第8話 ラリサの統治③
ラリサ周辺の賊を討伐するのはそれほど難しい事では無かった。
統率力のあるパルタスの精鋭戦士が率いている事も無かったので、しょせんごろつきに過ぎない。
王からラリサを再建する為の支度金を現金で大量に預けられているという噂をイザスネストアスは郊外の村々に流した。そしてラリサに十分な兵力がいない事も。
腐っても第四王子であるだけに、支度金はそれなりの額だった。
事実でもあり、城下町から奉公にくる使用人を通じて噂は確からしいと広まった。
賊の侵入を警戒する為、ラリサの市内は厳格な入市規制を敷き、夜間の外出も制限している。
イザスネストアスは使い魔でラリサの近くで身を潜めそうな場所を監視して、賊を発見するとエドヴァルドがメッセールと従士達を率いて出撃して殲滅した。
帝国魔術評議会の評議員二人にイーネフィール公の宮廷魔術師二人が相手では賊は逃げる事さえ出来なかった。
エッセネ地方に蔓延る山賊達への警告として、街道筋で目立つように吊るして帰投しようという所で近隣のバグラチオン男爵家から使いがやってきた。
「公爵閣下とお見受け致す。我が主より伝言あり。是非我が城までお寄り頂きたいとのこと」
伝令はメッセールに道を遮られたが、勝手に口上を述べた。
そこでメッセールは振り返ってエドヴァルドの小姓二人に話しかけた。
「さてクレメッティ、ディアマンティス。お前達二人にはまだ馬は与えられない。例え騎乗できるとしても、馬が余っていても、だ。何故かわかるか?」
「・・・体力づくりの為、でしょうか?」
クレメッティの言葉にメッセールは首を横に振る。
「違うな、高貴な方に馬上から直接声をかけてはならないからだ。若君がお許しになっても我々が許さない。側近である我々の特権であるから未熟なお前達にはまだ早い。他所に使いに出した時にボロが出て主君に恥をかかせることにもなるからな」
「あぁ・・・」
なるほど、と二人の少年は伝令を見た。
見つめられた伝令は顔を赤くしてメッセールに言上を続ける。
「これは賊が蔓延る現状を鑑みての処置であるからしてお許し願いたい。どこから襲ってくるか不明であり、賊の襲撃に悩まされる我々にとって火急の事態である事を告げに参った次第であるからして・・・」
「賊ならこの通り我々が始末した」
メッセールは木から吊るした賊の死体を指差した。
「ま、まだ他にもおり申す」
「おかしいな、先日、バグラチオン家に仕える政務官がラリサまで大した警護も無くやってきた筈だが?」
一般市民が夜襲に怯えるのはわかるが、残存している規模の集団は貴族が恐れるほどではないと考えられていた。
「それは・・・」
「待たれい、いつまで私を侮辱すれば気が済むのか?我が名はメッセール・トラヴェル・オラヘラシュ。全ての貴族の長であるベルンハルト・エルニコア・バル・アレス王の騎士だったものであり、第四王子エドヴァルド様の警護を任されている者である。そなたは一体何者か?」
メッセールはエドヴァルドのお守り役になるように命じられたまま、現在に至るがベルンハルトから暇を出された訳ではない。彼の従士達も誇りをもってメッセールを補佐している。
槍持ちが一人前に出てメッセールがいつでも槍を手に取れる位置まで近づいた。
従士達にも睨まれた伝令は、慌てて馬上から降りて自分の名を名乗った。
「わっわたくしは、バグラチオン家に仕える騎士ユーリ様の馬追頭でアフタンと申します!」
「従士ですらないのか・・・」
半放牧状態にしている馬を掴まえて主人の元に戻す事を生業としている者らしい。
戦時や馬術競技、馬上槍試合などに備えて替え馬を数多く用意しておく必要があるが、維持費がかかるので貧乏貴族は業者に管理をまとめて委託していることもある。
「もっ申し訳ございません!」
この国では貴族の定義が領地を所有するものなので、メッセールは貴族出身の騎士であっても現在は平民である。だが、武人階級と馬商人では身分が違うとされている。
