第16話 旅立ち
エドヴァルドはラリサに赴任してから一年、シセルギーテやメッセール、パルナヴァーズと共にエッセネ地方の魔獣を倒して回ってかなり実戦経験も積んだ。
獣害が減り、一部の鳥の狩猟も解禁され民衆は喜んで獲物を献上してくる事も出てきた。
希少な雷獣も倒して、その素材で愛用の棍も強化し、残った素材も売り払って税収の足しにしている。実の所税収より魔獣から得た収入の方が多い。
フランデアン王とその騎士の活躍が広まって以降、世の中、魔導騎士になりたがる貴族の子弟は多かった。しかし、肉体を強化する為の魔石や武具には魔力を多分に含んだ特殊な鉱石や魔獣の血が必要で、それは消耗品である。
エッセネ地方に住む雷獣は全世界的にも希少な存在だったので、財政的に随分と助かった。
雷獣の始末には何といってもパルナヴァーズが大いに貢献した。雷神トルヴァシュトラの戦士である彼は雷撃に対して抵抗力を強く持ち、エドヴァルドにも彼の闘法を伝授してくれた。
自分の力に自信が高まると次は例の神獣に興味が沸く。
「閣下、あの森に行ってはいけません。僕らはともかく地元の人からの尊敬を失います」
クレメッティがエドヴァルドを止めようとした。
「わかってるよ、耳にタコができるほど聞いた。魔獣を倒すわけじゃないし、見に行くくらいいいじゃないか」
「またデミトリに締め出されますよ?」
「それくらい構わないが、壁の穴もそろそろなんとかしたいなあ」
「それより、魔獣じゃなくて神獣ですよ」
「うるさいな、どっちでもいい。エッセネ人がいうには森の奥に癒しの力を持つ聖なる泉があるそうじゃないか。その力なら・・・」
エドヴァルドは一向に状態が良くならないらしい母を思い、口惜しそうに塔を見上げた。
シセルギーテがいない時でもベローや地元で招集した兵士が警備しているので塔に入る事は出来ない。城主はエドヴァルドの筈なのにこの件に関しては誰も命令を聞かなかった。
もう誰がこの城の主人なのかもわからない。エールエイデ伯は呼びつけても息子か弟を代理に寄越して自らは参上しようとしてこないし、太守というのも本当に名ばかりだった。
「スーリヤ様はそんなに具合が悪いのですか?奇跡の力に頼らねばならないほど?」
「・・・そうだ」
「良くなったらどうなさるのですか?ここを捨ててしまうのですか?」
少年達はナイアス家に仕えていた父達のように将来はエドヴァルドの騎士となるのを希望していたが、エドヴァルドがここを出て行ってしまったらまた主を失ってしまう。
「そんな事は母上と相談して決める。ついてくる気がないなら辞めてもいいんだぞ。お前達はユリウスが成人するまで待てばいい」
「土地あっての貴族ですよ!」
自らの土地を守れなかったナイアス家は遠く王家と血がつながっていてももはや貴族ではない。ユリウスが成人してもエドヴァルドが放棄したからといってこの土地を王から再び預けられるとは限らなかった。
「こんな支配しにくい土地など・・・」
諸侯は相変わらず貢納は拒否している。南方圏からの難民に食わせてやる為に農地拡大に労働力を取られてラリサ再建にも協力してくれない。
自分の生まれ育った土地を嫌われると小姓達も少しばかりむっとした。
彼らが森へ行く行かないで問答しているとシセルギーテがやってきた。
シセルギーテは騎士を目指す少年達とエドヴァルド双方を諭した。
「貴族は土地に根付くものでも、騎士は主君や神に誓約し忠誠を尽くすものですからね。主についていけないのなら騎士など目指すものではありません。帝国騎士は別ですけれどね、エドヴァルド」
「う・・・何か用?」
シセルギーテにも森へ行くなと言われていたので少しばかり目を逸らして答えるエドヴァルドだった。
「犬の世話はどうしました?」
「ニックとジャガーに任せた」
城の雑用係兼警備員としてニコラウスとジャガディッシュ、シラーズ、タカルスという子供達をエドヴァルドは雇っている。
大人は仕事があるので、少年を雇って教育せざるを得なかった。
パルナヴァーズ老人が彼らの教育に役に立ってくれていたのでメッセールと従士達は本業に戻らせることが出来た。
エドヴァルドはしばらく城の近くに居ついた野良犬が産んだ四匹の仔犬の世話をしていたが、二頭の姿が見えなくなるとニック達に任せてしまっていた。
「投げ出したんですか」
「うるさいな。皆領主のやる仕事じゃないっていってたじゃないか」
「それは農家の手伝いだの代筆だのの事です。余暇で犬に餌をやるくらい構いません、それくらいわかっているでしょう。投げ出したのはどうせ仔犬たちを自分に重ねて残りの二頭の行く末を見るのが嫌になったんでしょう」
「うるさいったら!」
エドヴァルドは怒り、模擬戦に使っていた棍を全力でシセルギーテ目掛けて突き出した。
シセルギーテは体を逸らせて躱すと同時に爪先でエドヴァルドの顎を蹴り上げた。
