第21話 バルアレス王②
エドヴァルドが健康的な幼年時代を過ごせたのも兄や母の配慮のおかげだった。
スーリヤはその気になればシセルギーテの伝手を使って帝国政府にも東方候にも顔が利くのだが、外国勢力を国内に引き入れる事は無く、離宮で息子と暮らし神に奉納舞を捧げる日々に満足していた。エドヴァルドも母を慕い、母の美しく燃え盛るような激しい舞を好んだ。ベルンハルトは事後処理が済んだ後、離宮で一息ついて小さなエドヴァルドを膝の上に乗せてそれを鑑賞した。
「母を大事にしろよ、エドヴァルド。あいつの舞は皇帝から毎年何百万人もやってくるような大きなお祭りで披露するよう指名されてたくらいなんだ。それなのにうちの国の女どもは高貴な女性が人前で踊ったりするもんじゃないとか服装がはしたないだとかいちいち煩いったらありゃしない」
大っぴらにスーリヤとの逢瀬を楽しめないベルンハルトは不満たらたらだった。
「なんびゃくまん?」
エドヴァルドは目を白黒させる。王都エルニコアの人口はせいぜい数万人。
「そうさ。このエルニコアの都の全住民をあわせたって足りやしない。それどころかうちの国の住民全部集めても足りるかどうかってくらいの人間が一つの都市に集まる。それくらいでかい国の祭なんだ」
「うっそだー」
「王は嘘を付かない。覚えとけ」
小さなエドヴァルドは父を胡散臭そうな顔で見た。
「もしお前の兄が王になった時、嘘をついたら嘘を真にしろ。それが王に対する務めで忠義という。父に対する孝行でもある」
「じゃあぼくは帝国の都に何百万人も集めればいいの?」
エドヴァルドは父の嘘を真にしなければという使命感に燃えてしまったようだ。ベルンハルトは苦笑して息子を諭した。
「心配するな。お前が気を使わなくても本当だからな。今度シセルギーテが帰ってきたら聞いてみろ」
シセルギーテはベルンハルトと入れ替わりに再び帝国騎士として帝国本土に帰投した。
「帝国の騎士なのによく頻繁に戻ってこれるよね」
「そういう契約だ。主君に忠誠を払ってるわけじゃない。あいつの忠誠は今もスーリヤにある。アレは契約書に縛られているだけだ」
シセルギーテはマグナウラ院卒業後に皇帝及び帝国軍と契約書を交わした。
10年間帝国騎士として軍務に従事するというものだった。
ヴァルカとバルアレス王国の間にあるラール海の海竜を倒したのもシセルギーテの希望というものもあったが、帝国海軍では倒せなかったという事情もあった。蛮族戦線の激戦区ナルガ河で水棲魔獣を多く倒し水気の力を手に入れたシセルギーテはその魔力で海を走り、海竜が何度逃げてもしつこく水中まで追いかけ何ヶ月もかけてようやく倒した。それを目の当たりにした者達はあまりに強引な力技と根気に恐れをなしたが、巷では偉大な女騎士として評判だった。
「お前はよくあいつの修行についていけるよな」
「・・・ついていけてる気がしないです」
シセルギーテはあまり教えるのが得意では無かったのでエドヴァルドはいつも必死だった。
「10年はあっという間だ。あいつは給料がいいからまだ帝国騎士を続けるだろうが、来年はお前の兄たちも戻って来るからな。騒がしくなるぞ」
「はい」
幼いエドヴァルドにも王位争いの雰囲気は伝わってくる。
長男のギュスターヴは幼い頃は体が弱く帝都への留学も一年で終わってしまったが、気候が穏やかなタブーク地方の領主を任されてからは健康も回復してきた。
それで王位に就くのも夢では無くなって来たとしてアイラクリオ公が攻勢をかけている。ギュスターヴには既に子もいるのでレヴァンを継承権一位とする根拠が薄らいでいる。長男の直系であれば十分に支持が集められる為、継承順位の見直しが諸侯から求められていた。
他にも後継ぎとして双子は禍の元だとして相応しくないとか、外国人に産ませて出来た王子を王位につけるべきではないとかいう声も諸侯にあるがそれらはアイラクリオ公が画策して流した噂だろうとベルンハルトは考えていた。レヴァンもギュスターヴもどちらも自分の息子であり、彼らが争いあう未来は避けたい。
王が国民の幸福と国家の安定を願うならば、もっとも実力の有る人間に後継を託すべきであるとベルンハルトは考えていた。
南方圏では戦乱が収まらず東方行政長官は各国に難民の受け入れを求めた。
先日の東方諸国会議でもその件については紛糾した。
もともとヴァルカを援助していたバルアレス王国にはそれほど割当量は多く無かったが、南方とほど近いこの国に居ついてしまう難民が多く厄介な問題となっている。