アフタンは騎士の召使であり、それだけでは食っていけないので牧場経営や商売にも手を出している男だった。
「もういい、メッセール。僕は城に戻る。男爵とやらにはそっちが来いと伝えておけ」
エドヴァルドは庶民的な所があるので、メッセールほど気にはしていなかったが、こちらから訪問する気はなくさっさと馬首を返して走り出した。慌ててクレメッティ達がついていく。
「アフタン、聞いての通りだ。主人には事の経緯をしっかり報告しておけ。無礼討ちにされない事を感謝するがいい」
「ははぁ~」
◇◆◇
帰路でエドヴァルドはメッセールに話しかけた。
「あんな小者を使いに寄越すとは舐められたものだ」
「ええ、しかしこちらの動きは掴んでいたようです」
「確かに・・・」
メッセールの槍持ちに並んで小走りでついてくるディアマンティスが恐る恐る二人に話しかけた。
「あのう・・・よろしいでしょうか?」
が、声が小さすぎてすぐには二人は気付かず歯がゆく思ったクレメッティが大声で二人に話しかけてやった。
「殿下!よろしいでしょうか!ディアのやつが言いたい事があるそうです!!」
ん?とエドヴァルドが振り返って馬の歩みを遅くした。
「どうかしたか?」
注目されてディアマンティスは顔を赤くしてから意気こんで叫ぶように尋ねた。
「もし!本当に緊急で大事な用件だった場合どうなるのでしょうか!?」
「ふむ・・・どうするんだ?メッセール」
「臣下の教育がなっていない愚かな主人が責めを負う事になりますね」
「戻ったらイオラに男爵の事を聞いてみよう」
◇◆◇
城に帰還した後、クレメッティとディアマンティスは休憩していていいと言われて井戸水で汗を流してヴィデッタに入れて貰ったお茶で一息ついた。
「はぁ・・・疲れたね。戦場なんて初めてだよ」
後ろからついていっただけだが、ディアマンティスは疲れ切ってしまっていた。
「あんま甘ったれるなよ。俺らよりエドヴァルド様の方が若いんだからな」
「そうよ、ディア」
姉と友人に責められてディアマンティスはへこんでしまう。
「おいくつだったっけ?」
「10歳かそこらの筈だから、俺らより1,2才若いな」
「信じらんないよ・・・」
エドヴァルドには既に孤高の騎士のような雰囲気があった。
背丈も既に小姓達より高く、体つきも頑健である。
「まあ、魔力も全然残ってない俺らと違って王家の方だからな」
二人そろってディアマンティスを馬鹿にしても可哀そうなのでクレメッティはフォローを入れた。
しかし姉は手厳しい。
「魔力の有無なんて関係ある?あの方は幼くして責任ある立場で様々な経験を積んできたからこそ、皆を率いて戦えるのよ。公爵様だって私を助けてくれた時の戦いが初めての実戦だったのよ?」
ディアマンティスは恥じ入り、クレメッティは取りなすようにまたヴィデッタに話しかけた。
「そうだな。俺らももっと若様を助けられるようにならないとな。で、ヴィデッタさん」
「なに?」
「バグラチオン男爵ってどんな奴か知ってる?」
クレメッティは帰りの経緯を話した。
「ああ、あの男ね。ダリウス様にも反抗的でラリサへの街道を抑えていたせいで商人を通行止めにしたりして嫌がらせをしていたので、他の貴族もラリサに寄り付きずらかったわ。確かお隣のエッセネ人の男爵と仲が悪くてダリウス様にどちらの肩を持つのか迫っていたわね。そうか・・・貴方達はまだ儀式を終えてなかったから政治的な話に加えて貰えて無かったのね」
12歳になると大人の仲間入りとしてその地域の子供達が集められて夜に焚き木を囲んでそれぞれの家系の守護神から加護を授かる夜焚祭という祭があるのだが、ディアマンティスとクレメッティは昨今の騒乱のせいで神官から加護授与の儀式を受けていない。
「王都にもああいうお祭りはあるのかなあ・・・」
「きっとあるわよ。神官様も殺されてしまったし、二人の儀式は私がやってあげるわ。見様見真似だけれどね。だから、明日からはきちんと大人として振舞いなさい」
「はーい」




