シルフィードに会いに行こう!(風の谷の~…マジサーセン(2)
全員が下りたのを確認してから、ジープを精霊界へと送還する。眷属化しているから、まぁ平気だとは思うんだけれども、話を聞く限り潮風が凄そうだし一応ね。
それを終えて、目的地だという風の谷へと視線を向ける。そこに広がる光景は、切り立った岩壁がいくつも連なって出来た、見渡す限り岩ばかりの荒廃とした土地だった。
元々、山だったらしいその場所は、今やその面影は一切見られない。風化を促進させていたという海風は、シルフィードが居を構えてから弱まったらしいんだろうけれど、反対側の海から吹き付けてくる風は、岩の壁を挟んでいるはずなのに強い。
ここからでも十分強く感じられるという事は、遮蔽物がない反対側は、どれほど強いか想像も出来なかった。これで弱まったと言うんだったら、シルフィードが住む以前のこの辺りは、きっと立つ事さえ困難だったに違いない。
そう考えると、山の1つや2つが削られて、無残な姿になったというのも頷けるわね。風の谷なんて言うから、例の歌でお馴染みのアニメみたいな光景を、勝手に想像してたんだけど…まぁ、こんなものよね。
なんて、しょうも無く身勝手な事を考えている自分に、思わず自嘲気味に苦笑する。
「おやおや?何かお気に召さなかったかな?
「ん?いや、そんな事無いわ…ん?」
そんなあたしの様子を見て、呼びかけられたと振り返った先には、見覚えのある少女の姿があった。その少女は宙を飛んで、人懐っこそうな笑みを浮かべ、エメラルドグリーンの髪をした…
「シ、シルフィード様?!
「やぁ!
「え…」
驚いた表情をしたアクアが、これからあたし達が会うべき人物の名前を口にすると、その彼女が軽い感じで片手を上げて呼びかけに応じる。その光景に、流石のあたしも間の抜けた声を上げて、一瞬思考が停止する。
通りで見覚えが在る筈だった、ガイアースに見せられた記憶の中に出てきた、2代目シルフィードその人なのだから。けれど、見せられた記憶の中の彼女とは、表情の印象が大分違っている。
「…お久しぶりです、シルフィード様
「うん!エイミーちゃんも相変わらず、元気そうで何よりだね!」
あたしやアクアと同じく、驚いていた筈のエイミーは、けれどすぐ我に返った様子で彼女に話掛ける。
「今日はちゃんとこちらに居らしたのですね。行き違いにならなくて良かったです
「アハハ!そりゃね~エイミーちゃん達が来るって、解ってたからさ。今か今かと待ち侘びてて、待ちきれなくなって、こうして迎えに来ちゃったんだよ
「フフッ、そうですか。相変わらずのようですね。」
和やかな雰囲気で会話を進める彼女達に、ようやく状況が飲み込めてきたあたしは、視線だけをエイミーに向けて説明を求める。するとそれに気が付いた彼女が、あたしに向かって視線を返すと、何時もの困った表情で苦笑を浮かべた。
「シルフィード様は、よくここを離れて遊びに出られているんですよ
「あっ!ひっどいな~!!別に遊んでる訳じゃ無いんだよ?世界に異常が無いか、パトロールしてるだけなんだから。」
エイミーの説明に、無邪気な笑顔で抗議するシルフィードの、凄いフレンドリーな雰囲気はこの際良いとして、状況が整理出来たので1人納得する。そう言えば、シルフィードの元々の種族であるフェアリーは、大人でも落ち着きの無い人が多いって、この間エイミーが言っていた気がする。
要するに、1カ所にジッとしていられないタイプの、落ち着きの無い大精霊って事ね。しっかし、そうならそうと、先に教えて欲しかったわね…
とは言っても、彼女の地味な説明不足は、今に始まった事でも無いし。それに、いきなりのシルフィードの登場に、最初はエイミーも驚いていたから、完全に予想外だったのは間違いないんでしょうね。
それよりもあたしは、狙い澄ましたかの様なこのタイミングに、向こうから現れた事実に対して、若干の違和感を覚えた。彼女はどうやって、あたし達が今日の内に着くと、知ったんだろうか?
