、
振り返ったまままだ私を見ていた。
その人は私より四、五段下にいたのだが、
眼鏡のふちの上から視線をまっすぐ私に当てていた。
とても落ち着いたまなざしだった。
私はただもう何も考えられずにそのまま目を合わせていたが、
向こうが顔を戻したときに、
もしかしてあの人もめたもうを見たんじゃないか、と、
ふと思った。
気になって、エスカレーターを降りた後ホームを見渡すと、
その人が端に立っていてこちらを見ていた。
おそらく私を見ていた。
その人が電車の一番後ろの車両に乗りこんだ。
急いで私も後を追ってその車両に乗った。
この駅は始発駅なので、出発するまで長いあいだ停車している。
その人は一番はしの席に座ったので、私は迷いながらも、
向かいの座席の反対のはしに座った。対角線上だ。
これならもし私の推測がまちがっていたとしても、
怪しまれない程度の距離だ、と思った。
しかし私の推測はまちがってはいなかった。その人は席に座ったまま
私に話しかけてきたのだ。
「あのすみませんが、さっき何か、驚かれてませんでしたか?
エレベーターに誰か乗っていたんですか?」
とても中立的な聞き方だ。芸能人を見かけて驚いたのだ、と答えても通用しそうだ。
私は意を決して単刀直入に言った。
「めたもうって知ってますか?」
知らないと言われたら、外国人の歌手だとでも
答えればいいと思ったのだ。
するとその人は眼鏡をはずして、細い目をいっそう細くして、
笑ったようだった。
そして、
「驚いたな……」
とつぶやいたのだった。
それが私と佐々丘さんとの出会いであり、
ある奇妙な日々の始まりでもあった。




