第27話 ヴァネッサ・フィー・ベルチオ
コンスタンツィアの同行者ヴァネッサは旅に出る前に父親から言い含められた事がある。
「コンスタンツィア嬢に従ってお前も巡礼に同行しろ」
「えぇ?嫌ですよう。いつになったら帰れるかわからないですし。野蛮で文明の遅れた不潔な国への巡礼なんか」
上下水道が完備され大きな建物には水力式自動昇降機もある快適な帝都から離れたくない。貴族の中には何故か週末のキャンプを楽しむグループがいるがヴァネッサには理解できない。
「行け。行けばお前が将来誰と結婚しようが援助してやるし、好きな道を選んでいい。家名を傷つけるような真似さえしなければな」
「巡礼中にカーマやカーラの信徒になっても、ですか?」
「構わん。我が家とは無関係ということになって貰うが、一生困らないくらい十分な資金援助はしてやる」
例えばで聞いてみたのだが、邪神扱いされているような神の下僕となってもいいらしい。
「どうしてそこまで?」
「お前が知る必要はない。出来るだけ・・・少なくとも一年は戻って来るな」
ヴァネッサは一年我慢すれば一生遊んで暮らせる、そして自由に恋愛して人生を謳歌出来るという餌に釣られてコンスタンツィアに同行した。
「コンスタンツィア様が帰りたいとおっしゃったら?」
「引き留めろ、手段は任せる」
「何かあったらご機嫌を損ねませんか。方伯の。長旅では危険な目にあったり病気になるかも」
「それは心配ない。本当に彼女が方伯家の長女かわからんからな」
「どういうことですか?」
「彼女の父、ニコラウスとは若い頃随分遊んで回ったが・・・。いや、お前には関係無い。使命を果たせ」
父の口はそれ以降固く閉ざされヴァネッサは逆らう事も出来なかった。
そして、旅は始まったばかりなのにいきなり訪問先の王子に侮辱され、コンスタンツィアばかりか自分も笑われた気になってヴァネッサも激怒してしまった。
◇◆◇
「わたくし、もううんざり。帝都に帰りましょ」
「げ」
「げ?」
コンスタンツィアはツンとしてホテルの最上階の一室で窓の外を睨んでいる。
ヴァネッサの呟きにヴィターシャが首を傾げた。
これは不味い。
「ま、まーまー。まだ47箇所も訪問先残っていますし、途中で投げだしたらお母様に会わせる顔がありませんよ、コンスタンツィア様」
「でも東方の大君主の息子さんと険悪になったら自由に行動できないわ」
「セイラさんにお願いすればいいですよ。それに聖堂騎士達もいらっしゃいますし」
三人はそう話しあっていたが、翌日になると人が変わったようにフィリップの方から頭を下げて来たのでコンスタンツィアも許す事にして旅は再開された。冷静になれば相手にするにはあまりにも相手が小さすぎたので彼女達も小さな男の子の誠意に免じてすっぱり忘れる事にした。
帝国と東方の仲違いを心配していたレクサンデリはそれを確認してから船に乗って何処かへ消えた。
馬車の中ではセイラとは一緒だが男達とは別だ。
セイラもまだ幼いわりに、そして東方圏の人間のわりには発育がよく、そして腰も細い。ヴェッカーハーフェンの女性達もそうだったが、同じ帝国系の人々でも細めの人が多かった。
ヴァネッサ達は段々自分の体型の方が変なのだろうかと気にし始めた。コンスタンツィアが少し恥ずかしそうにセイラに訊ねた。
「セイラさんもわたくし達に近いベルク人よね。でもお父様は妖精の民、みんな痩せているのはそのせいかしら」
「あ、いえ。父は普通ですよ。フランデアンにはベルク人以外にもジャール人やルブワーデ人がいますけど純血の妖精の民は数千人しかいません。フィリップ殿下も半分はウルゴンヌ女王の血を引いていますから小柄な事以外はあんまり特徴ないですね。フードを被ったお供の子は純粋な妖精の民なんですけど内緒でお願いしますね」
珍しがられて誘拐されて奴隷として売り飛ばされる事もあるそうだ。
「ああ、そうなのね。道理で」
後ろの方に控えていて近づいて来ないので、顔に傷でもある奴隷娘なのかとヴァネッサは思っていた。
「道理で何か変わった魔力を発散していると思ったわ」
「魔力、ですか?」
「そうよ。旅って思ったより面白いわ。帝都とは随分マナの濃度も違う、人も」
コンスタンツィアの瞳には好奇心が伺える。旅を続ける気になってくれた事は良かったが、疑問が沸く。
「分析器も使わずに濃度なんてわかるんですか?」
「見ればわかるし、少し魔術を使ってみれば収束速度でも発現の強さでも違いが出るもの」
ヴァネッサは試してみたが、わからない。
そもそも帝都では魔術の使用に厳しい制限が課されていたので実家に帰った時くらいしか試せない。ヴィターシャもわからなかったようでコンスタンツィアに尋ねたものの、慣れよ、慣れと返されてしまった。
「慣れとおっしゃいますが、帝都では訓練もろくに出来ないじゃないですか。学院も郊外ばかりに建てられてますし」
ヴァネッサはひょっとしてこっそり使って訓練していたのだろうかと聞いてみる。
個人宅で使用してもバレないので明確な罰則はないが、公共の場では取り締まりを受ける。
「仮想訓練してるだけよ。実際にマナは浪費してないから悪い事なんてしてないわよ?」