「改めて…初めましてだね!優姫ちゃんって呼んでも良いかな?
「え?えぇ、構わないわよ。」
考えを巡らせて、違和感の正体を暴こうとしていた所でシルフィードに問われ、首肯しながら答えると、彼女は嬉しそうに屈託無く笑う。その笑顔からは、やっぱりガイアースの記憶に出てきた彼女の面影は無く、知らないうちに安堵している自分に気が付く。
「もう解ってるだろうけど、ボクがシルフィードだよ、よろしくね優姫ちゃん!!他の精霊王達はボクの事、シルフィーって呼んでるから、キミもそう呼んでくれると嬉しいな
「解ったわ、シルフィー。こちらこそよろしくね。」
爽やかな笑顔を浮かべて、手を差し出しながら語る彼女に、あたしもその手を握り返して、出来うる限りの笑顔を返した。清々しいまでに爽やかなその笑顔は、見ているだけで気持ちよくなりそうな位だった。
改めて、彼女の姿を確認してみる。エメラルドグリーンに輝くその髪は短く、柔らかそうな猫っ毛をしていて、彼女の自身が起こす風に舞ってふわりとなびいていた。
顔立ちは幼く、小さな子特有な中性的であどけなさを色濃く残している。それに伴って背も低く、小学生中~高学年位かしら。
身に付けている服は純白のワンピースで、天真爛漫な彼女にはよく似合っている。けれど、陽の光に透けて、その身体のラインがくっきり浮かび上がっているは、いくら女子しか居ないこの場と言っても、流石に問題でしょうね。
そして、何と言ってもその背には、身体の半分位はありそうな大きさの、透き通った一対の羽があった。その羽は、元の世界のおとぎ話とかで出てくる様な、フェアリーの羽そのもので、それが陽の光を浴びてキラキラ光っていた。
「優姫ちゃんの子供達もよろしくね!気軽にシルフィーって呼んでくれて構わないからね~もちろんアクアちゃんもね
「は~い!
「解りました。シルフィー様
「お~!」ガスッ「おぅふ…
「そ、そんな!恐れ多いですよシルフィード様!」
終始フレンドリーな彼女がそう言うと、オヒメは元気よく返事を返して、真面目な銀星は敬称を付けてお辞儀する。そして、横で眠たそうに片腕を上げて答えた夜天に対し、蹴りを入れる事も忘れていない。
そんなうちの素直な3姉妹とは、全く正反対の反応を示したアクアを、シルフィーは腰に手をあてがって、ニコニコと面白そうに眺めていた。きっと、彼女の反応を見て楽しんでいるんだろう。
「それじゃ挨拶も済んだ事だし、風の谷を少し案内するよ。」
挨拶を済ました所で、彼女にそう言われて、あたしとエイミーは顔を見合わせ悩む。
「…申し出は嬉しいんだけど、こっちの要件は解ってるんでしょ?
「うん?それはもちろん!ボクの試練を受けて、ボクの力を受け取りに来たんでしょ?大丈夫大丈夫、忘れてないから
「そうじゃなくて、こっちにも予定があるのよ。ここから近いクローウェルズって港町に、あたし達の仲間達が向かった筈なのよ。だから、出来るだけ急いで合流したいのよ
「そうなのかい?う~ん…」
あたしが彼女に対してそう説明すると、それまで浮かべて居た笑顔を消して、真剣な表情で悩み始める。
「…キミ達が急ぎたい理由は解ったよ。けれど、少しだけボクに時間をくれないかな?」
暫く悩んだ末に、彼女は困り顔でそう言ってくる。それに対し、あたし達も困惑気味になって顔を見合わせた。
「優姫ちゃんが来たら、お願いしたいと思っていた事があるんだよ
「あたしに?
「うん。キミは、異世界の武器はもちろん、この世界の武器・防具とかも眷属に出来るんでしょう?
