第9話 エッセネ地方の統治
三日後、ラリサにバグラチオン男爵がやってきた。
エドヴァルドは一番直径が広い中央塔を政務用の塔として整備させてそこへ男爵を呼んで謁見した。エドヴァルドだけでは年齢差があり過ぎて侮られるので補佐役として魔術師二人が側についている。
「遅かったな」
「道に迷いまして」
「卿の領地からここへは一本道で来れるかと思ったが、私の勘違いか?ヴィデッタ」
エドヴァルドは侍女に尋ねた。
「いいえ、勘違いなどではありません。おっしゃる通りで御座います」
後ろに控えていたヴィデッタが目を伏せたまま返答する。
エドヴァルドはどういうことだ、と言いたげな目で男爵を見た。
「私の使いが申し上げたように賊が街道の往来を妨害し、道行く者に弓矢を射かけて商人も引き返す有様。我が居城を空ける間の後事を託す差配もせねばならず、騒動を避けて迂回する為には周辺の貴族にも事前に声をかけねばなりません。お若い閣下にはまだ御理解いただけませんかな?」
挑発的な物言いにエドヴァルドはカチンと来たが、その前に問い質す事があった。
「お前の使いからは何も聞いていない。説明せよ」
「はて・・・?賊を追い払い我が家の正当な領地を取り戻す算段について相談する為の会合だったのでは?」
メッセールは正直に主人に経緯を報告するように指示したのだが、先日会った下人は咎められるのを恐れて主人が喜ぶような返事をしたらしい。
認識に齟齬があり、会話がかみ合わないのを見てイザスネストアスが口を挟んだ。
「まあ、待てご両人。途中に学も無い下人を挟むとこういう事はよくある。男爵殿がいちから公爵閣下に説明申し上げるのが筋であろう」
「こちらは・・・?」
男爵は見知らぬ魔術師に首を傾げる。
男爵の家系も平民と交わって土着貴族化していたので魔力を認識する能力は薄れているが、大抵の魔術師は大きな杖を携えているので見ればすぐ分かる。
「フランデアンの宮廷魔術師イザスネストアス殿、我らが大君主のご沙汰で支援に来てくださっている。向こうは私の師であるイーデンディオスコリデス殿だ」
「国王陛下のご命令で閣下の教師役を務めておりました」
イーデンディオスは軽く会釈して名乗った。
「ほほう、それはそれは。今もフランデアン王とはご連絡を取っておられるのですか?」
「まあな。彼の権威を借りてお主らに指図すればこちらの王にも彼にも迷惑になるからそのような真似はしない。安心するがいいぞい」
「そういった心配はしておりませんが・・・」
「では、彼に取り入りたいとでも?それは無理な話じゃな」
イザスネストアスが宮廷魔術師を務めている間、フランデアン王への取り次ぎを頼む有力者は何万といた。帝国貴族や皇家からも依頼があったほどだが、あまりにも多いので無視するようになっている。小さな村をいくつか所有しているに過ぎない辺境貴族など論外だ。
普通の貴族はこのようにあからさまな物言いを避けるので、侮辱的な言葉に対して男爵は返答に窮した。無礼だぞといいたくても相手のコネを考えるとはっきり言える度胸も無く、皮肉で答える機知もない。
「私に忠誠を誓いに来た者をそう虐めないで欲しいな、老師」
「これは失礼を」
イザスネストアスはそういって一礼して一歩下がった。
「私が閣下に忠誠を誓うかどうかは閣下が賊を追い払えるかどうかにかかっています」
男爵は勝手に忠誠を誓った事にされて吹聴されてはたまらないと口を挟んだ。
「自分の正当な領地であれば、自力で追い払ったらどうだ?私のように」
「太守であれば外敵から旗下の者達を守るのが務めでは?エールエイデ伯に従う者が多いのは彼が自領のみならず周辺の貴族達も庇護しているからこそです」
「奴はダリウスが送った援兵を無駄死にさせ、結局は関所の突破を許し、州全体を危険にさらした。諸君と違って私は彼を評価していない」
エドヴァルドはヴィデッタ達の父の消息を調べる為、情報収集をしており顧問の魔術師達の一人、ミリアムが調査して報告した。