その鈍い音にクレメッティらが目を瞑った。
クレメッティ達は予期せぬ方向から顎を蹴られてはその一撃で倒れてしまうと考えたが、エドヴァルドも長年シセルギーテの薫陶を受けただけあってわずかに打点をずらしていた。
体を捻り衝撃を受け流しつつ棍をしなやかに扱ってシセルギーテにさらに打ちかかっていく。
「こら、いい加減にしなさい」
「フン!いつものようにぶん殴って黙らせればいいじゃないか!」
シセルギーテはやっかいな棍をへし折ろうと全力で手刀を叩きこんだり、動きが止まれば拳で殴ってはみたが、一向に折れなかった。エドヴァルドもしなる棍を上手く操り衝撃を逃がす。
「むう、なんて固い棍でしょうか」
「宝物庫に転がってたんだ」
エドヴァルドは得意そうに言った。
「エドヴァルド、いつまでこんなことを続けるつもりですか」
シセルギーテは構えを解いて言い聞かせるように話し出した。
「いつまでって・・・僕はここの領主になるよう命じられたんだ。いつまでも何もないだろ」
「領主など代官でも命じて任せておけばいい。今の貴方にここで何が出来るんですか」
「何がいいたいんだシセルギーテ。僕はここで領主の真似事でもやりながら母上の回復を祈る他に何が出来るっていうんだ!」
王命に好きで従っている訳ではない様子のエドヴァルドにシセルギーテは一つの提案をする。
「帝国騎士になりませんか?」
「・・・・・・シセルギーテみたいに?なんでさ」
「稼げるからです。我々には金が要ります。この領地の収入は?」
「今年は三千万オボル、豊作なら一億オボルくらいだけど」
この地域の全領主が貢納してくればもっと得られるが、今の所無理そうだ。
「私が帝国騎士になった年の年棒は四百エイクでした。ええと・・・たぶん四千万オボルくらいです。最終的には三倍くらいになっています」
「たぶんって・・・」
大雑把な計算に呆れるエドヴァルドだったが、代官を雇っても領地の収入は得られるし、帝国騎士としての報酬もあるならその方がいいに決まっている。
そして帝国騎士の場合、支出は軍の予算から出るのでほとんど出費は無い。領主の場合は収入は結局ほとんど貯蓄出来ずに使わざるを得ない。
イザスネストアスは東方候の厚意と彼ら自身の探求心の為に来たようだが、研究費用が要るともいっていた。
「でもどうやってなればいいんだ」
「私が推薦状を書きますからマグナウラ院に入りなさい。入学費用くらいは出してあげます。なかなか高額ですが、貴方は王の直系ですし推薦状もあれば大分安く済むでしょう」
シセルギーテの場合はスーリヤの護衛として帝都に着いて行っただけで入学する気も無かったのだが、近衛騎士達から直接見込まれて学費無しでマグナウラ院に入った。
交換条件として帝国騎士を十年勤め上げたが、本来はもっと続ける筈だった。
「それで僕に代わりに帝国騎士になれって?」
「一石二鳥だと思いませんか?」
収入は確保される、国から出ていく事で純血派から目をつけられる事も無くなる。
「マグナウラ院は六年制だろう。それから騎士になって稼げるようになるまで大分時間がかかる。・・・シセルギーテは母上の治療に少なくとも十年以上はかかると思っているんだな」
エドヴァルドはあの日、母の前から逃げ出した後の姿を見ていない。
あの光景を見ていればもはや治療は不可能と諦める者が大多数だろう。
十年も体が持つ筈がない。
シセルギーテの言葉は母の為に金を稼いで来いというより母の事は諦めろというようなものだった。
「ええ」
シセルギーテはエドヴァルドの言葉にあっさり頷いた。
「他人のお前が母上を世話しているのに僕に母上を見捨てろって?」
「私はスーリヤ様と共に生まれ、乳姉妹として過ごしてきましたが、貴方が母親の為に捨てっぱちな人生を送る必要はありません」
対抗してくる貴族に勝つ事も負ける事も許されないエドヴァルドはシセルギーテのいう通り鬱屈していた。
「ここにいても何の役にも立ちません。貴方は自分の人生を生きなさい。スーリヤ様も貴方が武人として大成するのを願っていました。母を想うならこんな所で悶々と時間を潰すのはおよしなさい」
「・・・・・・今から行っても今年の入学時期には間に合わない」
シセルギーテの誘いにどうやらエドヴァルドは迷い始めたようだった。
何をするにしても金がない事にはどうしようもない。
「そうですね。来年か、再来年かでも構いません。私も帝都の友人に推薦状を書いてみます。あの魔術師達も帝国では結構の地位にいた筈ですからどうにでもなるでしょう」
エドヴァルドは頷いてひとまずイーデンディオスやイザスネストアスに師事し、改めて武芸だけでなく学業も再び始めるのだった。
シセルギーテは最後の一羽だと出し渋るイザスネストアスを脅し、使い魔を帝都まで遣わせて旧友に連絡を取り入学手続きを済ませてしまった。




