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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第9話 辺境国家の第四王子②

 騎士と道化を連れたベルンハルトが宝物庫の扉に手をかざすと魔術の封印が解け、管理官シサブロウスが持参した鍵で扉が開いた。


エドヴァルドは父が何をしているのかわからなかったので、問いかける。


「そこに手をかざすのに何の意味があるんですか?」

「お前もいずれわかる。感覚の世界の話しだからな、説明するのは難しい。お前に教師をつけてやるつもりだったが、魔術については宮廷魔術師の時間を貰うとするか」

「ちちうえから習ってはいけませんか?」


 若干怖いところもある父だが、少し前まではエドヴァルドを膝に乗せて釣りをする事もあり子煩悩で優しい一面もあった。宮廷魔術師のアステリオンは王子のエドヴァルドが相手でも容赦なく杖で叩いてくるのでエドヴァルドは出来れば父に教えて欲しかった。


うたたねをしていたアステリオンのローブにいたずらで蜘蛛を突っ込んだエドヴァルドが悪いのだが。タルヴォと一緒に慌てふためくアステリオンをみて大笑いしたのを見つかってあっさりバレた。


「俺は忙しいし、物を教えるのに向いてない」

「そうですか・・・」

「今日はこれから諸侯と会議がある。お前も連れて行ってやろう。息子は父の仕事をしている姿をみて勝手に学ぶもんだ」


わあっと喜ぶエドヴァルドは早速会議室へと行こうとするが、宝物を見たいんじゃなかったのかと言われて慌てて戻る。


「トワージとタッチストーンはここで待て」

「はっ」「えー」


騎士は律儀に返事をして従士と共に入り口の衛兵と共に立ち番をし、道化は不満を漏らした。


「資格がないものが入ると死ぬかもしれませんよ」


管理官が道化に釘を刺し、ベルンハルトに続く。

宝物庫の目録を持つ書記官、管理官らも資格を持っているが、盗賊に利用されないようにどういった資質が必要なのかは秘されていた。


死ぬかもしれないと言われるとエドヴァルドは恐ろしくなって父の足にしがみついた。


「意外と臆病だな。ほれ」


ベルンハルトはバシっと背中を叩いて中に入るよう促した。

押されたエドヴァルドは中に入ってたたらを踏み、ベルンハルトが宝物庫の奥に向かって声をかける。


<<昏き槍よ来たれ(ヴェル・ヴェニ・アム)>>


ベルンハルトに声に反応して宝物庫の奥から一つの黒い長槍が飛んで来て彼の手に収まる。伏せなければ危うくエドヴァルドに当たる所だった。


「おっとと、悪い悪い」

「このように特定の言葉に反応してしまいますから、若君もご注意下さい」


管理官に手を貸して貰って立ち上がったエドヴァルドは問い返した。


「シサブロウスさん、今のは?」

「古代神聖語です。神々が使っていたといわれる言語ですが、発音が難しくマナを送り出すように発する必要があります」

「マナ?」

「世界に満ちる力。神話では原初の巨人の体が崩れ落ちた際に世界に広がったといわれておりますな。いずれ相応しい場所と教師から学ぶと宜しいでしょう」

「学べばぼくにも使えるの?」

「ええ、目覚めの時が来れば」


エドヴァルドは学ぶようにいわれたが、疑問がひとつ沸いた。


「ねえ、じゃあ最初に使いこなした人には誰が教えたの?」

「おや、若君。それを教えるには私は陛下から家庭教師の代金を貰わねばなりません」


絶え間ない質問に困ったシサブロウスは話をベルンハルトに振った。


「ちちうえ?」

「帝国では時の神、知恵の神、魔術の神でもあるウィッデンプーセが人類に教えたといわれている。この国の場合では守護神にして森の恵みの風スーントゥルーフだとか子供の頃習ったが、五千年前にこの国は無かったからどうなんだろうな・・・」


