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覇王ゲーム  作者: ダルシム矢野
幕間 新約・日本神話
11/18

『あなこん太郎』 下の巻

「あなこん太郎様ぁ〜!! 助けてくんろぉ〜」


 今日も今日とて、引っ切り無しに社には村人たちが押し寄せる。


「大変だぁ〜!! おらの畑がイノに荒らされただぁ!! 助けてくんろぉ〜」


 蛇は猪を丸呑みにした。村人は蛇に感謝した。蛇は嬉しくて、心が満たされる気がした。


「一大事じゃ〜!! 裏の林に熊が出ただぁ!! 助けてくんろぉ〜」


 蛇は熊を噛み殺した。村人は感謝した。蛇の心は満たされる。その夜は熊鍋の宴が開かれた。皆の楽しそうな声が村に響く。


 蛇は社で、宴の喧騒を聞きながら、皆が楽しそうでよかったと思った。それなのに、少しだけ寂しいのは何故だろう。蛇はそんな気持ちを紛らわせようと、供えられた大根に鼻先を擦り付ける。懐かしい匂いがした。


 蛇は村人を守り、村人は蛇を敬い奉る。そうして、村は栄えていった。平和で穏やかな日々。しかしながら、終わりの足音は少しずつ確実に近づいていた。







「あなこん太郎様ぁ〜!! 村の作物が不作でげすだぁ〜!! 助けてくんろぉ〜」


 もう何度目だろうか。村人が社に助けを求めに来る度に、蛇は羞恥心を飲み込んで、畑に糞尿を撒き散らす。しかし、一向に状況は改善しない。日に日に減っていく食料。備蓄もあと僅か。村は飢餓と貧困に喘いでいた。


「にょろぉ………」


 日に日にやせ衰えていく村人たち。蛇はなんとかしてあげたかったが、どうする事もできない。歯痒さにとぐろをきつく巻締めて、蛇は社で泣いていた。そうしていると、外から村人たちの足音が響いてきた。


「あなこん太郎様ぁ〜!! いつもの感謝の気持ちですだぁ!! 今日はお酒をお供えするだよ。いっぱいあるでげすからして、たんと飲んでくんろ?」


「あっしも!! 感謝の気持ちに、お酒のお供えでやんすぅ!!」


「おいどんも酒持ってきたから、飲んでくんさい!!」



「にょっろおおおおおお!!!!!」


 蛇は涙を流し咆哮をあげて感涙した。飢餓と貧困で苦しんでいる中、何もしてやることのできない自分に、こんなに感謝される資格などないのに。


 蛇は、申し訳無さと情けなさ、そして嬉しさに赤面しつつ、受け取れませんと酒を押し返そうとした。


「受けとってけろ!! ささ、ぐおっと飲むけろ!!」


「「ほ〜れ、飲むべ!! 飲むべ!!」」


 そう言われたら、蛇は酒を飲むしかなくなる。何としても彼らを救って見せると覚悟を改め、感謝の気持ちを胸に蛇は酒樽をあおった。


「にょろっ!?」


 初めて飲んだ酒の味は、とてつもなく不味かった。蛇は下戸であったのだ。


「ほぉぉぉ!! ええ飲みっぷりだぁ!! もっと飲むだぁ!!」


 善意を無下にはできない。気まずくなるのも嫌なので、蛇は我慢して酒を飲み続ける。


「あなこん太郎様は酒が大好きでげすなぁ!! ほれぇ、尻の穴からも飲むだぁ〜」


 村人の一人が、一升瓶を蛇のケツ穴に突っ込んで大吟醸を流し込む。


「にょっ! にょおっ! にょろぉ〜!!!」


 あまりの衝撃に蛇は変な声を上げてしまう。しかし、飲み会と無縁であった蛇は、こういう飲み方もあるのかと我慢した。酒の宴は丸一日続き、気が付くと蛇は完膚なきまでに失神していた。







 蛇は失神夢の中にいた。そこには蛇と大樹の二人きり。かつての懐かしい、二度と戻れぬ日々の夢。大樹は蛇に語りかける。


「人を恨んではいけないよ」


 あの日と同じ言葉。恨むわけがない。大切でかけがえのない仲間たち。今なら言える。


「うらまないにょろよ!!」


 蛇の答えと共に、大樹が揺れバサバサと葉が音を立てる。大量の葉が一斉に舞い散り、蛇の視界を埋め尽くす。緑に埋め尽くされた視界の、葉っぱの壁を隔てたすぐ向こうに、人が立っている気配がする。吹き荒れる緑の嵐の中、蛇はたしかに耳にした。眼前、寸尺ない距離から発せられた声を。


