第10話 エッセネ地方の統治②
翌日、エドヴァルドは小姓の二人を連れて城下町の見回りに行ってくると城を出た。
「僕は少し遠駆けをしてくるからお前達は先に戻れ」
「え?どこに危険が潜んでいるかもしれませんし、お一人でなんていけませんよ」
常識的な観点からディアマンティスはエドヴァルドを止めようとした。
が、クレメッティはいいんだよと言ってそのディアマンティスを引き下がらせた。
「奴隷を助けに行くんですよね?僕らも手伝いますよ」
ディアマンティスは「あ、そうか」と合点がいった顔をする。
「いや、違う。散歩してくるだけだ」
「またまた」
小姓達は照れなくてもいいのにという顔で冷やかした。
「ったく、とにかく僕は一人でいくからな」
エドヴァルドは愛用の棍を小姓から受け取って馬を走らせた。
笑顔でエドヴァルドを見送り、ラリサに戻った小姓達は当然メッセールから大目玉を食った。
◇◆◇
エドヴァルドは出発前にヴィデッタを相手に偽装の魔術装具を使い、自分の姿が旅の青年くらいに見えるかどうか、テストをしていた。
結果は良好で一刻以上は保つ。
ヴィデッタに尋ねた所、ザカル人のバグラチオン家とエッセネ人のザオ家はもともと対立していたのだが、同盟市民連合からやってきた賊はザオ家の領地を侵入してそこを根城にしているらしい。
ザオ家はダリウスの要請にしたがって援軍を送っていたのだが、やはり壊滅して自分の領地を守れなくなり現在は滅亡してしまっている。
バグラチオン男爵は自家の正当な領土とうそぶいているが、賊退治にかこつけてザオ家の領地を併合するつもりなのは明らかだった。
エドヴァルドが単独行動を取った目的は二つ。
ひとつはシアを助けるか、もしくは殺すこと。
周囲は勝手に誤解しているようだが、母を裏切った使用人を助けてやるほどエドヴァルドはお人好しではない。自分の弱みを消し去りたいだけだ。
問題が解消されれば生死はどちらでもよい。
もう一つの目的はザオ家に生き残りがいないかどうかを確認すること、そしてザオ家の生き残りでも賊でもどちらでもいいが、バグラチオン男爵を襲撃させる。
その隙にひとつめの目的を叶える。
そううまく行かないだろうことは分かっているが、どうせ大半の貴族の忠誠を得られていない現状では一家ずつ屈服させていってやるつもりだった。
こちらが下手に出る気は無い。
ザオ家に生き残りがいるなら恩を売ってやれるし、一石二鳥、三鳥にもなるのでまずは偵察と行動を起こしてみた。
そして、夕方。
通行人が襲撃に遭うといわれる地点に近づいた時、立札を見つけた。
”ここから先ザオ家の支配地。引き返せ”
”警告、引き返せ”
何ヵ所もたくさん立っている。
「パルタスの賊がいたらこんなもの引っこ抜きそうだが・・・」
エドヴァルドは首を傾げて素通りした。
警告の立札の文面は段々殺伐としてくる。
”侵入者に死を”
編み笠を少しあげて立札を読んでいると、警告も無く突然矢を射かけられ、編み笠を射抜かれてしまった。
エドヴァルドは慌てて馬を走らせて一旦逃げに入ったのだが、前方に罠がしかけてあった。馬の足が引っかかるような絶妙な位置に細い綱が張ってあり、夕方で気付かなかった為、全力で突っ込んで転倒し、気絶してしまった。
◇◆◇
目が覚めた時、既に日は沈んでいた。
「おう、目覚めたか坊主。字が読めなかったんかのう?」
エドヴァルドの声をかけた男は暗闇の中で焚火を起こしていた。
声音には敵意が感じられず、相手は年寄りのようだ。
エドヴァルドは自分の体を確認したが、どこも縛られていないし、大きな傷も無い。警戒を少し解いて話しかけた。
「ご老人が僕に弓矢を射かけたのですか?」
「儂は編み笠を狙っただけじゃ。子供にそんな事はせん」
要するに射かけたのであるが、人は狙っていないと老人は言い張った。
「罠は・・・?」
「さあのう、そこらの外国人がおいていったんじゃないかのう・・・街道にそんなもん仕掛けるなんて悪い奴がいるもんじゃ」
あからさまにしらばっくれているが、これでも育ちの良いエドヴァルドは敵意の無い老人には礼儀を守った。
「ご老人は何故僕を介抱してくれたのですか?」
「矢が勿体ないから回収しようと笠をひっぺがしたら子供が出てきたんでな」
「僕は見た目ほど子供ではありません」
「なら殺さねばならなかったかのう」
老人はそううそぶいた。
