真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!(顔はダメだぜボディボディ(4)
その姿を目にして、苦々しく舌打ちした後、こみ上げてくる怒りを無理矢理静めて、改めてトパーズに向き直る。可能なら、今すぐにでもガイアースに飛びかかりたいけれど、彼女をどうにかしないと無理でしょうからね。
それに、あんな痛々しい姿をしている子を放って置ける程、あたしは冷徹な人間じゃ無いみたいだし。トパーズを静かに見据え、警戒しつつ気を落ち着かせる為にも、2度3度と深呼吸を繰り返しながら、髪をたくし上げて髪留めを取り出し1つに束ねる。
「…トパーズさん。あたしに殺気を向けるって言う事は、相応の覚悟をして貰う事になるけれど…大丈夫よね?」
髪結いを終えたあたしは、向けられた殺意に対して、こちらも相応の殺意を向けて凄むけど、もちろん威嚇の為で本気って訳じゃ無い。あたしの目的は、あくまでもガイアースに一発入れないと気が済まないってだけで、トパーズやその姉妹達に危害を加えたいなんて思っていない。
だから、高位精霊に対しても有効なのか解らないけれど、出来れば彼女も拘束するなりして、無力化するのがベストと考えていた。まぁ、無理だと判断したら、その時は腹を括って実力行使に打って出るけどね。
そんな風に思っていたんだけど、威嚇のつもりで出していた殺気を、ため息交じりに引っ込める。何故かって言えば、単純に可哀想になったからだ。
あたしにとっては単純な威嚇のつもりだったんだけど、彼女にとってはその効果はてきめんで、明らかに動揺しだして、顔面蒼白で怯えだしたんだから質が悪い。これじゃ完全に弱い者いじめじゃ無い…
やっぱり彼女は、戦いに向かない性格なんでしょうね。いくら魔力が強くっても、身体能力が高くっても、技術の飲み込みが早くっても、争い事に向かない性格の人って言うのは、少なからず居るもの。
それは決して恥ずべき事では無いし、引け目を感じる事でも無い。けれど、それがガイアースの様な、復讐を目的に過ごしてきた者の下に生まれてしまったのなら、その性格も仇となってしまうんじゃ無いだろうか?
だから『失望』したって?巫山戯んなってのよ…
勿論それは、あたしの勝手な想像でしか無い。勝手な想像で勝手に怒っているんだから、本当に処置無しだなって言うのは、自分でも良く解っている。
けれど、怒りを覚えずには居られない。暖かく優しい家族に囲まれて育ったあたしとは、まるで対極に居る彼女のこれまでに、せめてもの救いは無かったのかと考えずには居られない。
だらんと自然体になって構えたあたしは、木刀を握りしめて一歩踏み出す。それに併せて、トパーズは身体を一瞬大きく震わせ、逆に一歩引き下がった。
既に、気持ちの時点で彼女は負けている…その事実に改めてため息を吐いて、なるべく早く終わらせようと心に誓う。
と、その時だった。
「うっ…
「っ!
「あ、ああ、ああああぁぁぁ――」
恐怖心が極限に達してしまったのか、震える声で彼女が叫ぶと同時に、その周囲に岩の塊が無数に現れる。
ちょっと!自暴自棄にならないでよ!!
「クッ!」
心の中で文句を垂れつつ、舌打ち様に地を蹴って駆け出す。それに併せて、子供の身の丈位はありそうな岩の塊が射出される。それに向かって、平面移動から立体機動に切り替え、無い筈の足場を蹴って正面から真っ直ぐ突っ込んでいく。
1つ2つと飛来する岩を、右に左に上に下にと躱し、或いは手にした木刀で逸らし、盾を召喚し受け止めながら、同じく空中に飛翔し始めたトパーズを見据え駆ける。そんなあたしに対し、トパーズは逆に距離を取りつつ、今度が先端を尖らせた岩をいくつも生み出し射出した。
一定の距離を保った完全な中~遠距離戦法に、再び舌打ちを打って打開策を探る。恐怖でテンパっていた相手に、不用意に近付く素振りを見せた所為で、完全に裏目に出てしまった。
あたしが得意とする射程は、相手と密着した状態の超近距離~手持ちの武器の届く範囲での近距離だ。遠距離攻撃の手も無い訳じゃないけど、付け焼き刃程度の手段としか考えて居ない。
その理由は、武道家故の誇りだとか矜持なんて、最もらしい事を言いたい所なんだけど、単純に効率がすこぶる悪いからだ。イフリータから魔力を受け取って、あの頃に比べたら精霊化していられる時間も大分延びた。
けれど結局、伸びただけに過ぎなくて、魔力切れという明確なタイムリミットは未だ健在だった。だからこれでも、一応魔力を節約して闘ってたのよね。
明確な弱点があるのに、自分の力量や能力をちゃんと理解していなかったら、こうやって自分から喧嘩ふっかけたりなんて出来ないもんね。イフリータ戦の事もあったから、時間の許す限り能力の検証は行っていた。
その課程で解った事だけれど、眷属化した武器を呼び出すのに。必要な魔力を1とした場合、あたしの目玉能力とも言える、眷属のレプリカを作るとなったら、最低でも10は必要となってくる。あたしの遠距離手段と言えば、真っ先に思い付くのは眷属化した銃火器による射撃だけれども、本体自体は召喚すれば済む話だけれど、消耗品の弾丸はコピーしないといけない。
