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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第23話 辺境国家の第四王子⑧

 エドヴァルドは真っ赤になって俯いていた。

以前は時々城下町にも自由に遊びに行っていた彼だが、母親を『マーマ』と呼ぶことがそんなに子供っぽいとは知らなかった。先ほどは双子の王子を冷笑していた者達が今度はエドヴァルドにその視線を向けている。


ベルンハルトも息子と妻を厳しい目で見た。


「スーリヤ、キャスタリスを解雇してからお前にしばらくエドヴァルドの教育を任せていた事は間違いだった。こんな甘ったれではこの先が思いやられる。シセルギーテのように帝国で名を上げるほどの武人にするか、学者にでも育てる」

「そんな・・・陛下。わたくしからエドを取り上げないで下さい。ちゃんと立派な子に育てますから」


唯一の生き甲斐である息子を取り上げられたら気が狂ってしまうかもしれない、スーリヤは悲痛に訴えた。


「心配するな、別に引き離したりはしない。まだな。フランデアン王から家庭教師を借りて来た。イーデンディオス老師、この通り甘ったれだが教育し直せるか?」


ベルンハルトは旧知の仲の東方選帝候フランデアン王から帝国人の学者であり魔術師でもあるイーデンディオスコリデスを借りて来た。


「微力を尽くします。早速ですが、ひとつ申し上げても宜しいですか?私が担当する王子が周囲に軽く見られたままでは仕事がやり難く御座いますので」

「なんだ?」


イーデンディオスの台詞にベルンハルトは先を続けるよう促した。


「『マー』とは古代神聖語で母を意味し、今もなお世界の多くの言語でも共通します。別段子供っぽい意味合いではありません。皇帝も神々でさえも母なる天空神アートマーをそう呼びました」


学者の言葉にほぅとベルンハルトが興味深げな声を上げる。王にならって周囲の者達もいくぶんイーデンディオスの言葉に聞き入った。


「それで?」

「何故『マー』が世界共通で母を意味するのかといえば人の口の形状にとって『マー』がもっとも発音しやすいからでもあります。生まれて間もない赤子でも発音しやすいからこそ人は母を『マーマ』と呼びます。つまり『マーマ』と呼ぶのは人と神が近しい存在である証です。東方諸国の方々にとって母を敬う事は孝の道であると私はフランデアンで学びました。何千年も経て神々の恩徳が薄れゆく世の中ですが今一度、人に現象界を導くものとして地上を与えた神々への感謝を思い起こしてもいいのではないでしょうか」


 イーデンディオスの長い口上に幾人か信仰に篤い貴族はもっともな事だと同意した。


「まさに、我々は体面ばかりを気にして言葉の本来の意味を忘れていたのでしょう。帝国人の貴方から教わるとは実に情けなく思います。私も子供達や領民に意味を教えてみるとしましょう」


クヴェモ公がそういうと周囲の者達も偏見を改めた。


「面白いな、イーデンディオス老師。さすがは我らが大君主の養育に関わった事だけの事はある。せっかくだからもう少し蘊蓄うんちくを語ってみてはどうか。俺はあまり勉強熱心ではなかったが、久しぶりに興味を惹かれた」


ベルンハルトは武断派で自信の留学時代も帝王学より武人としての学問に精を注いでいた。


「ではもう少しだけ語りましょうか・・・。我が王子エドヴァルド様は雷と共に生まれたと聞きます。雷は古代神聖語で『ー』といいます。『アー』ともいいますね。これは落雷に驚いた時の悲鳴が元ともいわれやはり神代では世界共通の言葉でした。この国で高貴な女性の名に『ー』が多いのも元はと言えば神代からエッセネ女公の時代までこの地域で落雷が多発しトルヴァシュトラとその母なる神アートマーの加護を祈ったからともいわれております」

「ほうほう、面白いな。我が妹のティアーラにも確かに『ー』がつく。よくある響きでただの伝統だと思っていたが」

「何千年も経つうちに忘れ去られたのでしょう」


ベルンハルトは息子に恥をかかせずに済んだので楽しそうだったが、別の思惑で話を進める者もいる。


「さすがは東方候に長年仕えた学者殿ですね。わたくし達が忘れていた事をよく思い出させてくれました。でも残念ながらアルシア王国ではこの地方の伝統を残していらっしゃらなかったようですね。スーリヤ様は南方圏のご出身とはいえむしろわたくし達に近しい伝統をお持ちのようです」


カトリーナはクスタンスとアルシア王国の事をあてこすっている。

遥か古代の第一帝国期ではこのあたり一帯の国々は帝国の侵入に団結して立ち向かっていたのに対しアルシア王国のあたりに存在した古代王国は早々に帝国に屈服してしまっていた。


帝国に従属する前は東方圏だの南方圏だのというくくりは無かったので民族的にも肌の色でも内海側のアルシア王国よりはバルアレスとヴァルカの民は近い存在ではある。


「カトリーナ様はお忘れになっていたとおっしゃいますが、わたくしは神官と相談して娘の名をメーナセーラと名付けています、貴女だけがお忘れだったのでは?」


男子である双子はベルンハルトが名付けたが、娘の名はクスタンスの希望が通っていた。


「なんですって?」


カトリーナとクスタンスは睨みあいいつもの口論が始まった。


(行こう、エドヴァルド)


ヴァフタンがエドヴァルドを会場の外へと連れ出した。他の子供達も母らの争いに巻き込まれないよう姿を消す。宴会場には主役がいなくなったが、誰が王に相応しいかあちらこちらで話しが続いていた。