親子それぞれ苦悩しつつまったりと釣りをしていたが、騎士が時間を告げにやってきた。
「若、稽古のお時間ですぞ。シセルギーテの代わりにはならないかもしれませんが」
「おう。メッセール、こいつの事を頼んだぞ」
メッセール・トラヴェル・オラヘラシュ。
彼は魔導騎士としての修行は積んだが装備が高価で維持出来ず今はスーリヤの離宮の警備を任され暇な時にエドヴァルドを鍛えていた。
ベルンハルト達は途中から会話ばかりでスーリヤの舞の鑑賞も半端になってしまったが、スーリヤは炎神への奉納の舞を行っていたので観客の事は気にしていなかった。
ベルンハルトは息子と別れて儀式が終わったスーリヤと汗を流しに行った。
◇◆◇
新帝国歴1426年春。
ベルンハルトは意を決して王都の再整備に本腰を入れた。
昨年諸侯に舐められたのも王都エルニコアが旧弊を打破出来ず、非効率的で発展が遅れ王の勢力が諸侯と大差無い点にある。
ベルンハルトは貧民街が疫病の根源地であるとして、住民に立ち退きを宣告し家々を壊し水道の整備を行うと宣言した。
衛兵らを派遣し強瀬執行を促したのだが、それに反対する者がいた。
困った事に彼らの盟主はエドヴァルドである。
エドヴァルドは貧民街に居座って離宮にも戻らず、衛兵達に彼らには先住権があるとして立ち去る様命じた。衛兵達の長がエドヴァルドに王の命令ですといっても疫病の根源地である根拠を示せ、という。
「何処の馬鹿だ!あいつに余計な入れ知恵をしやがった奴は!!」
当然、ベルンハルトは激怒した。
東方諸国会議の度に、自国が発展から遅れていくのを彼は実感している。
フランデアンは既に銃兵が主要な戦力となっているのに、彼には銃の見本品くらいしかない。攻城兵器に大砲などなく、今も破城槌や投石器を頼っている。
自分には諸侯を従えさせる力はあるが、息子達にはまだ無い。
彼らの将来を思えばこそ、王の力を高める必要を感じていたのに末っ子が抵抗してきた。
「陛下。おそらく家庭教師の入れ知恵かと」
騎士メッセールは恐る恐るベルンハルトに報告した。最近エドヴァルドのお守り役を仰せつかっていたので、ベルンハルトの怒声は彼に向かっていた。
「家庭教師?」
ベルンハルトは自分が招いた教師をすっかり忘れていた。
「恐れながら申し上げますとイナテアのキャスタリスに御座います」
宮廷魔術師ヤブ・ウィンズローが報告する。
「イナテアの?何で同盟市民連合の学者が俺の息子を指導しているんだ?」
これは酷い、と玉座の間にいる面々は思ったが、はっきり王にそうは言えない。
唯一アイラクリオ公がベルンハルトに状況を説明出来た。
「陛下が、巷でもっとも評判の高い学者を、と命じたからです」
キャスタリスは学者としては評判は高い。それは間違いない。
だが、王道を教える教師としては適切ではない、とアイラクリオ公は所見を述べた。
「くそったれが、そいつは解雇だ!」
「ではエドヴァルド様の教育はどうなさいますか?」
「それは・・・今度は俺が直接手配する。メッセール!ひとまずエドヴァルドをここに連れて来い」
命じられたメッセールにとって困難な任務となった。
衛兵達にとっては王子は雲の上の人であり、衛兵からその上司へ、王都の防衛隊長へ、そして騎士へと伝言が回されていくうちにすでに数日が過ぎている。
同僚だった騎士に応援を頼みたくてもタルヴォの軽口が元で蛮族に無謀な戦いを挑んで戦死してしまい、重傷を負って引退することになった騎士もいてツテが無かった。
その間にエドヴァルドは貧民街の支持を得て神出鬼没に動いていた。
スーリヤの奴隷達も彼に食糧を差し入れて活動を助けてしまっていた。
メッセールは困ってスーリヤに泣きついた。
「スーリヤ様、どうにかなりませんか。我々は貧民街の住人に敵視されていて思うように動けません。暴力を振るっていう事をきかせる事は簡単ですが、大勢が死ぬことになります」
「御免なさいね。メッセール。こうなった以上、わたくしが直接連れ戻します」
メッセールはそこまでは、と言ったもののスーリヤを止められず、彼女は奴隷達を率いて貧民街に向かい、大声で帰ってらっしゃいと叫んだ。
そこまでされるとエドヴァルドもバツが悪くなって姿を現し家に帰る事になった。
さて、これで強制執行が出来るとベルンハルトが乗り出した時、王家に不幸が襲う。レヴァンとヴァフタンの双子がお互いに殺し合い、重傷を負って治療の甲斐も無く二人とも亡くなってしまったのだ。