「えぇ、まぁ…
「実はね、処分に困っている武器があるんだよ。それ等を眷属にして、処分して欲しいんだよね。」
シルフィーの説明を受けて、もう一度エイミーに視線を向けると、あたしに向けて首肯した。それを見てあたしも首肯で返して、再びシルフィーに視線を向ける。
まぁ、見たところ本当に困っているみたいだし、そう言った理由だったら仕方無いか。それ等って言う位だし、1つ2つって訳じゃ無いんでしょうけれど、眷属化する位ならそんなに手間も掛からないだろうし。
それに、理由はどうあれこうしてわざわざ出迎えてくれたんだし、そのお願いとなれば無下には断れない。今迄会ってきた精霊王達とは、彼女は明らかに雰囲気が違うし、それに…
「解ったわ。そう言う事なら協力します。」
あたしが彼女に向かってそう告げると、彼女は再び満面の笑みを浮かべる。その表情と口調が、ある人を連想させるなと思い苦笑した。
「ありがとう!助かるよ!!それじゃ早速、置いてある所に案内するね
「えぇ。」
そう言って、連なる岩壁に向かって、宙を泳ぐように進み出したシルフィー。その後を、あたしを先頭に歩き出した。
歩き出してすぐに、オヒメが飛んであたしの背中に負ぶさってくる。中位精霊に成長した事で、ずっと宙に浮かんでいる事が、辛くなったみたいなのよね~
背中に抱きついた彼女を、苦笑を浮かべながら前に来させて抱きかかえていると、右肩に夜天が着地して、眠そうにあくびを噛みしめちょこんと座る。そんなあたし達のやり取りを、横に並び立ったエイミーが、優しい笑みで見守る一方、そのすぐ側で宙を飛んでいる銀星が、あきれ顔でため息を吐いていた。
そんなやり取りをしながら、両側に聳える岩壁の間を、シルフィーに先導されながら歩いていると…
「あっ!シルフィー様だ~
「シルフィー様~」
岩壁のあちらこちらから、シルフィーの名を呼ぶ声が聞こえだし、その声の主達が姿を現し始める。その声の主達は、正に絵本の中に出てくる妖精の姿そのものだった。
銀星や夜天のような、下位精霊よりかは少し大きいけれど、あたしの手の平にスッポリと収まりそうな程に小さく、シルフィーと同じくその背に透明な一対の羽を持った存在。彼女等こそ、精霊種の中で最も魔力に秀で、親和性が強いとされている風精・フェアリーだった。
魔力に富んでいる分、その寿命は精霊種の中で最も長く不死に近いらしい。そして、彼女等と言うだけあって、性別は女性型しか存在していない為、疑似精霊なんて蔑んで呼ばれたりするそうだ。
その心根は、とても優しく穏やかな一方、他者の悪意に敏感だという特徴が、微精霊や下位精霊と似ているから、そんな呼ばれ方をされる様なんだけれども、蔑まれる最大の理由は、彼女達が争いをもの凄く忌避する為だった。
そんな事でと思うかもしれないけれど、この世界で生きる上では、それは致命的だった。過去に幾度か起こった邪神との戦争において彼女達フェアリーは、その1度として戦列に加わった事が無いのだから。
同じく、戦いを好まない種である人間種小人族でさえ、戦列に参加した事があるそうだ。そう言った経緯があるからフェアリー達は、特に獣人種達から毛嫌いされているんだと、エイミーが悲しそうに教えてくれた。
「やぁみんな!元気かい?
「うん!元気元気~
「シルフィー様~遊ぼ~よ~
「アッハハ!ごめんね、今はお客さんの相手をしないといけないんだよ
「「えぇ~!!」」
次第に数を増やしていくフェアリー達の、可愛らしいそのお願いに、シルフィーは本当にすまなそうにしてやんわり断っている。あんな風に無邪気にお願いされたら、確かに断りにくいわよね。
「姫華遊びたい!
「「え?」」
そして唐突に、あたしの胸の中で抱っこされていたオヒメが、元気いっぱいに手を上げて叫びだした。それを聞いて、フェアリー達がパッと明るい表情になって、あたし…と言うより、オヒメの周りに集まりだした。
「お客さん?