「僕はそう簡単に殺せないと思いますよ」
「で、あろうな。ラリサの若君」
気絶している間に持ち物でも調べられたのか、正体を知られている。
エドヴァルドには個人紋章として王家の紋章に雷神の聖印を加えているので知る人が見ればすぐわかる。エッセネ公爵となった事で今後はさらにエッセネ公の雷樹紋章も加えられる。
「・・・バグラチオン男爵はここらで市民連合から流れてきた賊が出ると言っていましたが貴方ではありませんね」
「そんな賊は儂がとうに追い払ったわい」
と、なるとバグラチオン男爵はエドヴァルドの手を借りるまでもない筈だ。
「もしかして男爵の部下にも同じように襲撃をしかけましたか?」
「当然よ、ここは儂の領地じゃ。誰の通行も許さんわい」
「お名前を伺っても?」
「儂の名か・・・儂はパルナヴァーズ・・・。パルナヴァーズ・ファーズマン・ザオじゃ。ゲリアの泉の巡礼の旅に出ておったが、帰ってきたら村は焼かれて息子達は殺されて同胞は離散しておった。だが、儂がおる限りザオ家の領地をバグラチオンなんぞにはやらんわい」
どうやら賊はもう関係無いらしい。
ザオ家は滅亡したものとしてバグラチオン男爵はこれ幸いと係争地を奪取しようとしているのだろう。
「なるほど。どうやら男爵は僕の手勢を借りて貴方を含めた賊を追い払った実績をもって接収を認めさせようとしていたわけだ」
「坊主が自ら現場に足を運ぶとは思わなかったのであろうな。怠け者は自分の想像の範囲外の事態まで想定せんからの」
ザオ家の抹殺にエドヴァルドも協力した事が後からわかったところで手を貸してしまった以上、追認するしかない。
「どうやら偵察に来てよかったようです」
「なんで若君が単独行動しておるんじゃ?」
「・・・まあちょっと一人になりたかったというか・・・」
「こんな物を持ってか・・・?」
パルナヴァーズ老人は偽装用の魔術装具の首飾りをぷらぷらと振ってみせた。
気絶している間に取られたようだ。
「それが何なのかおわかりなのですか?」
「儂はこれでもあちこち旅をしてきたんでな」
「返して貰ってもよいですか?」
「何に使うつもりじゃったか話してみい」
正直に言えるわけも無いので押し黙る。
「賊の仲間の振りをして近づくつもりじゃったか・・・?いや、無理か。見た目は誤魔化せても口を開けばすぐにバレる。となると、こちらではなくバグラチオンの所にいく途中か。・・・奴は最近奴隷商人から王宮に仕えていたとかいう娘を手に入れたそうじゃの」
「随分物知りですね。エッセネ人というのはもっと排他的で余所者に関わらない集団かと思っていました」
「儂が変わり者なだけじゃ」
タイミングがタイミングなだけにやはりシアを奪い去ろうとすればエドヴァルドの仕業だとバレるのは簡単そうだった。まあ、そうなっても証拠が無いとしらばっくれる予定だったが。
「奴には遺恨がある。儂が襲撃してその奴隷を逃がしてやってもよいぞ」
「いくらご老人でも一人では無理でしょう。ザオ家は離散してしまっているのでは?」
「じゃからお主がソレを使って儂を手伝うんじゃ」
どうにも過激な老人だった。
エドヴァルドは隠密でシアを奪い去るつもりだったが、この老人は男爵を殺害するつもりだ。自分のもともとの目的に適うのだが、他人が口にするとどうもやっぱりこれは過激過ぎるとエドヴァルド考え直し始めていた。
「現実的とは思えませんが」
「奴の手勢が儂の領地に入り込んだ隙に襲う。お主は儂の領地を承認しザオ家の者達に帰参を呼びかけてくれればいい。うまくいったら儂はお主に忠誠を誓おう」
「そんな事したら犯罪です」
バグラチオン男爵は別に正面切ってエドヴァルドに反旗を翻したわけでもない。
老人と彼が敵対関係にあったとしてもエドヴァルドがどちらかに肩入れするには他の貴族達を納得させられる正当な理由が必要だ。
「もともと他人の資産である奴隷を奪おうとしておったのじゃろうが」
「それはご老人の思い込みです」
「ほーう、そうかの?じゃがあいつがお主を騙して我が領地を接収しようとしておったのは事実じゃぞ」
「問い質しますので後日お会いしましょう」
「儂はここから動かんぞ」
「三日後、もう一度バグラチオン男爵がラリサに来ますのでその後、僕がまた来ます」
「では、その時までコレは預かっておくぞ」
そんなわけでエドヴァルドはイザスネストアスから借りた魔術装具を失ってしまった。