エーエルエイデ伯は自分の部下を安全地帯を担当させて傍観しており、ダリウスの送った騎士達は援護も無く孤立して全滅してしまっていた。
「まあ、確かに・・・。閣下の仰る通り主に東部貴族が中心に彼を主人のように仰いでおりますが、我々西部貴族は自立の道を模索しておりました。閣下が彼に対抗するには我々を取りまとめる他ありますまい。正直、我が家の未来を閣下に預けるには不安がありました」
彼も臣下を養わなければならないので、迂闊にエドヴァルドに忠誠を誓ってエールエイデ伯に睨まれるわけにはいかないと言う事だった。
「私はこれまで父祖に敬意を払ってきたし、これからもそうでありたいと思う」
「は?」
「私は兄に対抗するつもりはない。父の命令であれば私に従うのを拒否する貴族を抑えてこの地を統治するのもやむを得ない。何の打算も無く父や兄に従うのは孝の道であり、いずれ王となる兄には忠誠をもって仕える。それが私の義務だ」
「結構な事です」
エドヴァルドに従うとひいてはギュスターヴと敵対する事になるのではないか、と恐れる貴族を安心させてやるつもりでエドヴァルドは丁寧に説明してやったが、彼の胸には響かなかったようだ。
「この州には古代から続く二十七の名家があるが、私の着任を祝いに来た当主は三家に過ぎない。何の駆け引きも無く忠誠を誓ってくれた者には私は誠意を持って返そうと思う。私が力を得てから、私に忠誠を誓った所で三家と卿の待遇には差をつける事になる」
「私はこうして自ら足を運ぶ事で誠意を示したつもりですが」
「私は卿の傭兵になってやるつもりはない」
まずは跪いて忠誠を誓ってから、賊を追い払う支援をして欲しいと願うのが道理だろうとエドヴァルドは考えている。この程度の問題で自分を高く売りつけ、こちらを傭兵代わりに使うつもりであれば失せろ、と言いたい気分だった。
剣呑な雰囲気になった時、そろそろ口を挟むべきかと考えてイーデンディオスがやんわりとエドヴァルドを抑えた。
「さすがはエドヴァルド様、王族として太守として実にご立派な態度です。しかるに彼は王都に出た事も無い陪臣の一男爵。閣下の御信念を理解出来るまで時間がかかるでしょう。兵を動かすには入念な調査が必要ですし、今回は次の会合の日時を決めて一旦お帰り頂いては?」
「それがよかろう」
イザスネストアスも頷いた。
「老師達がそうおっしゃるのであれば」
エドヴァルドも一旦頭を冷やして同意した。
「男爵もよろしいか?」
イーデンディオスの問いにバグラチオン男爵も頷いて、塔を出て正門に向かった。
エドヴァルドは彼が到着した時、私室にいたが今回は見送りについていった。
厚意ではなく、彼の部下の武装の質、練度、規模を自分の目で見る為である。
◇◆◇
「ん?あいつは・・・」
男爵は馬車で来ていたので、そこまで見送ろうとしたエドヴァルドだったが、そこで知人の顔を見た。
「おや、本当にお知り合いでしたか。なんでもスーリヤ様の宮殿で働いていた奴隷だとか名乗っていましたが」
「ああ、シアという奴隷だ」
勝手に離宮から逃亡した使用人だった。
エドヴァルドを見つけると、一瞬下をうつむいて暗い顔を逸らしてから駆け寄ろうとする。しかし、従士が掴んでいる鎖が彼女を拘束していたので、首輪が締まった。
「王族の方の宮殿で働いた経験があるとかいうので、買い取ったのですがそちらの宮殿でしたか」
「わざわざ連れて来たんだ、知っていて連れてきたんだろう?」
「勿論、場合によっては献上しようかと思いましが私もそれなりの額を払って購入しておりますので簡単に手放すわけには・・・」
「こいつは勝手に逃亡したんだ。卿がいくら支払ったかしらないがうちの財産だぞ」
「なんでもご病気になった母君から逃げ出したそうですね。そんな奴隷は必要ないでしょう」
男爵は従士から鎖を受け取って強引に引っ張ってシアを苦しめた。
