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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第10話 辺境国家の第四王子③

 エドヴァルドには民間から人が雇われ家庭教師があてがわれた。

父親のベルンハルトといえば戦争の真っ最中である。


シロス公はベルンハルトの裁決に納得がいかず反旗を翻した。

ベルンハルトは王都から兵を引き連れて討伐に向かったが劣勢である。

義父のアイラクリオ公はシロス公と親しく、王妃である娘の為に中立を宣言するのが精一杯だった。シロス公は王の傍若無人を諸侯に訴えて援軍を求めたが、諸侯はクヴェモ公が王の味方として参戦した場合には応じるとして積極的には支援しなかった。


クヴェモ公は諸侯間に戦火を広げない為に、コザニ伯を支援せずこの戦いはシロス公を旗印と仰ぐ傘下の貴族と王であるエルニコア伯、コザニ伯との対決になった。


「さて、殿下。講義を始まる前に伺いたいのですが」

「何でしょうか、キャスタリス先生」


キャスタリスという名の家庭教師は、上半身の右半分がもろ肌脱ぎのローブ姿である。この国にはほとんど冬が無く、酷く蒸し暑いので男達にはこんな恰好の者が多い。彼自身は珍しい事にこの国の北東にある同盟市民連合出身の学者だった。


一方女性は、肌を露出する事がタブーとされているので薄手の服を愛用している。


「今後の講義も母君が同席されるのでしょうか?」


講義はスーリヤの離宮の庭園で行われていた。

頭上にはつる科の植物が繁茂していて日差しを和らげている。


「口は出しませんし、最初だけですよ。それとも受講料をお支払いしなければなりませんか?」


スーリヤはベルンハルトが出征中は暇を持て余しているので趣味にせいを出していたが、家庭教師が来るとにこにこして同席していた。


「王からは十分な金額を頂いているので結構です。まず王子に確認したいのですが、文字の読み書きは出来ますか?」

「出来ます!」


下町の子供は自分の名前も読めない者が大半だったが、エドヴァルドはさすがにそれくらいは出来ると胸を張った。


「では、これを読んでください」


キャスタリスはそういって地面に文字を書いたが、エドヴァルドにとってそれはミミズがのたうち回っているような落書きにしか見えない。


「読めませんか、では次はこれを」


次に書いたものは記号のようなもので、やはり文字には見えない。


「先生、ぼくをからかってるの?」

「いいえ、次はこれならどうですか?」


キャスタリスが次に書いたものもエドヴァルドには読めなかったが、少し文字らしくは見えた。


「最初に書いたものはヴァルカのザイル族の文字。お母上の出身地域で使われている文字です。次はエッセネ地方の古代文字、最後は帝国で使われている文字です。私が言いたい事が分かりますか?」

「・・・全部覚えなきゃ駄目?」


エドヴァルドが文字を読めなくてもキャスタリスは決して失望しなかったが、今回はかぶりを振った。


「いいえ、王子が学者の道に進んだり旅商人になるのでなければ不要です。私が言いたいのは『文字の読み書き』について問うた時、どの文字の事を言っているのか疑問に思うべきだったという事です。王子は下町に遊びに行った時、様々な国の人々を見た事があるでしょう。向こうで掃除をしている奴隷の娘もこの国の人間ではなく使う言葉も違います」