勿論大雑把な説明だから、厳密な必要魔力量は物によってそれぞれ異なるんだけど、単純に1発撃つ毎に10の魔力を使っていたんじゃ、正直言ってコストが掛かり過ぎよね。弾丸無しで純粋な魔力弾を撃つ事も出来るんだけれど、威力は低いし撃つ度に魔力を消費するって時点で論外よね。
次の手段としては、斬撃を飛ばすって手なんだけれど、これも当然放つ毎に魔力が必要になってくるし、威力が高い分それ相応の魔力が必要だった。おまけに、飛距離はあたしのイメージ力次第って欠点もあるから、今の所武器の延長~中距離位での射程を想定していて、多様も難しいのが現状ね。
だから結局、オリジナルの眷属を召喚して、それを操って飛ばすって第3の手段が、現時点でのあたしの有している遠距離攻撃の限界なのよ。召喚するのに魔力を消費するし、単純に真っ直ぐ飛ばすだけでも魔力が必要だから、結局効率は良くないんだけれどね。
それでも要は使い用だから、さっきの様に盾を飛ばしたりすれば、防御にもなるし目隠しにもなるから、牽制として使う分なら優秀なのよね。刀剣類を飛ばすってなったら、相手を追尾する様にイメージしないと、物が大きいから簡単に進路読まれちゃって、牽制にもならないから今の所使えないし。
とにかく、何が言いたいかって言うと、今のあたしにとって逃げに徹されるのが1番辛いって事なのよ。あたしと彼女とじゃ、全力を出していられる時間が限られているし、本気で逃げや護りに徹した人を、捕まえるって言うのは意外と難しいのだ。
当然だけど、相手は止まって待っててくれる訳じゃないんだから、その動きを先読み出来るかが勝負の分かれ目だ。おまけに、相手の方が純粋な身体能力も上だろうし、魔力量も多いってなったら、難易度は余裕で地獄級位在るでしょうね。
恐怖で追い詰められた彼女が、そこまで計算して居たとは考えにくいけど、あたしを無力化するとして、最も確実な行動を取られたのは間違いない。この状況を打開するには、単純にスピードで相手を上回るか、相手の動きを読み切って、どこかで近距離戦に持ち込むかだけど…
悠長に構えていたら、魔力不足でタイムアップも有り得るのよね。出来るだけガイアースとの戦いの為に、魔力は温存していたかったんだけれど、こうなったら仕方無いか…
接近する錐状の岩を見据えながら、木刀を送還して別の物を召喚する準備に入る。
悪いわねクライムさん、早速だけれど遣わせて貰うわ!
「来なさい!夜天!!銀星!!」ブブンッ
叫ぶと同時に、あたしの両手に漆黒の刀身をした両刃の剣と、眩しい程に輝く銀色の短い直刀が現れ、腰の左右にはそれぞれに対応した鞘が出現する。それを逆手で握りしめた瞬間、体中に力が漲るのを感じる。
その感覚は、決して錯覚なんかじゃなかった。無い筈の足場を踏み台にして、迫る錐状の岩に向かって跳ぶと、それまでとは明らかに景色の伸び具合が長くなる。
1歩2歩と駆ける毎に加速していき、岩とぶつかりそうになったギリギリの所で、身体を捻って1つ目をやり過ごす。そして、そのすぐ後方に控えていた2つ目を、力を貯めていた銀星の一振りで、まるで溶けかけのバターでも切る様にあっさりと両断して見せ、3つ目も同じく夜天の一振りで切り裂いた。
あからさまな能力向上の訳だけども、これが武具の精霊ヴァルキリー・オリジンの、もう1つの権能みたいなのよね。あたしが眷属にした全ての武器防具に、備わっている能力って訳じゃないんだけれど、強い力を秘めた武具を眷属化した際に、特殊な能力が顕現するみたいで、あたしがそれ等を装備する事によって、その能力を最大限に引き出す事が出来るみたいなのよ。
それに気が付いたのは、夜天と銀星が無理矢理あたしの眷属となった、あの帝都での出来事の時だ。最初に触れた時は、流石にいきなり過ぎて気が付かなかったんだけれど、その後すぐ召喚した際に、この姉妹双剣から力が流れてくる感覚があって、それで気が付いたのよ。
どんな能力かって言うと、ざっくりした感じなんだけど、夜天は切断強化で銀星はスピード強化って感じみたい。ちなみに、我が相棒にして半身の兼定にも、当然の様に特殊能力は備わっているみたいで、その能力は九字の銘に相応しい『破邪』の力です。
まぁ、その能力についての掘り下げは、今は横に置いとくとして、なんでそんな便利な能力、出し惜しみしてたかって言うと、単純にノーコストで遣える様な能力じゃないからなのよね。装備して使用するだけで、精霊化しているだけの状態と比べて5倍の魔力が消費される上、同時の装備中でしか発現しないって制限付き。
だから、単にスピードアップしたいからって理由で、銀星だけを召喚しても無意味なのよ。まぁその代わり、面倒な使用制限が掛かる分、強化の倍率もエグいって言う、ゲームじゃよくあるお馴染み設定だから良いけどね。
「…ヒッ!く、来るなーッ!!」ブンブン!!