ベルンハルトは完全にエドヴァルドを次期王の臣下として扱う発言をしているので、カトリーナはスーリヤを敵視するのを止めて抱き込む構えをみせている。

女としてはスーリヤが敵であることに変わりはないが、政治的にはもはや敵視するまでもなくなっていた。


 ◇◆◇


「ねえ、ヴァフタン兄上」

「なんだい?」

「兄上は知ってる?他の国じゃ双子の兄弟の順序が産まれと逆になることもあるって」

「ん・・・まあね」


ヴァフタンは複雑な表情をしていた。生まれる国が違えば自分が父の後を継げたかもしれないのに、と。それでなくても神殿に入ったり、異国にやられて故郷を失う事にはならないだろう、と。


「ぼく、兄上がよそにいっちゃやだな」

「そうかい?」


レヴァンは年々意地が悪くなっていくのでエドヴァルドはヴァフタンになついていた。


「エドは僕を支持してくれる?」

「もちろん!」


そしてヴァフタンはレヴァンに逆らうようになった。

それでも継承順位は変わらなかったが、まだまだ若く血気盛んな男のサガで二人は喧嘩し、仲はこじれた。双子のお守り役の騎士らは、以前死亡しておりトワージもまだ療養中だった。


 ◇◆◇


 クスタンスの嘆きをよそに事あるごとにレヴァンとヴァフタンは対立するようになり、とうとうエドヴァルドを初めて狩りに連れ出した日に決定的な対立が始まった。


「ヴァフタン、初めての狩りは特別な日だ。勝手にエドを連れ出すな」

「父上とスーリヤ殿の許可は取った」

「俺の許可も取れ。エドは将来俺に仕えて騎士になるんだ。そうだよな?」


レヴァンは馬上でエドヴァルドに話しかけたが、エドヴァルドはまだ馬に慣れておらず返答が遅れた。そしてヴァフタンが間に馬を割り込ませて遮った。


「エドヴァルドは王の騎士になるんだ。レヴァンに仕えるとは限らない」

「俺が王になるんだから同じ事だ」

「ギュスターヴ兄上だっているし、僕にだって権利はある」

「お前が?」


普段からこんな調子になってしまい、ベルンハルトが双子に良い馬を与えようとした時もヴァフタンは先に選ぼうとして喧嘩になった。周囲の者達は止めようとしたものの肝心のベルンハルトは競い合った方がお互いを高められると放置してしまった。


だが、二人の対立はベルンハルトが思うよりも深刻でエドヴァルドが想像以上に武芸に精通していると知ると取り合いになってしまう。


レヴァンは軽い気持ちで稽古をつけてやろうとしたのに、振るった剣をいなされてバランスを崩した際にあっさり後ろをとられてしまった。


「さすがシセルギーテに長年教えを授けられただけの事はある。弓も槍も大したもんだ。本気じゃなかったとはいえな」

「一瞬見失ったのはほんとだろ?」


ヴァフタンが指摘し、タルヴォがせせら笑ってレヴァンを怒らせた。

この空気にエドヴァルドがいたたまれなくなってどんなに努力したか力説して話題を変えた。


「シセルギーテってば全然容赦ないんです。大剣使うし、こっちの木刀じゃ届かないし。だから槍をメッセールに習ったんです」


シセルギーテは帝国海軍でも倒せなかった竜を討伐し、その体から魔剣を強化する宝玉を得た。竜といっても本物の竜は神代に全滅しているので鯨の魔獣を海竜とか水竜などと呼んでいるだけだが、強力な個体を倒しさらに大きな力が得られた事には変わりない。


魔術を扱えない魔導騎士でもシセルギーテは宝玉の力で水の防御幕を張る事が出来る。どこからでもかかってこいと言われたエドヴァルドは先端を潰した鏃を使い弓を射かけたがあっさり防がれてしまった。メッセールは次にエドヴァルドに槍の扱いを教えてリーチで優位に立たせたが、シセルギーテの大剣は水気に覆われて高圧の水の刃が魔剣の長さを延長しすっぱり穂先を切られてしまった。


「なあ、エド。シセルギーテには帝国騎士を辞めて貰って国に残って貰ったらどうだ?ヴァルカやスーリヤ殿への援助は母上に頼んで出して貰おう」

「おい、ヴァフタン。勝手な事をいうな。帝国騎士の給与がどれだけ高いか知っているのか?」

「年棒一億オボルくらいだろう。知ってるよ、シセルギーテにはそれだけの価値がある。スーリヤ殿と彼女とエドがこっちにつけばカトリーナにも対抗できる。お互い母が外国出身なんだから助け合わないと」


スーリヤの立場が弱く王位継承争いで脅威とは見なされない為、取り込んだ方が有利に立てるという判断は当然だった。アイラクリオ公らもそうしたい所だったが、純血派として信望を集めた身なので今更表立って出来なかった。


「それでこっちっていうのはどっちなんだ?まさかお前の事じゃないだろうな」

「フン、母上のという意味だったけどそっちがそういう意味でいうならもちろん僕の事だ」

「お前は俺の弟なんだぞ!分かっているのか。長幼の序を弁えろ!」


レヴァンは世の中の道理に従えと説くが、ヴァフタンはもう従わなかった。


「双子なんだ、どっちが年長かなんて神様でなくちゃわからない。誰が王に相応しいかは実力で分かるけどな」


そして二人は決闘を行い、悲劇が訪れた。

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2022/2/1
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