第2話 ラリサの危機②
翌日になると城下町のあちこちで火の手が上がっていた。
賊は素通りした城下町の略奪を始めているのだ。
ヴィデッタ達は昨日から飲まず食わずでひもじい思いをしている。彼女達はまだ耐えられたが乳離れ出来ていない赤子のユリウスはもう限界だった。
むずがりはじめてしまい、賊がまた巡回に来た時に泣くと気付かれてしまう。
そしてまた城内で飢えている別の生き物がいた。
城内には小さな畑や家畜小屋もあり長期の籠城の備えもあったが、その家畜が餌を与えられず騒ぎ始めている。
”それ”が起きたのは一晩中外を監視していたイオラが眠りにつき、ダリアが外を見張っている時だった。賊は貯蔵庫から出した食料と酒で腹を満たし、後は金だとまたダリウスの妻に強いている。
「ババア!これが最後の警告だ。お前にはまだ娘と息子がいるってのは調べがついてるんだ。喋らないとガキ共を見つけ出してここの豚共に食わせるぞ!」
「そんな事をいわれても無い物は無いのよ!!本当なの。あげられるものなら何でもあげますからもう許して」
一晩中殴られ、弄ばされていた彼女は髪を強引に引っ張られて苦痛に泣きながら命乞いをした。
「あっちの真っ白な塔に開かない部屋が何ヵ所かある。そこなんだろ?おい」
「あの扉はまじないがかかっているから常人には開けられないのよ!!」
「お貴族様にしか反応しない扉かよ。じゃあ、お前が開けろ」
そして彼女を連れてその扉まで行ったが、彼女には開けられなかった。ダリウスでも開けられなかったし、彼女の家はもう土着の平民と変わらず魔力も無かった。
賊は彼女を役立たずと罵り塔から降りる途中に家畜小屋に投げ込んで殺害した。熊のように大きな豚達は新鮮な餌に群がって大きな咀嚼音を立てはじめた。転落死出来たならまだ彼女は苦しまなかっただろう。
ダリアが見たのは母が悲鳴を上げながら塔から投げられ、柔らかい豚の背に落ちる所だった。ダリアはやめてやめてと泣き叫びながら食べられていく母の姿を目の当たりにして悲鳴を上げた。
「おい!あそこだ!まだ生き残りがいるぞ!!」
ヴィデッタ達もとうとう見つかってしまった。
賊の下っ端たちが指示されてこちらにわらわらと向かってくる。
ダリアは蒼白な顔のまま胸を抑えて息を整え、ショックから立ち直ると、ヴィデッタ達に弟の事を頼んだ。
「御免なさい、みんな。私が引き付けるから皆は他の部屋に隠れて。イオラさん、ヴィデッタ、ユリウスのお母さん代わりになってあげて」
「ダリア様、何をおっしゃっておられるのですか?」
「見つかってしまった責任は私が取るわ」
ヴィデッタが止める暇も無くダリアは賊を引き付ける為に扉を開けて外に出てしまった。彼女は声を上げながらラリサの塔と塔を結ぶ空中回廊を逃げ続け、最後は母と同じような死に様を遂げた。
同盟市民連合出身の賊は貴族は皆、贅沢をして暮らしていると思い込んでいたが実際はそうではない。勿論そういう貴族もいるがエッセネ地方ではそんな暮らしを送れる貴族はそうそういない。
ダリウスのように王から代官として任されている者は尚更だった。
城だけは古代の物を受け継いで立派だが、生活は苦しい。王の直轄地なので資産らしい資産は持ち運ばれて王都にある。なまじ立派な城は維持費がかかるのだけのお荷物だった。
バルアレス王国の事情を知らない賊達は無い物を探し続けてダリアを一晩中苛んだ。
◇◆◇
ヴィデッタ達四人は隠れる場所を移した際にわずかな食料と水を得たが、もうこれ以上はラリサにいられなかった。本来何千、何万名も収容できる城に数百人しかおらず、賊に襲われた時は100人を切っていた。隠れる場所は多かったが、賊はなかなか諦めず近隣領主も応援に駆け付けてきてくれてはいない。
「行くわよ、みんな。このままじゃ誰もダリウス様達の身に起きた事を知らずに終わってしまう」
気丈なヴィデッタと違って少年達は勇気を失ってただ頷いて彼女について行った。最初は勝気だった少年達も大人たちが虐殺され、静かになっていく光景にすっかり意気消沈している。
