第20話 バルアレス王
ベルンハルトはギュスターヴからの援兵が届くと大胆にも敵の本拠地を直接衝いた。神器を持ち込んだという話を喧伝し、シロス公の城壁が打ち破られるのも時間の問題だと広めさせた。
そして、慌ててとって返したシロス公を強襲して戦死させた。
「なかなか戦上手じゃないか」
妖精王は旧友を褒め称えた。
彼らは帝都で会合を開いている。東方圏を区分けして毎年持ち回りで会議を開いていたが、今年は帝都で行われた1426年の新年祭の直後に開かれた。弱小国の指導者が移動するのに費用が嵩み、苦しんでいた点を解消する為だ。
「こうして会うのは合理的でいいかもしれんがな。俺は皇帝に頭を下げたくないんだ。来年からは元に戻してくれ」
「毎年恒例にはしないから勘弁してくれ」
フン、といってベルンハルトはグラスを傾ける。
「ひとつ言っておきたい事がある」
「拝聴しよう」
酒を嗜まわない妖精王は自分で茶を淹れて飲んでいる。
ベルンハルトから見ると魔術を使って湯を沸かしたように見えるのだが、魔石を体に埋め込んでいる筈なのに痛んでいる様子がない。
「その前に、それ、どうやってるんだ?反発して激痛が走る筈だろ?」
「精霊達に頼んでいるだけだ」
「普通ならお伽噺じゃねえんだぞ。という所だが、お前だしなあ・・・」
「お伽噺にしておいてくれ。あまり特異な力を使うと蛮族扱いされかねないからな。我々は」
星のような瞳に尖って毛深い耳、そして子供のような身長。蒼白い肌やら、褐色の肌やら世の中にはいろんな人種がいるが妖精の民のような特徴は他に無い。
「まあ、極東にはもっと変わった連中もいるけどな」
東方の大君主でさえ把握できていない民族もいた。当然帝国も詳細には把握できていない。彼らは帝国の脅威になるかどうか、利益になるかどうかという視点が強すぎた。
「外海側の端っこにまで帝国は関心を示してくれないからな」
「スパーニアを降して最大の国家になったお前の所とは違うか」
帝国に危険視されるほどの国で無ければ放置される。
世の中には約200の国があるのでいちいち構ってられないのだった。
「それで、言っておきたい事とは?」
「そうそう。うちの内戦の件だが、シロス公が銃火器を結構保有していてな。王である俺よりも、だ」
「まさか・・・」
「そう、スパーニア戦役終了後にお前がガドエレ家に渡して中古市場に流した火器だろう。カルギスカル1410式火縄銃に刻印があった」
「間違いないな。すまん」
「別に謝って欲しかったわけじゃない」
フランデアンが過大な戦力を保有している事を帝国が危険視した為に、フランデアンは武器を手放した。それは理解している。
中古品は皇家のガドエレ家が買い取った。
「連中は火器をわざとシロス公に提供したんだ」
「考えすぎだ。経緯を聞くとお前が兵を起こして都合よく内戦を始めるとは想定しづらい」
「無論そうだ。お前と親交がある俺への嫌がらせに提供したとはいってない。たぶんもっと広範囲にばら撒いている。たまたま今回の内戦があっただけだ」
ベルンハルトは嫌味を言う為に個人的に会った訳では無く、帝国による東方圏分断工作について危惧を伝える為にシャールミンに会った。
東方諸国会議の本会議では南方圏からの難民受け入れ枠の調整や、帝国に対して関税の引き下げ申し入れの共同宣言などが議題に上がっている。
「しかし、全会一致とはいかなかったな」
「ああ、弱小国は帝国から利益誘導されている。それをうわ回る利益を提示しなきゃならんが・・・」
「無理だな。資本力が違い過ぎる。東方圏全体が一致団結しなければならないが、大抵は近隣国と何かしらいざこざと抱えて帝国はそれにつけこんでくる」
大国を次々打ち倒したフランデアン王国が指導力を発揮しようにも、東方圏は広すぎて手が届かない。