「若様、助けて、助けて下さい!!」
「お前・・・母上の下から逃げ出しておいて『助けて』だと?」
エドヴァルドが漂流者の捜索から戻ってきた時、スーリヤの離宮の使用人のうち何人かは感染して死亡してしまったが、他の使用人は逃亡していた。
シアは奴隷として買われたが、幸運にもスーリヤに救われた筈だった。
スーリヤがいなければ悲惨な人生を過ごしていた筈なのに彼女は裏切ったとエドヴァルドは怒っていた。
「今度こそ最後まで忠誠を尽くしますからどうか助けて下さい。虐待は違法な筈です、そうですよね?」
シアはそういって服を捲り、押された焼き印を見せた。スーリヤは奴隷に焼き印を押すよう命じなかったのでシアは逃亡奴隷として逃げる事が出来たのだがバグラチオン男爵に購入された際に資産登録として焼き印を押されている。
エドヴァルドは少年らしく潔癖な所があったので服をまくられても見ようともしなかった。
「僕の知った事じゃない。忠誠なら今の主人に誓え。それに綺麗な服を着させられているじゃないか」
大概の奴隷や庶民は虫に喰われて汚い肌をしているが、清潔な離宮に暮らしていたのでシアは綺麗な肌をしている。
「それは夜伽をさせられる為です」
「そうか。可哀そうに。母上の下にいればそんな目に遭わずに済んだのにな。男爵の所で資産登録をされてしまったのではもうどうしようもない」
エドヴァルドは男爵とシアを見送ってから私室に戻った。
◇◆◇
ヴィデッタと共に侍女の真似事をしているヴァニエが私室にいるエドヴァルドに尋ねた。
「アノコ、タスケナイ、ナゼ?」
自分は助けたのに、同じような境遇の子を助けないのは何故なのか、問いかけた。
「あいつのは自業自得だ、君とは違う」
「チガイ、ワカラナイ。アノコ、クサリ、ツナガレル、オナジ」
エドヴァルドは無視して仕事に戻るよう命じ、後で話を聞いたシセルギーテが彼に尋ねた。
「本当に見捨てるのですか?小さい頃からの付き合いでしょうに」
「あいつを買い戻す金なんかないし、僕はもうここの太守なんだ。虐待されている奴隷なんか山ほどいるだろうに一人だけ助けてやるわけにはいかないだろ。足元見られてたまるか」
一応もっともな理由だった。
エドヴァルドはもう誰かに保護されている無力な子供ではない。
まだ大人ではなくとも、彼の行動を諸侯が見守っている。
「スーリヤ様の病状を詳しく知っている筈ですし、他人に預けておくと厄介では?」
「今更遅い。弱みをみせたくない」
◇◆◇
シセルギーテは体の不調を診てもらっている魔術師達にこの件を相談した。
彼女もエドヴァルドに偉そうなことは言ったが、腕力で物事を解決する方を好んでいて強引にシアの身柄を奪いに行っていいものかどうか意見を聞きたかった。
「止めておいた方がいいでしょうね。坊やが諸侯から叩かれる理由を作るだけだわ」
奴隷は大事な資産なので露見すれば、窃盗行為になる。
「もともと自分の物だと主張して訴訟を起こすには奴隷売買契約の書類を東方行政長官に送ったり、購入時の奴隷商人を見つけて来なければならん。費用の方が高くつくから訴訟を起こすのも、盗むのも推奨できぬ」
「やはり、そうですか・・・。私も帝国騎士の任についていましたからあまりよく知らない娘なのでどうしても助けたいわけではありませんし迷惑になるくらいなら止めた方がいいのでしょうね」
とはいえもどかしく思うシセルギーテだった。
「まあ、心配することはない。エドヴァルドには姿を偽る魔術装具の使い方を教えてある。あれでこっそり助け出してやるつもりじゃろうて」
イザスネストアスやイーデンディオスは自らが得意とする魔術や道具の種類も教育の一環として教えてやっていた。
エドヴァルドは魔術は仕えないが、それに対抗する手段は教え込まれている。
魔術装具を使えば、魔導騎士も効果の恩恵は得られるので使い方は熟知しておく必要があった。