ヴィデッタがユリウスを腕に抱いて先頭を行き、イオラが麺打ち棒を棍棒代わりに持って最後尾についた。ヴィデッタは隣の州の太守がいる方角、西へとラリサを抜けることにした。
壁の裂け目から慎重に外へ出た後、神獣に加護を祈りながら西の森へ走った。
しかし、この動きは塔に見張りを立てていた賊に気づかれた。
屋上から周辺一帯を賊は偵察していてもともと設置してあった鐘を激しく鳴らした。
「見つかった?」
「姉さん、クレメッティ!バラバラに逃げるんだ。誰か一人でも生き延びて助けを!」
「わかった!!」
気付かれた事を悟ってヴィデッタ達は散り散りになって逃げた。
ヴィデッタは追手をマクー鼠の巣に誘導して蹴落としてやったが多勢に無勢、悲鳴を聞いてさらに敵が増えてしまった。
再び逃げたが巨漢の男に追い詰められ足が木の根に絡んで転倒してしまった。
片手に抱えた赤子を庇い、再び立ち上がろうとした時にはもう周囲は取り囲まれていた。
「そいつがユリウスってガキだろ?渡して貰おうか」
「駄目!この子だけは許してください。なんでもしますから、お願いします。お願いします」
ヴィデッタは四つん這いになりお腹の下にユリウスを庇って賊に懇願した。
相手は10人近くで彼女にはとても勝ち目がない。
「お前じゃ代わりにならねえんだよ。扉を開けるには」
巨漢は何処で聞いたのか王族の遠縁にあたるナイアス家の血が必要だと言った。
ひょっとしたら捕まった誰かが白状してしまったのかもしれない。
ヴィデッタには実は財宝が隠してあるのかどうかはわからない。ただ、ナイアス家はもうユリウスしか残っていない、この子だけは殺させるわけにはいかない。
「ダリアちゃんの代わりにはなるかもしれないけどな」
「名前を?」
「勿論聞き出したぜ、色々とな」
他の賊は下卑た顔でヴィデッタに近づいてユリウスを庇って四つん這いになっている彼女に覆いかぶさった。ヴィデッタは髪の匂いを嗅がれ、頬を舐められてもじっとして耐え続けた。
「ほーれ、ほーれ、もっとしっかり抱きしめてないとがきんちょとっちまうぜ」
「駄目!絶対に駄目!!」
ヴィデッタの必死の抵抗を上の男がせせら笑う。
ヴィデッタは両足も使ってユリウスをがっしりと挟み庇い続けてると、急に黒雲が立ち込めはじめた。この地方恒例の雷雨が始まろうとしている。
「おい、お楽しみは城に戻ってからだ。もう行くぞ」
「しゃあねえなあ。ほーれ、持ちあげちゃうぞ」
ヴィデッタは姿勢が固まったまま持ちあげられて、ユリウスに手を伸ばされると暴れはじめた。
「こっのっ!アンタ達全員絶対殺してやる!アイラクーンディアの名にかけて皆の仇を討ってやる!!」
ヴィデッタの抵抗も虚しくユリウスは取り上げられ、彼女は両手を二人の男に捕まれて身動きできなくなった。
「出来もしねえ事はいうもんじゃねえぜ」
男は殴りつけようと握りこぶしを固めたその時、大気を裂く激しい雷鳴が轟き、その閃光の激しさに目を瞑った。再び目を開けた時、目の前に一つの白い閃光が走っていた。
◇◆◇
ヴィデッタが目を開けた時には、どこからか飛んできた棍が目の前の男に当たってコンっといい音がし、男は気絶して倒れた。
弾かれた棍は空中に舞い、それを何処かで見た事がある少年がパシンといい音を立てて掴んだ。
ヴィデッタを掴んでいた両隣の男は問う。
「何だお前は?」
「ここの領主だよ」
少年はこともなげに返す。
「はぁ?領主なら殺したぜ」
「ダリウスを殺したのか。じゃあ使い魔の見た通りなんだな」
「何言ってんだクソガキ」
賊の言葉で淡々としていた少年も少し怒りを感じたようだ。
「ガキじゃなくて領主だって言ってるだろ。僕がここの領主、エッセネ公爵エドヴァルドだ」
あぁ、とヴィデッタも思い出した。確か以前数日間滞在していた王家の少年だ。
ヴィデッタは紹介して貰える身分では無かったので面識は無いが、父母がいずれ正式な領主としてやってくると噂していた。
近隣貴族の誰も救援に来てくれなかったのに、王様は私達を見捨てなかったんだと感謝した。
ヴィデッタは王家に、この少年に忠誠を捧げる決心をした。




