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尺を探している

タクシーを流しながら、よく思う。

この仕事は、釣りに似ている。

ただの釣りじゃない。

海でもなければ、のんびり浮きを眺める釣りでもない。

俺の感覚に近いのは、渓流のルアーフィッシングだ。

足で稼ぐ。

流れを読む。

魚の着く場所を探す。

狙いが外れることはしょっちゅうだ。

だが、狙わなければ大きいのは出ない。

タクシーも同じだった。

前は、観光地ばかり見ていた。

兼六園、東山、近江町市場、21世紀美術館。

いわば、観光四天王だ。

人の多い場所に寄せて、観光の横移動を取っていた。

それは、見えている魚を追う釣り方に近い。

魚影は見える。

使う客は確実にいる。

それだけに、そこを狙うタクシーも多い。

掛かる可能性は、その分だけ散る。

掛かる時は掛かる。

だが、居るように見えて、食わない日がある。

投げても投げても反応がない日がある。

人は歩いている。

観光地には人がいる。

なのにGOもUberも鳴らない。

流れはあるように見えるのに、魚だけが口を使わない。

そんな日だ。

そういう日に、考え方が変わった。

本流を離れる。

少し人の薄いほうへ、あえて行く。

街の中心から外れた、郊外のほうへ頭を向ける。

横川、押野、野々市、そしてその先。

誰もが集まる場所ではない。

観光地みたいに、ぱっと見で人の多さが分かる場所でもない。

だが、だからこそ太いのが潜んでいることがある。

釣りでも、人が撃ち続ける場所より、少し外れた流れに大きい魚が残っていることがある。

あれと同じだ。

この仕事をしていると、客にも魚種がある気がしてくる。

男はイワナだ。

獰猛さがある。

活性が上がれば、すぐ口を使う。

酔いが回った男が、すっとタクシーに乗る感じに近い。

決断が早い。

動く時は、はっきり動く。

女はヤマメだ。

いる。よく来る。

だが、大きいのはなかなか出ない。

良型は、簡単には食わない。

そういう感じがある。

外国人の男はブラウントラウト。

着く場所が少し違う。

流れの読み方も少し変わる。

だが、読めれば太い。

外国人の女は虹鱒だ。

不意に来て、思わぬ方向へ走る。

読んでいた流れの外から入ってきて、気がつけば三千円を超えている。

あの感じは、少し虹鱒に似ている。

三千円オーバー。

ただの売上ではない。

俺の中では、あれは尺だ。

尺というのは、三十センチを超える魚のことだ。

渓流魚では、ひとつのはっきりした目安になる。

小さい魚とは別物だ、と感じられる一本だ。

タクシーで言えば、それが三千円オーバーだ。

毎回出る金額ではない。

だが、狙い方が合えば現実に届く。

ただの偶然でもなく、まったくの夢でもない。

ちゃんと射程に入る一本だ。

イワナの尺は、それなりに出る。

もちろん簡単ではない。

だが、狙う場所と流し方が合えば、届く魚だ。

タクシーで言えば、男の三千円オーバーがそれに近い。

郊外へ振って、流れを合わせれば、掛かる時は掛かる。

だが、ヤマメの尺は違う。

いる。

ゼロではない。

だが、そう何度も姿は見せない。

タクシーも同じで、三千円オーバーの女は少ない。

男のようには出てくれない。

同じ三千円オーバーでも、手応えが違う。

だから、一本一本の見え方が変わる。

三千円を超えた時、ただ金額が伸びたという感覚ではない。

釣れた、ではなく、釣った、と思う。

狙っていた流れ。

向かった場所。

見切ったタイミング。

それがひとつひとつ噛み合って、ようやく掛かる一本だからだ。

偶然でも来ることはある。

だが、偶然だけでは続かない。

何本も取る人間は、やはり狙っている。

釣りでも仕事でも、それは同じだと思う。

そして、その上がある。

一万円オーバー。

メーターオーバーだ。

タクシーを稼業にして、まだ四カ月目だ。

それでも、幸運にも、それは三度あった。

外国人の男が二回。

外国人の女が一回。

俺の感覚でいえば、ブラウントラウトが二匹、虹鱒が一匹だ。

来た瞬間、脳汁が出た。

あの三本は、十分に太かった。

来た瞬間に空気が変わった。

それまでの外しや、細いのを繋いでいた時間まで、全部意味を持ち始める。

一万円オーバーとは、そういう一本だ。

だが、そこで終わりではない。

外国人の一万円オーバーは、ブラウンや虹鱒の大物として、まだその理屈の中に収まる。

太い。

十分に太い。

だが、日本人でそこまで伸びてくるとなると、話が変わる。

もうイワナでもヤマメでもない。

尺の延長でもない。

こんなものが本当にこの川にいるのか、と息を呑むような別の魚だ。

イトウだ。

イトウというのは、ただ大きい魚ではない。

見たことがあるだけで話になる。

掛けたとなれば、もう別格だ。

渓流魚の理屈の先にいる、怪物みたいな一本だ。

タクシーで言えば、日本人で一万円を超えてくる客が、俺にとってのソレだ。

遠いだけでは足りない。

流れも、場所も、時間も、全部が噛み合って、最後にようやく姿を見せる。

そういう一本だ。

そんなもの、そうそう出ない。

だからいい。

三度、一万円オーバーを取った。

そのうえで思う。

本当に見たいのは、その先だ。

本当に見たいのは、日本人のメーターオーバーだ。

まだ見たことのない、イトウみたいな一本。

それが頭から離れない。

夜は片町で並ぶ。

片町で並ぶのも、釣りに似ている。

だいたい二十分以内で順番は来る。

そこまでは読める。

だが、何が掛かるかは分からない。

そこが釣りと同じだ。

引きが良ければ、野々市。

中距離のイワナだ。

悪ければ、野町、寺町。

ワンメーターだ。

そういう時はヤマメが多い。

すぐに戻れる。

だが、違う。

正直、心が削られる。

戻れるから良い、ではない。

外した、という感触が残る。

魚は掛かった。

反応もあった。

だが、ワンメーターだ。

物足りない。

時間の割に合わない。

だから、郊外へ出る。

取れないリスクを抱えてでも、出る。

掛かれば、重い。

外しても、また中心へ戻ればいい。

その繰り返しの中で、中距離と短距離を織り交ぜる。

一本で全部を決めるわけではない。

細いのを繋ぐ時間もいる。

だが、一本の重さを軽んじない。

その感覚が、だんだん俺の型になってきた。

観光地で見えている群れを追うより、

郊外の静かな流れにルアーを入れる。

食うかどうかは分からない。

だが、食えば大きい。

この仕事の面白さは、そこにある。

ただ客を拾っているのではない。

狙って、外して、また狙う。

そうしてようやく掛ける。

その積み重ねの先に、一本だけ景色を変える客がいる。

ハンドルを握りながら、

今日もまた尺を探している。

その先に、まだ見たことのないイトウがいると信じて。

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