『ごめんなさい……』


 そして蛇の意識は緑の嵐に飲み込まれ、現実へと覚醒した。





「があああああああああああああ!!!!!!!」


 目覚めと共に蛇は、耐え難い激痛に絶頂に達した。反射的に蛇の体がのたうち回る。しかし、なにかに抑え付けられているようで、体はわずかにしか動かなかった。


 激痛に、回らぬ頭で蛇は状況を理解しようと努めた。両の目に写るのは見慣れた天井。自分は社にて、仰向けの体制で拘束されているようだ。


 そして、首を丸め視線を自身の体に向けて蛇は戦慄する。自身の体には、首元から尻尾まで計7本の丸太の杭が等間隔に打ち込まれていた。激痛と混乱で放心している蛇の耳に声が飛び込んできた。





「みんなぁ〜!! あなこん太郎様の、お目覚めだぁ!!」


 視界には入らないが、聞き慣れた声と気配。村人たちがぞろぞろと自分を取り囲んでいるのがわかる。


「あなこん太郎様ぁ〜!! おらたちぃ、もう何日も食ってねぇだ。腹減っておっちんじまうだよぉ〜」


「あなこん太郎様ぁ〜!! 助けてくんろぉ〜」


「助けてくれでげす!!」


 村人たちがこぞって口を開く。


「いつも助けてもらって、おらたち感謝してるだよ!! あなこん太郎様なら、きっと今回も助けてくれんだじょ?」


「ありがたやぁ〜」


 村人たちが一斉にひれ伏し蛇に頭を垂れる。意味がわからず、反応ができない蛇を置き去りに村人たちの話は続く。


「すまねぇだ!! あなこん太郎様の気持ち、ありがたく受け取るだ!! ほんま、あなこん太郎様は村の守り神だぁ〜」


 そう言い終わるやいなや、ひれ伏していた66人の村人が一斉に蛇に駆け寄った。そして一心不乱に蛇の体に噛みつきその肉を噛み千切る。


「があああああああぁぁぁ!!!!!!」


 蛇は咆哮を上げ、逃れようとするが、固定された体は動かない。


「固くてまずいだよぉ。でも、あなこん太郎様のお気持ち無駄にはできねぇだ!!」


 一心不乱に肉を貪る村人たち。


「かあちゃん、おらこれ嫌いだじょ〜」


「これ!! 好き嫌い行っちゃいけんよ!? 食べれるだけ食べときんさい!!」


 老若男女が蛇に群がり齧り付く。


 蛇も最初は激痛で必死に抵抗を試みていた。しかし、徐々に体の感覚がなくなると共に、思考力を取り戻すと、もはや逃れようがないと悟り抵抗をやめた。


 自分の体に群がり、本能のままに肉を貪る獣たち。かつて愛した村人たち。確かな絆で繋がっていたと信じていた者たち。何としてでも守ると誓った友人たち。


『なんなのだ、これは』


 目をギラつかせ、歯をむき出しにする獣たちに、かつて愛した笑顔の面影は微塵もない。心が凍てつき、冷え切っていく。そんな心象風景の中心で、ドス黒い焔がゆらゆらと燃えている。


『憎い、憎くて堪らない』


 少しずつ失われていく自身の体。徐々に意識が朦朧としていく。なるものか。蛇は渾身の力を込め、ゆっくりと舌先を噛みちぎる。痛みでわずかに意識が覚醒する。


 肉が引きちぎられていく不快感。少しずつ自身が失われていく恐怖。絆を結んだものから裏切られる絶望。何一つ忘れてなるものか。


 蛇は村人たちの顔をにらみ続ける。充血したその瞳は、まるで紅蓮の業火を閉じ込めたかのような煉獄の真紅であった。


『人間よ、必ずこの報いは受けさせる。貴様らが、どれほど繁栄しようとも、どれほど幸せを謳歌しようとも、必ず最後には地獄の苦しみで引き裂いてやる………』


 死の瞬間まで蛇の思考は、人間への呪詛に溢れていた。


 大蛇の体は巨大で、村人総出でも喰らい尽くすのに丸3日かかった。残された骨は、砕かれ肥料として畑にまかれた。


 蛇の怨念を吸い取り、作物はすくすく育ち、この年より村の収穫は常に大豊作。村は繁栄し、人々は豊かな生活を手に入れ、蛇の恵みに感謝した。


 めでたし、めでたし。


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