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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第二章 母の愛(1427~1428)
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第17話 母の愛-ダルムント方伯家編➃-

 コンスタンツィアは考え事をしたままいつの間にか神殿を出てしまい、うっかり自分の馬を預けたままなのを忘れてしまっていた。

ふらふらと門前町の土産物屋を抜けて路地裏の酒場街に入り、その臭気で我に返った。

帝都は衛生面をかなり重視した都市設計で立小便は禁止されているが、酔っ払いにはなかなか通じない。内務省から自治体に移管された衛生管理局が委託した業者が定期的に清掃に来るが、市中のマナ濃度が低下している事を受けて魔術による水洗式から人力に切り替わり清掃が追い付いていなかった。


コンスタンツィアが道を戻ろうとすると、昼間から酔っぱらっている男達が絡んできた。


「へへ、別嬪べっぴんさんじゃねーか。貴族のお嬢様がこんなところでどうしたんだい?」

「道に迷ったのか?送ってやろうか?」

「そこで一杯くらい付き合えよ、な?いいだろ?」


目の前の三人以外にもそこら中の男達が好機の視線で見ていた。


「失せなさい下衆ゲス共。昼間から酔っぱらって情けないわね」


今のコンスタンツィアは普段より余裕が無く口調も荒かった。


「下衆だとぅ?俺ぁ、朝まで港で働いてたんだ。昼間飲まずにいつ飲めってんだよ、世間知らずのお嬢様が」


怒った巨漢がコンスタンツィアに向かって手を伸ばす。

コンスタンツィアは一歩下がってそれをかわし警告した。


「わたくしに指一本でも触れたら、自分の反吐で溺死させるわよ」


コンスタンツィアは自分にというより、母の形見のドレスに触れられたくなかった。方伯家の女性が手直しをしながら受け継いできた大事なドレスだ。

一着を巡礼中に失っているので、これ以上失っては先祖に申し訳が立たない。


「やってみろや、オラァ!」と吠える男をなだめながら一人は片手をコンスタンツィアに向かって伸ばした。


「仲直りに上で一杯やろうや、終わったら行きたい所に行かせてやるからよ」

「警告したわよ」


コンスタンツィアは腰のポーチの蓋を開けて中のモノに心の中で指示を飛ばした。


<<自動防御開始、敵性生物排除>>


その指示によって浮遊して出てきた手のひらサイズの球体が、男の顎を打って昏倒させた。


「ゼラシュ!」


巨漢が倒れた男の名を呼んだが、意識が無い。


 球体は貴族女性用の護身道具だった。固い瘤付きの尾を持つ岩竜の体から取ったものでコンスタンツィアの魔石が内部にはめ込んである。

今のはコンスタンツィアが多少操作したが、魔石はコンスタンツィアの血から取られたもので、それが核となり明確な指示がなくともコンスタンツィアの意識に従って半自動的に防衛行動を取る。


「なんだ、これ?」


三人組の一人、細身の男がそれをひょいと軽く掴んでしまった。

その男はもともと親切な事を言っていたのでコンスタンツィアの意識も敵性生物とは判定していなかった。その為、こういう事も起きる。


「よーし、そのまま掴んどけ。油断したこの馬鹿の分も楽しんでやるぜ」


警備用のものだろうか、巨漢は腰から短い棍棒を取ってコンスタンツィアに再度向かった。


「水夫なら雌山羊とでも遊んでなさい」


コンスタンツィアは別の魔術装具を起動する。


<<一番、二番起動>>


ドレスの肩を飾っていた装飾品が外れて、彼女の腹を狙っていた棍棒を防いだ。

普段はただの布だが、魔力が通ると硬質化する魔術装具だ。


「女のお腹を狙うなんて最低のクズね」


難なく防いだコンスタンツィアは冷やかに言い放つ。


「なら、そのお綺麗な顔を潰してやらぁ!」


巨漢が何度棍棒を振るってもヒュンヒュンと魔術装具が回転してそれを防いだ。


<<三番起動>>


コンスタンツィアはもう一つ外して、それで傍観していた男の腕を叩き、護身用の球体を取り戻した。そして球体で巨漢の男の顔を狙ったが、一撃では気絶させられなかった。


「こんなもんが利くか!」


巨漢が吠える。

市中で無用に魔術を使う事を禁止されているので、コンスタンツィアは護身用の魔術装具しか使っていないが、その気になれば地面から石の槍を作って目の前の男を串刺しにする事は出来た。

しかし、まだそこまでするほどではないと護身具のみを使用して手加減している。


「では、これならどうかしら」


<<四番から十二番起動>>


コンスタンツィアは出し惜しみせず、残り全ての魔術装具を起動した。


「げ」


さしもの巨漢も目を見開く。

護身用の魔術装具なので一撃一撃は軽いが、十二本全てで滅多打ちにされるとさすがに巨漢も意識が遠くなった。トドメとばかりにコンスタンツィアは全部まとめて腹部に突撃させた。戦槌で腹に一撃食らわされたような威力に男は反吐を吐いた。が、まだ辛うじて意識があり、ぐらっとした所を膝を掴んで踏ん張り、持ちこたえた。


頑丈タフね」


コンスタンツィアも呆れる。

空中浮遊式の魔術装具は魔力の消費が激しいので長時間は維持できない。魔石が空になると周囲のマナを使わざるを得ない。

正当防衛であれば魔術を使用するのも仕方ないか、つまり『殺す』とコンスタンツィアも決意を固め始めた。


「えい」


そこに後ろからボカリと後頭部を叩いた少女がいる。

巨漢はその一撃がトドメとなって昏倒し、自分の反吐の海に倒れ込んだ。


「あら、ノエムじゃない。こんなところでどうしたの?」

「『あら、ノエムじゃない』、じゃありませんよ、コニー様!!遺品整理のお手伝いしようと思ったら大神殿に行ったって聞いたので追いかけてきたのに何でこんなところにいるんですか!」