「そんなの自分が使う言葉の事だと思うに決まってるじゃん!」

「先入観は捨てなさい。せっかく一から学ぶのですから一つ一つ疑問を正していかなければなりません。様々な人々の上に立つ身分なのですから疑問に思うべきなのです」


後ろで聞いているスーリヤはなかなかめんどくさい人間が教師になってしまったわ、と思ったが口は出さずにおいた。それが約束なので。


スーリヤに甘やかされ、兄達にも甘やかされた末っ子の王子はかなり細かい事を指摘してくる教師にすぐに疲れてきてしまった。疑問を口にしても疑問に疑問で返されてしまう。


「先生、『帝国』ってどんなところなんですか?」

「その前に文字が読めるのならお城の図書館で歴史書を読めた筈です。自分で調べてみた事は?」

「いいから教えてよ!」

「王子が何をどこまで知っているのか知らなければ答える事も出来ないでしょう」


まあ、こんな調子である。

夕方の鐘が鳴って講義終了が告げられるとエドヴァルドはどっと石の机に身を投げ出してしまう。


「週、六日の契約をしております。何曜日が休日になるかご存じですか」

「馬鹿にして!木曜日でしょ」

「はい。何故木曜日が休日になるかは・・・」

「知らないってば!」


エドヴァルドはすっかりうんざりしている。スーリヤは途中で逃げ出して家事に専念していた。そこにひとりの人物がやってきた。


「ただいま戻りました」

「あ、シセルギーテ!お帰り!」


シセルギーテと呼ばれた戦士姿の人間は背が高く、大剣を携え、筋骨たくましいが女性である。スーリヤの乳姉妹にあたる人物だ。


エドヴァルドはシセルギーテのがっしりした太ももに掴まって歓迎した。

エドヴァルドの歓声に気付いたスーリヤも再び表に出てくる。


「シセルギーテ?どうしたの、こんなに早く。今は帝都で新年昇天祭をしている時期でしょう」


特に先触れもなく帝都からやってきたシセルギーテにスーリヤも困惑していた。

帝国騎士の彼女は各国の王が皇帝への新年参賀にやってくるので帝都の大宮殿の警備をしている筈だった。


「ベルンハルトから急いで戻ってこいと連絡がありまして、渡りに船と休暇を貰いました」


王都を開ける事になるのでベルンハルトはスーリヤとエドヴァルドを守る為に護衛を呼んでいたのだった。


「なるほど、王は敗北もあり得ると判断したわけですか」


キャスタリスはしたり顔で会話に割り込んできた。


「誰です、貴方は」


エドヴァルドに家庭教師が着いた事を知らないシセルギーテは、見知らぬ男が主人の家に入り込んでいる事に疑問を持った。エドヴァルドがキャスタリスが答える前に答えを言う。


「イナテアのキャスタリス先生。ぼくの家庭教師。ところでシセルギーテは何で木曜日が休日になるのか知ってる?」

「休日は土曜日と日曜日ですよ?」

「王子、お分かりですか。人によって常識は違うのです。それと安易に答えを求めすぎです。王子の身の回りにあるものから類推できる筈ですよ」


キャスタリスは目くばせをして王家の木の紋章に視線を飛ばした。

いちおう子供相手なのでこうしてヒントも交えている。


「えーと、樹木の神を尊ぶ国だから?」

「そうです、東方圏の大半の国がそうです。シセルギーテ殿が何故土日が休日だと返事したのかはわかりますか・・・?」

「さっぱり」


キャスタリスは離宮の一角にある礼拝堂へエドヴァルドを連れて行き帝国が大地母神ノリッティンジェンシェーレを守護神とし、太陽神モレスから初代皇帝スクリーヴァが地上の管理を命じられた為、大地母神と太陽神の守護日である土曜日と日曜日を休日として神に感謝する日だと定めているのだと説明した。そして次に来るまでにそのくだりを記述した神話と歴史書を読んでおくように、とも。


「結局、講義の予定時間大幅に過ぎてるじゃん・・・」


 ◇◆◇


「ねぇ。マーマ、あの先生変えてよ。ぼくが教えて欲しい事を全然教えてくれないし」


物言いが迂遠で、すぐに回答が得られない事にエドヴァルドは不満だった。

自分が教えて欲しい事より、向こうが確認したい事を優先されている気がする。


「お父様が選んだ教師に文句を言っては駄目よ。それに生徒が知りたい事を教えるのではなく、生徒に教えるべきことを教えるのが彼の役目なの」

「でも、ぼくはそろそろ魔術の事を学びたいしあの先生は平民だから教えられないでしょ」

「・・・そうね。じゃあ宮廷魔術師にお願いしてみるわ」


エドヴァルドはやったーと喜んで自室に下がっていった。

シセルギーテはスーリヤにひとつ訊ねた。


「少し父親に似てぽちゃぽちゃしてきたのでは?」

「そう?可愛くていいじゃない」

「甘やかし過ぎでは?」

「そんなことないわよ。厨房から時々食べ物持って行っちゃってる割にはね」


シセルギーテは厨房を管理している自分の母、そしてスーリヤの乳母でもあるトゥーラに食糧庫の管理を厳重にするよう言い含めた。

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2022/2/1
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