ぶっちゃけベルンハルトもよく知らない。


「なーんだ」

「そんなことよりお前が見たかったのはあれだろ?」


宝物庫の奥に巨大な破城槌があった。

宝物庫の中にいくつもきらびやかな武具や道具があるが、この破城槌は他に無い光沢を放っている。材質も石なのか木なのかよくわからない。


「ふしぎー、どうやって運び出したの?」

「疑問を持つ事はいいが、まずは自分で答えを考えてみろ。お前の疑問にいちいち答えていたら時間が足りなくなるからな。だから専属の教師が必要なんだ、わかったろ?」

「はい」


そういわれるとなるほどとエドヴァルドも理解した。

父親は王であり、多忙である。

たとえ週に四回昼やら夜やら不定期にスーリヤの元に通って来ていても。


「さて、それは宿題としてこれは何なのかくらいは教えてやれシサブロウス」

「はい、これは第一帝国期に帝国が攻めて来た際に奪いとったものと言われています。伝説では槌の部分は世界樹を使い神話の最終戦争においてイラートゥスの城をも破壊したと言われています」

「ほう、そうなのか」


ベルンハルトが意外そうにいった。


「おや、陛下もご存じなかったので?」

「ああ、今時こんなものを使う機会は無いからな。祭具みたいなもんだと思っていた。・・・第一帝国期に帝国が持ち込んだというと、もともとこちらの物だったものを奪い返したと言う事か」


ベルンハルトは得心したという感じだがエドヴァルドには意味がわからない。


「ねえ、ちちうえ。ぼくにも教えてよ!」


自分にみせるつもりで連れてきて貰った筈なのにおいてけぼりにされるのは納得がいかない。


「そうだな、基礎知識が欠けているものはいくら考えても無駄だから教えてやろう。だが、そのうちな。神話のくだりと帝国と諸国の攻防の歴史を教えてやるにはまだ早い」

「神話なら兄上達に絵本を読んで貰ったから少しは知ってます!」

「そうか。じゃあわかるな。俺達の国が属する大陸東方圏は始まりの時代に世界樹を中心に栄えて来た。世界樹を使って作られた神器はこの地方のものだ」


ベルンハルトの説明にシサブロウスも補足を加える。


「記録上第二帝国期に研究の為に神器は帝国に回収されてしまっている筈なのです。それがここにあるという事は返還されたのでしょう。我々が保有する正当性があるか、彼らの研究に不要だったのか」


 ◇◆◇


 午後、少し遅れてベルンハルトは会議室に入った。

諸侯は既に待っていて苛立った様子である。エドヴァルドは彼らのコップに水をいれてやる役目を仰せつかり水差しの番をしながら話しを聞いていた。


「それで争いの原因はなんだ?」


ベルンハルトは遅刻してにも関わらず偉そうにふんぞり返っている。

息子の前なのでいつもより少し大袈裟にしているかもしれない。


「コザニ伯が私の領民を皆殺しにしてしまったのです!」

「大袈裟な」


唾を飛ばして怒っているのがシロス公。エドヴァルドも顔は覚えている、カトリーナの実家のアイラクリオ公家と親しく何度か彼らが一緒にいる所を見かけた覚えがある。


「大袈裟というと少しは事実も含まれているのか?」


ベルンハルトはコザニ伯ではなく、彼が治める地域の太守を任せているクヴェモ公に訊ねた。


 エドヴァルドはいきり立つシロス公のコップに水を注いでやりながら父にいわれたようにこの場で学べることを学ぼうとしている。

領主達は自分達では争いを解決できない場合、近隣領主達にも戦火が飛び火してしまうのを避けて近隣地域の盟主に事前にお伺いを立てる。

それは段々と大貴族、太守へと繋がっていき最終的に王に解決を委ねられる。


今回の場合コザニ伯がクヴェモ公を頼り、ラシア男爵はシロス公を頼ってそれぞれ王に直訴してきた。


クヴェモ公は王の質問に頷いた。


「伝染病が発生したのです。シロス公の・・・正確にはラシアの男爵が治める村で」

「感染を止める為にやったというわけか」

「はい。悲しい事ですが男爵が義務を全うしなかった為、止むをえない処置だったと判断します」


クヴェモ公はせいぜい哀し気に振舞ったが、シロス公はふざけるなと怒鳴った。


「シロス公、そういきりたつな。男爵からも話を聞きたい。ここへ呼べ」

「え、いや・・・男爵風情では陛下にお目通りは叶いません」


男爵といっても王に領地を預けられているわけではなくシロス公の家臣である。この国では家臣の家臣に王に直訴する権利は無い。


「本人の話を聞けないのではコザニの伯爵の対応を是とする他無いぞ」


ベルンハルトは肘掛けをパシンと掴んだ。返答によってはこれで話は終わりという構えである。シロス公が折れ、いったん会議は中断して城下町に滞在していた男爵を呼び出してから再開となった。