「お客さんだね
「精霊のお客さんだ!エルフのおねーさんも居るよ~」
そうして完全に取り囲まれてしまい、好奇心と期待に満ちた視線を向けられ、余りの多さに流石に困惑して後ずさった。お願いだから、そんな純粋な瞳で見ないで~
「ママ…駄目?」
極めつけが、胸に抱いたオヒメのションボリ顔だ。流石ラスボス、そんな顔されたら三千世界広しといえど、断れる奴なんて居る筈無い。
って言うか、この状況で断る奴が居よう者なら、敵認定待ったなしでしょ。ったく、可愛いってほんとずるいわよね~
「オーケーオーケー、解ったわよ
「本当!?
「うん。好きに遊んでらっしゃい。」
あたしがそう答えると、それまでの暗い表情が嘘のように、パッと明るい笑顔が咲いた。その笑みに和みながら、視線を銀星へと向ける。
「悪いんだけど、銀星もこの子に付き合ってくれない?
「私ですか?
「うん、銀星はしっかりしてるから、この子に着いててくれたら心強いし
「わかりました、マスター。お任せ下さい。」
あたしのお願いに対して、銀星は快く快諾すると、自信たっぷりに笑みを浮かべて、その薄い胸をドンと叩いた。そんな彼女の堅苦しい言葉遣いに、あたしは思わず苦笑を浮かべた。
「頑張ってね~銀~
「何を言ってるの!あなたも来るに決まっているでしょう!!
「えぇ~!?や、やだよぉ~…面倒だよ、助けてマスター。」
そして、肩に乗る彼女の片割れに、そう懇願されてこちらにも苦笑で返す。すると、急に銀星が押し黙り、もの凄い形相で夜天を睨み付け…
「…蹴るわよ。」
ぼそりと、凄みを効かせて呟いた。その言葉に、あたしの肩に座る夜天は、ガタガタと激しく震えだして、観念したのか肩から飛び立ったのだった。
「け、喧嘩しないでね~」
哀愁を漂わさせるその背中が、仁王立ちする銀星に向かっていく様は、まるでドナドナの歌に出てくる仔牛の様に見えた。その背中に向かって、彼女の無事を切に願って声を掛ける。
子育てって難しい…
「では、私も姫華ちゃん達に付いて行きますよ。優姫さんとエイミーさんは、シルフィード様と一緒に向かって下さい
「大丈夫ですか?
「えぇ、任せて下さい!
「そう、ならお願いするわねアクアさん。」
彼女の申し出を受けて、あたしとエイミーは顔を見合わせ頷き合い、彼女に3姉妹を託して先に進む事にした。そしてあたしは、視線をオヒメへと向けながら、抱えた腕を放して彼女を自由にする。
「じゃぁ、あたし達は用があるし先に行くけど、あんまり危ない事しちゃ駄目よ?
「うん!
「あたし達が戻って来るまでの間だからね?
「解ってる!へーきだよ、ママ!!
「ほんとかなぁ~…
「フフッ、ママったら本当に心配性よね?オヒメちゃん
「ね~!!」
あたしがオヒメに対し、口うるさく小言を言っている横で、楽しそうにエイミーが割っては言ってくる。最近、ちょこちょここんな感じで茶化されるのよね~
まぁ、言ってても仕方無いので、後の事はアクア達に任せる事にして、あたしとエイミーはシルフィーの元へと歩み寄っていった。
「ごめんね~ありがとう。本当に助かるよ~この子達ってば、渋るとなかなか解放してくれなくてさ~
「良いわよ。うちの子が言い出した事だし
「そっか。」
本当に申し訳なさそうに、そう言ってくるシルフィーに対し苦笑して返す。正直あたしだって、無邪気に接してくる小さい子を、あまり邪険に扱いたくなかったからね。
「おお~い!みんな~!!お客さんに迷惑掛けちゃ駄目だからね~?
「「は~いッ!!」」
最後に、集まってきたフェアリー達に向かって、大声でシルフィーが呼びかけると、元気いっぱいの返事が返ってきた。それを聞いて満足そうに頷いた彼女は、あたし達に向かって視線で促し、背を向け移動を再開したのだった。