第28話 最古の王国の妖精王子➃
「いやー、許して貰えて良かったね。フィリップ」
「ん」
形だけ許してくれたというわけではなく、どうやらコンスタンツィア嬢は本当にフィリップの事を許してくれたようだ。
エリンの猫も受け取って貰えて、同行はさせられないので先に本国に送付されて行った。
「次に通る巡礼者の為に無償で道を直して回るだなんてちょっと帝国人を見直しました」
侍女らも感心している。
「まあレクサンデリ殿みたいなのもいるけどね」
海賊保険だの生命保険だの、フランデアン国内に銀行の支店を建てたいだのいろいろ売り込んできた。金利はずいぶん高い。フランデアン王家は鉄鎖銀行と取引があるのでアルビッツィとは取引出来ない事になっているらしくフィリップに話されても困るので断った。
彼はどんな人なのかフィリップ達は昼の食事休憩の時、コンスタンツィアに尋ねてみた。
「レクサンデリ?アルビッツィ家の長男よ。あの一門だけで帝国の資産長者番付の中でも上位100名の内30人は占めるわね。10代のうちに働きに出されて自力で一定額を稼がないと帰るのを許されないらしいわ」
「なるほど、それで売り込みを」
「ええ、家に戻って10代のうちにマグナウラ院に入学出来ないと皇家の継承者になれないから失敗したらそこで終わりね」
侍女らはひそひそと皇家のひとも大変なんですねえと感心している。だいぶ帝国人への評価が変わったらしい。妖精の森に閉じこもっているとどうしても帝国人への評価が辛くなる。
横暴で、傲慢で、尊大で、世界中の人類を従えて貢納を課して横柄に従属国の人間を使用人か何かと思っているのだと。
「じゃあ寄り道や失敗して借金なんかしてる暇ありませんね」
「彼の場合はもう十分に稼ぎ終えたらしいわ。1000万エイクとか言っていたかしら」
その額を聞いて皆一斉に目を瞠る。
「そこらの中小国の国家予算より大きいじゃないですか!」
「そうね。元手は1万エイクだったらしいけど、大したものだわ。どう?ヴィターシャ、自分が男だったらそれくらい稼げる自信ある?」
コンスタンツィア嬢はお供の女性の一人に尋ねている。金髪でそこそこの美少女だが、近くにもっと派手に輝く女性がいるので目立っていない。
「ちょっと難しいですね。大陸のあちこちで本が売れているベルベットさんでも無理じゃないでしょうか」
知人の名前が出て来たのでフィリップとセイラは目を合わせた。フランデアンの元諜報員で今も個人的にフランデアン王に情報を流してくれている人物だ。
面識があるのかと聞いてみたい所だが、うっかり元諜報員だとばれるとややこしくなるので二人は目くばせをして黙っている事にした。
セイラはベルベットの事はさておいてヴィターシャに興味が湧いてひとつ尋ねてみる。
「彼女はもしかして家を出て自立を志しているのですか?」
「ええ、そうよ。東方の人は親に従うのを最優先すべき美徳と考えているそうですけれど、彼女を不道徳な親不孝者とは考えないでくださると嬉しいわ」
「ご心配なく、母もずいぶん親に逆らっていたそうですから。おかげでフランデアン王の従兄と結婚して我が家がいま存続出来ているわけですけれども」
セイラはフィリップを待っている間にコンスタンツィアと大分親しくなったらしく、将来はマグナウラ院でまた会おうと約束していた。各国の王の子弟らは優先的に入学できる為、年代も近い彼女達は学年は違えどもまた会える可能性は高い。
フィリップは近隣三国を巡る旅に一ヶ月ほど同行するがその後どうするのか尋ねてみた。フランデアンの南東にあるガヌ人民共和国は例外的に独立を許されているが王制に反対している巨大な国家で、帝国にとってもフランデアンにとっても危険な国だ。
「大丈夫、そちらには寄らないわ。リーアンから戻ったらいったんまたヴェッカーハーフェンに戻って、メルニア国、アルシア国に寄ってヴェッターハーンからラール海を通って外海に出るの。外海の沿岸部の国を訪問しながらディシアに行って今度は陸路でまたフランデアンまで戻って来るわ」
「なるほど。ではその時は我が家で歓待致しましょう」
「妖精宮に招いて下さるのなら、喜んで招待に応じますけれどフランデアン王の居城は遠慮させて頂きます。あまり権力者と親しくするわけにはいかないの。あなた方はまだ子供だからいいのですけれど、いちおう巡礼の旅ですからね」
巡礼の旅と言っても過去の征服期に帝国軍が通って来た道を辿っている。
帝国が征服した土地に神殿を建てたり奇跡があったとかで聖地になっているのだ。
「そうですか、どんな旅だったか。東方にどんな印象を持ったかお聞きしたかったのですが残念です」
「旅から戻ったらマグナウラ院に入りますから、その時セイラさんも交えてお話しましょう」
コンスタンツィアは優しくフィリップに微笑んだ。完全に暴言の事は忘れてやんちゃな子供を見る目だ。見た目が小さいので仕方ないと諦めてフィリップは食後のお茶を侍女達に頼んだ。
「そういえば、レクサンデリ殿は自分で獲得した財産から入学費用を払うそうですが、どうやってあんなに稼いだんでしょうね」
「『恐怖』だって言ってたわ」
「恐怖・・・ですか?」
フィリップには恐怖と商売がどう結びつくのか直ぐにはわからなかった。
