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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第三章 都落ち(1428~1429)
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第17話 旅立ち②

 新帝国歴1429年、エドヴァルドはマグナウラ院に留学するにあたり、ラリサの代官をアルカラ子爵に任せた。領地経営に慣れた人間を何処からか雇う事も可能だが、ここの住民が心服するとは思えなかった。


そしてヴィデッタも侍女の役割を解かれた。


「君は父上が亡くなっていることだし、よければ結婚相手を僕が手配するけど希望者はいるかい?」


賊の襲撃で多くの孤児が発生しており、エドヴァルドは領主として彼らの面倒も見てやらねばならない。特に保護者たる父親がいない女性は放っておくと人さらいに捕まったり、娼婦になるしか生計を立てられくなってしまう。


ヴィデッタは赤くなって、相手を指定した。


「ではクレメッティを・・・」


他に家柄で同格の相手が近くにいない。クレメッティは大分年下なので断られるのも覚悟の上だった。


「わかった、心配しなくていい。僕が言い聞かせる」


 エドヴァルドはさっそくクレメッティを呼び出し、ヴィデッタと結婚するよう言い聞かせた。クレメッティは年頃の少年らしく恥ずかしがりながらも受け入れた。


「でも・・・僕らは帝都まで連れて行って下さらないんでしょう?」

「悪いけど生活費を工面できない。ここでユリウスを守り子爵を補佐してやってくれ」


エドヴァルドは帝都についたら一人暮らしを始める予定だった。帝国貴族でもあるイザスネストアスが住居を手配してくれていたが、物価の高い帝都の生活費を小姓の分まで出す事はラリサの現状では出来ない。


