第14話 エールエイデ伯
エールエイデ伯カテリオスはバルアレス王国と同盟市民連合の境界を管理している貴族である。連合と良好な交易関係を構築しつつ帝国の情報を横流しして富を築き上げてきた。
カテリオスはエッセネ地方の支配権を巡って長年ナイアス家と争ってきた仲であり、今回の混乱を利用してエッセネ地方西部も手中に収めようとしている。
「これで依頼は完了ですね」
「ああ、よくやってくれた。報酬はナルヴェッラの神殿に寄進しておく」
「何なら皆殺しにしてきましょうか」
「そこまでは望んでいない。勝手にやらかした場合、賞金をかけるぞ。シュナテア」
「まだまだ仕事が死足りない気分なんですが。この地方はまだ貴方の完全支配下には入っていないでしょう?」
「ナイアス家だけで十分だ。当面必要はない。しばらく他国にでも高跳びしてほとぼりを冷ましてくるといい」
カテリオスは盗賊と詐欺師の守護神ナルヴェッラの神官であり暗殺者でもあるシュナテアを使って西部貴族の援兵を死地に誘導し自分の手を汚さずに始末に成功した。
自力で処分できる範囲の賊だけで領内に引き込んでから金銀財宝は太守の任地であるラリサにあると連中に教えてやった。彼らは防備の整ったエールエイデ伯の領地を素通りしてさっさとエッセネ地方の奥地へと向かっていった。
「ずいぶん危ない綱渡りをしたものですね」
「そうか?我々は防衛に専念しているだけだ。連中は勝手に死んだだけ、違うか?」
「そうですね。私の口を封じようとなさらなければ」
暗殺者は用が済んだらこちらの番になるのを警戒していた。
「心配するな。ナルヴェッラの使徒を欺けると思うほど私は自惚れ屋ではない」
「それはよかった。誠意ある依頼者にあたる事は少ないのですよ。他に御用は?」
「無い。・・・そうだな。この仕事を長く続けるなら水路に死体を捨てていくのは止めておけ。依頼とは関係なく領主は報復に走る事になるぞ」
このシュナテアという暗殺者は標的を水路、運河に投げ込んで苦しんでいる所を楽しむ悪癖があった。そんな事をされては地域が汚染されて困った事になるので口封じの意味でなく領主は報復にかかる。
「それでは、これで失礼します。またのご利用をお待ちしております」
慇懃無礼に頭を下げてシュナテアは去って行った。
◇◆◇
「おとーさまー、次のお客様がいらっしゃっいましたよー」
シュナテアの後、エールエイデ伯の小さな娘が二人入って来て彼の膝に飛び乗った。
「おー、そうかそうか。どこの何方かな?」
伯はなかなか子煩悩で娘達にも好かれている。
執務中でも嫌な顔をせず娘をあやしてやった。
「ラリサからいらっしゃったのですって」
「む?ふーむ、儂は病気で面会謝絶だといっておいてくれるかな?」
「いいの?」
「よいよい。連中に構ってたらお前達と遊んでやれないからな」
「わかりましたー。いくよジュディッタ」
「やー」
小さいほうの娘は父親と離れるのを嫌がって離れず、結局長女が使者の所へ伝えに戻った。しばらくして今度は長男のパンテリオスがやってくる。
「父上、使者に会わなくて本当によろしいのですか?」
「ラリサからの使者だろう。放っておけ。今は公爵殿の外堀を埋める時期だ」
次女と遊んでやっていた伯爵はうっとおしそうに手を振った。
「・・・ラリサからの使者ではありますが、エドヴァルド様からの使者ではありません。クヴェモ公からの出頭命令です」
「なんだと!?」
クヴェモ公は王の側近であり紋章院を管理している総裁職を預かり、エールエイデ伯よりかなり格上である。
◇◆◇
半信半疑ながら慌ててラリサへ出頭したエールエイデ伯だったが、果たしてそこには本当にクヴェモ公がいて長い間待たされてかなり腹立たし気に伯をエドヴァルドと共に出迎えた。
挨拶もそこそこにクヴェモ公から叱責が飛ぶ。
「遅い!」
「これはこれはまさか本当に王都からいらしておられたとは・・・申し訳ありません。何分臥せっていたもので」
「フン、どうやら卿が国境管理を満足に出来ていないという話は本当のようだな。アイラクリオ公もお怒りだぞ」
「公が・・・?」
ザカル人純血派筆頭のアイラクリオ公とエールエイデ伯は協力関係にあったが、中央でも今回の事は失態と考えられていた。だが、エールエイデ伯にとってはエドヴァルドの力を削いだ事でアイラクリオ公からは理解が得られると思っていた。
が、国境侵犯を許すという失点は純血派そのものの信頼が揺らいでしまう。
「それにしても何故、紋章院から総裁閣下がいらしたのですか?」
「しばらく前にエドヴァルド様をラリサに送り届けた騎士達から訴えがあった。卿らがあまり太守に従う素振りを見せていないと。そこでしばらく観察していたが、ザオ家とバグラチオン男爵家の騒乱に貴殿が加わっていたな?」
「一体何を証拠にそのような言いがかりを」
クヴェモ公からは詰問されたが証拠が提示されなかったのでエールエイデ伯はだんまりを続けた。
「しらばっくれるか。まあいい。おいおいわかるだろう。今回はとりあえずザオ家の当主にはパルナヴァーズが就く事を承認しに来た」
「ザオ家の一族は皆死亡したと聞いています。相続者はいない筈かと」
「エッセネ人については特定相続法で選挙による相続が認められている。帰参したエッセネ人の全会一致でパルナヴァーズ・ファーズマン・ザオが当主となる。これは紋章院と国王陛下が承認済みであり諸侯にも遵守が要求される」
ファルファード・ファーズマン・クッヴェーモはそう宣言した。
ファーズマンはエッセネ人の間でよく使われる名前だった。
「あなたの地位をご利用されていませんか?」
「不遜だぞ。伯爵。これは国王陛下やアイラクリオ公ら大臣会議でも決まった事だ。卿はエドヴァルド様にも不服従であるようだと騎士達からも聞いている。相違ないか?」
「まさか、とんでもありません。私めは国王陛下に忠実な一領主であります」
「では、今後はエッセネ公に従い役割に忠実に国境を守ると誓え」
エールエイデ伯は不満ではあったが王都からの正式な使者には逆らえず、初めて膝をついてエドヴァルドに忠誠を誓った。