ノエムはエイレーネにもう帰った筈だと聞いたが、馬小屋にコンスタンツィアの愛馬グラーネを見かけたので不審に思い聞き込みをしながら探していたのだった。


「そう、心配かけたわね。わたくし銀行に寄りたいの」


話している最中に、男が息を吹き返して頭を上げたのでコンスタンツィアは踏んづけてまた押し戻す。


「うわ、ばっちい。それより銀行はこっちじゃありませんよ。そんな方向音痴だから三年もフラフラする事になるんですよ」


言っている内容はキツいが、コンスタンツィアを心配してここまで来てくれたのでコンスタンツィアは素直に謝った。


「心配かけて御免なさいね。じゃあ、行きましょうか」


コンスタンツィアはすたすたと歩き始める。一人にしておけないのでノエムも慌てて付いていく。


「私も銀行に行くんです?まあいいですけど、この男達はどうします?」


三人組のうち一人は貴族に喧嘩を売った集団の一人と言われるのが嫌で、逃げ出してしまった。残る二人は気絶している。

コンスタンツィアが周囲を見渡すと近隣の店から眺めていた男達はさっと顔を伏せたり戸を閉めて無関係を装った。


「どうでもいいわ」

「いや、あれ放っておくと死にそうですけど・・・」


自分の反吐の中で泡を吹いている男は危険な状態だった。

ノエムは振り返って指摘したが、コンスタンツィアは振り返らなかった。


「仲間が助けるでしょ。わたくしが何かいったらどうせ死刑だわ」


助け起こす腕力もないし、身分を明かして誰かに頼んでも経緯からして死刑になる。帝国の法治は概ね公正だが、厳しい身分制社会ではある。

選帝侯の娘に暴力を振るった事がわかれば殺人未遂として扱われて、死刑は確定だ。


「それもそうですね」


 ◇◆◇


 コンスタンツィアは愛馬グラーネに乗ってノエムと共に銀行へ向かった。

道中、世間話をする。


「ノエムも今年マグナウラ院に入学するのよね?」

「ええ、コンスタンツィア様のおかげです。うちは父が平民ですから普通なら駄目でした」


各国の王族が留学してくるマグナウラ院は高位貴族が多く、その厳しい入学条件もダルムント方伯が理事である為、コンスタンツィアの友人である事を考慮して入学許可が降りたようだ。帝国各地に貴族向けの学院はあるが、マグナウラ院は人気が高く学力が十分でも弾かれる事も多い。

皇家でもお供は一人だけ、各国の王族子弟はお供を連れて入学する事も許されない。

学内で派閥を作られて暴力事件でも起こされると国際問題になるのであくまでも貴族個人個人ごとに審査を行っている。


「ところで何かありました?グラーネを忘れちゃうなんて珍しい」

「まぁ、ちょっとね」


自分が厳格な祖父の孫娘ではなく、娘だったと遺言で知らされた彼女には未だに現実味がなく感じられていた。


 実は祖父ではなく父だったらしい当主クリストホフは毎朝五時に起きて身を清め、衣服と髭を整えてから館の見回りをして、六時には礼拝堂に一時間(こも)る。

七時に家族と朝食を取り、八時には政務を開始する。


領地から送られてくる報告書を手に取り、政務官や財務官に気になった事を問う。

裁判への出席依頼があれば法務官に詳細を説明させて執事と予定を調整する。帝国議会が開かれている時はさらに議会で審議される法案についても検討する。

十二時になると乗馬や剣の鍛錬を行い、十三時に昼食を取る。午後からは上申に来た者達と面会を行い、領民や家臣の貴族からの陳情を聞く。夕方になると領内の視察や帝都滞在中は街中を見回り、庶民の暮らしを確認する。

帰宅するとまた礼拝堂に籠り、十八時には聖堂騎士団総長や家臣、来客と食事を取り雑談をする。


大抵の貴族は午前中は政務を取るが、午後は大体友人と遊んで暮らしている者が多く政務も家臣に丸投げしている。


コンスタンツィアもクリストホフから厳しい自己管理を強いられてきた。

五歳の時から朝五時に起きて家庭教師にさまざまな教育を施されてきている。

次々と課題をこなして、独学でさらに学問の幅を広げていく彼女に教師達は焦って男の子の養子を取る必要はないといっていたものだ。


あの厳めしい顔をして母を抱いていたのか、頼りない『父』ニコラウスは本当に何もいわなかったのか。


「『ちょっと』どころではなく深刻そうですね」


ノエムはコンスタンツィアを見上げてそう言った。また物思いにふけっていたのだ。


「御免なさい。今日は傍にいてくれると嬉しいわ」


コンスタンツィアはぼんやりとあまりこれからの生活に影響はないかな・・・と考え始めていた。母の遺言の一枚目にあった通り知らなければ知らないで問題なかった。既にニコラウスは再婚して息子がいる。弟なのか甥なのかは疑わしいが、嫡男が出来て方伯家は一安心している。コンスタンツィアのマグナウラ院への入学許可も降りているし、クリストホフからは好きにしろとも言われている。


「銀行へのお供くらいは構わないですけど、わたし、ヴァニーちゃんの所にもいく予定だったんですよね。寝込んでるっていうし」

「ああ、ヴァネッサはまだ寝込んでいるのだったわね・・・。そうね会いに行かなきゃね」

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2022/2/1
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