第11話 母の愛-バルアレス王国編②-
その頃のエドヴァルドはアイラクリオ公がいうように街に遊びに出ていた訳ではない。が、表向きは使用人の子や出入りの商人の子供らと遊びまわっている事にしていた。
エドヴァルドの遊び相手だった同年齢の子供達も親の仕事を手伝い働くようになっている。幾人かは下町の再開発で何処かに追いやられてしまった。再開発事業は途中で資金不足により止まってしまって以前より街中は却って混沌としている。
エドヴァルドは昔の伝手を使って貧民街に入り込んでいた。
目的はギュスターヴの息子ハーティスを取り囲んだ貧民を抑えた男に会う為だ。その男は貧民街の顔役の用心棒を務めており、かつての友人達に頼んでどうにか会える手筈が整った。
「お前・・・トワージじゃないか。どうしてこんな所に」
レヴァンとヴァフタンの死亡事件で調査に当たった騎士の一人。
以前、タルヴォに揶揄われて蛮族と戦い死んだ騎士達の仲間である。
「まさか本当に王子がいらっしゃるとはね。自分の身に危険が及ぶとは考えなかったのですか。あんな事があったのに」
「相手がただの貧民なら自分の身くらいは守れる。馬鹿にするな」
「ほう?」
試しにトワージは投げナイフを放ったが、エドヴァルドは驚きもせずそれを愛用の棍で払った。ラリサから持ち出して来て以来手になじんですっかり気に入っている。
「なるほど。確かに腕は立つようだ、シセルギーテが仕込んだだけの事はある」
皆にそういわれるのでエドヴァルドはげんなりする。
馬鹿力のシセルギーテを凌ぐ為に暗器を訓練してみたり、小手先の技を使ってみたがシセルギーテにはどれも通じなかった。真面目に修行をしろと拳骨までされた。
こうして役に立ったので意表をついたり工夫をする訓練は無駄では無かったが、師匠に勝つ目的はまだ果たされていない。
「では、お前に話を聞きたい」
以前と違ってもう小さな子供ではないと納得して貰った所で来訪目的を話そうとしたが、トワージはまだ遮った。
「お前、お前と失礼ですよ。私は貴方に敬意を払っているというのに。それが年長者への態度ですか」
「む・・・」
確かに自分も無礼なハーティスに怒ったので考え込むエドヴァルドだった。
しかし相手は家臣の家臣で、騎士を解任された男、今はただの平民だ。
「うむむ。では改めて卿に話を聞きたい」
「なんでしょうか」
貧民街のあばら家で無精ひげを生やした風体の悪い男は眼光鋭く問い返した。
「ハーティスを襲った難民達を卿が抑えてくれたと聞いた。それは事実か?」
「ええ、彼が死んでも事故で済まされたでしょうからね。難民達を数人適当に処刑してカタがついていたでしょう。それでは私の望みは果たされない」
「望み?」
エドヴァルドは鸚鵡返しに問うた。
「ご存じでしょう?私が双子の事故死という結論に異議を唱えてアハルツィ公に調査団を解任されたのは」
「いや、知らない」
いわくありげに言ったのにあっさり返されてトワージは話の腰を折られてしまった。トワージは調査団を解任され、そもそも双子を守らなかった事から騎士の位も剥奪された。
処刑された小姓よりはマシだが重い罰だった。
「ま、まあいいでしょう。そういう事もあると思っていました。特に王子の場合は周囲も口封じされていたでしょうしね」
「で、異議って?」
本題とは関係無かったが、エドヴァルドは興味を引かれて聞いてみた。
そろそろ大人に近づいて来たのでかしこまった口調で話そうとしていたが、段々また子供らしくなっていく。
「レヴァン王子は首に重傷を負って手当しても助からない見込みでしたが、ヴァフタン王子はしばらくはもちそうでした」
「らしいね」
「あの時、ヴァフタン王子の方の治療に当たった医師が救護所で一人の時がありました。皆激しく血を流していたレヴァン王子の方に気を取られていたからです。ヴァフタン王子の死因は自分の血が喉に詰まっていた事によるものです」
「確かなの?血が詰まるものなの?」
エドヴァルドは首を傾げた。
