最終話
ヴァルキュリアとノクティス、二つの神域から放たれた閃光は、波紋のように世界を呑み込んでいった。
大地を覆い尽くしていた残滓の灰を吹き飛ばし、戦場を、大陸を、そして世界を白く塗り潰していく。世界中の人々がその眩さに目を閉じ、訪れた静寂の中で、かつて経験したことのない「無」を感じていた。
やがて光が凪ぎ、世界が視界を取り戻したとき、そこには「昨日までとは違う世界」が広がっていた。
空はどこまでも青く澄み渡り、地を埋めていた灰は消滅している。剥き出しになった赤土に、大気に残留している魔導素が触れると、地母神の慈悲のごとく、失われたはずの緑が爆発的に芽吹き始めた。
皮肉なことに、魔導エネルギーという呪縛が消えたことで、世界本来の生命力が呼び覚まされたのだ。
それを最後に、この地から――いや、世界から魔導エネルギーという概念は消滅した。
動かなくなった鉄の塊――魔導甲冑のハッチを、生存者たちが手動でこじ開けて這い出す。
「レオン……これは、一体何が起きたんだ……」
新緑の草原に降り立ったレオンの背後に、一人の男が歩み寄る。困惑と、どこか安堵の混じった表情をしたダリルだった。
「俺にもわからん。……だが、ヴァルキュリアもノクティスも見当たらないな」
先ほどまで神話的な死闘を繰り広げていた二機は、その痕跡すら残さず霧散していた。当然、その中にいたアリアとルナティックの姿もない。
「あんたたち! これはどういうことだい、説明しな!!」
静寂を破ったのは、黒い軍服を着た女兵士の怒声だった。黒曜三刃隊のマルセラだ。その後ろを、ガルマが沈痛な面持ちで追っている。
「ルナは……ルナはどこへ行ったんだよ!!」
マルセラがレオンの胸ぐらに掴みかかるが、その手には力が入っていない。ガルマが静かに彼女の肩を抱き、引き留めた。
「……わからん。こちらのパイロットも、行方不明だ」
レオンは静かに、広大な草原を見渡した。カイルの機体の残骸以外、そこには鉄の欠片すら落ちていない。
「魔導素の反応が完全に死んでいる。通信機も、レーダーも……ただの鉄の塊だ」
ダリルが絶望的な手応えを報告する。この世界の文明を支えていた動力源が、根こそぎ奪われたのだ。
「世界から……魔導素が消えたっていうのか……?」
ガルマの呟きに、レオンは足元の柔らかな草を踏みしめながら答えた。
「少なくとも、兵器を動かすための『力』はもう存在しない。……俺たちの戦争は、終わったんだ。終わらされた、という方が正しいのかもしれないがな」
こうして、大陸を支配していた二大国は崩壊し、魔導エネルギーという神の火を失った人類は、かつてない混乱の時代へと突入した。
ライフラインは途絶え、魔導兵器は巨大なガラクタへと成り果てた。
しかし、魔導に抑制されていた自然のエネルギーは活性化し、数世紀のうちに人々の生活は、かつての魔導エネルギーに頼っていたときとは違う「別の形」で再建されるだろう。
そして人々は、自然からあらゆるエネルギーを見出し、それを奪い合うために武器を取る。
人間がいる限り、この世界から戦争がなくなることはない。
かつて世界を救った二人の少女の祈りは、ただの神話として風の中に消えていった。
――それでも。
レオンは、指先に触れる風の冷たさと、微かな花の香りに目を細めた。
あの子たちが命を懸けて見せてくれたこの景色を、忘れることだけはできない。
灰の時代は終わり、土の時代が始まる。
それは、酷く不器用で、けれど確かな「生」の始まりでもあった。