「そう、恐怖。盗人に財産を奪われるかもしれない恐怖。死んだ後、子供に財産を残せないかもしれない恐怖。より優れた武器、優れた商品、追い抜かされるかもしれない恐怖心を巧みについて売り込むんですって。人は皆恐怖に支配されているっていってたわ」
「人はもっと勇敢だと思いますけど、父のように」
「そうかしら。わたくしはなるほどと思ったけれど。失いたくないものが出来たら恐怖を理解出来るかもしれないわ」
コンスタンツィアには何か失いたくないものでもあるのだろうか、と聞こうとしたがあまり長く話していたので聖堂騎士の一人がそろそろ出発を、促してきた。
「コンスタンツィア様、フォル・サベルとアル・ダラスは巡礼の道から外れる事になりますので道案内が必要です。その後は嘆きの谷に向かうということで宜しかったですね」
「ええ、構わないわ。どこかで献花するのに必要なお花でも買いましょう」
しばらく治安がよくない地域を旅する事になるので護衛も緊張している。
随行員も現地に行った事があるのは騎士のヴェイルだけだった。
「花をわざわざ買うんです?たくさん道路脇に生えてるのに」
ナリンがきょとんとしている。フードを被ったゲルドも表情は不明だが、首を傾けているのが分かる。
「貴女達、ちょっとちょっと・・・」
セイラが口を挟まないよう忠告しようとするもコンスタンツィアが制した。
「いいのよ、セイラさん。貧しい人から物を買うのも貴族の勤めなのよ、お嬢さん達」
「でしたら直接お金を譲って差し上げたら?」
「施しをするより、仕事に対して対価を払いたいの。土地の物価や、お勧めされる花の種類、曰くなども聞けて楽しいわ」
「へー」
ナリンは普段はそれなりに礼儀を守る事も出来るのだが、相手が別にいいと言うと途端に緩くなる。
「あの馬鹿、調子に乗って・・・あとで叱っとこう」
「ほどほどにね」
フランツが宥める。
日常生活を支えてくれる女達のネットワークは広く、下らない事で根に持たれたくない。フィリップやフランツは後で注意すればいいかというくらいだったのだが、コンスタンツィアのお供、赤髪のヴァネッサ嬢は許さなかった。
「ちょっと貴女ね。先ほどから態度がおかしいでしょう。こちらが何処の何方なのか本当にわかってらっしゃるの?フィリップ殿下みたいな王侯貴族ならまだしも、先日もたかが使用人風情が・・・」
苦労人フランツはあちゃーという顔をしている。この話はお互い蒸し返したくなかった筈だ。
「王侯貴族ならいいんですか?」
「え?ええ、まあ。いちおう宮中序列では選帝侯の次に各国の王、そして帝国貴族となっていますから」
皇帝の大宮殿内の序列であって、他国では通用しないのだが混ぜっ返すタイミングではないのでフランツは黙る。
「じゃあわたし、王女様」
「あのですね。名乗ったからといってそれで『お姫様』になれるわけじゃないんですよ」
「わたしスパーニア王の娘」
「へ?」
スパーニアは既に滅亡しているので王などいない。ヴァネッサは何を言っているのかと戸惑った。
「ととさまがエロスに導かれてハハに手を出したの。で、産まれたのがわたし。だからわたし貴女より偉い」
「え?え?」
混乱するヴァネッサをおいておいて興味深そうにコンスタンツィアが口を出した。
「たしかスパーニアの王妃は落城した時に暴徒に子供と一緒に惨殺されたと聞いたけれど、実は生きてフランデアンに保護されていたの?」
「んにゃ。ハハは侍女」
「庶子じゃない!」
ヴァネッサが憤る。
「庶子でもちゃんと認知されてととさまに大事にされてお姫様待遇受けてたもーん」
「あらまあ、そんな子が敵国のフランデアンに保護されていたなんて知らなかったわ」
コンスタンツィアが大変だったのね、とナリンの頭を撫でている。
しかしその目は笑っていないし、さほど同情している感じでもない。何かしら考えている。
ここでフィリップは口出しをする必要を感じた。
「コンスタンツィア殿、念のためにもうしあげておくがスパーニア王の係累を保護している事は帝国政府も知っている。将来、彼女を立ててスパーニア再建を目指しているわけではない」
スパーニアは東方圏の超大国だった。
それが再建されてフランデアンの影響下に入るとフランデアンの力は帝国最強のアル・アシオン辺境伯を超える事になる。
「そう?」
コンスタンツィアの思考を先回りしたつもりだったが、向こうは既にそこまで考えが及んでいて信じていないらしい。それが態度に表れている。あまり皆に注目されるのでコンスタンツィアはぱっと扇を広げて表情を隠した。
「本当だ。父に協力していたイザスネストアス老師も報告書を出しているし、帝国法務省も監察隊がスパーニアの都で先に証拠固めをしていたから知らぬ筈がない」
「イザスネストアス?あの偽装魔術部門を監督していた評議員の?」
「ご存じか?そうだ。ナリンの母はもともと父の侍女だった。戦争中に連れ去られたがスパーニア王に出会い、彼と恋に落ちたそうだ」
「まあ、それで引き裂かれてしまったの?お伽噺みたいな悲恋ね」
ナリンの母もよく似た性格なので彼女が悲恋をしたようにはどうしても思えないが、字面にするとコンスタンツィアのいう通りになる。