品行方正、清廉潔白、政争とは無縁な方伯家でコンスタンツィアが政府の要請を無視なんてしてませんよ、とコンスタンツィアは微笑んだ。
「生活に役立つわけでもないのに、よく訓練なんてしますねえ」
魔術を使おうとする気配をみれば周囲の人間も警戒する。
高位の貴族で使用人はたくさんいる為、自分で何かしなければならないことも無いし古代から血を引く貴族の証のような魔力だが現代社会では特に必要とされていない。
戦争でも魔術を使うより、銃の引き金を引く方が速いし楽だ。
それでもコンスタンツィアは修練を怠っていなかった。
「せっかく家には珍しい魔術書もたくさんあるしね」
「魔術書、ですか?」
「昔聖騎士達が各国で悪さをして収拾してきた希少本があるのよ」
聖堂騎士団は第二帝国期(神聖期)に巡礼者保護の名目で世界中に散り、信仰を強制し、神殿を立てて貢納を強要した為、各国市民は二重納税状態となって恨まれていた。
「学業も上位なのに頑張り過ぎじゃないですか?」
「怖いのよ」
コンスタンツィアは怖いというが、何が怖いのだろうか。
女性としては帝国でほとんど最上位の人間なのに。
「みんなの目が怖いのよ。みんなの理想のお嬢様で無くなったらわたくしに存在価値なんてあるのかしら。歴史と伝統、そして地位。それに見合う価値の無い女だったらみんなわたしの事なんて見向きもしない。結婚相手だってきっと『ダルムント方伯家のお嬢様』としてしか見ない。伴侶にそう思われたら一生つまらない人生になるわ。・・・あ、御免なさいヴィターシャ。わたくしの場合の話よ」
「わかっています。ひとそれぞれの幸福がありますからね」
ヴァネッサはあくまでも他人事として、努力を怠らないコンスタンツィアに感心したが、彼女が微笑んでヴァネッサにも水を向けて来た。
「夜は暇だし、貴女の学業の面倒はわたくしが見てあげる。帰国したら進学しないとね」
付き合わせてしまったお詫びに、という。
「え、ええ?とんでもないです」
ヴァネッサは断ろうとしたが、コンスタンツィアは許してくれなかった。
育ち盛りの時機に一年間付き合わせてしまう事について罪悪感を持ち、他の貴族に後れをとらせてなるものかという使命感に燃えている。
「馬車で行きたいと行ったのは貴女でしょ。自分で馬を走らせて他の巡礼者みたいに野宿すればもっと早く進めるのに」
「警備の都合も考えてくださいよう・・・。それに十分旅費はあるじゃないですか」
旅費に余裕が無かったり、現金を持ち歩くのを嫌がる巡礼者は宿を取らずに野宿して旅を続ける者もいる。
「聖堂騎士団の金融部門が取り上げられてからあんまり余裕はないのよ?」
古代に分離された金融部門は民間の鉄鎖銀行へと姿を変えて今も残っている。
「でも乗馬して自分で走らせるのは『お嬢様』らしくないじゃないですか」
「横座りで走らせるのも得意なの」
「完璧超人ですか・・・」
さすがにそれはとヴィターシャも嫌がった。冗談よ、とコンスタンツィアも引いてくれたが、ずっと馬車の旅では体に悪いと時々訓練はする事になった。
「でも魔術の方は訓練なんてどうするんですか。コンスタンツィア様みたいに仮想訓練なんてどうやったらいいかわからないし」
「そうね。仮想訓練は後回しにして道中で実践しながら行きましょう」
「道中で、ですか?」
「そうよ。一級街道はともかく二級、三級になるとあちこち道もでこぼこだし、橋も落ちて迂回する事になって困ってる人もいるみたい。片っ端から直して行きましょう」
「まあ!なんてお優しいんでしょう。私、慣れるまで時間がかかるかもしれませんけど」
「大丈夫、ちゃんと出来るようになるまで付き合うわ」
予定より大幅に時間がかかるようになるのでしめしめ、とヴァネッサは喜んだ。
「えー、無償で働く気ですか?行政府に行って工事を受注すればいいじゃないですか」
「さすがにそれは時間かかり過ぎるわよ・・・」
勝手に整備をするだけなので報酬は無し。貯蓄したいヴィターシャは反対したが、非現実的であるとしてコンスタンツィアは断った。
「安売りどころかただ働き・・・とほほ」
ヴィターシャは嘆く。
「上達すれば土木工事以外の使い道も思いつくかもしれないわよ。所詮現象界に影響を及ぼす魔術なんて初歩の初歩に過ぎないわ」
魔術は魔術単体でお金を稼ぐのは難しく、錬金術やら芸術、鍛冶仕事など何らかの他の分野にも精通していないと応用が効かない。ヴィターシャはそちらの道に進むアテは無かったが高等魔術について尋ねてみた。
「高等魔術ってどんなものなんですか?」
「そうね・・・。高等魔術は現象界には発現させず、気付かれないように第二の世界にだけ影響を及ぼすの」
「今一つよくわからないですね」
首を傾げるヴィターシャにコンスタンツィアは例をあげて説明した。
「例としては相手の心を読んだりとか、目に見えている物とは違う物を頭の中に思い浮かばせて偽装させてしまう魔術とか。そうそう、恋愛の女神エロスは悪戯で他の神々の心を操って恋い慕わせたとかいうけど、そういう力ね」
「へー、もしそんな力があったら怖くてそんな人に近づけないですね」
「そうよ。だから魔術評議会の中でも偽装魔術とかを得意にしていた部門の長老は評議会から姿を消してしまったそうなの」
さもありなん、とヴィターシャも納得した。




