第22話 辺境国家の第四王子⑦
「なあ、エド。お前に一つ頼みがあるんだが」
ある日、いつも通りスーリヤの離宮にやってきたタルヴォがエドヴァルドに話しかけた。
「なあに?」
「最近キャスタリスと議論を重ねているんだが、双子のどちらを兄なのかよくわからなくなってきた」
「どういうこと?」
「うちの国では双子の場合、先に生まれて来た国を兄とするが逆の国もあるんだそうだ。帝国もそうだな。みんな帝国を見習って改革して繁栄を望んでいるが、それならこういう風習、特に双子は縁起が悪いだなんて考えも改めるべきなんじゃないか?」
レヴァンの留学期間が終わるとヴァフタンはレヴァンの対抗馬にならないよう神殿送りになったり、他国に放逐されるかもしれないとタルヴォが仄めかした。
「ぼくはレヴァン兄上でもヴァフタン兄上でもどっちが父上の後を継いでも構わないよ?」
「でもな、みんなはそう考えないんだ。王になれなければ王に仕えて盛り立てればいいと思うだろ?でも、うちの国じゃそうじゃない」
「そっかー。でも、父上や兄上がそうして欲しいというなら仕方ないんじゃないの?」
「みんな父親を、兄を年長者を敬うべきっていうが、兄が兄じゃなかったら?ヴァフタンにどう考えてるか一つ聞いてみてくれないか?」
「なんでぼくが?」
タルヴォはレヴァンとは仲が悪かったが、ヴァフタンとは悪くない。
自分で聞けばいいじゃないかとエドヴァルドは思った。
「俺が聞いたら、また喧嘩になるだろ?お前なら大丈夫だ」
アルシア王国派の騎士はほとんど自滅で死んでしまっが、タルヴォにも責任がないわけではなく聞きづらいという。
「わかった、聞いてみるよ!」
レヴァンとヴァフタンが留学を終えて再び帰国した時、祝宴が開かれるのでエドヴァルドはその時聞こうと心に決めた。
そして、貧民街でオセ達から立ち退き宣告をされたが、生活に何の補償も無いと聞いて義侠心を掻きたてられ、衛兵達への抵抗活動を行った。
取り壊し予定の家屋の屋上に上がり、オセ達といっしょに小便を引っかけて衛兵を追い払った。
こういった活動は父母にこっぴどく叱られ、キャスタリスも解雇されてしまう。
新しい教師が来るまでの間、エドヴァルドはメッセールから剣や槍、弓、乗馬の指導を受けなかなか家から出して貰えなかった。
そして冬になり、レヴァンとヴァフタン兄弟が帝都から戻りその祝宴と同時に王の即位記念日の祝賀会が催されエドヴァルドも城に呼ばれる事になった。
◇◆◇
「兄上!お久しぶりです。お帰りなさいませ」
エドヴァルドは留学から戻って来た二人の兄に駆け寄った。
領地を得てからあまり王都に近づかなかったギュスターヴもカトリーナに伴われて今日は珍しくやって来ていた。カトリーナは険悪な仲のクスタンス派の貴族が近寄らないようにいつも4人の貴族の女性達を取り巻きに連れていた。
カトリーナ達はエドヴァルドが真っ先に長男であるギュスターヴではなくレヴァン達に挨拶に行った事が面白くない。
「おう、エド。大分大きくなったな。もう8歳だったか?」
「ま、まだです」
「はは、悪い悪い。覚えてるよ」
「レヴァン。君は人が悪いよ。毎年毎年同じ事ばっかりいって」
双子の弟のヴァフタンが兄を窘めた。7歳の時に大人の仲間入りをする若葉祭という祝いがあるのだが、それまでに魔力に目覚めておく必要がある。
双子達の所にギュスターヴも取り巻きを連れてやってきた。彼は父からタブーク地方の太守となるよう命じられてその地方の貴族達を従えている為、彼らや年の近い貴族達がギュスターヴ派を形成していた。
「やあ、レヴァン。ヴァフタン。ようやく六年間のお勤めも終わったようだね。ご苦労様」
「これは兄上」
双子は年長の兄に礼をとった。
「いいよ、今日は君達が主役なのだから」
「有難うございます。兄上も二人目のお子さんがお生まれになったそうでおめでとうございます」
「ああ、帝都からわざわざ贈り物をありがとう。妻も喜んでいたよ」
最年長の兄の方から歩み寄っていった事にタブーク公の取り巻き達は苦い顔をしている。この時、ギュスターヴ22歳、双子が16歳、エドヴァルドが6歳である。
「それで、何の話をしてたんだい?」
ギュスターヴは物腰も柔らかく、もともと病弱だったこともあり自分には無理だと本人は王の後継ぎの立場に執着していない為、周囲と違って兄弟の仲は悪くなかった。
「レヴァン兄上がぼくがもう8歳かって会うとそればっかり聞くんです」
「ああ、その話か。まだ7つのお祝いもしていないのにね」
「8歳になんかなりたくないなあ」
からかわれるので段々嫌いになってくる。
「そう嫌ったものでもない。民間では結構人気があるんだよ『8』という数字は」
「へえ、何故なんです。兄上」
レヴァンがもっぱらギュスターヴとの会話を進める。
双子の弟のヴァフタンはあまり兄を差し置いて前に出ないよう幼い頃から教育されていた。
クスタンスの意向で双子で王位争いになればカトリーナらを利するだけだと厳しく躾けられていた。
「そうだね・・・伝統的に好かれている数にはっきりとした原因の説明は難しいが『8』という数字は偶数の最大の数字で無限を意味し聖数とされて縁起が良いのだとか、軍神トルヴァシュトラには八本の腕があったのだとか、幸運の象徴だとかされているね」
「へー、兄上は物知りだなあ」
「帝都で学ぶのもいいが、地元の事も学ぼうね」
トルヴァシュトラは東方圏の守護神であるガーウディーム神群の仲でも唯一の軍神でありベルンハルトとスーリヤはエドヴァルドの個人を示す紋章として雷神の聖印を王家の紋章に加えて与えた。
ギュスターヴは悪意無く王族として教養の範疇として、弟達に自国の事をもっとよく学んでもらいたいと思っただけだが、それも周囲の取り巻き達には別の意味で聞える。
「確かに。自国の文化、風俗を知らぬ者が次期王位に就くなどあり得ない事です」
「さようで」
聞こえよがしにいう為、エドヴァルド達の耳にも入った。
(誰?)