「承知しました。でも・・・帰って来てくださるんですよね?留学期間は六年と伺いましたが」

「母上がここにいらっしゃる限り戻ってくるよ。僕を子ども扱いしている諸侯も帝都の学院を卒業すれば、少しは僕の言う事を聞くようになるだろうし」

「それまでヴィデッタ達とスーリヤ様をお守りします」

「よし、じゃ祝言だ」


エドヴァルドは頷いてさっそく結婚式の準備をするよう言い含めた。


「え、婚約じゃなくてもうですか?」


まだ11歳のクレメッティはてっきり婚約だけで式は先の話だと思っていた。


「いつ帰って来られるかわからないし、僕に敬意を払おうとしない連中ばかりの中ヴィデッタには世話になった。彼女が嫁ぎ遅れだなんて陰口を叩かれちゃ可哀そうだ」


こうして12歳のクレメッティと16歳のヴィデッタは夫婦となり、憂いの無くなったエドヴァルドはディアマンティスや数名の兵士と共にラリサを出発した。


 ◇◆◇


「行ってしまったか・・・」


イザスネストアスは旅立つエドヴァルドを塔の上から見送った。


「行かせてしまった、のでしょう。家まで提供してやるなんて」

「お前は反対だったのか、オルプタ」

「当然です。彼は母親から逃げたのですから。彼が本気になればシセルギーテ以外の誰にも手は負えない。会おうと思えば彼女に会えた、でもしなかった」


オルプタはどす黒く変色した手袋を捨てて魔術で火をつけ焼却処分しながら言った。


おぞましいものに見慣れた儂ら年寄りと違ってあんな少年が『アレ』と向き合って何か得るものがあるかな」

「少なくとも心の決着は着くでしょう。今の彼を帝都に送っても心を病んだ帝国騎士を生む事になるかもしれませんよ。どんな悲劇を引き起こすか・・・」


そういわれるとちょっと不安になるイザスネストアスだったが、送り出してしまったものはしょうがない。


「フランデアン王に面倒をみてくれるよう頼んでみては?」


イーデンディオスは元教え子が今は東方諸国の面倒をみる立場なのでそう提案した。


「今はちと不味いな・・・」

「何かありましたか?」


複雑そうな表情のイザスネストアスにイーデンディオスは怪訝に思った。


「夫婦喧嘩の最中みたいね。いい気味だわ」

「アンタは姫さんに嫌がらせしてたからね」


ヒッヒッヒとミリアムは笑う。


「ただの仕事よ」

「これもかい?」


試験管に採取したスーリヤの肉片をミリアムは掲げた。


「そうね、被害者には悪いけれど興味深い体だわ」

「無毒化できそうか?」


イザスネストアスは弟子の中で最も毒物の扱いに長けた魔女を中心にスーリヤの救助を試みようとしている。


「分離してあらゆる手段を試してみるしかないけど、仮に分解出来ても今の彼女と一体化されていたら本体まで殺す事になるかも」

「伝説のアンチョクス王も死ぬしかなかったからのう。まずは活動を抑える方向で始めてみようか」


 ◇◆◇


「老師方、有難うございました」


シセルギーテがイザスネストアスらに礼を言う。

帝国貴族でもある彼のおかげで留学手配もつつがなく終わった。


「なに、構わんとも。しかし、お主は手放して良かったのか?」

「ええ、私ではスーリヤ様の代わりにはなれません。私がいうのも何ですが、以前あの子が淡々と賊の首を刎ねていた時恐ろしく感じました」


シセルギーテはエドヴァルドの年には凶悪な魔獣を何体も倒して賞金を稼いでいる。

任務や賞金の為だとか憎悪で誰かを殺すのは理解出来るが、淡々と何の感情も無く事務処理として人の首を刎ねる事はシセルギーテにも難しい。


「お主でもか?」

「ええ。・・・私も貧しく、稼ぐためなら何でもしましたが、周囲には対等な友人が何人もいました。スーリヤ様も姉妹として扱ってくれました。でもあの子にはもう誰もいません。既にそこらの騎士よりも強く、誰も諫められません。帝都の学院ならきっと対等な友人が出来て人間らしい感情を取り戻せる筈です」


贅沢は出来ないがラリサの統治は安定している。

ここにいてもエドヴァルドは諸侯の悪意にさらされるだけだとシセルギーテは考えていた。

感受性の高い少年時代は長い人生で今だけだ。

既にかなりエドヴァルドの心は傷ついてしまっている。


 いま送り出すしかなかった。


「そうか、まあなるとよいな。ところで、儂とミリアムはしばらくラリサから離れて調査の旅に出ようと思う」

「となると、あなた方でもスーリヤ様を回復させるのは難しいと?」

「うむ、オルプタとイーデンディオスは残す。エド坊が帰る場所を護ってやらねばならんしの」

「わかりました。私にはお願いする事しか出来ません。よろしくお願いします」


再び頭を下げるシセルギーテにオルプタがひとつの提案をした。


「ねえ、貴女。状況が動くまでまた魔術の眠りにつかない?スーリヤ殿の体が癒えるにせよ、成果が上がらなかった場合でもエドヴァルドがいなくなった事だし強引にあの塔に入る輩はいない。今の彼女は食事を必要としない異形の身、貴方が起きて無駄に時を重ねる必要はないわ」


また、というのは以前シセルギーテが熱病で苦しみながら蛮族討伐の為にスパーニア戦役中のウルゴンヌを通過した際にオルプタがそれを癒す手伝いをしてやった事がある為だ。

シセルギーテの中で暴走する火の力を抑える為に水棲魔獣の力で強引に特性を変質させて眠りにつかせたことがある。


「・・・確かに。では、もしスーリヤ様の状態がカトリーナらが盛った毒であるという証明が出来たら起してください」


自力で寄生虫が放つ毒素の解析が出来なければ盛った奴から手に入れればいい、という考えに至るシセルギーテだった。


「もし、そこまで特定できたらどうするのかしら」

「ベルンハルトが邪魔しようとカトリーナもアイラクリオ公も私が討ち取ります」

「これ、滅多な事を公言するでない」

「は、済みません。しかし私にはベルンハルトも許せません・・・、幼い頃のスーリヤ様は引く手数多でした。無理に娶っておいて結局このように捨てるなんて・・・」


なまじスーリヤが人の形を留めているだけにエドヴァルドにしてもシセルギーテにしても歯がゆく踏ん切りがつかない。イザスネストアスはベルンハルトとはほとんど付き合いもないがイーデンディオスはここ数年で彼の事を少しは知ったので弁護してやる事にした。


「シセルギーテ殿。彼はそれほど単純な方でもありませんよ。剣を持ってエドヴァルド様を追いかけたのも見せかけでしょう。もともと遠方にやると決めていました。妻と息子の安全の為、もう誰にも末息子を利用されない為、危険から遠ざける為、そして自分の力ではどうにもならないと悟り、神頼みする為にここへ送られた。その一方で自分の縁故を使って最大限現実的に出来るだけの事もなさっています。あまりお恨みなさいますな」


そういわれると確かにそういう節もあるとシセルギーテも納得する。


「むう・・・口惜しいですが、そういった面も無くはないですか・・・。スーリヤ様にも結局学院を卒業して成人されるまで手を出しませんでしたし・・・」

「何はともあれ、王子の前途が明るい事を祈りましょう」

「ええ」


彼らはエドヴァルドの健やかな成長を願い見送った。



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2022/2/1
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