 ◇◆◇


「義務を全うしなかったとおっしゃるが、わたくしめは領民を救う為最大限の努力を致しました」

「領民だけでは困る。近隣領主の事も考えて貰わねば。道も川も繋がり、風と天も共有しているのだから」


男爵の弁明にクヴェモ公は苦言を言った。


「もちろん配慮してスーントゥルーフに生贄を捧げ、今は風を止め、病を癒してくれるよう願いました」

「・・・・・・」


ベルンハルトは額に手をやり、頭痛を堪えている。


「ちちうえ?」

「何でもない。それで生贄には何を捧げたんだ?羊か?牛か?」

「まさか、滅相も無い。そんなものを喜ぶ神々では御座いません」

「そうだろうな、では何を捧げたんだ」

「もちろん、ウェルスティアの神殿に行き、最も徳の高い女神官に身を捧げて頂きました」


この辺り、エドヴァルドには話が難しくなってきて理解が追い付かなかったが、ベルンハルトの眉間の皺はさらに深まっている。父の不快気な表情にエドヴァルドはどうも好ましくない話が進んでいる事を察した。


「なるほど、水の女神の中でも最も慈愛溢れる雨の女神の神官なら喜んで身を捧げてくれただろう」

「ええ、しかしまだ犠牲者は出続けました」


当たり前だ、という言葉を飲み込んでベルンハルトは審問を続けた。


「それで、どうしたんだ?」

「次に疫病の女神エッラの診療所に行き、対策を訊ねました」


幼心にエドヴァルドも順序が逆では?と思った。

疫病とは何なのかもよくわかっていないが直感である。


「それでエッラは何と答えた」

「患者をクンデルネビュア山脈に連れて行きアラネーアに委ねよと」

「あの大蜘蛛か。それで連れて行こうとしてコザニ伯に拒まれたというわけか」

「はい、エッラの神殿には謝礼として羊30頭を寄進致しました」


男爵は自分は義務を全うしていると誇らしげですらある。


「なるほど。理解した。だが、俺は神官でも医者でも無い。専門分野の事は何が最善の方策かはわからん。とはいえ裁断を求められた以上は答えよう。コザニ伯は彼に認められた権限において父祖から受け継いだ土地を管理し、他者の通行を拒否する権利がある。別の道を行けば良かったのではないか?」

「神託と違う道を選べましょうや。しかしそれでも、強引に押し通るわけにも行かず引き返しました。私が通行を認めてくださるようシロス公を通じクヴェモ公に願い出ている間に、私の領地は焼き討ちにあってしまっていたのです」

「伯?」


ベルンハルトはこの会談に嫌気がさしていたが、義務感から伯爵に非難の目を向けた。彼の視点からみても迷信深いこの田舎領主が如何に間抜けとはいえ、彼の常識の範疇はんちゅうにおいては誠実にやるべきことをやっている。


「男爵はああおっしゃるが、何人もの患者が関所をかいくぐり、抜け道を通り我が領内に駆けこんできました。幾人か保護して治療しましたが、すぐにファウナの医術士達にも感染が広がりました」

「どんな症状だったんだ?致命的なものか?」

「はい、高熱と吐き気、視覚、聴覚などの感覚の欠如、倦怠感に襲われ、一部の患者は腹部の痛みを訴えました」

「それでファウナの診療所はどういう施術を?」

「腫れていた部分を切り取り、悪くなった内臓を取り除いて戻しましたが、患者は看護の甲斐もなく亡くなりました」

「あ、そう・・・」


コザニ伯は次から次へと男爵領から関所越えを敢行する者が相次いだため、兵を率いて境界線にある村々に火を放ったという。


クヴェモ公とシロス公はそれぞれ王に最終判断を求めた。


「コザニ伯の対応を是とする。男爵に代わってシロス公が伯に見舞い金を払え。彼は被害者だ」

「何とおっしゃる!?」


シロス公は抗議し、アイラクリオ公も翻意して欲しいと王に促したが、ベルンハルトの返答はにべもない。


「黙れ、阿呆ども。俺に判断を委ねておいて決定に逆らうな!」


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2022/2/1
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