「我々だけでは帝国に対抗しがたい。そして大半の国は対抗する利益もない」
「だな。今くらいの嫌がらせであれば大人しくしているしかないか。不愉快だが」
東方圏の人口を全て合わせても帝国には遠く及ばず、北方圏は蛮族の猛攻で大損害を受けたばかり。西方圏は市民戦争で人口が激減、南方圏は大君主が帝国に逆らって敗北した後分裂して内戦状態。
多少不愉快な事があっても東方の一国が帝国に対して公式に不満を漏らす事もできない。
「帝国も南方圏の戦乱と西方の第二次市民戦争で友好国を失っている。向こうが分断工作でこちらの力を弱めようとするのなら我々も帝国に対して同様の手を打つべきかもしれない」
「ほっとけほっとけ。あの連中は皇帝選挙の度に勝手に争い始めるんだ。次の選挙じゃお前が選帝に一票投じるんだろ。その時までさらに国力を高めておけばいいさ」
妻は独立保障を無碍にされたので不快に思っているがシャールミンは個人的に帝国に対して恨みは無い。干渉してこなければどうでもいい。
「・・・意外だな。お前ならもっとけしかけてくるかと思ったが。やはり王になれば変わるか」
「お前こそ。俺はさっさと息子に後をゆずって隠居したいがお前はそうもいかんだろ」
「お前だってまだまだ若いだろ」
二人とも若くして王位についたのでまだ30年は安泰だった。
「うちの場合はさっさと息子に後を譲ってしばらくは後見してやらないと不味いな」
ベルンハルトの場合、王権が弱体過ぎるので新王が立つと当分は大貴族達の言いなりにならざるを得なかった。
「そうなのか」
「今の王朝は古来からの家柄じゃないんでな。地盤が弱い。俺が即位したのも諸侯が親父に退位を迫ったからだ」
新東方候と親しいベルンハルトの方が神輿として役に立つと踏んだ結果である。
プライドからそこまでは言及出来なかったが。
◇◆◇
内戦を終わらせた後、急いで大陸諸侯会議に出席し、帰国した時諸侯の間ではベルンハルトへの不満が渦巻いていた。アイラクリオ公が代表して王に苦言をいう。
「陛下、シロス公を討ち取ってしまった事は今更仕方ありませんが、後始末をつけねばなりません。私もこれ以上は諸侯を抑えきれません」
小領主間の小規模ないざこざで王が親である公爵を討ち取ってしまったという事件は諸侯に危機感を抱かせた。自分も同様に処罰されて王に領地を奪われてしまうのではないかと恐怖した。
ベルンハルトは悪びれずに言い放った。
「奴は俺に逆らった。機会を与えたのに降伏しなかった」
「どうなさるおつもりです。領地を没収すれば今回は中立を保ってくれた縁者が怒ります」
アイラクリオ公も孫の為に抑えに回っていたのに過剰な処罰を与えては裏切る結果になってしまう。必死に義理の息子にシロス公領への処罰の軽減を願った。
「お前達はどうして欲しいんだ?シロス公の息子に領地存続を認めろというのではないだろうな」
「そうしてやってください」
ベルンハルトは先手を打って口を封じようとしたが、アイラクリオ公は構わず強気に出た。
「馬鹿をいえ。それでは実質おとがめなしも同然だ。許容できん」
「当主を失っただけで十分な処罰と考えます」
「今回の戦費は?義父殿が支払ってくれるとでも?」
「多少お貸しする事は可能です。それにクヴェモ公らにも原因が御座います。彼らの代わりに陛下が戦火を交えたのですから、彼らに商人どもへの支払いを命じては如何ですか?」
アイラクリオ公は自分の懐を傷めない解決策を提示した。
ベルンハルトも内心舌打ちしたがこの辺りが落としどころかと頷く。
「いいだろう。では次期シロス公が王都まで来て父親の不明を詫び、忠誠を誓うなら継承を認めよう。クヴェモ公にはお前が話せ」
ベルンハルトも抜け目なくアイラクリオ公に調整を命じた