エドヴァルドは傍のヴァフタンに尋ねた。
(アハルツィ公。アイラクリオ公と同じ純血派貴族で僕らを敵視してる奴さ。・・・内緒だよ)
(お隣は?)
(エールエイデ伯、あれも純血派で辺境の王様気取りの奴さ)
アルシア王国系の双子に取っては会いたくない輩たちだった。
南方候ヴィクラマの乱以来、難民が東方圏に押し寄せてきて諍いが起こり国内の純血派貴族達は難民に対する敵視の高まりから勢いを増し、アルシア王国系にまでその牙を向けている。ギュスターヴが健康を取り戻していくにつれその牙の鋭さは増していった。
アハルツィ公の話はもっともだとして周囲には話がどんどん広がっていく。
そして遠くの方でカトリーナ達がくすくすと笑い、祝宴に招かれた貴族の女性達も同調する。彼女達は夫や息子達にギュスターヴこそが王に相応しいと触れて回る事だろう。
特に一際甲高い女性の声の聞こえよがしのささやきが響く。
「聞きまして、レヴァン王子の冷たい仕打ち。まだお小さいエドヴァルド様が魔力に目覚めて自分を追い落とさないか警戒しているのですわ」
それを基点にほうぼうで噂話が始まった。
「大人げないわね。ヴァフタン王子の方が人々から慕われていて王に相応しいと存じます」
「まあ、なんてこと。長男が後を継ぐのが世の中の道理ですわ」
「陛下がご健在なのに気が早すぎますぞ、ご婦人方」
諫める人もいたが、噂話は止められなかった。
◇◆◇
ギュスターヴが視線だけで双子に悪い、といってその場を後にして入れ替わりにベルンハルトとスーリヤがやってきた。侍従が王の来訪を告げて参列した貴族達が一斉に頭を下げ、近い者から順に祝賀を述べた。
「マーマ!」
周囲の空気が悪かったのでそれを振り払うかのようにエドヴァルドは飛び出してスーリヤの腕に掴まった。甘えん坊の王子を微笑ましく見る者もいれば、情けないとみる者もいた。
「ママ?」
王子らしくない発言にレヴァンは笑う。
ベルンハルトも眉をひそめた。
「まだママなんて呼ばせていたのか。スーリヤ。もっと強く育てろ」
ベルンハルトは子供っぽ過ぎるとしてスーリヤを叱りつけた。
スーリヤとエドヴァルドは離宮で静かに暮らしていたので少々世間ずれしていた上にスーリヤがかなり甘やかして育てている。
「ほんとうに、将来は息子達を支えて頂かなくてはなりませんのに。ねえ?」
第一王妃のクスタンスがもう一人の祝宴の主役であるシセルギーテに話しかけた。
シセルギーテは今年命令された軍務を終えて今回は長めの休暇を貰って帰国してきたのだった。竜殺しの英雄であり帝国騎士でもあるシセルギーテの名声は高く、彼女がスーリヤに忠誠を誓っている為、財力も後見人もいないスーリヤだったが周囲はこれ以上の手出しは誰も出来ずにいる。
「私はレヴァン様達をお守りする為にエドヴァルドを鍛えているのではありません」
「まあ、なんてことを!」
クスタンスは次期王に対して忠誠を誓えという意味を籠めて放った言葉だったが、それに対するシセルギーテの答えは正直過ぎた。
クスタンスが青い顔を赤く変え、口をぱくぱくさせている間に中立貴族のクヴェモ公がやってきてシセルギーテに尋ねた。
「では何のためにエドヴァルド様に休暇でお戻りになる度に荒稽古をつけていらっしゃるのですかな?」
「もちろん、母君であるスーリヤ様を守って頂く為です」
「・・・それはそれは。しかし普通は男子であるエドヴァルド様に立派な武人になって王を補佐して頂く為とか答える者では?」
健康に育った王子といくらでも替えが利く王妃のどちらが国家にとって重要かといわれれば王子と答えるのが当然の国だった。女性の社会的地位はかなり低い。
特にスーリヤは。