「血を凝固させる働きのある蛇毒を飲まされていました。ヴァフタン王子は落馬の際に内臓を傷つけ、木片が刺さった状態でしたがかろうじて致命傷は免れていました。医師は蛇に噛まれた事にするつもりだったのか、折よく血を吐いていたのでそれを詰まらせてしまえと思ったのかはわかりません」
「その医師はどうしたんだ?」
「東方職工会の雇われ医師で直ぐに国を出ました」
トワージは調査団長のアハルツィ公にそれを告げたが黙殺され、宮廷魔術師にも無視された。唯一アステリオンは再調査してくれようとしたが、他の魔術師は蛇毒による血の凝固で喉が詰まって死んだという判断は否定した。王に直訴しようとしが小姓達への罰が与えられた時に王の怒りのとばっちりを受けて追放されてしまったという。
「卿の同僚や他の検死官は?」
「皆にも否定されました。傷ついた内臓が致命傷だったと判断していました。結局誰も上申しなかったようですね」
話を聞く限り特に証拠はないようだったがトワージは暗殺だと確信している。
他の検死官はレヴァン同様に喉からの出血、内臓破裂が死因だと断定した。遺体の解剖は行われず調査団の見解を王は信じた。
「じゃあ、トワージの望みというのは・・・」
「そう、ハーティス王子に死なれてしまってはギュスターヴ殿下の第二夫人、つまりアハルツィ公家の娘が男子を産んだ時、継承順位が昇格する事になります。それでは困ります。レヴァン王子とヴァフタン王子の無念を晴らす為にはギュスターヴ殿下の息子同士で将来殺し合って貰わなくてはね」
エドヴァルドは唖然とする、完全に彼の事を誤解していた。
正義感から幼いハーティス王子を助けたのだと考えていた。
しかし、違った。
彼は自分の主張が聞き入れられずに主君から追放された事を恨み、将来意趣返しの手駒とする為にハーティスを生かしたのだった。
「まさかチャンテクレール夫人が途中で引き返したのは・・・」
「危険地域に放り込んで素知らぬフリを決め込む為でしょう。難民達の中に煽動者を紛れ込ませて」
感染しないよう離宮のスーリヤから引き離されたエドヴァルドには最近、陰謀論を吹き込む者が増えて来た。シセルギーテに相談したが、関わり合いにならないよう忠告されている。
これまでのトワージの発言の中に証拠を伴う物は何一つない。
トワージの推論だとアハルツィ公は自分の血を引く子供を嫡流とすべくハーティスを貧民街で謀殺しようとしてチャンテクレール夫人を使い貧民街まで誘導したと考えていた。
「トワージは毒に詳しいのなら、僕の母上の病が毒によるものかどうか調べられないか?」
「業病と噂が流れていますが」
「納得できるもんか!母上に何の業があるっていうんだ!前に宮廷でギュスターヴ兄上の一派らの茶会があった時、暑気払いの健康茶だと勧められた事がある。あんまり嫌な匂いがするので嫌がったんだけど、チャンテクレールがさんざん嫌味を言ってきたんだ。カトリーナがせっかく取り寄せて、兄上が勧めて下さったのに断るなんてヴァルカの一族は好き嫌いが激しくて贅沢だと。そしたら母上が僕の代わりにその茶を飲んだ」
「それ以来具合が悪くなったと?」
エドヴァルドは頷いた。
最初のうちはいつもの嫌味で母を虐めているだけだと思っていた。
実際スーリヤの体調が悪くなったはそれからしばらく経ってからのこと。
双子の仇を討とうと多くの人間がエドヴァルドに囁いてくるので彼も陰謀論に染まって頭がおかしくなってしまったのかもしれないと考えた事もある。
だが、もうどうせ失う者などないのだから裏社会の人間に伝手を取ってでもなんとかしようと冒険に出た。
「双子をまんまと排除して調子に乗り、残るエドヴァルド殿下が邪魔になったという事は十分考えられますね」
トワージは頷いたが、エドヴァルドの良心はそれに乗るにはまだ潔癖な所が残っていた。思い余って自分の罪を告白してしまう。
「・・・トワージ。僕はヴァフタン兄上の遺体を見せて貰えなかったから真相は分からないけれど、暗殺するのは皆がいうように難しいと思う。二人が争う事になるって知っていたのは僕だけなんだから」
「なんですと?」
「兄上達が殺し合うようにけしかけたのは僕なんだ・・・」




