第16話 母の愛-ダルムント方伯家編③-
「帝都で無用に魔術を使ってはいけませんよ。コンスタンツィア様」
保管庫の外で待っていたエイレーネは開口一番にそういった。
母の手紙にショックを受けていたコンスタンツィアは少し反応が遅れた。
「・・・え、ああ。申し訳ありません。・・・エイレーネ様は魔術の発動の気配がわかるのですね」
祭祀長は儀典の責任者で必ずしも貴族とは限らないのだが、帝国祭祀界の頂点に立つ彼女はさすがに例外のようだ。
「これでも皇家の当主でしたからね」
「ああ、なるほ・・・ど?」
コンスタンツィアは耳を疑った。皇家の当主?誰が?
「母君からの手紙に何か驚く事があったのかもしれませんが、ここで魔術を使う事はお控えください。万が一他の文書に燃え移ってしまってはわたくしだけでなく他の者達も責任を問われるでしょう」
「あ、はい。済みません。・・・それよりご当主だったのですか?どちらの?これまでの態度に非礼な点が無ければ良かったのですけれど」
「非礼などありませんでしたよ。見事な淑女ぶりでした」
エイレーネは質問に答えず微笑んだ。
コンスタンツィアはあまりに吃驚したので母の手紙の事も一時忘れてしまった。
あれは母の妄想ではなかったかとすら思える。
「さ、階段を上がりましょう。小さな子供には厳しい距離ですが、長い間遭難して東方大陸を彷徨っていた貴女ならまだ平気でしょう?」
「え、あ、はい。・・・その、階段を上がる前にお聞きしたいのですが、本当にご当主なのですか、申し訳ありませんが二十八家でお聞きした覚えがなくて・・・」
選帝選挙に出てくる有力皇家は三十あまりあるが、他にも皇帝を輩出した帝国貴族の名家はある。時折選挙前に皇帝が亡くなってしまう事もあり、帝国騎士や近衛騎士が臨時皇帝となって適当な皇家から妃を貰う事もあるので増える一方だった。
皇室会議は選帝される資格のある皇家を現在は絞り込んで二十八としている。
「コンスタンツィア様がご存じないのも仕方ありませんね。百年以上前に滅びましたから」
「・・・つまり、エイレーネ様は百歳以上なのですか?どうみてもまだ五十歳から六十歳くらいにしか見えませんが」
下手をしたらもう少し若いかもしれない、というくらいエイレーネは肌に艶もあった。
「さして珍しくも無いでしょう。魔術師なら100歳越えの知人も数人おります」
「ではエイレーネ様も何か延命の魔術を使っておられるのですか?」
女性としては若さ、美貌を出来るだけ長く維持したい。コンスタンツィアも多少興味はあった。
「いいえ、そうした魔術は駆使しておりません」
「では、何故?神のご加護なのでしょうか」
死神ともいわれるアイラには永遠の美の女神という別名もあり、女性の信徒も多い。だが、エイレーネは契約の神に仕えている筈だ。まあ複数の神を尊ぶ人もいるのでおかしくはない。
「ご加護、というより罰か呪いかもしれませんね」
「罰、ですか?その・・・申し訳ありませんが、何かと気にかかる言葉をお使いになられるのでどうしても失礼ながら深く聞いてしまいたくなります」
根ほり葉ほり聞くのは失礼と思いつつも、エイレーネの方から気になる言葉を使ってくるので仕方ないとコンスタンツィアは思った。
「わたくしは、先ほどお話したようにとある皇家の出でしたが、選挙の際に政敵に捕らえられて拷問を受け、夫や子供を見捨てたのにも関わらず自分の番になると心が挫けて選挙を途中で放棄しました。まぁ、選帝選挙ではさほど珍しくもない話です」
エイレーネの家は領地を没収され、彼女は祭祀長として政治に関わらない事をアウラに誓わされて生き延びた。
「そんな・・・選帝侯達に訴えなかったのですか?」
「訴えないと神に誓ったのです」
エイレーネは選挙を放棄し二度と政治に関わらない事を神に誓わされ、代わりに政敵に家族の解放を要求したがそれは果たされなかった。
「アウラをお恨みしなかったのですか?」
「何故です?アウラには助けを求めて誓った訳ではありません。わたくしが勝手に自分の都合で誓っただけです。神に代償を求めた訳ではありません」
コンスタンツィアには復讐を求めない心情を理解出来なかったが、既に百年以上経っているならば彼女ももはや達観しているのだろうと尊重した。
◇◆◇
「さ、登りましょうか。そろそろ貴女も落ち着いたでしょう」
「いつもあんな話を?」
それでは政治に関わらないと誓った事に違反しそうな気もする。
『政敵』の皇家については話さなかったから、神への誓約には違反していないのだろうか。
「まさか。同じ女の誼です。こんな所で魔術を使うような状態で表に出ては危ないですからね」
どうやらエイレーネはコンスタンツィアの気を紛らわす為にわざと話を振ったようだ。コンスタンツィアは階段を上りながらエイレーネにさらに質問をした。
「エイレーネ様は社会に何か望む事はありませんか?」
エイレーネが皇室会議からも助けを得られなかったのは女性の皇帝を望まない因習のせいだとコンスタンツィアは踏んだ。
「わたくしが?女祭祀長として人々に敬われ、大勢に信頼されて、有難いと思っています。こう見えてももうお婆さんなのですよ?世間がどうなるのか見守りたいとは思っても変えたいとは思いません。・・・そういう意味ではイザスネストアスと同じ心境になったのかもしれませんね」
最後の方は小声で自問するようだったのでコンスタンツィアには聞こえなかった。
コンスタンツィアは選ばなければならない。
母の手紙の一枚目にあったように、何も読まなかった事にして何処か遠い国へ嫁ぎ、家から逃げるか。母の手紙の内容が本当か調べるか。或いは・・・。