進行上の岩を全て切り裂いて、トパーズの姿が見えた瞬間、更に加速して一気に間合いを詰めると、上擦った声で悲鳴を上げてから、手にした戦鎚を滅茶苦茶に振り回し始める。まるで子供が駄々をこねている様に見えるけれど、気が弱いとは言え高位の精霊が、その類い希な身体能力で力一杯ぶん回しているんだから恐怖でしかない。
こういう時の、戦斧や戦鎚と言った重量武器は、本当に厄介でしか無い。剣や槍のように相手の動きを意識したり、当てる箇所を狙って武器の扱い方を意識しなくても、思いっきり力一杯ぶん回して、まぐれでも何でも当たれば致命傷に成りかねないんだから。
武器の重心が先端に集中しているから、力一杯振れば振る程、遠心力が発生するから、盾だろうが鎧だろうがお構いなしに、防具毎相手を粉砕だって出来る。そんなのを無闇に剣で防ごうとすれば、簡単にへし折られかねないからね。
流石のあたしも、無謀に飛び込みなんて真似は出来ず、半歩分手前で立ち止まって、彼女の猛攻を観察する。と同時に、『あたし武器の精霊なんだし、物理攻撃平気なんじゃね?当たった瞬間、眷属化して消しちゃえばいけんじゃね?』って考えが一瞬過ったけど、いくら何でも精霊王の武器を、いきなり眷属化出来るとは流石に思えず、分の悪すぎる賭に出るのは辞める事にした。
「ああぁっ!
「ッ!!」
それを怯んだと受け取ったのか、ここで初めてトパーズが前に出る。その彼女の動きに注意を払いながら、後ろに半歩づつ下がりながら隙を伺う。
彼女にしてみたら、恐怖を振り払って前に出たに違いないんでしょうけれど、数の利があった時から今に至るまで、1度だって有効打を入れられなかったあたし相手に、ここで接近戦を挑もうなんて無謀も良い所だった。
確かに恐ろしく速度は着いていたけれど、そこはやっぱり素人丸出しで太刀筋は読みやすく、常に相手との間合いを半歩分空けて躱していく。この半歩分というのが実は肝で、相手に『あと少しの所で当たらないだけ』と思い込ませる様に仕向けるのだ。
その半歩分が、相手との明確な力量差なんだけれど、『あとちょっとの所で当たらない』とは、裏を返せば『あと少し踏み込みさえすれば当たる』と、素人は安直に考えがちだ。おまけに、彼女は精神的に追い込まれて、ストレスも貯まりやすい状態になっている。
そんな彼女が、苛立ちに焦れた末に取る行動なんて当然限られてくる。
「はああぁッ!!」ブオンッ!!
上段に構え大きく踏み込んでからの、大ぶりの一撃…この瞬間を待っていた!
その一撃に併せて、スルリと彼女の懐に入り込むと同時、左肩を戦鎚の柄に自らぶつける。そこを支点にして、彼女の腹と股間に両手を添える。
「綾咲流柔術…纏返し!」ぐるん
「ッ?!」
そのまま、彼女の身体を持ち上げる様に体重を上に移動させれば、肩にぶつけた武器の柄を支点にして、テコの原理で上下逆さまになって跳び上がる。すかさず双剣を鞘に納めながら、振り向き様に重心を低く取って、右腕を引いて構える。
視線の先には、すっぽ抜けた様な恰好で身体の向きが逆になったトパーズが、何が起こったのか全く理解していないと言った表情で、あたしの事を見つめていた。そんな彼女を前に、心の中で謝罪しつつ構えた右腕を解き放った。
「破ッ!!」ドンッ!
「…ガハッ!」
気合いと共に打ち出された掌底は、彼女の無防備な腹へと綺麗に直撃し、くの字に身体を折り曲げて地面に向かって吹き飛んでいく。出来ればこれで終わりにしたいんだけれど、完全に戦意を挫くにはまだ足りない。
この程度じゃ、行動不能に成る位のダメージには至らないだろう。それに、予想はしていたけれど、彼女の衣服を眷属化する事は出来たんだけど、操るまではどうやら出来ないみたいなのよ。
仕方無いけど、ここはあたしも腹を括って、実力行使に出るしか無いわね。武器の精霊だって言うなら、不殺の逆刃刀よろしく、斬撃をコントロール位してみせようじゃない!
意を決して、地面に向かって吹っ飛んで行くトパーズ目掛けて、見えない足場を蹴って駆け出した。




